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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百三十七話 営業課長、十年前の真実を追う


 商業祭まで、残り八日。


 朝のグランディア商会。


 アルトは、机の上に広げられた古い資料を見つめていた。


「王家の記録庫に入るための許可は?」


 エリシアが答える。


「取れました」


「今日から閲覧できます」


「ありがとう」


「でも、一つ問題があります」


 エリシアの表情が曇る。


「何?」


「十年前の記録の一部が、現在の記録庫には存在しないそうです」


 アルトの手が止まった。


「存在しない?」


「正確には、『移管された』ことになっています」


「どこへ?」


「それが分からないんです」


 アルトは腕を組んだ。


「記録が消えたんじゃない」


「誰かが移した」


「そう考えるべきだね」


 レオンが資料を覗き込む。


「当時の記録管理責任者は誰だった?」


 エリシアが古い台帳を見る。


「……オルベルト伯爵」


「オルベルト?」


 レオンの表情が変わった。


「知ってるの?」


「十年前、王家の物流制度改革を担当していた人物だ」


「そして――」


 レオンは一度言葉を止める。


「私の失脚後、物流管理部門の責任者になった男だ」


 アルトは静かに頷いた。


「なるほど」


「かなり怪しいね」


 マルクが身を乗り出す。


「じゃあ、そのオルベルト伯爵が黒帳と?」


「まだ決めつけない」


 アルトは首を振る。


「証拠がない」


「でも、記録が移された先を調べればいい」


 アルトは立ち上がった。


「行きましょう」


 王家の記録庫。


 巨大な石造りの建物の中には、何千、何万という記録が保管されていた。


「すごい量だな……」


 マルクが呟く。


「これ、全部調べるのか?」


「全部は無理」


 アルトは笑った。


「だから、必要なものだけ探す」


 司書に資料番号を伝える。


 しばらくして、古い箱が運ばれてきた。


「十年前の物流改革関連資料です」


「ありがとうございます」


 アルトは箱を開ける。


 中には大量の書類。


 当時の輸送量。


 各地域の倉庫。


 商会との契約。


 物流費。


 そして――。


「これだ」


 一枚の書類。


『非常時物流管理権限・移管記録』


 アルトが目を通す。


「やっぱり」


「何が分かった?」


 マルクが覗き込む。


「十年前、レインハルト家が持っていた物流管理権限は、正式には剥奪されていない」


「え?」


「一時的に停止されただけ」


 レオンが驚く。


「そんなはずは……」


「記録上はそうなってる」


 アルトは別の書類を確認する。


「そして、その後の正式な処分記録がない」


「つまり?」


「父さんは、本来なら失脚していない」


 レオンが黙り込む。


 アルトはさらに書類をめくる。


「でも、誰かが別の文書を作って、レインハルト家が不正を働いたように見せた」


「……」


「それが、十年前の事件の正体だと思う」


 エリシアが尋ねる。


「その偽造記録は?」


「ここにはない」


「やっぱり移されたんだ」


 アルトは頷く。


 その時。


 奥から一人の老司書が現れた。


「その記録を探しているのかね?」


 アルトが振り返る。


「ご存じなんですか?」


「十年前の記録なら、少し覚えている」


「何か知っていることが?」


 老司書はしばらくアルトを見つめた。


「レインハルト家の事件だな」


「はい」


「当時、私は記録整理を担当していた」


「そして、ある日突然、大量の資料が運び出された」


「誰が?」


「オルベルト伯爵の部下だ」


 アルトの目が鋭くなる。


「どこへ?」


「王都の外にある、旧物流管理館だ」


「旧物流管理館……」


「今は使われていない」


「だが、そこへ運ばれた資料は、戻ってこなかった」


 アルトは立ち上がった。


「場所は分かりますか?」


「もちろん」


 老司書は地図を取り出した。


「ここだ」


 地図上。


 王都から少し離れた場所に、小さな建物が記されている。


「ありがとう」


 アルトは地図を受け取る。


