↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
PR
133/151

第百三十三話 営業課長、巨大市場を作る


 商業祭まで、残り三週間。


 グランディア商会の大ホールには、百人を超える商人が集まっていた。


 アルトは壇上に立ち、壁に貼られた巨大な地図を見上げる。


「これが、今のグランディアの物流です」


 地図には、街中を走る無数の線が描かれている。


「商品は、それぞれの商人が個別に仕入れて、個別に運んで、個別に販売している」


「そのため、同じ道を何台もの荷馬車が往復しています」


 一人の商人が頷いた。


「確かに、うちは毎日同じ道を走っている」


「でも、帰りは空荷だ」


「うちもだ」


 アルトは笑う。


「そこです」


「帰りの荷馬車を使います」


「帰り?」


「はい」


 アルトは地図に線を引いた。


「例えば、北地区へ商品を運んだ荷馬車がある」


「帰りは空です」


「なら、その帰りに南地区の商品を積めばいい」


「一台の荷馬車で、二つの仕事ができます」


 会場がざわめく。


「でも、誰の商品を積む?」


「そこを共同物流にします」


「荷馬車の空きスペースを共有するんです」


 ガルドが腕を組む。


「つまり、物流の相乗りか」


「はい」


「運送費は?」


「分割します」


「事故が起きたら?」


「契約で責任範囲を明確にします」


「荷物が混ざったら?」


「伝票を統一します」


「伝票?」


 商人たちが首を傾げる。


 アルトは紙を掲げた。


「商品名」


「数量」


「送り主」


「届け先」


「担当者」


「これを一枚にまとめます」


 マルクが苦笑する。


「また新しい書類を作ったのか」


「書類じゃない」


「情報共有の仕組み」


「似たようなものだろ」


「全然違うよ」


 アルトは真顔で答えた。


「営業では情報が命だから」


 マルクは肩をすくめた。


 会議はさらに続いた。


「次に販売です」


 アルトは別の紙を広げる。


「商業祭では、店を並べるだけではありません」


「来場者を回遊させます」


「回遊?」


「はい」


 アルトは会場図を描く。


「入口に食料品」


「その先に衣料品」


「さらに奥に工芸品」


「中央に飲食スペース」


「そして出口付近に日用品」


 商人の一人が尋ねる。


「なぜ、その順番なんだ?」


「人の流れを作るためです」


「食料を買った人が、そのまま帰るとは限らない」


「次の店が見えれば、覗いてみる」


「そこで興味のある商品を見つければ買う」


「さらに歩けば、別の商品が目に入る」


 ガルドが頷く。


「一つの商品を売るのではなく、客の滞在時間そのものを伸ばす」


「そうです」


 アルトは笑った。


「買い物をイベントにします」


「商業祭ですから」


 しかし。


 その日の午後。


 市場に異変が起きた。


「アルト!」


 マルクが駆け込んできた。


「どうした?」


「小麦の価格が半分になった」


「半分?」


「豆も、干し肉も、魔石まで」


 アルトは眉をひそめる。


「一斉に?」


「そうだ」


 商人たちも次々に集まってくる。


「これじゃ商売にならない!」


「仕入れ値より安いぞ!」


「このままじゃ店が潰れる!」


 アルトは市場へ向かった。


 市場は混乱していた。


 大量の商品が、異常な安値で売られている。


「どうしてこんな値段で売れるんだ?」


「俺たちには無理だ!」


 商人たちは悲鳴を上げている。


 アルトは売り場を一つずつ確認する。


「……なるほど」


 マルクが聞く。


「何か分かったか?」


「黒帳だ」


「やっぱり?」


「うん」


「目的は、商人を潰すことじゃない」


「じゃあ何だ?」


「市場価格そのものを壊す」


 アルトは説明する。


「黒帳は大量の商品を赤字で販売している」


「それによって市場価格を下げる」


「小さな商人は価格競争に耐えられない」


「店を閉める」


「商人が減る」


「その後、黒帳が商品を値上げする」


 マルクの顔が険しくなる。


