第百六十話 営業課長、王女の危機を察知する
「エリシア様です!」
ガルドの声が響いた。
アルトは窓へ駆け寄る。
王家の馬車が三台。
先頭には王家の紋章。
その後ろには護衛の騎士たち。
一見すれば、いつもの王女の移動だった。
だが。
アルトは違和感を覚えた。
「……止めろ」
「はい?」
「馬車を止めろ!」
ガルドが慌てて外へ走る。
しかし。
その瞬間。
先頭の馬車が速度を上げた。
「なっ……!」
予定より明らかに速い。
しかも。
護衛の騎士たちが馬車を囲むように動いている。
アルトは目を細めた。
「おかしい」
ヴィクターが尋ねる。
「何がです?」
「護衛の配置だ」
通常なら、王女の馬車の前後に護衛を置く。
だが今は違う。
「完全に馬車を外から見えなくしている」
マルクが剣を抜いた。
「つまり……」
「誰かに見られたくない」
アルトは走り出した。
「行くぞ!」
三人が後を追う。
しかし。
その時だった。
――ヒュッ!
一本の矢が飛んできた。
アルトの目の前を通り過ぎる。
「伏せろ!」
マルクが叫ぶ。
矢は壁に突き刺さった。
その先端には、小さな黒い紙が結びつけられている。
ヴィクターが拾う。
「これは……」
紙には一言。
『王女はもう、こちらの手の中だ』
アルトの顔から血の気が引いた。
「……まずい」
「アルト様!」
「馬車を追う!」
全員が走る。
王家の馬車は、王宮へ向かうはずだった。
だが。
進行方向が違う。
「西門方面へ向かっています!」
ガルドが叫ぶ。
アルトは即座に判断した。
「西門は違う!」
「では?」
「旧王家倉庫だ!」
全員の顔が強張る。
旧王家倉庫。
十年前、黒帳が物流改革を潰した場所。
そして現在。
黒帳が何度も接触している場所。
「なぜエリシアをそこへ?」
マルクが問う。
アルトは答えた。
「俺たちを呼び出すためだ」
「……囮?」
「いや」
アルトは首を振る。
「人質だ」
その瞬間。
遠くから馬のいななきが響いた。
王家の馬車が急停止した。
「止まった!」
アルトたちは速度を上げる。
しかし。
馬車の周囲にいた護衛騎士が、一斉にこちらへ振り返った。
剣を抜く。
マルクが構える。
「敵か?」
アルトは騎士たちを見る。
「……違う」
一人の騎士が叫んだ。
「近づくな!」
「エリシアは?」
「中におられる!」
アルトが馬車を見る。
扉は閉じている。
「なら、開けろ!」
「できません!」
「なぜだ!」
騎士の顔が青ざめる。
「王女殿下から、開けるなとの命令が出ています」
「……エリシア本人が?」
「はい!」
アルトは馬車を睨む。
「あり得ない」
エリシアなら。
アルトたちが追ってきたことを知れば、必ず状況を確認する。
それなのに。
「アルト様!」
ヴィクターが叫ぶ。
「こちらです!」
馬車の車輪の下。
小さな紙片が落ちていた。
アルトが拾う。
そこにはエリシアの筆跡。
『アルト、来ないで』
一瞬。
アルトの呼吸が止まった。
「……偽物だ」
「え?」
「エリシアは、こんな書き方をしない」
アルトは紙を握る。
「俺の名前を呼ぶなら、必ず『アルト様』だ」
マルクが目を見開く。
「つまり……」
「偽の命令だ」
その瞬間。
馬車の中から声が聞こえた。
「アルト様……!」
エリシアの声。
「助けて……!」
アルトが馬車へ駆け寄る。
だが。
「近づくな!」
騎士が叫んだ。
「爆発します!」
「何だと?」
馬車の床下から。
カチッ。
小さな音がした。
アルトの顔色が変わる。
「全員、離れろ!」
マルクが叫ぶ。
「エリシア様!」
「待て!」
アルトは馬車を見つめる。
爆発物が仕掛けられている。
しかも。
王女が中にいる。
「……黒帳は、俺を殺すつもりじゃない」
アルトが呟く。
「俺に選ばせるつもりだ」
エリシアを助ければ危険。
助けなければ王女を失う。
完全に追い込まれている。
だが。
アルトは笑った。
「……そういうことか」
ヴィクターが驚く。
「アルト様?」
「黒帳は、俺が合理的に判断すると考えている」
アルトは馬車へ近づく。
「だったら――」
マルクが腕を掴む。
「待て! 危険だ!」
「分かってる」
「なら行くな!」
「行かなきゃ、エリシアが死ぬ」
アルトはマルクの手を振りほどいた。
「営業でも同じだ」
「何?」
「相手が『二択しかない』と思わせてきた時は――」
アルトは馬車を見上げる。
「必ず三つ目を探す」
そして。
アルトは馬車の床を見た。
「……見つけた」
「何を?」
「黒帳が見落としたものだ」
アルトは叫ぶ。
「ガルド!」
「はい!」
「王家の馬車を扱える整備工を全員呼べ!」
「承知しました!」
「ヴィクター!」
「はい!」
「周囲を封鎖! 誰も逃がすな!」
「了解!」
「マルク!」
「何だ!」
「俺が馬車を開ける。何かあったらエリシアを連れて走れ!」
マルクが頷く。
「分かった!」
アルトは馬車の扉へ手を伸ばした。
その瞬間。
中から。
カチッ。
もう一度。
音がした。
アルトの手が止まる。
そして。
馬車の中からエリシアの声が響いた。
「アルト様……急いで!」
アルトは目を見開いた。
「……エリシア」
今度の声は。
本物だった。
「もう、時間がありません!」
アルトは歯を食いしばる。
残された時間は。
ほとんどない。
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営業メモ①⑤⑨
「相手から『二択』を突きつけられた時ほど、一度立ち止まる。
本当に二択しかないのか。
第三の選択肢はないのか。
追い込まれた時こそ、視野を狭くしない。
営業でも危機管理でも、最後に勝負を分けるのは『考える余裕』を失わないことだ。」
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次回予告
第百六十一話「営業課長、爆発寸前の王女を救え」
エリシアを乗せた王家の馬車。
そこには黒帳が仕掛けた爆発物があった。
しかも、残された時間はほとんどない。
アルトは「二択」に見せかけられた罠の中から、第三の道を探す。
しかし――。
馬車の外には、黒帳の刺客。
そして王家の護衛の中にも、敵がいる可能性が浮上する。
アルトはエリシアを救えるのか。
それとも――。
黒帳が仕掛けた本当の狙いが、ついに姿を現す。




