第百三十九話 営業課長、祭りの三日前に敵を見つける
商業祭まで、あと三日。
グランディアの街は、朝から慌ただしかった。
通りには臨時の看板が立ち、商人たちは商品の搬入に追われている。
共同倉庫には次々と荷物が運び込まれ、馬車の列が途切れない。
「……順調ですね」
マルクが搬入表を確認する。
「今のところ予定通りです」
「そうだな」
アルトは頷いた。
だが。
その手は、別の資料をめくっていた。
「……待って」
「どうしました?」
「この数字」
アルトが指差した。
「西地区倉庫への搬入量がおかしい」
マルクが表を見る。
「おかしいですか?」
「多すぎる」
「でも、祭り前ですから……」
「多いだけなら問題ない」
アルトは数字を指で叩いた。
「問題は、増え方だ」
西地区倉庫。
予定搬入量、三百箱。
実際の搬入予定、四百八十箱。
約六割増し。
マルクは首を傾げた。
「人気商品の追加搬入では?」
「なら販売記録があるはずだ」
アルトは別の資料を取り出した。
「西地区の商人から出された販売予測」
そこには、必要な在庫数が記されている。
「この地域の需要なら、三百箱でも十分だ」
「……じゃあ、百八十箱は余る?」
「そうなる」
アルトは眉をひそめた。
「しかも、ここを見て」
「搬入時間……?」
「そう」
予定表には、ほぼ同じ時間帯に複数の馬車が集中している。
「普通なら、こんな組み方はしない」
ローディンが資料を覗き込む。
「道が混みます」
「その通り」
アルトは頷いた。
「つまり、この搬入には別の目的がある」
三人の顔から笑みが消えた。
アルトは地図を広げる。
西地区倉庫。
その先には商業祭の主要会場がある。
「ここで大量の荷物を動かせば……」
ローディンが呟く。
「会場へ向かう馬車の流れを止められる」
「それだけじゃない」
アルトは地図を指でなぞった。
「西地区倉庫には、食料品と日用品が集まっている」
マルクが気づいた。
「もしここが止まれば……」
「祭りの販売そのものに影響が出る」
アルトは静かに言った。
「そして、混乱が起きる」
誰かが意図的に仕掛けたなら。
これは単なる物流ミスではない。
「黒帳……」
マルクが呟いた。
アルトは答えなかった。
だが、表情が変わった。
「まず確認する」
「どうやって?」
「現場を見る」
アルトたちは西地区倉庫へ向かった。
倉庫の前には、すでに十台近い馬車が並んでいた。
「……多いですね」
マルクが呟く。
「予定より早い」
ローディンが搬入表を確認する。
「この馬車、登録されています」
「全部?」
「はい」
アルトは馬車を一台ずつ確認した。
商会名。
荷物。
搬入時刻。
運転手。
どれも登録上は問題ない。
「……完璧ですね」
マルクが言う。
アルトは首を横に振った。
「だから怪しい」
「え?」
「完璧すぎる」
営業では、こういう時が一番怖い。
ミスがない。
書類もある。
登録もある。
数字も合っている。
だからこそ、人は安心する。
アルトは一台の馬車を指差した。
「この荷物を開けてください」
「中身を?」
「はい」
運転手が戸惑う。
「登録上は小麦粉となっていますが?」
「確認するだけです」
扉が開かれた。
中には袋詰めされた小麦粉が積まれている。
一見、何の問題もない。
アルトは一袋を持ち上げた。
「……重い」
「小麦粉ですから」
「違う」
アルトは袋を軽く振った。
「中身が少ない」
運転手の顔が固まった。
アルトは袋を開ける。
中には確かに小麦粉。
だが、表示重量より明らかに少ない。
「これは……」
マルクが目を見開く。
アルトはすぐに別の袋を確認した。
同じだった。
さらに三袋。
全部同じ。
「なるほど」
アルトが呟く。
「箱数だけ合わせて、中身を減らしている」
ローディンが眉をひそめる。
「でも、それなら商人が損をするだけでは?」
「違う」
アルトは倉庫を見渡した。
「これを大量に搬入すると、倉庫の帳簿上は在庫があることになる」
「……!」
「でも実際には足りない」
マルクが理解する。
「祭り当日に販売しようとしたら、商品不足が発覚する」
