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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第百七十九話 営業課長、十三分間の記録を追う


「十三分間、か」


アルトは記録を机の上に並べた。


S―11。


入館時刻、八時十四分。


退館時刻、八時二十七分。


たった十三分。


だが、その間に何をしていたのか。


そこだけが、記録から完全に抜け落ちている。


「第八保管庫の入退室記録は?」


マルクが答える。


「入室と退室だけです。中で何をしたかまでは残っていません」


「保管庫内の整理記録は?」


「八時十四分から八時二十七分の間は……」


マルクが一枚の紙を差し出した。


「記録なしです」


アルトは眉を寄せた。


「記録がない?」


「はい。ですが、不自然なのはそこだけじゃありません」


ヴィクターが別の帳簿を開く。


「S―11の使用記録には、八時十四分に『承認関連文書確認』とあります」


「つまり、目的は残っている」


「はい」


「でも、何を確認したのかは残っていない」


「その通りです」


アルトは椅子にもたれた。


通常の仕事なら、確認した文書には何らかの痕跡が残る。


整理番号。


照合印。


担当者記号。


少なくとも、どの文書を確認したのかくらいは残る。


ところが今回は、それがない。


「フェルナン」


「はい」


「第八保管庫から、その時間帯に持ち出された記録を全部調べてくれ」


「すでに調べました」


フェルナンが答えた。


「持ち出し記録はありません」


「……持ち出していない?」


「はい」


アルトはS―11の記録を見つめた。


十三分。


この時間でできることは限られている。


だからこそ、逆に行動を絞り込める。


「入ってから最初の二分」


アルトが言った。


「まず、目的の棚まで移動したはずだ」


マルクが配置図を広げる。


「入口から承認関連文書の棚までは、最短で一分半ほどです」


「なら、二分以内に到着できる」


アルトは指を動かした。


「三分目から六分目」


「そこで何を?」


「文書を探す」


「十三分しかないのに?」


「だから、探す場所は最初から決まっていた」


アルトはS―11を指した。


「S―11の権限が必要な場所を知っている人間なら、棚を一つずつ探す必要はない」


第百七十八話で聞いた言葉。


「承認者を確認するための権限ではない」


アルトが続ける。


「承認経路そのものを確認するための権限だ」


つまり、探す対象は承認者の名前ではない。


承認経路を示す控え。


あるいは、経路を照合するための記録。


「七分目から九分目」


アルトは紙に書いた。


「見つけた記録を照合する」


ヴィクターが頷く。


「承認番号、受付番号、保管先……」


「そうだ」


そして。


「十分目から十一分目」


アルトの指が止まった。


「何かを書き写す」


「書き写した?」


「持ち出し記録がないなら、それしかない」


もちろん、書き写したという記録も残らない。


必要なのは文書そのものではなく、その情報だからだ。


「最後の二分で元に戻す」


マルクが配置図を見る。


「棚を戻して、退室」


「そういう流れだ」


アルトは十三分を分解した。


二分。


四分。


三分。


二分。


二分。


合計十三分。


「ただし」


アルトが続けた。


「これは普通の職員なら、だ」


全員がアルトを見る。


「S―11を持つ人間なら、保管庫の構造も、どの棚に何があるかも知っている。だから実際には、もっと短い」


「では、余った時間は?」


「確認だ」


「何を?」


アルトは少し考えた。


「同じ経路を、もう一度たどったんだと思う」


ヴィクターが目を見開く。


「同じ経路?」


「一つの記録だけなら、わざわざS―11を使う必要はない」


アルトは古い承認記録を取り出した。


「承認番号を見る」


指を移す。


「受付番号を見る」


さらに移す。


「保管先を見る」


そして最後に。


「その三つが同じ経路を示しているか確認する」


マルクが呟いた。


「承認経路の照合……」


「そうだ」


アルトは頷いた。


「S―11の目的は、それだったんじゃないか」


つまり、十三分間の行動はこうだ。


