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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百五十話 営業課長、黒帳の正体に迫る


旧水路の奥。


アルトは、机の上に置かれた黒い帳簿をじっと見つめていた。


古びた表紙。


文字はない。


だが、中身には大量の記録が残されている。


「……これ、本当に黒帳の帳簿なのか?」


マルクが低い声で尋ねる。


「おそらくな」


アルトは一枚めくった。


そこには商人の名前。


その横には金額。


さらに、その隣には物流ルート。


「……普通の帳簿じゃない」


「どういうことだ?」


「金の流れだけじゃない」


アルトは指で記録を追った。


「誰に金を渡したか」


ページをめくる。


「どの商品を止めたか」


さらにめくる。


「どの物流ルートを変更させたか」


そして。


「誰から情報を受け取ったか」


マルクが顔をしかめた。


「つまり……」


「黒帳は商売だけを動かしていたんじゃない」


アルトは静かに言った。


「情報と物流を一緒に動かしていたんだ」


ヴィクターが帳簿を覗き込む。


「これは……」


「何か分かるのか?」


「この記号です」


ヴィクターがページの端を指差した。


そこには、小さな三角形の印がいくつも並んでいる。


「十年前の物流記録にも、同じ印がありました」


アルトの目が細くなる。


「ということは……」


「黒帳は十年前から、同じ管理方法を使っていた可能性があります」


エリシアが口を開いた。


「では、十年前の事件と現在の事件は……」


「繋がっている」


アルトが答えた。


「間違いなくな」


そのとき。


帳簿の中から、一枚の紙が落ちた。


ひらり、と床へ落ちる。


アルトが拾い上げる。


そこには、複数の名前が並んでいた。


商人。


運送業者。


倉庫管理者。


そして――。


「……王家の物流関係者」


アルトが呟いた。


エリシアの表情が険しくなる。


「王家の人間が……黒帳と取引していたの?」


「まだ断定はできない」


アルトは紙を見る。


「この名前だけじゃ証拠としては弱い」


「でも、金額が書かれている」


ヴィクターが指摘する。


「こっちには日時もあります」


アルトは別のページを見る。


同じ日付。


同じ人物。


そして同じ金額。


「……一度じゃない」


アルトはページをめくる。


「何度も取引している」


マルクが拳を握る。


「だったら、そいつを捕まえれば――」


「まだだ」


アルトが止めた。


「今ここで動いたら、黒帳に逃げられる」


「だが証拠はここにある」


「だからこそだ」


アルトは帳簿を閉じた。


「この帳簿は、黒帳の一部だ」


「一部?」


「これだけの規模の組織が、帳簿を一冊だけで管理すると思うか?」


全員が黙った。


アルトは続ける。


「本帳簿があるはずだ」


「本帳簿……」


「ここにあるのは、現場用の記録だと思う」


ヴィクターが頷いた。


「確かに。金額の流れはありますが、最終的な決裁者が書かれていません」


「つまり」


アルトは帳簿を見つめた。


「もっと上に誰かいる」


その瞬間。


「アルト様!」


入口から騎士が駆け込んできた。


「王都からの連絡です!」


「内容は?」


「王家の物流管理局で、十年前の記録を再調査していたところ――」


騎士が一度息を整える。


「当時の記録を改ざんした人物の名前が浮上しました」


アルトの目が鋭くなる。


「誰だ?」


「まだ正式確認前ですが……」


騎士が一枚の紙を差し出す。


アルトは受け取った。


そこに書かれていたのは――。


「……ガレス」


全員が振り返る。


ガレスは黙っていた。


アルトが紙を見る。


そして、ガレスを見る。


「どういうことですか?」


ガレスは目を閉じた。


「……私だ」


「え?」


エリシアが驚く。


「十年前、物流記録を書き換えたのは私だ」


水路の空気が凍りつく。


マルクが一歩前へ出る。


「お前が……?」


「待て」


アルトが制した。


「理由を聞く」


ガレスは苦しそうに口を開いた。


「私は命令された」


「誰に?」


「……」


「ガレスさん」


アルトの声は静かだった。


「ここで黙ったら、十年前と同じになります」


その言葉に。


ガレスは顔を上げた。


「……当時の物流管理責任者だ」


「名前は?」


「オルベルト伯爵の側近だった男だ」


アルトは眉をひそめる。


「やっぱり、オルベルト伯爵につながる」


しかしガレスは首を横に振った。


「違う」


「違う?」


「オルベルト伯爵は、黒帳の中心ではない」


アルトの表情が変わった。


「……中心じゃない?」


「伯爵も利用されていた」


「誰に?」


ガレスは答えなかった。


その代わり、帳簿を指差した。


「その中に、答えがある」


アルトは帳簿を開く。


そして、最後のページを見る。


そこには今までとは違う形式の記録があった。


一つの記号。


その下に、短い文字。


『上位承認』


アルトは息を止めた。


「……上位承認?」


「はい」


ガレスが言う。


「この印が付いた取引だけは、私たち現場の人間には決定権がなかった」


「誰かが上から承認していた」


「そうです」


アルトはページをめくる。


同じ印が複数ある。


十年前。


そして――現在。


「……現在の取引にもある」


アルトが呟く。


「つまり黒帳は、十年前から組織を維持している」


ヴィクターが青ざめる。


「では、まだ王家の中に……」


「いる可能性が高い」


エリシアは拳を握った。


「そんな……」


アルトは帳簿を閉じる。


「だから、ここで名前を公表するわけにはいかない」


「なぜです?」


エリシアが尋ねる。


「黒帳の中枢が残っているなら、証拠を消される」


アルトは帳簿を見る。


「そして、俺たちが誰を疑っているか分かった瞬間、相手は動く」


マルクが頷いた。


「じゃあ、どうする?」


アルトは少しだけ笑った。


「営業と同じだ」


「営業?」


「相手が隠している本音を、こちらから無理に聞き出す必要はない」


アルトは帳簿を閉じる。


「相手が自分から動きたくなる状況を作ればいい」


エリシアが理解する。


「……餌を撒くのね」


「そういうこと」


アルトは立ち上がった。


「黒帳が本当に欲しいものを用意する」


ヴィクターが尋ねる。


「それは?」


アルトは王都へ続く水路の先を見る。


「全国物流改革の正式計画」


全員が沈黙した。


アルトは続ける。


「これが公になれば、黒帳は必ず動く」


「そして、その情報を誰かが黒帳へ流す」


「そう」


アルトは頷いた。


「その瞬間――」


帳簿を握りしめる。


「黒帳の中枢が、誰なのか分かる」


エリシアがアルトを見る。


その目には、もう迷いがなかった。


「やりましょう」


アルトは頷いた。


十年前に止められた改革。


今度こそ。


その続きを始める。


そして、それを止めようとする者こそが――。


黒帳の正体を、自ら証明することになる。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ①④⑨


「相手を追い詰めるだけが、営業ではない。


相手が自分から動きたくなる環境を作ることも、重要な営業戦略だ。


情報を集めるだけではなく、相手の行動から本音を読み取る。


それが、交渉を一段上に進める。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百五十一話「営業課長、全国物流改革をぶち上げる」


十年前に潰された物流改革。


アルトは、その続きを正式に王家へ提案する。


だが、その計画が黒帳にとって最大の脅威になることは間違いない。


そして――。


アルトが仕掛けた「偽の改革案」に、黒帳が動き始める。

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