第百七十一話 営業課長、R・2の記号を追う
「R・2の記号を、全部洗い出そう」
アルトは机の上に記録を並べた。
第八保管庫。
承認関連文書。
印鑑管理。
そして、整理後確認。
どの記録にも、R・2という処理記号が残っている。
問題は――。
その記号を本人が使ったのか。
それとも。
誰かが使ったのか。
「まず、現在の記録からです」
ヴィクターが一枚の一覧表を差し出した。
R・2の処理記号が使われた時間。
九時四十七分。
九時五十二分。
十時一分。
十時三分。
十時七分。
十時九分。
アルトは時刻を追った。
「この中で、R・2が実際にいた場所は?」
「九時四十七分は印鑑管理室」
「十時一分から十時九分は第八保管庫です」
マルクが答える。
「では、九時五十二分と十時三分は?」
ヴィクターが記録を確認する。
「……記録管理室です」
アルトは眉を寄せた。
「同じ時間帯に三か所?」
「R・2が移動した可能性は?」
「ありません」
ヴィクターが首を振る。
「移動記録では、R・2は九時五十五分まで印鑑管理室付近。その後、第八保管庫へ向かっています」
つまり。
九時五十二分の記号使用は不可能ではない。
だが、十時三分の記号使用は第八保管庫。
ここまでは本人が使った可能性がある。
問題は――。
別の記号だった。
◆
「エドガー・ミラー」
アルトが名前を口にした。
「彼の処理記号は?」
「E―7です」
ヴィクターが答える。
監査部門へ異動したエドガー。
現在は承認関連文書の監査担当。
ところが。
「E―7の使用記録を出してくれ」
一覧表が机に置かれる。
九時五十二分。
十時三分。
十時七分。
十時九分。
アルトが目を細めた。
「……R・2と重なっている」
「はい」
しかも。
エドガー本人は――。
「今日は休暇です」
マルクが言った。
部屋が静かになった。
◆
「処理記号の代理使用記録は?」
「確認します」
ヴィクターが別の帳簿を開く。
処理記号には規則がある。
本人が不在の場合。
代理使用者の名前。
代理理由。
上司の確認。
この三つを記録する。
だが。
「ありません」
「一件も?」
「一件もありません」
アルトは椅子にもたれた。
「つまり、エドガーが休んでいる日にE―7が使われた」
「はい」
「しかも、その記録には代理使用の届け出がない」
アルトは記録を見つめる。
「これは単純な記入ミスじゃない」
ローディンが口を開く。
「十年前にも、似たことがありました」
アルトが顔を上げる。
「詳しく話してくれ」
◆
ローディンが古い記録を広げた。
十一年前ではない。
さらにその前。
十年前の承認関連文書。
そこにもE―7が使われていた。
「当時のエドガーは、文書受付担当でした」
「今と違うな」
「はい」
ローディンは記録を指した。
「ところが、このE―7が使われた時間、エドガーは受付室にいました」
そして。
「記録の処理場所は第八保管庫」
アルトは黙った。
「本人は受付室」
「記号は第八保管庫」
「そして、記号の確認者は?」
「記録上はエドガー本人です」
アルトは小さく息を吐いた。
「本人がいない場所で、本人の記号が使われている」
十年前。
そして現在。
同じことが起きている。
◆
アルトは二つの記録を並べた。
十年前。
エドガー――受付。
R・2――文書整理。
グレゴール――管理補佐。
現在。
エドガー――監査。
R・2――文書管理。
グレゴール――退職。
「三人の立場は変わった」
アルトが言った。
「でも、処理の流れは残っている」
ローディンが頷く。
「黒帳は、人間そのものではなく、役割を利用している」
「そういうことだ」
アルトはE―7の記録を指差した。
「エドガーの記号を使えば、記録上はエドガーが確認したことになる」
R・2の記号を使えば。
「R・2が整理したことになる」
グレゴールの管理権限があれば。
「管理上の問題も通せる」
アルトは三人の名前を囲んだ。
「この三つが揃えば、正規の手続きを通したように見せられる」
◆
だが。
アルトはそこで手を止めた。
「一つ確認したい」
ヴィクターを見る。
「E―7を管理していた責任者は誰だ?」
「当時の記録では――」
ヴィクターが古い人事表を開く。
「管理責任者補佐、グレゴール・ヴァイスです」
アルトの視線が上がる。
「やっぱりな」
十年前。
E―7の管理。
A―07の管理。
第八保管庫。
そしてR・2。
すべての記録に。
グレゴールの名前が関係している。
◆
「ただし」
アルトはすぐに釘を刺した。
「グレゴールが黒帳の人間だったと決めつけるのは早い」
マルクが頷く。
「本人が仕組みを利用された可能性もあります」
「そうだ」
アルトは続ける。
「重要なのは、誰が悪いかじゃない」
アルトは記録を指で叩いた。
「誰が、どの記号を、どの場所で、どの時間に使ったのか」
営業で言えば。
担当者の名前だけを見て契約を判断するようなものだ。
本当に見るべきなのは。
誰が処理し。
誰が確認し。
誰が承認し。
誰が利益を得たのか。
アルトは立ち上がった。
「R・2の記号だけじゃない」
「他の記号も?」
「そうだ」
アルトはE―7を指差した。
「エドガーの記号が、本人のいない場所で使われた日を全部拾う」
そして。
「その日にR・2の記号が使われていたかも確認する」
ヴィクターが頷く。
「二つが重なった日を探すんですね」
「そうだ」
アルトは笑った。
「点が二つ重なれば、線になる」
その瞬間。
ヴィクターが古い記録をめくった。
「……ありました」
「何が?」
「十年前です」
ヴィクターが日付を指した。
「E―7とR・2が、同じ日に使われています」
アルトが記録を見る。
さらに。
その日の管理責任者欄には――。
グレゴール・ヴァイス。
アルトは三人の名前を見つめた。
「十年前から、三人の記録が重なっている」
だが。
それだけでは終わらない。
「この三人が、三年前の再編でどう動いたのか」
そこを追えば。
現在の仕組みが、どこから引き継がれたのかが見えてくる。
営業課長は、十年前の人事記録を開いた。
営業メモ
①⑦⓪
担当者を疑う前に、まず「記号」を疑う。
本人が処理したのか。
誰かが代理で使ったのか。
あるいは、本人が知らないところで使われたのか。
記録上の名前と、実際に動いた人間が一致しているとは限らない。
そして複数の記号が同じ日に重なったとき、そこには「仕組み」が存在する可能性がある。
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次回予告
第百七十二話
「営業課長、十年前の三人を追う」
R・2。
E―7。
そしてグレゴール。
十年前、この三人の業務が同じ流れの中に存在していた。
アルトは三人の当時の役職と、人事記録を照合する。
そして見つかったのは――。
「三人は、偶然同じ場所にいたんじゃない」
十一年前から続く仕組みと、三年前の再編。
二つの時間が、ついにつながり始める。




