第百七十二話 営業課長、十年前の三人を追う
「三人の関係を調べよう」
アルトは机の上に三つの名前を並べた。
R・2。
エドガー・ミレル。
グレゴール・ヴァイス。
十年前。
三人は王家文書保管部署にいた。
だが。
「同じ部署だった」
それだけではない。
アルトは人員配置表を開いた。
「役割が違う」
R・2。
当時は記録管理補助。
エドガー。
承認文書の受付・確認担当。
そして。
グレゴール・ヴァイス。
管理責任者補佐。
「つまり、仕事の流れそのものだ」
ヴィクターが頷く。
「R・2が実際の整理作業」
「エドガーが確認」
「グレゴールが、その二人を管理する」
「そういう構造ですね」
アルトは頷いた。
「問題は、三人がどこまで一緒に仕事をしていたかだ」
ヴィクターが古い勤務記録を広げた。
「ありました」
十年前。
承認関係文書の整理班。
責任者補佐――グレゴール・ヴァイス。
確認担当――エドガー・ミレル。
記録管理補助――R・2。
「この三人」
アルトが指で追う。
「週に何度も同じ班になっています」
「ほぼ固定ですね」
マルクが言った。
「偶然じゃないな」
アルトはさらに古い記録をめくる。
「こっちは教育記録だ」
R・2の研修記録。
担当指導者――エドガー・ミレル。
「やっぱり」
アルトが呟く。
「R・2はエドガーから仕事を教わっている」
「印鑑管理も?」
「そこまで書いてある」
ヴィクターが読む。
「『承認文書の受付、整理、確認印の取り扱いについて指導』」
アルトは黙った。
「そして、もう一人」
グレゴールの名前が記された別の書類を出す。
「R・2の採用時評価」
評価者――グレゴール・ヴァイス。
「採用から三人はつながっていた」
マルクが言った。
アルトは頷く。
「ただし、ここまでは普通だ」
「普通?」
「上司が部下を評価する。先輩が新人を教える」
「問題はここからだ」
アルトは十年前の八月十二日の記録を取り出した。
あの日。
物流改革の承認手続きが進められた日。
「この日の勤務配置を見てみよう」
R・2。
第八保管庫。
エドガー。
王家文書受付所。
グレゴール。
承認文書管理室。
「三人が別々の場所にいる」
ヴィクターが言う。
「そう」
アルトは頷いた。
「なのに、記録は一本につながっている」
R・2が文書を受け取る。
↓
エドガーの処理記号で確認される。
↓
グレゴールの管理範囲に入る。
↓
第八保管庫へ移される。
「なるほど」
マルクが呟いた。
「一人で全部やる必要がない」
アルトは頷いた。
「三人の仕事をつなげれば、誰か一人が不正をしても見つけにくい」
そのとき。
ローディンが口を挟んだ。
「当時、その仕組みを使っていた者がいました」
全員がローディンを見る。
「誰だ?」
「名前は分かりません」
ローディンは古い記憶を辿るように答えた。
「ただ、十年前の黒帳の指示では、文書そのものを偽造することより――」
一拍。
「正規の手続きを通すことが重視されていました」
アルトの目が細くなる。
「正規の手続き?」
「はい」
「つまり、偽物を作るより、本物の文書を正規の担当者に処理させる」
「そのほうが、後から調べても自然に見えます」
アルトは三人の名前を見た。
R・2。
実作業。
エドガー。
確認。
グレゴール。
管理。
「三人の誰かが黒帳だった、と考える必要はない」
アルトは言った。
「三人の仕事を利用すればいい」
マルクが黙る。
アルトは続けた。
「たとえばR・2に、普通の整理作業をさせる」
「はい」
「その書類をエドガーが確認する」
「はい」
「最後にグレゴールが管理処理をする」
「それだけなら、全部正規業務です」
ヴィクターが言った。
「そう」
アルトは一枚の記録を抜き出した。
「だから問題は、その途中に何を混ぜたかだ」
十年前。
八月十二日。
追加受領文書。
受付――R・2。
確認――E―7。
管理――グレゴール。
「……全部そろっています」
マルクが呟く。
アルトは記録を見つめた。
「そして、この三人の関係で一番重要なのは――」
「誰が誰を信用していたかだ」
その言葉に、ローディンが反応した。
