第十八話 営業課長、青い石の秘密に気づく
初夏の日差しが、秘密基地の屋根をやさしく照らしていた。
木漏れ日が揺れる樫の木の下では、リクたちがいつものように元気いっぱい遊んでいる。
「ドラゴンが来たぞー!」
「逃げろー!」
木の枝を剣に見立てて走り回る子どもたち。
アルトはエマに抱かれながら、その様子を楽しそうに眺めていた。
(平和だな。)
前世では休日も携帯電話が鳴り止まず、頭の中はいつも仕事のことでいっぱいだった。
こんなにのんびり子どもたちの遊びを眺める時間など、一度もなかった。
だからこそ、この何気ない時間が愛おしく感じられる。
その時だった。
「あっ!」
リクが足元の石につまずき、小さく転ぶ。
「いてて……。」
「大丈夫?」
ミーナとカイルが駆け寄る。
「平気!」
リクは笑いながら立ち上がり、転んだ場所に落ちていた石を拾い上げた。
「見て!」
「すごくきれい!」
手のひらに乗っていたのは、小さな青い石だった。
陽の光を受けて、透き通るような青色がきらりと輝く。
「宝物が増えた!」
リクは嬉しそうに笑い、アルトへ石を見せる。
その瞬間だった。
(……え?)
アルトは思わず目を見開く。
石の表面から、淡い青い光がゆっくりと立ち上っている。
まるで煙のように揺れながら、空気へ溶け込んでいく。
(光ってる……?)
いや。
正確には、石そのものではない。
石の中を流れる、何かが見えている。
アルトは瞬きを何度も繰り返した。
しかし、光は消えない。
(これ……魔力なのか?)
前世ではもちろん見たことがない。
だが、この世界へ来てから時折、人や物の周囲に不思議な光が見えることがあった。
最初は赤ん坊だから視界がおかしいのだと思っていた。
だが、この石から流れる光だけは明らかに違う。
生き物のように、ゆっくりと脈打っている。
「アルト?」
リクが石を差し出す。
「あぅ。」
アルトは両手を伸ばした。
「触りたいの?」
リクはにっこり笑い、石をアルトの手へ乗せる。
ひんやりとした感触。
そして同時に、青い光が少しだけ強くなった。
(やっぱり……。)
間違いない。
触れた瞬間、石の中を流れる魔力が指先へ伝わってくる感覚がある。
電気とも違う。
温かさとも違う。
静かな川の流れに触れているような、不思議な感覚だった。
「ばぶ?」
リクたちは不思議そうにアルトを見つめる。
アルトは慌てて笑顔を作った。
「きゃっ。」
「気に入ったんだね!」
子どもたちは微笑み合う。
(いや、そうじゃないんだけど……。)
営業課長、本日も赤ん坊語しか話せない。
◇
屋敷へ戻る馬車の中。
アルトは青い石のことばかり考えていた。
(もし本当に魔力なら……。)
営業時代、新商品の売上が急に伸びたことがあった。
周囲は「たまたまだ」と言った。
しかしアルトだけは違った。
データを集め、原因を調べ、売れた理由を分析した。
その結果、誰も気づかなかった共通点を発見し、会社の主力商品へ育てたことがある。
偶然を偶然で終わらせない。
それが営業課長として培った習慣だった。
(この石にも理由があるはずだ。)
どこで採れたのか。
周囲には何があったのか。
他にも同じ石は存在するのか。
調べたいことが次々と浮かんでくる。
しかし──
(字が書けない……。)
赤ん坊の体では、メモすら取れない。
思わず天井を見上げる。
営業課長、研究者への道は前途多難である。
◇
翌朝。
朝食を終えたレオンが庭を散歩していると、アルトは抱かれながら花壇の近くを通った。
その時。
(あれ?)
花壇の隅に埋め込まれた白い石。
そこには何も見えない。
昨日の青い石とはまったく違う。
さらに噴水の縁に使われている黒い石も普通だ。
(やっぱり全部の石じゃない。)
青い石だけが特別なんだ。
アルトは確信を深める。
そんな様子を見たレオンが笑った。
「石が好きなのか?」
「あぅ。」
「男の子だからな!」
豪快に笑うレオン。
エマも微笑む。
「将来は騎士様か、それとも職人さんでしょうか。」
(いや、研究者です。)
心の中で即座に否定するアルト。
もっとも、その声が届くはずもない。
◇
数日後。
リクが再び屋敷へ遊びに来た。
「アルト!」
「あぅ!」
「この前の石ね、お父ちゃんに聞いたよ!」
アルトは目を輝かせる。
(情報だ!)
「秘密基地の裏にある小川で拾ったんだって!」
「たまに青い石があるけど、みんなきれいだから持って帰るだけなんだって!」
(やっぱり……。)
あの場所にある。
しかも珍しいだけで、誰も価値に気づいていない。
アルトの胸が高鳴る。
異世界の人々にとっては、ただのきれいな石。
だが、自分には違って見える。
もしこの石が魔法に関係しているなら──。
それは、この世界の常識を変える発見になるかもしれない。
アルトは小さく拳を握った。
(営業は現場百回。)
(研究も、まずは現場だ。)
その日、アルトの胸には新しい目標が生まれた。
友達と遊ぶだけではない。
この世界の「当たり前」を、自分の目で確かめていく。
そんな小さな挑戦が、静かに始まろうとしていた。
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営業メモ⑰
『違和感を見逃すな。』
大きな成果は、誰も気に留めない小さな違和感から始まる。
「なんとなく気になる」を深掘りした人だけが、新しい価値を見つけられる。
営業でも研究でも、その姿勢は変わらない。
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――次回、第十九話「営業課長、人生初の研究仲間ができる」
青い石の謎を追い始めたアルト。
その研究を手伝うことになるのは、秘密基地で出会った小さな親友たちだった。
誰も知らない”子どもだけの研究会”が、静かに動き始める。




