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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百四十九話 営業課長、十年前の証拠を燃やさせない


旧水路の奥から、黒い煙が流れてきた。


「……始まったな」


アルトは足を止めない。


前方から聞こえるのは、木材が燃える音。


パチ……パチ……。


そして、その奥から人の声が響いた。


「早く燃やせ!」


「証拠を一枚も残すな!」


アルトの表情が変わる。


「全員、急げ!」


狭い水路を走り抜ける。


その先にあったのは、古い木箱が積まれた小部屋だった。


その中央で、数人の男が書類に火を放っている。


「止めろ!」


アルトの声に、男たちが振り返った。


「なっ……!」


「王家の騎士までいるぞ!」


「逃げろ!」


男たちが一斉に走り出す。


だが――。


「逃がすな!」


エリシアの声と同時に、騎士たちが動いた。


一人は水路の出口へ。


もう一人は男たちの進路を塞ぐ。


マルクも横から回り込み、男の腕をつかんだ。


「ここから先は通行止めだ」


「くそっ!」


男が振りほどこうとする。


だが、マルクはびくともしない。


「悪いな。今の俺は機嫌が悪い」


「マルク、それ……いつもじゃない?」


アルトが言う。


「……そうかもしれない」


こんな状況でも、妙に冷静だった。


しかし――。


「アルト!」


ヴィクターの声が響いた。


「書類が!」


振り向く。


燃え上がった木箱から、炎が天井へ伸びていた。


古い水路は乾燥した木材や紙が多い。


火が回れば、証拠だけでなく、ここにいる全員が危険になる。


「まず火を止める!」


アルトは即座に判断した。


「書類は後だ!」


「しかし――」


「証拠を守って人が死んだら意味がない!」


その言葉に、騎士たちが動く。


水路に流れている水を桶で汲み上げ、次々と火へかけていく。


エリシアも自ら桶を持った。


「私もやります!」


「エリシア殿下、危険です!」


「だからこそです!」


その声に、騎士たちは一瞬だけ驚いた。


そして――動きが速くなった。


数分後。


ようやく炎の勢いが弱まった。


残ったのは、焦げた木材と濡れた書類。


アルトはその中から、一枚を拾い上げる。


半分以上が焼けている。


だが。


「……まだ読める」


紙の端に、いくつかの文字が残っていた。


『物流変更命令』


『王家印』


そして――。


『担当……』


そこから先は焼け落ちている。


アルトは眉を寄せた。


「名前がない……」


「本当に?」


エリシアが覗き込む。


「いや」


アルトは紙を裏返した。


裏側には、薄く文字が残っていた。


「……こっちだ」


そこには、複数の数字と印が記されていた。


ヴィクターが息を呑む。


「それは……十年前の記録です」


「分かるのか?」


「はい」


ヴィクターは紙を見つめた。


「当時、物流ルートを変更した際に使われた管理番号です」


アルトの目が細くなる。


「つまり、この紙は本物?」


「おそらく」


「なら、この命令を出した人物が分かる」


アルトはそう言って、周囲を見渡した。


そのときだった。


「……私が知っている」


低い声が響いた。


全員が振り向く。


そこにいたのは、ガレスだった。


「この番号は、王家の物流監査局で使われていたものだ」


アルトは紙を渡す。


ガレスはしばらく黙っていた。


そして。


「……間違いない」


「誰の命令だった?」


ガレスの顔が強張った。


「それは――」


言葉が止まる。


「言ってください」


エリシアが静かに促す。


ガレスは目を伏せた。


「当時の命令は、王家の正式な手続きを通して出された」


「つまり、偽造じゃない」


「そうだ」


「なら……黒帳は王家の中にいた誰かと繋がっていた」


アルトが言う。


ガレスは答えなかった。


その沈黙だけで十分だった。


だが、アルトはさらに一歩踏み込む。


「ガレスさん」


「……何だ」


「十年前、レオンを陥れたのは誰ですか?」


ガレスの表情が変わった。


「……それは」


長い沈黙。


やがて。


「一人ではない」


その言葉が、水路に響いた。


「複数の人間が関わっていた」


「貴族?」


「貴族だけではない」


ガレスは焼け残った紙を見つめる。


「王家の中にもいた」


エリシアが息を呑む。


「王家の中に……?」


「正確には、王家の物流情報に触れられる立場の人間だ」


アルトは考える。


十年前。


物流改革。


ルート変更。


レオンへの責任転嫁。


そして現在。


黒帳による物流網への介入。


全部が一本につながり始めていた。


「……だから、俺たちの偽情報にも反応できた」


アルトが呟く。


三つの偽情報。


物流担当。


警備担当。


記録管理官。


それぞれに流した情報は、別々の場所へ向かった。


しかし黒帳は、その情報を利用して動いた。


つまり。


「情報を受け取るだけじゃない」


アルトは顔を上げた。


「王家の物流情報そのものを見られる人間がいる」


ヴィクターが頷く。


「その可能性が高いでしょう」


アルトは焼け残った紙を見る。


そして、小さく笑った。


「……ようやく入口まで来たな」


「入口?」


エリシアが聞く。


「はい」


アルトは紙を握る。


「黒帳を追いかけていると思っていたら――」


視線をガレスへ向ける。


「十年前から、同じ相手を追いかけていたんですよ」


ガレスは何も言わなかった。


ただ、深く目を閉じる。


その顔には、後悔が浮かんでいた。


「……私は、あの時もっと早く気づくべきだった」


「何に?」


「レオンが悪かったのではない」


ガレスが顔を上げる。


「改革そのものが邪魔だったんだ」


アルトは黙って聞いていた。


「物流を一つにまとめれば、誰かが儲けていた仕組みが壊れる」


「……だから潰した」


「そうだ」


ガレスは苦しそうに答えた。


「そして、そのためにレオンを利用した」


その瞬間。


奥から物音がした。


ガタンッ!


全員が振り向く。


「まだ誰かいる!」


マルクが走り出す。


アルトたちも続く。


水路のさらに奥。


そこには、小さな扉があった。


その向こうには、古い机。


そして――。


机の上に、一冊の黒い帳簿が置かれていた。


アルトは足を止めた。


「……黒帳」


ヴィクターが呟く。


しかしアルトは首を横に振る。


「違う」


帳簿の表紙には、何も書かれていない。


ただ、その中には大量の記録が残されていた。


物流。


金銭。


人名。


そして――。


十年前から現在まで続く、取引の記録。


アルトは一ページをめくった。


そこにあった名前を見て――。


初めて、言葉を失った。


「……これが、黒帳の本当の繋がりか」


エリシアが横から覗き込む。


そして、顔色を変えた。


次の瞬間。


水路の入口から、騎士の声が響く。


「アルト様!」


「どうした!」


「王都から緊急連絡です!」


アルトが振り返る。


「何があった?」


騎士は息を切らしながら告げた。


「王家内部で――新たな不正の証拠が見つかりました!」


アルトは帳簿を見る。


十年前から続いていた黒帳の影。


その正体が、今まさに姿を現そうとしていた。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ①④⑧


「証拠を守ること」と「人を守ること」は、同じではない。


商談でも問題解決でも、目の前の数字や資料に夢中になると、本来守るべき目的を見失うことがある。


まず目的を守る。


そのうえで、証拠を残す。


優先順位を間違えないことが、最後の成果を左右する。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百五十話「営業課長、黒帳の正体に迫る」


旧水路で見つかった黒い帳簿。


そこには、十年前から現在まで続く黒帳の取引記録が残されていた。


そして、そこに記されていた名前とは――。


アルトはついに、黒帳の核心へ踏み込む。

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