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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百四十五話 営業課長、二つ目の火事を逆手に取る


「アルト様! 東地区です!」


マルクが駆け込んできた。


「火事?」


「はい! 東地区の倉庫から煙が上がっています!」


アルトは立ち上がった。


商業祭は、まだ始まったばかり。


西地区の倉庫火災がようやく収まった直後だった。


「……二件目か」


アルトは窓の外を見る。


東の空に、黒い煙が上がっている。


「やっぱり来たな」


「やっぱりって……最初から分かってたんですか?」


「可能性を考えていただけだよ」


アルトは苦笑した。


「でも、これで確信できた」


「何がです?」


「黒帳の目的だ」


アルトは机の上に広げた地図を指差した。


西地区。


そして東地区。


二つの火災地点を線で結ぶ。


「普通なら、二つの倉庫を燃やして混乱させたいだけに見える」


「違うんですか?」


「違う」


アルトは地図にさらに印を付けた。


「火事そのものが目的なら、もっと簡単な場所を狙う」


西地区は物流の中心。


東地区は商業祭の販売拠点。


この二つを同時に揺さぶれば――。


「物流を別のルートへ強制的に動かせる」


マルクの顔が変わった。


「……そういうことですか」


「そう」


アルトは頷いた。


「敵は火事を起こしているんじゃない」


「物流の流れを作っているんだ」


その瞬間。


「アルト!」


レオンが部屋に入ってきた。


「東地区の消火に騎士団を向かわせる。エリシア様も現場へ向かうそうだ」


「分かった」


アルトは即答した。


「でも、騎士団には東地区だけを見ないよう伝えてください」


「どういう意味だ?」


「東地区の火事は囮かもしれません」


レオンが眉を寄せる。


「またか……」


「はい。またです」


アルトは地図を見つめた。


「西地区の火事が起きたことで、物流はすでに一部変更されています」


「そして今、東地区が燃えた」


「すると商人たちは、中央ルートを避けて別の道を使う」


レオンが地図を覗き込む。


「……南側の街道か」


「そうです」


アルトは笑った。


「黒帳が用意した道に、荷物が集中する」


「つまり――」


「敵が欲しい物流ルートが完成する」


そこへヴィクターが入ってきた。


「……間違いない」


全員が振り返る。


「十年前も同じだった」


ヴィクターは苦い顔をした。


「小さな火事を起こして物流を止める。そして混乱したところで、新しいルートを指定する」


「そのルートを誰が指定した?」


アルトが尋ねる。


「当時は、王家の物流担当だった」


「なるほど」


アルトは腕を組んだ。


「じゃあ今回も同じなら……」


「誰かが『安全な緊急ルート』を提案してくる」


ヴィクターが答えた。


アルトの口元が上がった。


「それを待ちましょう」


「待つ?」


マルクが目を丸くする。


「火事ですよ!?」


「もちろん消火はする」


アルトは即答した。


「でも、その後に誰がどのルートを提案するかを見る」


「……罠には罠を、ですか」


「営業の基本だよ」


アルトは胸を張った。


「相手が勝手に商品を持ってきてくれるなら、わざわざ探しに行く必要はない」


「商品じゃなくて犯罪の証拠ですよね?」


「細かいことは気にするな」


マルクが頭を抱えた。


「この人、本当に営業課長なのか……」


「元営業課長だよ」


「そこ重要ですか!?」


そのころ。


東地区では、騎士団と商人たちが消火活動を開始していた。


エリシアも現場に到着している。


「エリシア様!」


騎士が駆け寄る。


「火勢は抑えています。ただ、周辺の荷物を避難させる必要があります」


「分かりました。アルトから何か指示は?」


「『慌てて荷物を一か所に集めるな』とのことです」


エリシアが小さく笑った。


「やっぱり……アルトらしいわね」


「はい?」


「普通なら、荷物を安全な場所へ集めようとするでしょう?」


「その方が安全では?」


「でも、敵がその場所を狙っていたら?」


騎士が黙った。


「……なるほど」


「アルトはそこまで考えているのよ」


そのころアルトは、別の指示を出していた。


「荷物は三つの倉庫に分散」


「配送車は五台ずつ、別々の時間に出す」


「そして緊急ルートは、まだ公開しない」


