第百四十六話 営業課長、内通者をあぶり出す
商業祭の夜。
街にはまだ、火事の煙が残っていた。
西地区の倉庫火災は鎮火。
東地区も、どうにか延焼を食い止めている。
しかし――。
商業祭の空気は、完全には戻っていなかった。
「……静かですね」
マルクが呟く。
「祭りの初日とは思えません」
「当然だよ」
アルトは窓の外を見ながら答えた。
「みんな、次の火事を警戒している」
「それはそうですが……」
マルクが不安そうに地図を見る。
「本当に、内通者がいるんでしょうか?」
「いる可能性が高い」
「でも、王家側に?」
「十年前から情報が漏れていた可能性がある」
アルトは机の上に三枚の紙を並べた。
「だから、今回は簡単な方法で確認する」
「簡単?」
「三人に、違う情報を渡す」
マルクが首を傾げた。
「……それだけですか?」
「それだけ」
アルトは笑った。
「営業ではよくある方法だよ」
「営業って、そんな怖いことするんですか?」
「普通はしない」
「ですよね!」
「今回は必要だからする」
マルクが頭を抱えた。
「アルト様の『普通』が分からなくなってきました……」
そこへレオンが入ってきた。
「アルト」
「父上」
「準備はできた」
レオンは三人の名前を確認した。
王家の物流担当。
商業祭の警備担当。
そして、王都から派遣された記録管理官。
三人とも、今回の物流情報に触れられる立場だ。
「この三人の誰かが内通者なのか?」
「まだ分かりません」
アルトは首を振る。
「だから確認します」
「どうやって?」
「情報を分けます」
アルトは一枚目の紙を手に取った。
「物流担当には、『明朝、西地区から大量の商品を南へ移す』と伝える」
二枚目。
「警備担当には、『東地区の倉庫を重点警戒する』」
三枚目。
「記録管理官には、『中央倉庫に王家の重要物資を移す』」
レオンが眉を上げた。
「三つとも実際にはやらない?」
「やりません」
アルトは即答した。
「全部、嘘です」
「なるほどな」
レオンが笑った。
「そして黒帳が、どの情報に反応するかを見る」
「はい」
ヴィクターも腕を組む。
「だが、もし三人全員が内通者だったら?」
「その時は……」
アルトは少し考えた。
「三倍忙しくなる」
「そこはもっと深刻に考えろ」
レオンが呆れた。
「冗談です」
アルトは笑う。
「でも、その可能性も考えています」
夜が深くなる。
三人の関係者へ、それぞれ違う情報が伝えられた。
そしてアルトたちは待った。
一時間。
二時間。
三時間。
何も起きない。
マルクが欠伸を噛み殺した。
「……まだですか?」
「待つのも仕事だよ」
「眠いです」
「俺も」
「アルト様もですか!?」
「人間だからね」
「急に安心しました」
その時だった。
コンコン。
扉が叩かれた。
「入れ」
兵士が入ってくる。
「報告します!」
「どうした?」
「西地区で、見慣れない男が物流担当者と接触しました」
アルトの目が細くなる。
「何時?」
「十五分前です」
「何を話していた?」
「確認できていません」
「男の特徴は?」
「黒い外套。右手に銀色の指輪」
アルトとヴィクターが同時に顔を上げた。
「……銀の指輪」
ヴィクターが呟く。
十年前の記録にあった紋章。
黒帳の関係者が身につけていたものと同じだ。
アルトは立ち上がった。
「西地区へ向かう」
「捕まえるんですか?」
マルクが尋ねる。
「まだ」
「まだ?」
「泳がせる」
三人は西地区へ向かった。
だが――。
男の姿はもうなかった。
代わりに、物流担当者が一人で立っていた。
「アルト殿?」
「何をしていたんですか?」
「確認作業です」
「誰と?」
「……誰とも」
アルトは黙って男を見る。
「そうですか」
それ以上、追及しなかった。
戻る途中。
マルクが小声で聞く。
「どうでした?」
「怪しい」
「やっぱり?」
「でも、まだ証拠がない」
「じゃあ、どうするんです?」
アルトは笑った。
「二つ目の情報を使う」
「二つ目?」