「そう」
アルトは頷いた。
「客から見れば、祭りの運営側が商品を用意できなかったように見える」
ローディンが拳を握る。
「信用を落とすためか」
「それだけじゃない」
アルトは搬入表を見た。
「不足分を補充しようとすれば、追加の馬車が必要になる」
「道が混雑する」
「そう」
アルトは続けた。
「そこに、別の問題を重ねればいい」
マルクが青ざめる。
「事故……」
「その可能性が高い」
アルトはすぐに指示を出した。
「この馬車を止める」
「全部ですか?」
「いや」
アルトは首を振った。
「止めたら敵に気づかれる」
そして、少し笑った。
「むしろ、そのまま通す」
「え?」
「ただし、記録を取る」
アルトは搬入担当者を見る。
「重量を全部測ってください」
「全部?」
「一台ずつ」
さらにマルクへ向く。
「登録重量と実測重量を比較する」
「はい!」
ローディンには別の指示を出した。
「西地区から会場までの道路を確認して」
「何を見る?」
「不自然な障害物、工事、路上の荷物。それから、臨時の屋台」
「分かった」
アルトは最後に倉庫責任者を見る。
「今日から、この倉庫の出入りを二人以上で確認してください」
「二人以上?」
「一人だと、帳簿も荷物も一人で操作できます」
アルトは真顔になった。
「二人なら、少なくとも一人だけの判断では動かせない」
それは単純な仕組みだった。
しかし。
単純だからこそ強い。
「アルト」
エリシアが倉庫の入口から歩いてきた。
「どうしてここに?」
「王家から確認を頼まれたの」
エリシアは周囲を見渡す。
「何か分かった?」
アルトは少し考えてから答えた。
「はい」
「何?」
「敵が、思ったより近くにいます」
エリシアの表情が変わる。
「黒帳?」
「まだ断定はできません」
アルトは搬入表を見せた。
「でも、普通の商人がやる動きではありません」
エリシアは資料を見つめる。
「……この数字」
「おかしいでしょう?」
「ええ」
アルトは笑った。
「だから面白いんです」
「面白い?」
「敵は、こちらを混乱させるために数字を使ってきた」
アルトは資料を閉じた。
「なら、こちらも数字で追い詰めます」
その頃。
西地区から少し離れた建物。
黒帳の男が窓から馬車を眺めていた。
「予定通り進んでいるか?」
「はい」
「重量の偽装も?」
「問題ありません」
男は笑った。
「祭り当日になれば、必ず不足が発生する」
「そして追加搬入で道路を塞ぐ」
「そうだ」
男は満足そうに頷いた。
「そこへ事故を起こす」
だが。
男は知らない。
その馬車の一台が、すでにアルトの監視下に入っていることを。
そして。
偽装された重量が、一つ残らず記録され始めていることを。
「さて……」
アルトは測定結果を見ながら呟いた。
「黒帳さん」
小さく笑う。
「営業課長を相手にするなら、帳簿くらい綺麗にしておいてくださいよ」
祭りまで、あと三日。
敵の仕掛けは見え始めた。
そしてアルトは、次の一手を考え始めていた。
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営業メモ①③⑧
「数字は嘘をつかない。ただし、数字の作り方には嘘が隠れる」
営業では、提示された数字だけを見るのではなく、
「なぜ、この数字になったのか?」
「前回と何が変わったのか?」
「この数字を作るために、誰が何をしたのか?」
まで確認することが重要。
数字そのものではなく、数字の“動き”を見る。
それが異常を見抜く力になる。
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次回予告
第百四十話「営業課長、敵の罠を逆利用する」
黒帳による重量偽装を発見したアルト。
しかし、すぐに摘発することはしなかった。
「このまま泳がせます」
敵の仕掛けを逆に利用し、黒帳の動きを追う作戦が始まる。
だがその夜。
監視していた馬車の一台が、突然予定とは違う場所へ向かい始める。
「……やっぱり動いた」
黒帳の本当の目的が、ついに姿を現す――。




