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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第百七十四話 営業課長、A―07の流れを追う


「A―07の最初の貸出記録を探す」


アルトはそう言って、古い印鑑管理台帳を机いっぱいに広げた。


十年前。


三年前。


現在。


それぞれの記録に残っている承認確認印。


A―07。


「普通なら、管理台帳には最初の登録日がある」


ヴィクターが言った。


「そうだ」


アルトは台帳の最初のページをめくる。


だが。


「……ない」


「ありませんか?」


「登録日が空白だ」


マルクが覗き込む。


「また空白ですか」


「どうやら、この国の文書管理には空白を作るのが流行っているらしい」


「笑えませんよ」


「営業では、笑えない状況ほど笑顔が大事なんだ」


「それ、絶対違います」


アルトは軽く笑った。


だが、すぐに表情を戻す。


「問題はここだ」


A―07。


管理番号。


登録年月日――空欄。


取得部署――空欄。


初回貸出――空欄。


「普通じゃない」


ヴィクターが頷く。


「管理番号があるのに、登録の起点がない」


「そう」


アルトは台帳の端を指でなぞった。


「つまり、今使っている台帳より前に、別の管理記録が存在した可能性がある」


「古い台帳?」


「探す」


ヴィクターが保管記録を調べる。


しばらくして。


「ありました」


「どこ?」


「旧印鑑管理台帳です」


「何年前?」


「現在の台帳に切り替わる十一年前です」


アルトが顔を上げる。


「十一年前」


十年前の物流改革より、一年前。


「開こう」


ヴィクターが古い台帳を慎重に開いた。


紙は黄ばんでいる。


端には何度もめくられた跡。


アルトがページを追う。


A―01。


A―02。


A―03。


「A―07……」


指が止まった。


そこには確かに。


『管理番号A―07』


と記されていた。


だが。


その下には、現在の台帳にはない項目があった。


『旧管理番号』


「旧管理番号?」


マルクが首を傾げる。


ヴィクターが読む。


「A―07ではない」


「何番だ?」


「……記載があります」


ヴィクターの声が低くなる。


「M―12」


アルトは黙った。


「M―12?」


「はい」


「現在のA―07と、同じ印鑑?」


ヴィクターが印影を比較する。


「……一致します」


マルクが息を呑む。


「番号だけ変わった?」


「そのようだ」


アルトは旧台帳をめくる。


『旧管理番号M―12』


初回登録日。


十一年前の四月三日。


取得部署。


『王家文書保管部署』


貸出責任者。


『グレゴール・ヴァイス』


部屋が静かになった。


「グレゴール……」


アルトは記録を見つめる。


「三年前に退職したグレゴールが、十一年前にはこの印鑑の管理に関わっていた」


ヴィクターが頷く。


「しかも初回登録時です」


「つまり」


アルトは言った。


「A―07は十年前の改革直前に突然現れた印鑑じゃない」


「十一年前から存在していた」


「そういうことだ」


アルトはさらに下を見る。


初回貸出。


十一年前。


四月三日。


貸出時刻。


十六時十二分。


貸出先。


『王家文書保管部署・管理責任者補佐』


つまり。


グレゴール自身。


「自分で登録して」


「自分で最初に借りている」


マルクが呟く。


アルトは首を横に振った。


「まだ、それだけじゃない」


初回返却。


同日。


十六時三十七分。


使用目的。


『承認関係文書確認』


「十一年前から?」


ヴィクターが驚く。


「承認関係文書の確認に使われている」


アルトは頷いた。


「つまり、A―07は最初から承認関連のために作られた印だった」


ローディンが古い台帳を覗き込む。


「……おかしい」


「何が?」


「十一年前なら、まだ現在の承認管理制度はありません」


アルトが顔を上げた。


「どういう意味だ?」


「当時の承認確認印は、部署ごとに別管理でした」


「ではA―07は?」


「その制度には存在しない番号です」


部屋の空気が変わった。


アルトは台帳を見る。


「制度上存在しない印鑑が、承認文書に使われていた?」


「はい」


