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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第百六十三話 本物と偽物を見抜け


「さあ、黒帳」


アルトは煙の向こうを睨んだ。


「どっちが本物か――当ててみろ」


煙はまだ濃い。


視界はほとんどない。


仲間の姿すら確認できない。


「アルト様!」


ヴィクターの声がする。


「どうしますか!」


「その場を動くな!」


「分かりました!」


アルトは腰を落とした。


そして、煙が出る直前のことを思い出す。


木箱を開けた時。


アルトは中身を一度だけ確認した。


大量の書類。


そして、六人の名簿。


だが――。


その時、アルトは名簿をそのまま信じてはいなかった。


木箱を開ける前。


アルトはガルドに小声で指示していた。


「ガルド」


「はい」


「もし、この箱に名簿が入っていたら、一枚だけ俺に渡してくれ」


「……差し替えるのですか?」


「いや」


アルトは首を振った。


「最初から混ぜておく」


「いつの間に?」


「ここへ来る前だ」


アルトは懐から薄い紙を取り出した。


それは、王家物流管理局の古い記録を参考に作った偽の名簿だった。


「黒帳が俺たちを監視しているなら、木箱を開けた瞬間から見ている可能性がある」


「つまり、本物を見つけたと思わせる」


「そういうことだ」


アルトは偽の名簿を本物と同じ大きさに整えた。


さらに。


本物と同じ紙質に近づけるため、古い書類の束に一晩挟んでいた。


「見た目だけなら、簡単には区別できない」


ガルドが尋ねた。


「しかし、どこへ入れるのです?」


「木箱の一番上」


「一番上……」


「黒帳が罠を仕掛けているなら、最初に確認するのは一番目立つ情報だ」


アルトは笑った。


「だから、そこに餌を置く」


そして現在。


煙の中。


アルトは静かに笑った。


「……あの時の俺は、木箱の中身を信用していなかった」


ヴィクターが尋ねる。


「では、最初から?」


「そうだ」


「名簿を見つけた時、驚いたように見えましたが……」


「演技だ」


マルクが呆れた。


「お前、そこまでやってたのかよ……」


「相手が黒帳だからな」


アルトは煙の向こうを見る。


「こっちが見られているなら、こっちも見返す」


その時。


煙の向こうで足音がした。


一歩。


二歩。


そして――止まる。


「誰かいる!」


マルクが剣を構える。


「待て!」


アルトが制した。


「足音だけじゃ判断するな」


「でも!」


「黒帳は、俺たちがそう反応することも分かっている」


静寂。


やがて。


煙の向こうから声がした。


「アルト様」


フェルナンの声。


「こちらです」


アルトは黙った。


目の前には、本物のフェルナンがいる。


なら。


外にいるのは偽物だ。


「フェルナン」


「はい」


「お前、そこから一歩も動くな」


「分かりました」


アルトは声を張った。


「外にいる奴に聞く」


扉の向こうへ。


「十年前、レインハルト家に責任を集中させた指示書を書いたのは誰だ?」


沈黙。


煙の向こうから返事が来た。


「……ローディンです」


ローディンの顔が険しくなった。


「違います」


アルトは笑った。


「これで一つ」


「何がです?」


ヴィクターが尋ねる。


「偽物だ」


外の声が続く。


「アルト様、早くここを出てください」


「その必要はない」


「なぜです?」


「お前は、俺たちが何を見つけたか知らない」


「……」


「なのに、ここへ来た」


アルトの声が低くなる。


「つまり、お前は中の情報を誰かから受け取っている」


沈黙。


アルトは続けた。


「黒帳の内側にいるな」


返事はない。


やがて。


煙が少しずつ薄くなっていく。


床が見える。


棚が見える。


仲間の姿も戻ってくる。


「……見えた」


マルクが呟いた。


「やっとだ」


だが。


アルトはすぐに木箱を確認した。


「……やっぱり」


「どうしました?」


ヴィクターが覗き込む。


アルトは一枚の紙を持ち上げた。


「一枚、抜かれている」


「いつの間に?」


「煙の中だ」


マルクが周囲を見る。


「でも、誰も木箱に近づいてないぞ」


「近づいたんじゃない」