 しかし――。


 レオンが険しい顔をしていた。


「アルト」


「何?」


「その場所は危険だ」


「どうして?」


「十年前、私が最後に黒帳の人間を見た場所だ」


 室内が静まり返った。


 その日の午後。


 アルトたちは旧物流管理館へ向かった。


 建物は森の中にあった。


 外壁は古く、窓もほとんど割れている。


「ここに本当に記録があるのか?」


 マルクが尋ねる。


「分からない」


「でも、調べる価値はある」


 ローディンが周囲を確認する。


「人の出入りがあります」


「最近?」


「足跡が新しい」


 アルトは笑った。


「やっぱり」


「黒帳もここを探している」


「なら、急ごう」


 建物の中へ入る。


 埃の積もった棚。


 壊れた机。


 空になった書庫。


「何もないな」


 マルクが呟く。


「いや」


 アルトは床を見る。


「ここだけ埃が少ない」


 一枚の床板。


 持ち上げる。


 その下に、小さな金属箱が隠されていた。


「これだ」


 鍵が掛かっている。


 ローディンが壊そうとする。


「待って」


 アルトが止めた。


「王家の紋章がある」


 エリシアが確認する。


「本物です」


「なら、無理に壊さない」


 アルトは箱の側面を見る。


 小さな文字が刻まれている。


『正当な権限を持つ者のみ開封せよ』


 その下には――。


『レインハルト家』


 レオンが息を呑む。


「私の家の名が……」


 アルトは箱を父に渡す。


「父さん」


「開けて」


 レオンは箱に手を置く。


 カチッ。


 鍵が外れた。


 中には三つの書類。


 そして、一枚の手紙が入っていた。


 アルトは手紙を開く。


『レインハルト家へ』


『この記録を残す者は、十年前の物流改革に関わった王家の役人である』


『当時、黒帳は王家の物流制度を支配するため、改革を妨害した』


『そのため、レインハルト家を利用し、責任を押し付けようとした』


 アルトの目が止まる。


『しかし、真の証拠は別に保管した』


『黒帳の資金の流れ』


『偽造された物流記録』


『そして、黒帳と繋がっていた貴族の名簿』


 マルクが息を呑む。


「貴族の名簿……」


 アルトは最後の一文を見る。


『この記録を公表するには、一つだけ条件がある』


『王家の正式な承認を得ること』


 エリシアが頷いた。


「なら、私が持っていく」


「お願いします」


 しかし――。


 アルトは三枚の資料を確認する。


「一枚足りない」


「何?」


「手紙には四つの記録が書かれている」


「資金の流れ」


「偽造記録」


「貴族の名簿」


「そして――」


 アルトは手紙を見る。


「黒帳の指示書」


「その一枚だけがない」


 ローディンが周囲を見渡す。


「誰かが持ち出した?」


「おそらく」


 アルトは立ち上がる。


「そして、持ち出した人物は――」


 外から音がした。


 ガシャッ。


 続いて、複数の足音。


「来たぞ!」


「囲め!」


 黒帳の男たちだった。


 マルクが叫ぶ。


「多すぎる!」


 ローディンが剣を抜く。


「アルト様、資料を!」


「大丈夫」


 アルトは冷静だった。


「資料はもう必要ない」


「え?」


 アルトは笑った。


「写しを作ってあります」


 エリシアが驚く。


「いつの間に?」


「最初に箱を見つけた時」


「本物を一つに集めておく理由なんてないからね」


 アルトは資料を複数の袋に分けていた。


「一つ奪われても、全部は失わない」


 レオンが笑う。


「分散管理か」


「そう」


「営業でも重要です」


「重要な顧客情報を一か所に置いたら、事故一つで全部失うからね」


「……こんな状況でも営業か」


「営業だからこそです」


 黒帳の男たちが突入する。


「資料を渡せ!」


「嫌です」


「ならば力ずくで――」


「その前に、一つ教えてください」


 アルトは男を見る。


「この資料が欲しいのは、誰ですか?」


「……」


「黒帳の誰?」


「答える必要はない!」


「では、こちらから言います」


 アルトは一枚の紙を掲げる。


「オルベルト伯爵」


 男の表情が変わった。


 アルトは確信した。