ローディンは頷く。


「少なくとも、私が知る正式な管理番号ではありません」


アルトはすぐにヴィクターへ指示した。


「当時の印鑑管理規定を探してくれ」


「分かりました」


資料が運ばれてくる。


十一年前の印鑑管理規定。


A―01からA―06。


そして。


A―08。


「……A―07だけない」


マルクが言った。


アルトは笑わなかった。


「欠番だ」


「でも実物はある」


「そう」


ヴィクターがページをめくる。


「A―07の欄だけ、後から切り取られたような跡があります」


アルトは紙を持ち上げる。


「切り取った?」


「正確には、別紙を貼り直した跡です」


「別紙?」


「はい」


紙の裏側。


古い糊の跡。


そして。


小さな筆跡。


『旧管理番号M―12』


アルトはそれを見つめた。


「A―07は最初からA―07じゃなかった」


「M―12として登録されていた」


「そして後からA―07に変更された」


ヴィクターが言う。


「誰が変更したかは?」


アルトは旧台帳を確認する。


『管理番号変更者――グレゴール・ヴァイス』


マルクが息を呑む。


「またグレゴール……」


アルトは頷いた。


だが。


「まだだ」


「まだ?」


「変更理由」


その欄を見る。


そこには一行だけ。


『管理体系変更に伴う整理』


アルトが眉を寄せる。


「十一年前に、管理体系が変更された記録はあるか?」


ヴィクターが調べる。


しばらくして。


「……ありません」


「やっぱりな」


アルトは椅子に座り直した。


「制度変更がないのに、管理番号だけ変えた」


「しかも、グレゴールが変更している」


「そして、その印鑑は十年前の物流改革で使われた」


「三年前の人事再編でも使われた」


「現在の承認関連文書にも使われている」


アルトは三つの記録を並べた。


「十一年前から、ずっと残っている」


ローディンが低く言った。


「では……」


アルトは頷いた。


「黒帳の仕組みは、十年前に始まったわけじゃない」


部屋が静かになる。


「十年前の事件は」


アルトはA―07を見つめた。


「すでに存在していた仕組みを利用しただけかもしれない」


マルクが言った。


「では、誰が十一年前にこの印を作ったんです?」


アルトは旧台帳を見る。


初回登録者。


グレゴール・ヴァイス。


しかし。


その下に小さな欄がある。


『申請者』


アルトが読む。


「……空欄」


「またですか」


「そうだ」


「グレゴールが登録した」


「でも、誰が作らせたかは残っていない」


アルトはしばらく考えた。


そして。


「これで一つ、はっきりした」


「何です?」


「グレゴールはA―07を作った人物ではない」


「え?」


「登録しただけだ」


アルトは台帳を指差す。


「申請者が別にいる」


「でも名前がない」


「そう」


アルトは立ち上がった。


「だから次に追うのは、グレゴールじゃない」


「申請書ですか?」


「ああ」


アルトは旧台帳を閉じる。


「十一年前、M―12をA―07として登録する申請を出した人物」


そして。


「その申請を、誰が承認したのか」


アルトはA―07を見つめた。


「そこに、本当の出発点がある」


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ ①⑦③


古い記録を追うときは、「現在の番号」だけを信用してはいけない。


管理番号が変わっているなら、


旧番号。


変更日。


変更理由。


変更者。


申請者。


承認者。


ここまで追う必要がある。


番号変更そのものが問題なのではない。


「なぜ番号を変える必要があったのか」


その理由を追うことで、表から消された業務の流れが見えてくる。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百七十五話 営業課長、消された申請者を追う


A―07には、十一年前の旧番号があった。


M―12。


そして、その番号変更を行ったのはグレゴール。


だが、申請者の名前は残っていない。


アルトは十一年前の印鑑登録申請書を探す。


すると。


破棄されたはずの申請書の控えが、別の部署に残っていた。

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