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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百三十五話 営業課長、黒帳の情報網を逆利用する


 商業祭まで、残り十一日。


 グランディアの街では、昼も夜も関係なく人が動いていた。


 共同物流に参加する商人は増え続け、荷馬車の数も二百台を超えた。


 だが――。


 アルトは浮かれていなかった。


「黒帳は、こちらの動きをかなり正確に把握しています」


 会議室。


 アルトは地図を前にしていた。


「だから、普通に情報を隠すだけでは負けます」


 ローディンが腕を組む。


「では、どうする?」


「情報を隠すんじゃない」


 アルトは笑った。


「見せる情報を、こちらで選びます」


 マルクが首を傾げる。


「どういうこと?」


「黒帳には、情報網があります」


「商人」


「運送業者」


「倉庫の管理人」


「市場の店員」


「いろんなところに情報を集める人がいる」


「だったら、その情報網を逆に使います」


 レオンが目を細めた。


「偽の情報を流すのか?」


「はい」


「だが、敵も警戒するだろう」


「だから、嘘を一つだけ流すんじゃありません」


 アルトは地図に三本の線を引いた。


「三つの違う情報を、それぞれ別の場所から流します」


「すると?」


「黒帳がどの情報を採用したかを見る」


「それによって、どこから情報が漏れているのか分かります」


 ローディンが頷く。


「情報源の特定か」


「そうです」


 アルトは笑った。


「営業でも同じですよ」


「どの資料を見た相手が、どんな質問をしてくるかを見ると、相手がどこに興味を持っているのか分かります」


 マルクが苦笑する。


「また営業に戻った」


「営業ですから」


 その日の午後。


 アルトたちは、共同物流の情報を三つに分けた。


 一つ目。


「商業祭の主要商品は、南門から搬入する」


 二つ目。


「主要商品は西門から搬入する」


 三つ目。


「主要商品は港を経由して搬入する」


 本当のルートは――。


 別にある。


「これでいいの?」


 エリシアが尋ねる。


「うん」


「でも、どれも嘘でしょう?」


「そう」


「黒帳を騙すために?」


「正確には、誰がどの情報を信じるか確認するため」


 アルトは紙を折りたたむ。


「これで、情報の流出経路が分かる」


 翌日。


 最初の変化が出た。


「アルト!」


 マルクが駆け込んでくる。


「南門に黒帳の監視が増えた」


「何人?」


「十人以上」


 アルトは頷く。


「一つ目の情報が漏れた」


「次は?」


 夕方。


「西門にも人が集まっています」


 アルトは笑った。


「二つ目も」


 そして夜。


「港にも黒帳らしき連中がいる」


「三つ目も漏れたか」


 マルクが唖然とする。


「全部漏れたじゃないか」


「だから面白い」


 アルトは地図を見る。


「全部漏れたなら、誰か一人が全部流しているわけじゃない」


「複数の情報源がいる」


「その中で、どの情報が一番早く伝わったか」


「それを比較します」


 ローディンが頷く。


「なるほど」


「情報の速度を見ることで、情報網の中心が分かる」


「その通り」


 アルトは笑った。


 翌朝。


 一人の商人が共同物流の拠点へやってきた。


「アルト様」


「はい」


「共同物流に参加したい商人がいるそうです」


「名前は?」


「セドリックです」


 アルトの手が止まった。


「……セドリック?」


「はい」


 マルクも驚く。


「グランディア商会の会長補佐?」


「そうです」


 レオンが眉をひそめる。


「罠だな」


「たぶん」


 アルトは笑った。


「だから、会いましょう」


「本当に会うのか?」


「はい」


「危険だぞ」


「知っています」


「それでも?」


「むしろ、向こうから来てくれたんです」


 アルトは立ち上がった。


「営業のチャンスですよ」


 応接室。


 セドリックが一人で待っていた。


 以前とは違う。


 グランディア商会の会長補佐としての立場ではない。


 今日は一人の商人として来ている。


「久しぶりですね、アルト様」


「そうですね」


「驚きましたか?」


「少し」


「私が参加したいと言ったことですか?」


「はい」


 セドリックは笑った。


「黒帳と戦うなら、あなた方の側に立ったほうがいいと思いまして」


「本心ですか?」


「もちろん」


 アルトはセドリックを見る。


「では、質問します」


「どうぞ」


「なぜ、今ですか?」


「……」


「三日前ではなく」


「昨日でもなく」


「なぜ今日?」


 セドリックの表情が僅かに変わった。


「それは――」


「黒帳が動いたから?」


 セドリックは黙った。


「なるほど」


 アルトは笑った。


「やっぱり情報を持っていますね」


「何のことです?」


「僕たちの計画」


「どこまで知っています?」


「何も」


「本当に?」


「はい」


 アルトは一枚の紙を出した。


「では、これについてどう思います?」


 紙には、偽の物流ルート。


「これは?」


「商業祭の主要搬入ルートです」


 セドリックは紙を見る。


 一瞬。


 本当に一瞬だけ目が動いた。


 アルトはそれを見逃さない。


「南門」


「……」


「あなた、最初にそこを見ましたね」


「偶然です」


「では、もう一つ」


 別の紙。


「西門です」


 セドリックの目が動く。


「そして三つ目」


 港。


「どれが気になります?」


「……」


 セドリックは答えない。


 アルトは笑った。


「分かりました」


「三つとも知っている」


 セドリックの顔が変わる。


「あなた……」


「営業です」


「またそれか」


「はい」


 アルトは頷く。


「情報は商品です」


「そして、情報を持っている人には価値があります」