「R・2はエドガーを信頼していました」
「知っているのか?」
「当時の記録管理担当者から聞いたことがあります」
ローディンは続ける。
「エドガーは新人に厳しい。しかし、仕事については正確だった」
「R・2は?」
「エドガーの確認なら問題ない、と考えていたようです」
アルトは頷いた。
「では、グレゴールは?」
ローディンは少し考えた。
「グレゴールは……人を信用させるのが上手かった」
「仕事ができた?」
「少なくとも、そう見えていました」
アルトが苦笑する。
「それが一番厄介だな」
ヴィクターが別の記録を見つけた。
「アルト様」
「どうした?」
「三人の評価記録があります」
「見せて」
ヴィクターが三枚を並べる。
R・2。
『正確だが、判断を上司に依存する傾向あり』
エドガー。
『規則を重視し、独断を避ける』
グレゴール。
『部下への指示が明確で、管理能力が高い』
アルトはしばらく黙っていた。
そして。
「これだ」
「何がです?」
「三人の弱点が、きれいにつながっている」
R・2は上司の指示を疑いにくい。
エドガーは規則を重視する。
グレゴールは指示を出す立場。
「つまり」
アルトは指を折る。
「R・2には、指示通りに作業させる」
一本。
「エドガーには、正規の確認手続きだと思わせる」
二本。
「グレゴールが全体の流れを管理する」
三本。
「この三人だけなら、誰も不正をしているつもりがなくても、結果として不正な記録を作れる」
部屋が静かになった。
マルクが言った。
「それって……」
「ああ」
アルトは頷く。
「黒帳は、人を買収する必要すらなかった可能性がある」
「では、三人は利用された?」
「少なくとも、その可能性はある」
アルトは断定しなかった。
そのとき。
ヴィクターが古い紙を一枚持ち上げた。
「もう一つあります」
「何だ?」
「三年前の異動記録です」
エドガー。
王家文書保管部署から王家会計監査室へ。
グレゴール。
王家文書保管部署を退職。
R・2。
記録管理担当へ昇格。
「三年前」
アルトが呟く。
「三人の関係が切れた」
「はい」
「いや」
アルトは首を横に振った。
「切れたんじゃない」
三年前の異動記録を指差す。
「役割だけが変わった」
エドガーは監査側へ。
R・2は記録側へ。
そしてグレゴールは退職。
「もし黒帳が、この三人の仕事の流れを利用していたなら――」
アルトは三年前の記録をめくった。
「誰かが、この仕組みを知ったまま別の場所へ移った可能性がある」
ヴィクターが気づく。
「エドガー……」
「ああ」
「監査室へ移っています」
「そして現在、承認記録を監査できる立場にいる」
アルトは頷いた。
だが。
「だからといって、エドガーが黒帳とは限らない」
「はい」
「むしろ、確認しなければならない」
アルトは立ち上がった。
「三年前の異動を誰が承認したのか」
「そこまで?」
「そこまでだ」
アルトは三人の名前をもう一度見た。
十年前。
三人は同じ流れの中にいた。
三年前。
その三人は別々の場所へ散った。
そして現在。
その流れが再び動き始めている。
「偶然なら、それでいい」
アルトは静かに言った。
「でも、もし誰かが三年前から仕込んでいたなら――」
マルクが息を呑む。
アルトは続けた。
「黒帳の仕組みは、十年前から今まで一度も途切れていない」
━━━━━━━━━━━━━━
営業メモ ①⑦①
組織の不正を調べるときは、一人の行動だけを追うと見落としが生まれる。
「指示する人」
「実際に作業する人」
「確認する人」
「最終的に管理する人」
この流れを分解して調べる。
全員が不正をしているとは限らない。
むしろ、一人ひとりが正しい仕事をしているように見える状態で、全体だけが不正になることもある。
だからこそ、個人ではなく「業務の流れ」を見る。
━━━━━━━━━━━━━━
次回予告
第百七十三話 営業課長、三年前の異動を追う
十年前の三人。
R・2。
エドガー。
グレゴール。
三年前、三人の立場が同時に変わっていた。
アルトは、その異動を承認した人物を調べる。
すると――。
三人の異動書類には、同じ「承認確認印」が使われていた。




