第百六十八話 営業課長、黒帳の反応を見る
コンコン。
扉が、もう一度叩かれた。
「誰だ?」
ヴィクターが声をかける。
「……文書保管部署です」
男の声。
アルトは扉を見た。
「用件は?」
「管理番号A―07について、確認が必要になりました」
アルトは眉を上げた。
まだ正式な確認予定は、登録していない。
「ヴィクター」
「はい」
「A―07の確認予定、記録されてる?」
ヴィクターは机の上の台帳を確認した。
「……ありません」
「やっぱりな」
アルトは扉を見た。
「じゃあ、どうして外の人間が知っている?」
返事はない。
「開けるぞ」
アルトが扉を開ける。
そこに立っていたのは、文書保管部署の制服を着た男だった。
「確認に参りました」
「誰の指示?」
「保管部署の管理責任者です」
「名前は?」
男が一瞬、言葉に詰まる。
「……口頭で受けました」
アルトの目が細くなった。
「口頭?」
「はい」
「じゃあ、その確認依頼を出した記録は?」
「受付箱に入っていました」
「受付箱?」
「文書保管部署の職員用受付箱です」
アルトは振り返った。
「フェルナン」
「はい」
「受付台帳を」
フェルナンが棚から厚い台帳を取り出す。
受付箱に入った文書は、必ず受付台帳に記録する。
日時。
受付番号。
件名。
処理担当。
その順番で記載されている。
フェルナンが今日の日付を探した。
「……ありました」
「読んで」
「受付時刻、現在時刻の九分前。件名は『印鑑管理上の確認』」
「受付番号は?」
「W―3821」
アルトはその番号を紙に書いた。
「処理担当は?」
「……空欄です」
マルクが眉をひそめる。
「処理担当が空欄?」
「通常なら、あり得ません」
フェルナンが答える。
「受付した人間の名前が残ります」
アルトは頷いた。
「じゃあ次」
受付番号W―3821を、別の台帳で検索する。
『王家文書回付台帳』
そこに、同じ番号があった。
『W―3821』
件名――印鑑管理上の確認。
受付時刻――九分前。
回付先――記録管理担当。
「ここだ」
アルトが指を止めた。
「記録管理担当に回付されている」
ヴィクターが言う。
「でも、担当者名がない」
「そして、もう一つ」
アルトは回付台帳の下にある欄を指した。
『原本保管位置』
そこには、
『受付箱・第二区画』
と書かれている。
「原本はまだ受付箱にある」
フェルナンが言う。
「なら、確認してみよう」
アルトたちは文書保管部署の受付箱へ向かった。
受付箱は、部署の入口近くに設置されていた。
いくつかの仕切りに分かれている。
『通常受付』
『緊急』
『承認関連』
『保管庫関係』
アルトは第二区画を開けた。
そこには数枚の書類が入っていた。
上から順に確認する。
通常業務。
保管依頼。
印鑑返却。
そして。
一番下。
「これだ」
一枚の薄い紙。
件名は、
『管理番号A―07 現物確認依頼』
受付番号――W―3821。
アルトは裏返した。
裏面には回付印。
『記録管理担当』
その横に、小さく、
『R・2』
と記されている。
「……R・2」
フェルナンの顔が変わった。
「十年前の記録と同じです」
アルトは紙を持ち上げた。
「まだだ」
「え?」
「この紙が本当に、ここで作られたものなのか確認する」
「どうやって?」
「紙の管理番号を見る」
文書保管部署では、業務指示書用の用紙にも管理番号が振られている。
アルトは紙の端を確認した。
『文書用紙番号 D―2146』
フェルナンが用紙管理簿を取り出す。
D―2146。
「……この用紙は、三日前に保管部署へ搬入されています」
「誰が受け取った?」
「記録管理担当です」
アルトが顔を上げた。
「名前は?」
「……現在の第二担当」
部屋の空気が変わった。
「なるほど」
アルトは紙を机に置いた。
「ここまでで、指示書の流れが見えた」
ヴィクターが整理する。
「三日前に用紙が搬入された」
「それを記録管理担当が受け取った」
「今日、その用紙でA―07の確認指示書が作られた」
「受付箱に入れられた」
「受付担当が受付番号W―3821を付けた」
「そして記録管理担当へ回付された」
アルトは頷いた。
「でも、一つだけおかしい」
「何です?」
「作成者の名前がない」
確かに。
受付担当の記録もない。
作成者の記録もない。
残っているのは、
受付番号。
回付先。
R・2。
そして用紙番号。
「つまり」
ローディンが呟く。
「誰かが正式な業務の流れを使って、作成者だけを消した」
「そういうことだ」
アルトは指示書をもう一度見る。
「そして、この紙が俺たちのところまで来た」
「……黒帳が反応した」
マルクが言う。
「そう」
アルトは頷いた。
「俺たちがA―07を調べると分かった」
だから黒帳は、A―07の確認を止めようとした。
ただし。
動いたのは、アルトが疑っていた人物本人ではない。
別の職員を使い、正式な受付手順を利用して指示書を送り込んできた。
「黒帳は、誰か一人を動かしているんじゃない」
アルトは静かに言った。
「王家の業務手順そのものを利用している」
そして。
指示書の端にある小さな文字を見る。
『R・2』
「だからこそ、逆に追える」
アルトは笑った。
「この紙を作った人間じゃない」
「この紙を作れる手順を知っていた人間を探す」
ヴィクターが頷く。
「用紙管理」
「受付」
「回付」
「そしてR・2」
アルトは指を一本ずつ折った。
「この四つを、全部照合する」
ローディンが息を吐く。
「また記録の迷路だな」
「迷路じゃない」
アルトは笑った。
「営業なら、伝票を逆に追えばいいだけだ」
「……営業課長、ここ王宮ですよ」
「場所が変わっても基本は同じだよ」
一瞬。
緊張していた部屋に、小さな笑いが起きた。
だが。
アルトはすぐに表情を戻した。
「さあ、黒帳」
指示書を机に置く。
「次は、お前が消した記録を見つける番だ」
━━━━━━━━━━━━━━
営業メモ ①⑥⑦
不自然な書類を見つけたら、書類そのものだけを見るのではなく、発生から処理までを逆にたどる。
用紙管理番号。
受付番号。
受付時刻。
回付先。
処理記号。
それぞれを別の台帳と照合する。
一つの記録が欠けていても、別の記録に痕跡が残っていることがある。
「誰が書いたか」が分からなくても、「どうやって書類が流れたか」は追える。
━━━━━━━━━━━━━━
次回予告
第百六十九話 営業課長、消された指示書を追う
A―07確認指示書の流れが見えてきた。
しかし、作成者の名前だけが存在しない。
アルトはさらに、用紙の払い出し記録と受付担当の勤務記録を照合する。
すると――。
指示書が作られた時間に、そこにいるはずのなかった人物の記録が浮かび上がる。




