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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第百七十三話 営業課長、三年前の異動を追う


「三年前の異動記録を出してくれ」


アルトが言った。


ヴィクターが三人分の人事資料を机に並べた。


エドガー・ミレル。


グレゴール・ヴァイス。


そして、R・2。


「まず、異動の結果だけを見る」


アルトは一枚目を手に取った。


エドガー。


王家文書保管部署。


承認文書確認担当。


異動後。


王家会計監査室。


承認関連文書監査担当。


「エドガーは監査側へ」


二枚目。


R・2。


記録管理補助。


異動後。


記録管理担当。


「R・2は昇格」


そして三枚目。


グレゴール・ヴァイス。


管理責任者補佐。


「グレゴールは退職」


マルクが言った。


「三人とも、立場が変わっていますね」


「ああ」


アルトは三枚を横に並べた。


「でも、これだけじゃ何も分からない」


「なぜです?」


「結果しか書いてないからだ」


アルトは人事決裁書の裏面をめくった。


「知りたいのは、その前だ」


ヴィクターが資料を探す。


「……ありました」


『王家文書保管業務再編案』


作成日。


三年前の七月二十八日。


作成者。


グレゴール・ヴァイス。


「やっぱりグレゴールです」


マルクが言う。


アルトは内容を読む。


『王家重要文書の管理経路を再編する』


『承認関連文書について、受付・確認・保管の各工程を分離する』


「工程を分離?」


ヴィクターが読み上げる。


「はい」


アルトは少し考えた。


「これ自体は悪くない」


「むしろ管理としては普通です」


「そう」


アルトは頷いた。


「だから、ここだけでは黒帳とは結びつかない」


ページをめくる。


そこには、再編後の担当表があった。


受付担当。


R・2。


確認担当。


エドガー。


保管管理。


新設担当。


「……グレゴールが外れています」


マルクが言った。


「そうだ」


「管理責任者補佐だったのに?」


「ああ」


アルトは担当表を見つめる。


「自分が作った再編案なのに、自分の管理権限を減らしている」


ヴィクターが首を傾げた。


「それなら、なぜ?」


「そこを調べる」


アルトは次の書類を出した。


『再編案修正記録』


初稿。


『グレゴール・ヴァイスを再編後の管理責任者補佐として残す』


修正版。


『グレゴール・ヴァイスを再編対象外とし、退職手続きを開始する』


「修正されています」


「誰が?」


ヴィクターが確認する。


「修正者の名前はありません」


アルトの目が細くなる。


「またか」


修正日は。


七月三十一日。


再編案提出の三日前だった。


「最初はグレゴール自身が残る予定だった」


アルトが言う。


「それが三日後には退職になった」


「はい」


「理由は?」


ヴィクターが退職申請書を探す。


「自己都合……とあります」


「本人の署名は?」


「あります」


アルトはその署名を確認する。


「本当に本人が書いたか?」


「そこまでは分かりません」


「なら、署名だけで判断しない」


アルトは退職申請書を横へ置いた。


「次はエドガーだ」


異動案。


『承認文書確認担当を会計監査室へ移管』


理由。


『承認経路の独立性確保』


「これは分かるな」


ヴィクターが言った。


「文書を保管する部署が、自分で確認まで行うと監査の独立性が弱くなる」


「そう」


アルトは頷いた。


「だからエドガーを監査室へ移すこと自体は合理的だ」


「でも?」


「異動のタイミングだ」


アルトは日付を見る。


八月十八日。


「三人の異動承認日が同じです」


マルクが言った。


「グレゴールの退職開始日も同じ」


「そしてR・2の昇格も同じ日」


アルトは人事処理一覧を出した。


そこには三つの処理が並んでいた。


『エドガー・ミレル 配置換え』


『R・2 昇格』


『グレゴール・ヴァイス 退職処理開始』


そして。


三件すべてに同じ承認番号。


H―417。


「同じ人事案件として処理されています」


ヴィクターが言った。


アルトは頷く。


「つまり、三人の異動は別々に決まったんじゃない」


「一つの再編として動いた」


「そういうことだ」


マルクが尋ねる。


「では、誰が再編を命じたんです?」


アルトは決裁欄を見る。


「そこだ」


承認者。


空欄。


確認印のみ。


管理番号。


A―07。


部屋が静かになる。


「またA―07……」


マルクが呟いた。


アルトは答えない。


十年前。


物流改革。


三年前。


人事再編。


現在。


承認関連文書。


同じ確認印が使われている。


「承認者の名前は残っていない」


ヴィクターが言う。


「でも、A―07の確認印だけは残っている」


「そうだ」


アルトは印影を確認する。


「問題は、この人事再編が誰の指示で始まったかだ」


「グレゴールが作った再編案では?」


「最初の案はな」


アルトは修正記録を指した。


「でも、グレゴール自身が残る案から、退職する案に変わっている」


「つまり、途中で誰かが変えた」