「最終的には独占か」


「そう」


「でも、そんなことをしたら黒帳も損するんじゃ?」


「短期的にはね」


 アルトは商品を見る。


「でも、資金力が違う」


「数か月赤字でも耐えられる組織なら、普通の商人は勝てない」


 ローディンが尋ねる。


「なら、こちらも値下げするか?」


「それは駄目です」


「なぜ?」


「価格競争に乗ったら、同じ土俵に立つことになる」


「黒帳のほうが資金力は上です」


「じゃあ、どうする?」


 アルトは笑った。


「価格以外の価値を作ります」


 翌日。


 アルトは商人たちを集めた。


「黒帳が価格を下げてきました」


「ですが、僕たちは価格競争をしません」


 商人たちがざわつく。


「そんなことを言っても、客は安い方へ行くぞ!」


「その通りです」


「だから――」


 アルトは一枚の紙を掲げる。


「セット販売を始めます」


「セット?」


「はい」


「パンだけを売るのではなく」


「パンと干し肉と豆を一つの生活セットにする」


「衣服を買えば、修理券が付く」


「農具を買えば、使い方の講習を無料で受けられる」


「魔石を買えば、交換保証を付ける」


 商人たちが顔を見合わせる。


「商品そのものではなく、サービスを付ける」


「そうです」


 アルトは頷く。


「黒帳の商品より少し高くても」


「買う理由があれば、お客さんは選んでくれます」


「価格だけで勝負しない」


「価値で勝負する」


 ガルドが笑う。


「なるほど」


「安売りに付き合わず、別の市場を作るのか」


「はい」


「これなら黒帳がいくら値下げしても、簡単には潰せません」


 そして、その日の午後。


 グランディア商会の前に、長い行列ができた。


「生活応援セットはこちらです!」


「パン、豆、干し肉の三点セット!」


「まとめて買うと少しお得です!」


「さらに保存方法の説明付き!」


 客たちが次々と商品を買っていく。


「これは便利だな」


「一つずつ買うより選びやすい」


「保存方法まで教えてくれるのか」


「じゃあ、これをください」


 商人たちの顔に笑顔が戻っていく。


 マルクが売上表を見る。


「黒帳より価格は高いのに……」


「売れてる」


「それが価値だよ」


 アルトは笑った。


「安いから買うとは限らない」


「安心できる」


「便利」


「失敗しにくい」


「そういう理由でも、人は商品を買う」


 レオンが頷く。


「営業では当たり前の話だな」


「父さんも分かる?」


「当然だ」


「十年前に何度も説明した」


「……それを僕が今使ってるわけか」


「そういうことだ」


 親子で顔を見合わせる。


 アルトは笑った。


 しかし。


 黒帳側も、すぐに対策してきた。


「価格では勝てない?」


 セドリックが報告する。


「はい」


「なら、次の手だ」


「商人たちへ信用を失わせる噂を流します」


「どんな?」


「アルトの共同物流は危険だ」


「商品を盗まれる」


「売上をごまかされる」


「共同基金も横領される」


 セドリックが笑う。


「商人同士の信頼を壊せ」


「それが一番簡単だ」


 翌朝。


 噂はグランディア中に広がった。


『アルトの共同物流は危険』


『預けた商品が戻ってこない』


『売上をごまかしている商人がいる』


『共同基金はアルトが管理している』


 商人たちの間に不安が広がる。


「本当なのか?」


「俺は聞いてないぞ」


「でも、噂では……」


 アルトはその様子を見ていた。


「……来たか」


 マルクが心配そうに聞く。


「どうする?」


「情報を公開します」


「全部?」


「全部」


 アルトは共同物流の帳簿を持ってきた。


「誰でも見られるようにします」


「売上」


「輸送費」


「共同基金」


「全部です」


 商人たちは驚く。


「そんなことをして大丈夫なのか?」


「むしろ、隠すほうが危険です」


「数字を見てもらえばいい」


 アルトは笑った。


「信用は、言葉だけでは作れません」


「見える形にするんです」


 ガルドが頷く。


「透明性か」


「はい」