「東地区の情報」
翌朝。
東地区の警備担当へ伝えた情報が漏れた。
「東地区の倉庫に、王家の重要物資が移される」
もちろん嘘だ。
だが、その情報が伝わってからわずか二時間後。
東地区に不審な男が現れた。
「……来た」
アルトは遠くから男を観察する。
男は倉庫へ入らない。
周辺を歩き。
警備兵の配置を確認し。
そして――。
小さな紙を一枚、別の男へ渡した。
アルトが手を上げる。
「今」
騎士たちが一斉に動いた。
「動くな!」
二人の男が逃げようとする。
だが、左右から騎士が現れた。
「くそっ!」
一人が剣に手を伸ばす。
その瞬間。
「それ以上はやめろ!」
エリシアの声が響いた。
「王家の名において命じます」
男の動きが止まった。
「……王女殿下」
エリシアが近づく。
「何をしていたのですか?」
男は答えない。
アルトが近づいた。
「じゃあ、簡単な質問をします」
「……」
「誰から情報をもらった?」
男の目が泳ぐ。
アルトは小さく笑った。
「答えなくてもいい」
「え?」
「もう分かったから」
男の顔が強張る。
「あなたが持っている情報は、東地区の警備情報」
「つまり――」
アルトは後ろを振り返った。
「この情報を知っていた人間は、かなり限られる」
エリシアも気づいた。
「……警備担当」
「はい」
アルトは頷く。
「ですが、まだ終わっていません」
「どういうこと?」
「この男が黒帳の末端なら、情報を渡した人間は別にいる」
アルトは捕らえられた男の懐から紙を取り出した。
そこには短い一文が書かれていた。
――次は南。
マルクが青ざめる。
「南……」
アルトは地図を見る。
南には旧街道がある。
そして昨日、敵が狙っていた物流ルートでもある。
「やっぱり繋がっている」
ヴィクターが呟いた。
「西の火事」
「東の火事」
「南の旧街道」
アルトは三つを線で結んだ。
そして最後に、王都側の物流拠点へ線を伸ばす。
「黒帳は、ここへ荷物を集めたい」
「王都側へ?」
レオンが尋ねる。
「そうです」
アルトは頷いた。
「そして、そこへ運ぶためには王家の物流情報が必要になる」
エリシアの表情が険しくなる。
「つまり……」
「はい」
アルトは静かに答えた。
「内通者は、王家の物流情報に触れられる人物」
だが。
まだ名前は出ない。
アルトはあえて口にしなかった。
「焦って捕まえると、逃げられる」
「ならば?」
エリシアが尋ねる。
アルトは笑った。
「最後の餌を撒きます」
「餌?」
「はい」
「どんな餌なの?」
アルトは地図の一点を指差した。
「黒帳が一番欲しがる情報です」
「それは?」
アルトの目が鋭くなる。
「王家の重要物資を運ぶ、本当のルート」
ヴィクターが息を呑む。
「まさか……本物を?」
「いや」
アルトは笑った。
「本物に見える偽物です」
レオンが苦笑する。
「またそれか」
「営業課長ですから」
「だから何で営業がそこに繋がるんだ……」
アルトは地図を見つめた。
黒帳との戦いは、まだ終わらない。
だが。
今度はこちらから、敵を動かす。
「さあ、黒帳」
アルトは小さく呟いた。
「誰が情報を持ってくるのか、見せてもらおうか」
営業メモ①④⑤
営業では、相手を問い詰めるより「相手が自分から動く状況」を作った方が、本音や情報を引き出せる。
アルトは三人に違う情報を渡し、どの情報が敵に漏れるのかを確認した。
情報そのものではなく、「情報がどう動いたか」を見る。
それが、今回の営業課長の情報戦だった。
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次回予告
第百四十七話「営業課長、黒帳に最後の餌を撒く」
「王家の重要物資が、明朝南ルートを通る」
その情報は、本物か偽物か。
アルトは黒帳に最後の餌を仕掛ける。
しかし、敵が動き出した直後――。
「アルト、王都から緊急連絡だ!」
十年前の事件と現在の黒帳。
二つを繋ぐ最後の証拠が、ついに動き始める。