「あなたが黒帳に情報を流していることも――」


 セドリックの表情が険しくなる。


「証拠がありますか?」


「まだありません」


「なら――」


「でも、必要もありません」


 アルトは笑った。


「あなた自身が、今答え合わせをしてくれましたから」


 セドリックは黙り込んだ。


「一つ、聞きたい」


 アルトが言う。


「黒帳は、あなたに何を約束しました?」


「……」


「金ですか?」


「地位?」


「安全?」


 セドリックは答えない。


「家族?」


 その瞬間。


 セドリックの顔が変わった。


 アルトは確信した。


「家族ですね」


「……」


「なるほど」


「やっぱり、そういうことでしたか」


 セドリックが拳を握る。


「……妻と娘がいる」


「黒帳に脅されている?」


「そうだ」


「だから情報を流した」


「……」


「でも、あなた自身は黒帳を潰したい?」


 長い沈黙。


 やがて。


「……ああ」


 セドリックの声が震えた。


「私は、あいつらが嫌いだ」


「だが、逆らえば家族が……」


「だから従った」


 アルトは静かに頷く。


「では、取引しましょう」


「また商談か?」


「はい」


「私を助けられるのか?」


「僕だけでは無理です」


「でも、グランディア商会なら?」


 セドリックが顔を上げる。


「会長も協力しています」


「それに王家もついている」


「あなたの家族を守ることはできます」


「その代わり――」


 アルトは一枚の契約書を出した。


「黒帳の情報源として協力してください」


 セドリックは契約書を見る。


「……裏切れというのか?」


「違います」


「最初から二重の立場にします」


「僕たちに、黒帳が欲しがる情報を渡す」


「黒帳には、僕たちが用意した情報を渡す」


「つまり――」


 セドリックが呟く。


「私を二重スパイにする?」


「はい」


「危険すぎる」


「だから、家族の安全を条件にします」


 アルトは王家の証明書を机に置く。


「王太子殿下の保護命令を取ります」


「そこまで……」


「あなたの家族を守れれば、あなたも動きやすいでしょう?」


 セドリックは長い間、契約書を見つめていた。


 やがて。


「分かった」


 ペンを取る。


「協力する」


 署名。


 契約が成立した。


 その日の夜。


 セドリックは黒帳のもとへ戻った。


「どうだった?」


 黒帳の男が尋ねる。


「アルトは予定通りです」


「こちらの情報を信じている」


「そうか」


 男は笑った。


「なら、商業祭当日に仕掛ける」


「物流網を完全に止める」


「アルトの信用を崩壊させる」


 セドリックは頷く。


「分かりました」


 だが――。


 セドリックは、その場を離れた後、小さく息を吐いた。


 懐には、アルトから渡された小さな紙がある。


『本当の計画は、あなたにもまだ教えません』


『黒帳が誰に報告するか、確認してください』


 セドリックはその言葉を思い出す。


「……アルト」


「本当に恐ろしい男だな」


 そして、黒帳の情報が一つずつアルトのもとへ流れ始めた。


 翌朝。


「アルト!」


 マルクが走ってきた。


「セドリックから情報が来た」


「何?」


「商業祭当日、黒帳が三つの場所を同時に襲う」


「どこ?」


「市場」


「中央倉庫」


「そして――」


 マルクが紙を見る。


「グランディア商会本店」


 アルトの表情が変わる。


「なるほど」


「グランディア商会が本命ですね」


「いや」


 アルトは首を振る。


「三つとも囮です」


「え?」


「黒帳は、僕たちがそう思うことまで計算している」


「では、本当の標的は?」


 アルトは地図を見る。


 そして、ゆっくり指を置く。


「ここです」


「王都?」


「違います」


「港でもない」


「鉱山でもない」


 アルトが指差したのは――。


 グランディアの旧王家倉庫。


「ここに、何がある?」


 ローディンが地図を見る。


「昔の王家専用の物流拠点だ」


「今は使われていない」


「だからこそです」


 アルトは笑った。


「黒帳が本当に欲しいものが、ここにある」


「それは?」


 アルトは答えなかった。


 ただ、古い資料の一枚を取り出す。


 そこには――。


『非常時物流管理権限』


 レインハルト家の家紋。


 そして、その横に王家の紋章。


「ここに、十年前から隠されているものがあります」


 アルトは静かに言った。


「僕たちが探していた最後の証拠です」


 商業祭まで、残り十日。


 営業課長アルトは――。


 ついに、黒帳の本当の狙いへ辿り着こうとしていた。


営業メモ①③④


「営業では、情報を集めるだけでなく、『その情報を誰が、なぜ流したのか』まで考える必要があります。情報源をそのまま信用するのではなく、情報の流れそのものを分析することで、相手の組織構造が見えてきます。さらに、相手と敵対する人物にも事情がある場合、その事情を解決する提案をすることで、協力者へ変えることができます。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百三十六話「営業課長、最後の物流拠点へ」


黒帳が狙っている本当の場所。


それは、グランディアに残された旧王家専用倉庫だった。


「ここに何があるんです?」


「レインハルト家が守ってきた、最後の記録だ」


十年前から隠されていた、非常時物流管理権限の秘密。


しかし、黒帳もその場所を狙っていた。


「商業祭の前に、必ず奪え」


セドリックからもたらされた情報によって、敵の動きが明らかになる。


アルトは先回りするのか。


それとも――。


「今回は、あえて奪わせます」


まさかの作戦。


黒帳に「最後の証拠」を奪わせることで、アルトは本当の黒幕を表舞台へ引きずり出そうとする。


十年前の因縁が、ついに最終局面へ入る。


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