「黒帳の逆をやるわけだな」


「そうです」


 その日の夕方。


 共同基金の帳簿が公開された。


 商人たちが一人ずつ確認する。


「……合ってる」


「俺の売上も正確だ」


「輸送費も計算通りだ」


「基金も一円たりとも誤魔化されてない」


 噂は、次々と消えていった。


 そして――。


「アルト」


 最初に参加したパン屋の女性が近づいてきた。


「ありがとう」


「何が?」


「店を守ってくれたこと」


「私一人だったら、きっと黒帳に潰されていた」


 アルトは笑う。


「僕一人でも同じです」


「だから、みんなで守りましょう」


 女性は頷いた。


「うん」


 商業祭まで、残り二週間。


 参加する商人は――。


 三百二十七店舗。


 共同物流に参加する荷馬車――。


 百八十台。


 商業祭の来場予定者――。


 すでに一万人を超えていた。


 マルクが数字を見て呆れる。


「最初は百人だったのに」


「増えたね」


「これ、本当に一か月でやるのか?」


「やるよ」


 アルトは地図を見る。


「まだ足りない」


「まだ?」


「うん」


 グランディアの地図。


 その中心には巨大な市場。


 その周辺には、さらに小さな市場が存在している。


「ここを繋げます」


「市場を?」


「全部です」


「商業祭の日だけじゃない」


「この仕組みを、その後も残す」


 レオンが目を細める。


「つまり……」


「グランディアそのものを、一つの巨大な市場にする」


 アルトは笑った。


「黒帳が独占する市場じゃない」


「商人とお客さんが自由に選べる市場です」


 その時。


 遠くから鐘の音が響いた。


 伝令が駆け込んでくる。


「アルト様!」


「どうした?」


「黒帳が――」


 伝令は息を切らしながら言った。


「港を押さえました!」


「……港?」


「はい!」


「国外から入ってくる商品の荷下ろしを、全て停止させています!」


 アルトの表情が変わる。


 グランディアの港。


 そこは王国最大の交易拠点。


 港を止めれば――。


 商品の流れが止まる。


 そして市場が再び混乱する。


 アルトは地図を見る。


「なるほど」


「黒帳は価格競争で負けたから、今度は物流そのものを止めに来た」


 ローディンが剣に手をかける。


「港を奪い返すか?」


 アルトは首を振った。


「いや」


「今回は――」


 アルトは笑った。


「港を使わなくても商品が届く仕組みを作ります」


「そんな方法があるのか?」


「あります」


 アルトはグランディアの地図を広げた。


「港が止まるなら――」


「陸路を使えばいい」


 そして。


 商業祭まで残り二週間。


 アルトは次の戦略へ動き始めた。


営業メモ①③②


「価格競争に巻き込まれた時、相手より安くするだけでは消耗戦になります。そこで重要になるのが『付加価値』です。商品そのものだけでなく、保証、サービス、利便性、安心感などを組み合わせることで、『多少高くても選びたい』という理由を作れます。そして、その価値を支えるのが透明性です。数字や仕組みを見える化することで、噂や不信感に対抗できます。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百三十四話「営業課長、港を封鎖される」


黒帳によって封鎖されたグランディア港。


国外からの商品が入らなくなり、市場には再び混乱が広がる。


「港が止まれば、グランディアは終わりだ」


しかし、アルトは慌てない。


「港が使えないなら、別の道を作ればいい」


陸路。


河川。


そして、これまで誰も使おうとしなかった古い交易路。


「物流は一本に依存しちゃいけない」


アルトは新しい物流網を作り始める。


だが、その先には黒帳が仕掛けた巨大な罠が待っていた。


「その道を使えば――」


「必ず、アルトはここを通る」


黒帳が狙うのは商品ではない。


アルト自身だった。


商業祭まで、残り二週間。


物流戦争は、ついに最終段階へ突入する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。