第百八十一話「営業課長、三年前の閲覧記録を追う」
「……あった」
アルトの指が、一枚の閲覧記録の上で止まった。
三年前。
棚R・2。
そこに記された閲覧者の名前は――。
「ラウル・セディア?」
フェルナンが名前を読み上げる。
「聞いたことのない名前ですね」
「俺もだ」
アルトは閲覧記録を見つめた。
だが、妙だった。
名前そのものではない。
その下に記された「所属欄」。
そこには、わずか三文字だけが残されていた。
「内部監査……?」
フェルナンが目を細める。
「ラウルは営業でも管理部でもない。内部監査部門にいたのか?」
「三年前まではな」
アルトは記録をめくる。
しかし、その次のページにはラウルの所属変更記録がない。
退職記録もない。
異動記録もない。
まるで――。
三年前のある日を境に、ラウルという人間そのものが組織から切り取られている。
「内部監査なら、棚R・2を閲覧できても不思議じゃない」
フェルナンが言う。
「いや」
アルトは首を横に振った。
「普通の監査担当なら、ここまで深い記録には触れない」
閲覧対象として記録されている五つの書類。
承認記録。
物品受領記録。
移送記録。
人事関連書類。
そして承認経路照合記録。
一見すると関係のない五つ。
しかし、それぞれの書類には同じ管理番号が記されている。
RK・37。
「この番号……」
アルトが呟く。
「全部同じ案件だ」
フェルナンが息を呑む。
「では、ラウルは三年前にRK・37を調べていた?」
「そうなる」
「監査で?」
「それだけじゃない」
アルトは閲覧記録の下部を指差した。
そこには、通常の監査では使われない特殊な照合コードがあった。
「これ、見覚えがある」
「何です?」
「黒帳の資料に使われていたコードだ」
フェルナンの顔から笑みが消えた。
「ということは……」
「ラウルは、黒帳を調べていた」
その瞬間。
アルトは一つの可能性に気づいた。
「待て」
「どうしました?」
「ラウルは黒帳を作った側じゃない」
「え?」
アルトは閲覧日時を確認した。
「この記録が残ったのは、黒帳の存在が内部で問題になった後だ」
つまり。
ラウルは黒帳の関係者ではなく――。
「黒帳を調べていた側だった?」
「その可能性が高い」
だが、それなら別の疑問が生まれる。
なぜ、彼の記録が消されたのか。
アルトは人事台帳を取り出した。
「フェルナン」
「はい」
「ラウルの給金記録を調べてくれ」
「もう調べました」
フェルナンが一枚の書類を差し出す。
「三年前から二年間、給金だけは支払われています」
「誰の承認?」
「それが……」
フェルナンが紙を裏返す。
そこに記された名前を見て、アルトの表情が変わった。
「黒帳の資料に出ている人物です」
「……やっぱりか」
「ラウルは、黒帳側の人間だったのでしょうか?」
アルトはすぐには答えなかった。
そして、しばらく考えたあと。
「逆かもしれない」
「逆?」
「黒帳側の人間なら、こんなに綺麗に記録を消す必要はない」
アルトはラウルの閲覧記録を持ち上げた。
「この人間は、何かを見つけた」
「何を?」
「それを隠そうとした人間が、ラウルを消した」
フェルナンが黙り込む。
アルトはさらに人事記録を確認する。
そこで、奇妙な文字列を見つけた。
退職処理欄。
そこには日付の代わりに――。
「S・03」
とだけ書かれていた。
「何ですか、これ?」
「分からない」
アルトは首を振る。
「でも、人事記録にこんなコードは普通使わない」
「調べますか?」
「いや」
アルトはその文字を紙に書き写した。
「これは覚えておく」
そして、ラウルの名前をもう一度見る。
「ラウル・セディア」
その名前の横に、アルトは小さく疑問符を書いた。
「……本当に、この名前なのか?」
フェルナンが顔を上げる。
「どういう意味です?」
「名前が消された人間なら、名前そのものも疑ったほうがいい」
アルトは記録を閉じた。
「ラウル・セディアが本名じゃない可能性がある」
それはまだ推測だった。
だが、三年前に組織から消えた人物。
黒帳を調べていた内部監査担当。
二年間だけ残された不自然な給金。
そして、身元を示す記録の欠落。
点が、また一つ繋がった。
アルトは静かに呟く。
「ラウルは、何者だったんだ……?」
その問いの答えは、まだ記録の中に眠っていた。
そしてその記録には――。
アルト自身が、まだ知らない名前が一つだけ残されていた。
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営業メモ ①⑧⓪
調査や問題解決では、最初に見つかった「怪しいもの」だけを追い続けない。
複数の情報を並べてみると、一見関係のなさそうな事実が一本の線で繋がることがある。
今回のように、
「誰が」
「いつ」
「何を見たか」
「その後、何が起きたか」
を時系列で並べる。
営業でも、顧客の行動を点ではなく流れで見ることが重要だ。
一回の失注だけを見るのではなく、その前に何があり、どんな接点があり、どこで相手の反応が変わったのか。
そこまで追えば、表面には出ていない原因を見つけられる。
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次回予告
第百八十二話「営業課長、消された原本を探す」
三年前の記録。
管理番号RK・37。
その原本を探し始めたアルトたちだったが、保管場所にはすでに別の記録が入っていた。
しかも、原本を最後に閲覧した人物の名前には――。
またしても「R・2」の痕跡が残されていた。
消された記録の裏側で、誰が何を隠そうとしているのか。
アルトは、ついに三年前の出来事そのものを追い始める。