入館。


目的の棚へ移動。


承認関連文書を一つ確認。


番号を照合。


別の記録を確認。


経路を照合。


必要な情報だけを書き写す。


文書を元の場所へ戻す。


そして退室。


何一つ、規則違反には見えない。


「だから記録が残らない」


フェルナンが言った。


「通常の整理作業として処理できるからです」


「その通り」


アルトは頷いた。


「しかも、S―11は人間ではなく役職に紐づいている」


誰が使ったのか。


何を確認したのか。


何のために確認したのか。


詳細を残さなくても、手続きとして成立してしまう。


「……黒帳は、この仕組みを利用した」


マルクが言った。


アルトはすぐには答えなかった。


断定するにはまだ早い。


だが、一つだけ確かなことがある。


「十三分間で、相手は何かを持ち出したんじゃない」


アルトは言った。


「情報を持ち出したんだ」


部屋が静かになった。


そしてアルトは、S―11の記録にもう一度目を落とした。


「でもな」


「はい」


「十三分で全部を確認することはできない」


「……なら」


ヴィクターが顔を上げる。


「最初から見る場所が決まっていた?」


「そういうことだ」


アルトは笑った。


「つまり、S―11の使用者は第八保管庫の中に、何があるかを知っていた」


そのとき、エマが一枚の古い資料を持って入ってきた。


「アルト様。これを」


「何?」


「十一年前の第八保管庫の棚配置図です」


アルトは受け取った。


現在の配置図と重ねる。


ほとんど変わっていない。


だが、一か所だけ違う。


十一年前。


第八保管庫の奥に、


「承認経路控」


という小さな棚があった。


現在の図面にはない。


アルトの目が止まる。


「この棚は?」


フェルナンが資料を確認する。


「三年前の再編時に廃止されています」


「中身は?」


「……確認します」


フェルナンが記録をめくる。


しばらくして、顔を上げた。


「廃止記録はあります」


「移管先は?」


フェルナンの手が止まった。


「……ありません」


「全部?」


「はい」


アルトはゆっくりとS―11の記録を見る。


八時十四分、入館。


八時二十七分、退館。


十三分間。


その間に、承認経路を確認するための権限を使った。


そして現在の図面には存在しない棚。


「承認経路控……」


アルトが呟く。


「まさか」


ヴィクターが顔を上げた。


アルトは古い棚配置図を指で叩いた。


「相手が十三分で探せた理由は、最初から場所を知っていたからだ」


つまり。


その棚は、現在の担当者ですら知らない場所ではなかった。


十一年前に、その場所を使っていた人間。


三年前の再編で、その存在を知っていた人間。


そして現在、S―11を使える人間。


この三つの線が、一本につながる。


アルトは立ち上がった。


「明日、廃止された『承認経路控』の移管記録を追う」


「はい」


「そして、その棚を廃止した責任者も調べる」


アルトは最後に、十一年前の図面を見つめた。


十三分間。


それは偶然の滞在時間ではない。


目的を知っている人間が、必要な情報だけを確認するには十分な時間だった。


「黒帳が使ったのは、人間じゃない」


アルトが静かに言う。


「仕組みだ」


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ


①⑦⑧


営業では「行動」を時間単位まで分解すると、相手の目的が見えてくる。


入店、確認、照合、判断、退出。


一つひとつの行動に必要な時間を考えれば、「何をしたか」だけでなく「何を知っていたか」まで推測できる。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百八十話 営業課長、消えた棚の中身を追う


廃止されたはずの「承認経路控」。


そこには、十一年前から続く承認経路の記録が残されていた可能性がある。


しかし、三年前の再編時に、その棚は正式に廃止された。


移管先の記録は存在しない。


アルトは、消えた棚の廃止処理を追う。


そこで見つかったのは――


「棚を消した人間」と「S―11を引き継いだ役職」の、意外な接点だった。


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