アルトは天井を見る。


「上から抜いたんだ」


「上から?」


「煙で視界を奪って、俺たちの注意を別の方向へ向ける。その間に、一枚だけ回収する」


ヴィクターが息を呑む。


「では、黒帳は最初から……」


「そう」


アルトは頷いた。


「俺たちが木箱を開けることも、名簿を見ることも、その名簿を持ち出そうとすることも想定していた」


「なら、盗まれた一枚は……」


アルトは紙を見る。


そして笑った。


「偽物だ」


マルクが目を丸くする。


「だから、いつ入れたんだよ?」


アルトは指を一本立てた。


「この地下へ来る前だ」


「地下へ来る前?」


「黒帳が仕掛けた木箱なら、本物だけ入っているとは考えなかった」


アルトは続ける。


「だから俺は、事前に作った偽の名簿をガルドに預けた」


「それを木箱の一番上に?」


「正確には、本物の名簿と重ねた」


アルトは頷く。


「上から見れば、どちらも同じに見える」


「でも、どうやって本物と偽物を見分ける?」


「簡単だ」


アルトは懐から紙を取り出した。


「本物には、紙の端に小さな折り目がある」


ヴィクターが目を細める。


「……本当だ」


「偽物にはない」


アルトは偽物の紙を拾い上げた。


「黒帳は、この違いを知らない」


「だから、盗んだ」


「そういうことだ」


ローディンが低い声で言った。


「つまり黒帳は、アルト様が欲しい情報を奪ったつもりで……」


「実際には、俺が選ばせた情報を持っていった」


アルトは笑った。


「営業ではよくある」


マルクが嫌そうな顔をする。


「また営業かよ」


「相手に選ばせたと思わせて、こちらが選ばせる」


アルトは偽物の名簿を見る。


「それが交渉だ」


そして。


アルトは本物の名簿を取り出した。


そこには。


『王家物流管理局・記録管理補佐』


という名前。


だが。


アルトはすぐに首を振った。


「……これも違う」


「え?」


「この名前を信じさせること自体が、次の罠だ」


アルトは紙を裏返す。


そこには小さな印があった。


ローディンの顔が凍る。


「……これは」


「知っているな?」


「はい」


ローディンは低い声で答えた。


「これは、王家物流管理局の職員印ではありません」


「じゃあ何だ?」


「王家文書保管部署の確認印です」


アルトの目が鋭くなる。


「つまり?」


「この名簿を作った人間は、物流管理局の人間ではない」


アルトは静かに頷いた。


「そういうことだ」


マルクが頭を抱える。


「じゃあ、あの名前自体が罠だったのか?」


「おそらくな」


アルトは扉を見る。


「黒帳は俺たちに、王家物流管理局へ疑いを向けさせたかった」


「そして、本物の情報を盗ませるために……」


「煙まで使った」


アルトは立ち上がる。


「でも、黒帳にも一つ誤算がある」


「何です?」


アルトは笑った。


「俺は、盗まれる情報まで営業材料にする」


そして。


盗まれた一枚を見る。


「黒帳が欲しがったのは、名簿じゃない」


アルトの目が細くなる。


「この名簿を作った人間につながる情報だ」


その瞬間。


扉の向こうから。


――カチャ。


小さな音がした。


全員が振り向く。


アルトは笑った。


「来たな」


「誰が?」


「本物だ」


アルトは剣に手を伸ばした。


「今度は、こっちから見抜く番だ」


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ①⑥②


「相手が欲しがる情報には、必ず理由がある。


何を盗まれたかを見るだけではなく、


『なぜ、それを選んだのか』


まで考える。


相手の欲しいものを知れば、相手の目的も見えてくる。


営業でも同じだ。


相手の要求の裏側にある、本当の目的を見抜くことが重要だ。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百六十四話「営業課長、黒帳の本命を追う」


煙幕の中で盗まれた一枚の紙。


しかし、それすらアルトが事前に仕込んだ偽物だった。


黒帳が本当に欲しがっていたもの。


それは、名簿ではなかった。


そして扉の向こうから現れる「本物」。


アルトはついに、黒帳の情報網を王家文書保管部署まで追い詰める――。

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