第百五十一話 営業課長、全国物流改革をぶち上げる
翌朝。
王都の会議室には、いつになく重い空気が漂っていた。
長い机の向こうには、王家の重臣たち。
その中には、物流管理に関わる者もいる。
アルトはその中央に立っていた。
隣にはエリシア。
そして少し離れた場所にはレオン、マルク、ヴィクター、ガレスが控えている。
「では、始めます」
エリシアが口を開いた。
「アルトから、全国物流改革について提案があります」
ざわっ。
部屋が騒がしくなる。
「全国物流改革?」
「また大きな話を……」
「商業祭の改革だけでは飽き足らないのか?」
アルトは気にしない。
前世で何度も経験している。
新しい提案をした瞬間。
必ず出る。
「無理だ」
「前例がない」
「問題が起きる」
営業では、お決まりの三点セットだった。
アルトは資料を一枚、机の上に置いた。
「まず、現在の問題から説明します」
地図を広げる。
王国全土。
主要都市。
街道。
港。
倉庫。
物流拠点。
「現在、この国の物流は地域ごとに分断されています」
指を動かす。
「各地域で別々に荷物を集め、別々の業者が運び、別々の倉庫で管理している」
「それの何が問題なのだ?」
重臣の一人が尋ねる。
「情報が共有されていないことです」
アルトは即答した。
「どこに商品が余っていて、どこで不足しているのか。誰も正確には分かりません」
部屋が静かになる。
「だから、一部の地域では商品が余る」
「そして別の地域では価格が上がる」
アルトは資料をめくった。
「さらに、情報を握った者が意図的に物流を止めれば――」
一枚の資料を掲げる。
「簡単に市場を操作できます」
誰も口を開かなかった。
黒帳がやってきたこと、そのものだった。
「そこで私は、物流を一本化するのではなく――」
アルトは地図を指した。
「情報を一本化します」
「……情報を?」
「はい」
物流そのものを王家が独占するわけではない。
各地域の商人や運送業者は、そのまま活動する。
ただし。
「在庫、輸送量、価格、到着予定を共有する」
「つまり……」
「市場全体を見えるようにするんです」
重臣たちが顔を見合わせる。
アルトはさらに続けた。
「そして物流拠点を複数設置する」
王都。
港。
主要都市。
街道沿い。
「一つの倉庫、一つの商会、一つの街道に依存しない」
マルクが小さく頷く。
「黒帳対策にもなるな」
「そういうことです」
アルトは答えた。
「誰かが一つの物流拠点を止めても、国全体が止まらない仕組みにする」
その言葉に、レオンが静かにアルトを見る。
かつて自分が進めようとして潰された改革。
その続きを、息子が進めようとしている。
「だが」
別の重臣が口を挟んだ。
「それほど大規模な改革、誰が管理する?」
アルトは待っていたように答えた。
「王家です」
「……」
「ただし、王家が全てを管理するわけではありません」
アルトは一枚の資料を差し出した。
「各地域に独立した物流委員会を作る」
商人。
運送業者。
倉庫管理者。
行政。
それぞれが参加する。
「情報を共有し、問題が起きた場合は地域内で対応する」
「そして王家は?」
「全体を監視する」
アルトは笑った。
「王家が全部の荷物を数えていたら、たぶん一年で書類に埋もれます」
一瞬。
室内が静まり返る。
そして――。
「……確かに」
誰かが小さく呟いた。
「それはそうだ」
別の者も苦笑する。
緊張していた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
アルトは続ける。
「王家の役割は、物流そのものではありません」
「では何だ?」
「ルールを作り、不正を監視し、地域間の問題を調整することです」
エリシアが頷く。
「つまり、王家は物流会社になるのではなく、物流が正常に動くための仕組みを作る」
「その通りです」
アルトは地図を見る。
「これが全国物流改革の基本案です」
会議室が静まり返る。
しかし――。
一人の男が手を挙げた。
「反対だ」
アルトが見る。
「理由を聞かせてください」
「情報を共有するなど危険すぎる」
「なぜです?」
「機密情報が外へ漏れる」
「その通りです」
アルトはあっさり認めた。
「だから、情報を三段階に分けます」
価格や在庫などの一般情報。
地域間で共有する情報。
王家だけが管理する機密情報。
「誰でも全部見られるようにはしません」
「……」
男が黙る。
アルトはさらに資料を出した。
「そして、重要なのがこちら」
そこには大きく書かれていた。
『情報閲覧記録』
「誰が、いつ、どの情報を見たのか」
「全て記録します」
エリシアが驚いた顔をする。
「それは……」
「黒帳対策です」
アルトは静かに言った。
「情報を盗む人間は、必ず情報に触れます」
つまり。
情報を見た人間を記録しておけばいい。
「十年前は、誰が何を見たのか分からなかった」
ガレスが呟く。
「だから、記録を改ざんできた」
「そうです」
アルトはガレスを見る。
「でも今度は違う」
アルトは資料の最後のページを机に置いた。
「誰が情報を見たのか、誰が変更したのか、誰が承認したのか」
「全部残します」
その瞬間。
会議室の扉が開いた。
騎士が一人、慌てた様子で入ってくる。
「失礼します!」
「どうした?」
エリシアが尋ねる。
「緊急報告です!」
騎士は一枚の紙を差し出した。
「今朝、王都内の複数の商会から同時に問い合わせがありました」
「内容は?」
「全国物流改革の詳細についてです」
アルトの目が細くなる。
「……早すぎる」
まだ正式発表していない。
資料はこの部屋にしかない。
それなのに。
外部から問い合わせが来た。
つまり――。
「誰かが情報を流した」
ヴィクターが呟く。
アルトは笑った。
ほんの少しだけ。
「……かかった」
レオンがアルトを見る。
「最初から、そのつもりだったのか?」
「もちろん」
アルトは資料を一枚抜き取る。
そこに書かれていたのは――。
『全国物流改革案・草案』
ただし。
この資料は本物ではない。
黒帳を誘き出すために用意した偽の改革案だった。
「本物の計画は、まだ誰にも渡していません」
アルトは静かに言う。
「これからが本番です」
黒帳は、もう動き始めている。
そして今度は――。
アルトが、黒帳を追う番ではない。
黒帳自身に、姿を現させる。
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営業メモ①⑤⓪
「情報は、隠すだけでは守れない。
誰が、いつ、どの情報に触れたのか。
そこまで管理して初めて、情報は武器になる。
営業でも同じだ。
『誰に何を伝えたか』を記録しておけば、相手の反応から次の一手が見えてくる。」
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次回予告
第百五十二話「営業課長、黒帳に偽情報を掴ませる」
王家から流出した全国物流改革案。
しかし、それはアルトが仕掛けた「偽の改革案」だった。
黒帳は、その情報を利用して動き始める。
そしてアルトは――。
その情報を誰が最初に受け取ったのかを追跡する。




