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第十七話 営業課長、人生初の秘密基地へ招待される


初夏の風が、王都の街を心地よく吹き抜けていた。


市場へ続く大通りには色とりどりの露店が並び、焼きたてのパンの香りと果物の甘い匂いが漂う。商人たちの威勢のいい声に混じって、子どもたちの笑い声があちこちから聞こえてきた。


アルトはレオンに抱かれながら、その景色を眺めていた。


(何度来ても飽きないな。)


前世では、営業で全国を飛び回った。


初めて訪れる街では、必ず商店街を歩いたものだ。


「その土地の人が何を買い、何に困り、どんな顔で暮らしているか。」


それを知ることが、良い営業への第一歩だった。


異世界でも、その癖は変わらない。


「おっ、見えてきたぞ。」


レオンが指さした先には、大工の工房があった。


木材が整然と積まれ、カン、カン、と心地よい音が響いている。


「父ちゃん!」


工房の奥からリクが飛び出してきた。


「アルト!」


目を輝かせながら駆け寄ってくる。


アルトも思わず笑顔になる。


「あぅ!」


「今日は約束どおり、秘密基地を見せるね!」



レオンがリクの父・ダンと材木の話を始めると、エマはアルトを抱いたままリクの後をついていく。


工房の裏には小さな林があり、その奥に一本の大きな樫の木が立っていた。


枝葉は大きく広がり、木漏れ日が地面に揺れている。


「ここ!」


リクは得意げに木を指差した。


その根元には、木の板を組み合わせて作られた小さな小屋がある。


屋根まで付いた立派な秘密基地だった。


入口には、少し曲がった文字でこう書かれている。


『ひみつきち』


(すごい……。)


アルトは思わず見入った。


子どもの遊び場というより、小さなログハウスだ。


「父ちゃんが少しだけ手伝ってくれたんだ!」


(……少し?)


どう見ても職人が本気で作っている。


アルトは心の中でツッコミを入れた。



中へ入ると、木の香りがふわりと漂う。


切り株で作った椅子、小さな机、壁には木の枝で作った剣まで飾られていた。


「ここでね!」


「ドラゴン退治の作戦を考えるんだ!」


リクは夢中になって話す。


アルトはその様子を見ながら、自然と頬が緩んだ。


(子どもらしくて、いいな。)


前世では、休日も仕事の電話が鳴る生活だった。


秘密基地を作る時間も、友達と夢中で遊ぶ時間も、ずっと昔に置いてきた。


だからこそ、この光景が少し眩しく感じる。



「リク!」


外から声がした。


二人の子どもが秘密基地へやって来る。


金髪の少女・ミーナと、少し背の高い少年・カイルだ。


「その赤ちゃん?」


「うん!」


「友達!」


リクは胸を張った。


「名前はアルト!」


「すごく頭がいいんだ!」


(リク……。)


(また期待値を上げるのか。)


ミーナはアルトの顔を覗き込む。


「こんにちは。」


アルトは笑顔で答える。


「ばぶ。」


「かわいい!」


「しゃべった!」


三人は大笑いする。


(いや、赤ちゃんだからね?)


営業課長、今日も期待とは違う方向で評価される。



ひとしきり笑ったあと、リクが木箱を取り出した。


「宝物を見せてあげる!」


箱の中には、きれいな羽、丸い石、木彫りの人形、珍しい木の実。


どれも子どもたちにとっては大切な宝物だった。


「これは父ちゃんが作ってくれた木彫り!」


「これは川で拾った石!」


一つひとつを誇らしげに紹介するリク。


アルトは微笑みながら聞いていた。


(値段じゃないんだよな。)


営業時代、高価な贈り物より、手書きの手紙を喜ぶお客様がいた。


価値とは、値札では決まらない。


その人の想いが込められているかどうかだ。


リクの宝物も、きっと同じだった。



帰る時間になると、リクは少し寂しそうな顔をした。


「また来てね。」


アルトは小さな手を伸ばす。


ぎゅっ。


リクの指を握る。


「約束?」


「あぅ!」


「よし!」


リクは嬉しそうに笑った。


その笑顔を見ていたレオンが、豪快に笑う。


「はっはっは!」


「もう親友じゃないか!」


アルトは少し照れくさくなり、レオンの胸へ顔をうずめた。


(親友……か。)


その言葉は、胸の奥に温かく残った。


前世では仕事を優先し、友人と疎遠になってしまった。


だが、この人生では違う。


笑い合える友がいる。


何気ない約束を交わせる相手がいる。


それだけで、この世界に転生した意味が少し分かった気がした。



屋敷へ帰る馬車の窓から、夕焼けに染まる王都が見える。


赤く染まった屋根の向こうを鳥の群れが飛び、街には夕食の支度をする煙がゆっくりと立ち上っていた。


アルトはその景色を眺めながら、小さく目を閉じる。


今日手に入れたのは、知識でも魔法でもない。


人生で初めてできた、本当の友達。


その宝物は、どんな魔法書よりも価値があるように思えた。



営業メモ⑯


『人との縁は、お金では買えない。』


営業で一番の財産は、人とのつながりだった。


損得ではなく、「また会いたい」と思える関係を築けた人ほど、最後には大きな信頼を得る。


アルトは異世界で、その一番大切な財産を少しずつ増やし始めていた。



――次回、第十八話「営業課長、青い石の秘密に気づく」


秘密基地で見つけた一つの青い石。


子どもたちはただの「きれいな石」だと思っていた。


しかしアルトの目には、その石から静かに流れる青い魔力がはっきりと見えていた。


その小さな発見が、やがて異世界の魔法理論を覆す第一歩になるとは、まだ誰も知らない。

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