「やっぱり」


「あなたたちは、オルベルト伯爵の指示で動いている」


「違う!」


「じゃあ、なぜその名前に反応したんです?」


 男は言葉を失う。


 ローディンが笑う。


「完全に引っかかったな」


 アルトは資料をしまう。


「これで十分です」


「何がだ!」


「黒帳とオルベルト伯爵が繋がっている証拠を、もう一つ手に入れた」


 その瞬間。


 外から王家の騎士団が現れた。


「全員、武器を捨てろ!」


 エリシアが静かに微笑む。


「私が先ほど、王都へ連絡しておきました」


「……」


 黒帳の男たちは逃げ場を失った。


 数時間後。


 王都。


 王家の会議室。


 集められた資料を前に、アルトたちは立っていた。


「これが十年前の真実です」


 アルトが言う。


「レオン・レインハルトに不正の証拠はない」


「むしろ、物流制度改革を妨害した黒帳と、それに協力した者たちの存在が確認できる」


 王家の重臣が資料を読む。


 やがて。


「……調査を正式に開始する」


 その言葉を聞いた瞬間。


 レオンは目を閉じた。


 十年。


 長い時間だった。


 アルトは父の横に立つ。


「父さん」


「ああ」


「これで終わりじゃないよ」


「分かっている」


 レオンは静かに笑った。


「だが、一歩は進んだ」


「うん」


 アルトも笑う。


 しかし――。


 同じ頃。


 グランディアでは、黒帳の最後の計画が動き始めていた。


「商業祭を中止させろ」


「どうやって?」


「王家へ訴える」


「市場の混乱」


「価格操作」


「物流問題」


「すべてアルトの責任にする」


 黒帳の男が冷たく笑う。


「商業祭を成功させてはならない」


「失敗させろ」


「そして――」


 机の上に、一枚の命令書が置かれた。


『商業祭開催禁止申請』


 その下には――。


 王家への正式な申立書。


 アルトの顔写真。


 そして、レインハルト家の名前。


 黒帳は最後の一手を打った。


 王都からグランディアへ戻る馬車の中。


 アルトは窓の外を見る。


「商業祭まで、あと八日」


 マルクが尋ねる。


「これで十年前の事件は解決するのか?」


「まだ」


「黒帳が残っている」


「それに――」


 アルトは一枚の書類を見る。


「商業祭の開催禁止申請が出された」


「……は?」


「王家にね」


「またかよ!」


 アルトは笑った。


「最後まで、簡単には終わらせてくれないね」


 だが、その目に迷いはなかった。


「だったら――」


「商業祭を中止できない理由を、僕たちで作ります」


 商業祭まで、残り八日。


 最後の戦いは、法と信用を巡る戦いへと変わろうとしていた。


営業メモ①③⑥


「重要な情報は、一か所に集中させない。これは営業活動でも非常に重要です。顧客情報、契約書、売上データなどを適切にバックアップし、権限を分けて管理することで、一つのトラブルによる全損を防げます。そしてもう一つ重要なのが、相手の発言や反応を観察すること。こちらから直接証拠を聞き出せなくても、質問への反応から相手の情報や関係性を推測できる場合があります。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百三十八話「営業課長、商業祭開催禁止を覆す」


十年前の事件。


レオンの無実を示す証拠。


黒帳とオルベルト伯爵の繋がり。


少しずつ真実が明らかになってきた。


しかし――。


「商業祭の開催を禁止する」


王家へ提出された正式な申立書。


理由は「市場の混乱を招く危険性があるため」。


「ここまで来て、中止なんて……」


商人たちに動揺が広がる。


だが、アルトは慌てない。


「なら、商業祭を開催したほうが安全だと証明します」


売上。


物流。


治安。


地域経済。


アルトはこれまで積み上げてきた数字と実績を、王家へ提示する。


「感情ではなく、数字で判断してください」


一方、黒帳は最後の切り札を投入する。


「商業祭で事件を起こせ」


開催禁止を正当化するための、危険な計画。


商業祭まで、残り七日。


アルトは市場だけでなく、王家そのものを相手にした「最後の営業」を始める。

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