第百五十八話 営業課長、王家の承認を止める
翌朝。
王家物流管理局。
全国物流改革案の最終承認が始まろうとしていた。
アルトは会議室の前で足を止める。
「……いよいよだな」
隣にはエリシア。
そして、マルク、ヴィクター、ローディンもいる。
ローディンは、すでに黒帳の幹部であることを告白している。
今は拘束された身だが、十年前から続く黒帳の情報網を知る証人として、この場にいる。
「アルト様」
ヴィクターが一枚の紙を差し出した。
「昨日の三つの餌について、確認が取れました」
「まず西部物流は?」
「ハインツ・グローヴェンが受け取っています」
「その後は?」
「動きはありません」
「港湾は?」
「ダリオ・ベルクが資料を確認しました。こちらも動きはありません」
「そして旧王家倉庫」
ヴィクターの表情が変わる。
「こちらだけ、動きがありました」
アルトは頷いた。
「やはりな」
「フェルナン・クレイスが資料を閲覧した直後、不審な荷馬車が三台、旧王家倉庫へ向かっています」
「そして、そのうち一台が商館へ」
「はい」
「その商館から黒帳へ情報が流れた」
アルトは静かに息を吐いた。
「これで、三経路のうち一つが絞れた」
そのとき。
会議室の中から声がした。
「全国物流改革案の最終承認を開始します」
アルトたちは中へ入った。
机の上には、最終案が置かれている。
担当者が説明を始める。
「今回の改革では、西部物流、港湾物流、王都物流を連携させ――」
アルトは資料をめくる。
すると。
一つの条項で手が止まった。
『主要物流拠点の管理権限を王家物流管理局へ集約する』
「……」
アルトの目が細くなる。
ヴィクターが資料を確認した。
「この条項……原案にはありません」
「やっぱりか」
「昨日までの原案には存在していません」
アルトは顔を上げた。
「誰が追加した?」
ヴィクターが変更履歴を確認する。
そして。
「フェルナン・クレイスです」
会議室が静まり返った。
全員の視線がフェルナンへ向く。
「……私です」
フェルナンは小さく答えた。
「理由を説明してください」
担当者が問いかける。
フェルナンは俯いた。
「私は……指示を受けました」
「誰から?」
「それは……」
フェルナンの声が止まる。
アルトが口を開いた。
「フェルナン」
「はい」
「昨日、旧王家倉庫の資料を見たな?」
「……はい」
「その後、不審な荷馬車が動いた」
フェルナンの顔色が変わる。
「なぜ、それを……」
マルクが小さく呟いた。
「自分で答えを教えてるぞ」
「……」
フェルナンは完全に黙り込んだ。
アルトは責めるような口調にはしなかった。
「話してくれ」
「……はい」
フェルナンは深く息を吸った。
「私は黒帳の幹部ではありません」
「分かっている」
「ですが……黒帳へ情報を流していました」
会議室がざわつく。
ローディンが静かに尋ねた。
「どのくらい前からだ?」
「数年前からです」
「どうやって?」
フェルナンは少し迷った。
そして。
「三つの経路があります」
アルトが反応する。
「三つ?」
「はい」
フェルナンは説明を始めた。
「一つ目は、西部物流です」
「ハインツ・グローヴェンか」
「はい」
「彼自身が黒帳なのか?」
「いいえ」
フェルナンは首を振る。
「ハインツは普通の物流担当者です。彼がまとめる西部物流の報告書に、輸送量や在庫、商人ごとの荷動きが記録されています」
「その報告書を、お前が見る」
「はい」
「そして?」
「必要な情報を写します」
アルトが尋ねる。
「どうやって黒帳へ渡す?」
「毎週決まった日の夕方、物流管理局に廃棄文書を回収する業者が来ます」
「その業者が黒帳か?」
「直接は分かりません」
「では?」
「廃棄文書箱の中に、赤い紐を結んだ書類を入れておきます」
「それを回収する」
「はい」
フェルナンは頷いた。
「それが第一経路です」
アルトは二本目の指を立てる。
「次は港湾か」
「はい」
「ダリオ・ベルクだな」
「はい」
「連絡方法は?」
「港湾管理局では、毎朝、前日の入出荷一覧を整理します」
「その資料に印を付ける?」
「はい」
フェルナンは答えた。
「黒帳が欲しがっている情報が載っているページに、小さな丸印を付けます」
「そのページを?」
「港湾管理局の公衆閲覧棚へ移します」
マルクが首を傾げる。
「誰でも見られるところに?」
「はい」
「それじゃ、黒帳以外の人間にも見られるんじゃないか?」
「見られても問題ありません」
フェルナンは答えた。
「丸印そのものには意味がありません。黒帳だけが、その意味を知っています」
アルトが頷く。
「つまり、普通の資料に見せかける」
「はい」
「黒帳は閲覧棚を確認し、丸印の付いたページだけを持ち出す」
「その通りです」
アルトは三本目の指を立てた。
「そして、旧王家倉庫」
フェルナンの表情が硬くなった。
「ここが、一番危険な経路です」
「なぜ?」
「旧王家倉庫の資料には、十年前の物流改革に関する記録が残っています」
アルトは黙って聞いている。
「そのため、黒帳は通常の物流情報とは別に扱っていました」
「連絡方法は?」
「王家物流管理局の正式な封筒です」
「王家の印を使うのか?」