「その可能性が高い」


アルトは次の記録を探した。


『再編案提出前の打ち合わせ記録』


そこには参加者が三人。


グレゴール・ヴァイス。


エドガー・ミレル。


そして。


『王家人事管理室 担当官』


「名前は?」


ヴィクターが読み上げる。


「ハインツ・グローヴェン」


アルトの手が止まった。


「ハインツ……?」


マルクが顔を上げる。


「知っている名前ですか?」


「いや」


アルトはすぐに答えた。


「ただ、確認したい」


ヴィクターが人事記録を調べる。


「三年前の王家人事管理室担当官」


「現在は?」


「異動しています」


「どこへ?」


「王家文書保管部署」


アルトの表情が変わった。


「……今?」


「はい」


「現在の役職は?」


ヴィクターが資料を読む。


「文書管理調整担当」


部屋が静まり返った。


アルトはゆっくり椅子から立ち上がった。


「三年前」


指を一本立てる。


「グレゴールが再編案を作る」


二本目。


「ハインツが人事手続きを担当する」


三本目。


「エドガーが監査室へ移る」


四本目。


「R・2が昇格する」


五本目。


「グレゴールが退職する」


そして。


六本目。


「三人の異動を承認した印がA―07」


マルクが言った。


「全部つながってきました」


アルトは首を横に振った。


「まだだ」


「まだ?」


「ハインツが黒帳だとは限らない」


「はい」


「人事担当として手続きをしただけかもしれない」


アルトは人事記録を閉じる。


「だから、次に見るのはハインツの意思じゃない」


「何を見るんです?」


「誰がハインツに人事処理を依頼したか」


ヴィクターが資料を探す。


しばらくして。


「ありました」


『人事異動依頼書』


依頼部署。


王家文書保管部署。


依頼者。


グレゴール・ヴァイス。


「やっぱりグレゴールです」


アルトは首を傾げた。


「それだけならな」


「何かありますか?」


「依頼書の日付」


七月三十日。


「再編案の修正版が作られたのは?」


「七月三十一日です」


「つまり」


アルトは記録を並べた。


七月二十八日。


グレゴールが再編案を作成。


七月三十日。


グレゴールが三人の人事処理を依頼。


七月三十一日。


再編案からグレゴール自身の残留案が消える。


八月十八日。


三人の人事処理が承認。


「順番がおかしい」


マルクが言った。


「自分を退職させる人事を、グレゴール本人が先に依頼している」


「そう」


アルトは頷く。


「だから、グレゴールが自分の意思で辞めた可能性はある」


「なら、黒帳とは?」


「まだ分からない」


アルトは資料を閉じた。


「でも、一つだけ確定した」


「何です?」


「三年前の異動は、偶然三人が同時に動いたわけじゃない」


アルトは静かに言った。


「グレゴールが再編を提案し、その再編に合わせて三人の役割が変更された」


「そして、その人事処理にはA―07が使われた」


「そういうことです」


ローディンが口を開いた。


「アルト様」


「何だ?」


「一つ、思い出しました」


「何を?」


「十年前の黒帳の指示書に……似た表現がありました」


アルトが振り向く。


「どんな?」


ローディンは目を閉じ、記憶を辿る。


「『担当者が変わっても、承認経路は変えるな』」


アルトの目が鋭くなる。


「それは十年前の指示?」


「はい」


「そして三年前」


アルトはA―07を見る。


「担当者は変わった」


「でも、承認経路は残った」


ローディンが頷く。


「……そのように見えます」


アルトはしばらく黙っていた。


やがて。


「なら、三年前の人事異動は目的じゃない」


「目的ではない?」


「黒帳にとって重要だったのは、人ではなく――」


アルトはA―07を指差した。


「この印を使える仕組みを残すことだ」


ヴィクターが息を呑む。


アルトは立ち上がった。


「次はA―07の流れを最初から追う」


「十年前より前まで?」


「ああ」


「どこまで?」


アルトは笑った。


「この印鑑が、最初に誰の手に渡ったところまでだ」


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ ①⑦②


人事異動を調べるときは、「誰が異動したか」だけでは足りない。


重要なのは、異動が決まるまでの順番。


誰が再編案を作ったのか。


誰が人事処理を依頼したのか。


誰が承認したのか。


そして、異動後に誰の権限が残ったのか。


人が入れ替わっても、同じ承認経路や処理方法が残っているなら、見るべきなのは人事ではなく「仕組み」になる。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百七十四話 営業課長、A―07の流れを追う


三年前の異動経緯が見えてきた。


だが、アルトが気になったのは人事ではなかった。


十年前。


三年前。


そして現在。


三つの場面で使われている承認確認印――A―07。


アルトは、その貸出記録を最初の日まで遡る。


すると。


A―07には、通常の台帳には存在しない「最初の貸出記録」が残っていた。

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