マルクが確認する。


「つまり、敵が待っていても荷物が来ない」


「そういうこと」


アルトは地図を見た。


西。


東。


南。


そして中央。


四つの物流拠点が、一本の線でつながっている。


「……来るぞ」


「何がです?」


「提案だよ」


しばらくして。


一人の王家関係者がアルトのもとへやってきた。


「アルト殿」


「はい」


「現在の混乱を収めるため、南側の旧街道を緊急物流路として使用する案が出ています」


アルトは笑った。


「誰の提案ですか?」


男が一瞬だけ黙った。


「……王家の物流担当からです」


「名前は?」


「それは……」


アルトはヴィクターを見る。


ヴィクターの顔から血の気が引いた。


「……十年前と同じ役職だ」


「やっぱりか」


アルトは静かに呟いた。


だが、まだ名前は聞かない。


ここで追及すれば、相手は逃げる。


だから――。


「分かりました。そのルートを使いましょう」


男が驚いた。


「よろしいのですか?」


「はい」


アルトは笑顔で答えた。


「ただし、一つ条件があります」


「条件?」


「最初の荷物は、私が指定した荷物だけにします」


「……分かりました」


男は頭を下げ、立ち去った。


扉が閉まる。


マルクが小声で言った。


「アルト様……まさか」


「うん」


アルトは地図を指差した。


「南の旧街道を使う」


「本当に?」


「ただし――」


アルトは別の場所を指差す。


「敵が待っているのは、こっちだ」


そこには旧街道へ続く分岐点があった。


「だから、そこへ向かう荷車を一台だけ出す」


「囮ですか?」


「そう」


アルトは頷いた。


「中身は空箱」


マルクが目を輝かせる。


「なるほど!」


「そして、本物の荷物は別ルートから動かす」


「完璧ですね!」


「いや」


アルトは首を振った。


「完璧じゃない」


「え?」


「敵が本当に狙っているのは荷物じゃない可能性がある」


「……人?」


「情報だ」


アルトは地図を見つめる。


黒帳は、十年前から物流そのものを支配しようとしている。


ならば。


今回の商業祭で欲しいのは、荷物ではない。


「誰が、どのルートを使ったのか」


「誰が、どこへ荷物を動かしたのか」


「そして、誰がその情報を黒帳へ渡したのか」


アルトは静かに笑った。


「ここまで分かれば、あとは追いかけるだけだ」


その直後。


外から鐘の音が響いた。


マルクが窓を見る。


「……何ですか?」


アルトは目を細めた。


「騎士団の緊急合図だ」


「まさか……」


「違う」


アルトは立ち上がった。


「今度は火事じゃない」


「じゃあ、何が?」


アルトは答えなかった。


代わりに、机の上に置かれた一枚の紙を手に取る。


そこには、南の旧街道へ向かったはずの荷車の報告が書かれていた。


――荷車、一台。


――予定時刻より十二分早く出発。


アルトの表情が変わる。


「……十二分」


「どうしました?」


「俺たちが指示した時間を、誰かが知っていた」


部屋の空気が凍った。


アルトは紙を握りしめる。


「黒帳は、もう動いている」


そして。


「いや」


アルトは静かに笑った。


「俺たちの中に、情報を流している奴がいる」


商業祭の喧騒の裏側で。


十年前から続く闇が、ついに姿を現し始めていた。


営業メモ①④④


営業では、相手の行動を止めるだけが勝ちではない。


「相手が何を選ぶのか」を観察すれば、相手の目的や考え方が見えてくる。


今回のアルトは、敵の動きを止めるのではなく、あえて選択肢を与えた。


その結果、敵が自分から情報を漏らした。


営業でも同じだ。


相手に話してもらう。


相手に選んでもらう。


そして、その選択の理由を知る。


それが、本当の情報収集である。


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告


第百四十六話「営業課長、内通者をあぶり出す」


「十二分早い……偶然じゃない」


商業祭の裏側で、アルトたちの作戦が次々と漏れている。


黒帳へ情報を流している内通者は、王家側なのか。


それとも――。


アルトは、味方全員に異なる情報を渡すという、とんでもない作戦に出る。


営業課長、ついに「情報の営業」を開始する。

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