「はい」
「中には?」
「私への指示書が入っています」
「誰が届ける?」
「毎回違います」
「顔を合わせないようにしているわけか」
「そうです」
フェルナンは続ける。
「私は指示された記録を探します」
「そして?」
「必要な部分を書き写します」
「原本は残す」
「はい」
「写したものをどうする?」
「王都の商館へ運びます」
アルトの表情が変わる。
「昨日の商館か?」
「おそらく、そこです」
「おそらく?」
「私自身は商館の人間と直接会いません」
「では、どう渡す?」
「商館の裏口に小さな木箱があります」
「木箱?」
「そこへ写しを入れます」
「そして誰かが回収する」
「はい」
「誰が?」
「分かりません」
アルトは腕を組んだ。
西部物流。
港湾物流。
旧王家倉庫。
それぞれ方法が違う。
それぞれ別の場所を経由する。
だが。
最終的には黒帳へ繋がっている。
「よくできた仕組みだ」
ヴィクターが呟く。
「一つの経路が発覚しても、他の経路は残る」
「そういうことだ」
フェルナンが頷く。
「黒帳は、一つの情報源に依存しないようにしていました」
アルトは昨日の三枚の餌を思い出す。
西部物流案。
港湾管理案。
旧王家倉庫案。
「だから三つとも違う経路に流した」
「はい」
「そして、反応したのは旧王家倉庫だけ」
「……」
フェルナンが息を呑む。
「最初から、三つの経路を調べるためだったんですね」
「そういうことだ」
アルトは笑った。
「営業でも調査でも同じだ」
マルクが嫌そうな顔をする。
「また営業の話か?」
「情報を全部追いかける必要はない」
アルトは三枚の紙を机に並べる。
「相手が反応したものだけを追えばいい」
マルクが腕を組む。
「なるほど」
「珍しく納得したな」
「営業の話じゃなければな」
「そこは営業なんだよ」
小さな笑いが起きる。
しかし。
アルトはすぐに真顔へ戻った。
「フェルナン」
「はい」
「三つの経路の先には、誰がいる?」
フェルナンは黙った。
「西部物流の先には、黒帳の商人がいます」
「港湾も?」
「はい」
「旧王家倉庫は?」
フェルナンの表情が変わった。
「……旧王家倉庫だけは、少し違います」
「どう違う?」
「商人だけではありません」
アルトの目が鋭くなる。
「誰がいる?」
「王家物流管理局の内部に……もう一人います」
「名前は?」
「分かりません」
「役職は?」
「それも……」
「では、何が分かる?」
フェルナンは震える声で答えた。
「私が受け取る指示書には、毎回同じ言葉があります」
「何と書いてある?」
「『上位承認済』」
会議室が静まり返った。
「そして、その下には……」
フェルナンが言葉を詰まらせる。
「『王家最高位』と」
アルトは黙った。
十年前にもあった。
そして今もある。
黒帳の情報網は。
王家の内部へ繋がっている。
アルトは改革案を見る。
そこには、黒帳が追加した条項がある。
「この条項を承認するわけにはいかない」
担当者が慌てる。
「しかし、最終承認の手続きは――」
「だからこそです」
アルトは変更履歴を示した。
「正式な原案になかった条項が、承認直前に追加されている」
「しかも、追加した人間が黒帳への情報提供を認めた」
エリシアが立ち上がる。
「私も、この状態での承認には反対します」
王女の言葉に、会議室が静かになる。
「本日の承認手続きは停止します」
エリシアが宣言した。
アルトはフェルナンを見る。
「そして、もう一つ頼みがある」
「はい」
「今まで受け取った指示書を全部持ってきてくれ」
フェルナンが顔を上げる。
「全部……ですか?」
「ああ」
「何年分もあります」
「構わない」
アルトは立ち上がった。
「一枚だけなら偶然かもしれない」
「だが、何枚も残っているなら」
ヴィクターが続ける。
「指示の内容、送られた時期、承認印を照合できます」
アルトは頷いた。
「そして、三つの経路がどこで一つに繋がるのかを見る」
フェルナンは静かに答えた。
「……分かりました」
アルトは窓の外を見る。
十年前。
黒帳は王家の制度を利用した。
現在。
黒帳は王家の情報網を利用している。
ならば。
その情報網を逆に辿ればいい。
「明日の承認は、絶対に通させない」
アルトは静かに呟いた。
「そして――」
その目が鋭くなる。
「黒帳の上にいる人間を、必ず引きずり出す」
━━━━━━━━━━━━━━
営業メモ①⑤⑦
「情報は、内容だけを見るのではなく、誰から誰へ、どの方法で渡ったのかを見る。
一つの情報が複数の部署を通っているなら、その経路そのものが重要な証拠になる。
営業でも、結果だけを見るのではなく、情報がどの部署を通り、誰の判断を経て動いたのかを追う。
問題を解決するには、結果ではなく『流れ』を見ることが大切である。」
━━━━━━━━━━━━━━
次回予告
第百五十九話「営業課長、黒帳の指示書を追う」
フェルナンが長年保管していた黒帳からの指示書。
そこには、三つの経路を使い分けた情報操作の記録が残されていた。
そして。
すべての指示書に共通していた「上位承認」の文字。
十年前の事件と現在の黒帳。
二つを繋ぐ人物が、ついに浮かび上がる――。




