第百三十二話 営業課長、商業祭に向けて仲間を集める
グランディアに来て、三日。
アルトは朝から街を歩き回っていた。
目的は一つ。
商人を集めること。
だが――。
「お断りします」
「……ですよね」
「黒帳と敵対するなんて、とてもじゃないが無理です」
「分かりました」
「申し訳ありません」
「いえいえ」
また一軒。
また一軒。
断られる。
マルクが隣でため息をついた。
「これで何軒目だ?」
「十五軒」
「全部断られたな」
「うん」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないね」
「おい」
アルトは笑った。
「でも、想定内」
「本当に?」
「うん」
商人が黒帳を恐れるのは当然だった。
黒帳には金がある。
情報がある。
そして――。
逆らった者を潰す力がある。
そんな相手と戦おうという話に、簡単に乗る商人などいない。
「だったら、どうする?」
マルクが尋ねる。
「大商会を狙うのをやめます」
「え?」
「次は、小さい商人です」
「小さい商人?」
「はい」
アルトは笑った。
「僕が最初に営業を始めた時と同じです」
「大きなところから攻める必要なんてありません」
「小さなところから、一つずつ信用を積み上げます」
最初に訪れたのは、小さなパン屋だった。
「こんにちは」
「はい?」
店主の女性が顔を出す。
「突然すみません」
「何かご用ですか?」
「商業祭について、少しお話を」
女性の表情が曇った。
「……黒帳絡みですか?」
「関係はあります」
「なら、お断りします」
「どうして?」
「怖いんです」
女性は小さく息を吐く。
「以前、黒帳に逆らった商人がいました」
「知っています」
「その人、店を潰されました」
「家族も街を出ていった」
「だから、私は関わりたくありません」
アルトは黙って聞いた。
そして、一枚の紙を出す。
「では、商業祭には参加しなくていいです」
「え?」
「ただ、この商品を見てください」
アルトが取り出したのは、小さな紙袋。
「王都で作った新しい保存用の包材です」
「パンを入れても湿気にくい」
「これなら遠方への販売もできます」
女性が袋を見る。
「……これ、売り物ですか?」
「試作品です」
「使ってみてください」
「でも……」
「お金はいりません」
女性は袋を受け取った。
「商業祭の話は、その後でいいです」
アルトは笑った。
「まずは商品を知ってもらう」
「それだけです」
店を出る。
マルクが首を傾げる。
「商業祭の勧誘じゃなかったのか?」
「違うよ」
「じゃあ何?」
「信頼の営業」
「……?」
「いきなり大きな契約を取ろうとすると、相手は警戒する」
「だったら、まず小さな価値を提供する」
「相手が『この人と取引しても大丈夫だ』と思えば、次の話ができる」
「なるほどな」
マルクが感心する。
「でも、これを何十軒も?」
「何百軒でも」
「……営業課長、怖いな」
昼。
アルトたちは市場へ向かった。
そこには、大きな商店街とは違う、小さな露店が並んでいる。
「ここも?」
「もちろん」
アルトは一軒ずつ声をかける。
「商業祭に参加しませんか?」
「無理だよ」
「資金がない」
「人手が足りない」
「場所も取れない」
「商品も少ない」
理由は様々だった。
しかし、アルトは断られるたびにメモを取った。
「何してるんだ?」
「断られた理由を記録してる」
「それを?」
「商業祭の仕組みに反映する」
「つまり?」
「参加できない理由を、全部潰す」
マルクは目を丸くする。
「……なるほど」
「営業って、断られた後が本番だからね」
アルトは笑った。
その日の夕方。
アルトは十数人の小規模商人を集めた。
「皆さんに提案があります」
「商業祭には、大きな商会が有利です」
「資金もある」
「人手もある」
「宣伝もできる」
「だから――」
アルトは大きな紙を広げた。
「共同店舗を作ります」
「共同?」
「はい」
「一つの店を、十店舗で共有する」
「費用も分担」
「人手も分担」
「商品はそれぞれ販売する」
「売上は各商人に戻す」
一人の商人が手を挙げる。
「そんなことができるのか?」
「できます」
「場所は?」
「確保します」
「宣伝は?」
「僕たちがやります」
「警備は?」
「ローディンさんたちに協力してもらいます」
「……」
商人たちは顔を見合わせる。
「黒帳に狙われたら?」
アルトは答えた。
「僕が責任を取ります」
以前と同じ言葉。
だが今回は、それだけではなかった。
「それに――」
アルトは商人たちを見る。
「一人なら怖い」
「十人なら?」
誰も答えない。
「百人なら?」
少しずつ、商人たちの表情が変わる。
「黒帳が一人を脅すのは簡単です」
「でも、百人全員を脅すのは難しい」
「だから、繋がりましょう」
「一人で戦わない」
「それが僕の提案です」
沈黙。
やがて。
一人の露店商が手を挙げた。
「……俺、参加する」
「本当に?」
「ああ」
「うちも」
「俺も参加する」
「じゃあ、うちも」
一人。
また一人。
参加者が増えていく。
マルクが小声で言った。
「アルト」
「うん?」
「これ、すごいぞ」
「まだ始まったばかりだよ」
その頃。
グランディア商会。
ガルドは報告を受けていた。
「小規模商人がアルト側につき始めています」
「数は?」
「現在、四十三店舗」
ガルドは笑った。
「たった三日で?」
「はい」
「なるほど」
セドリックが尋ねる。
「どうしますか?」
「何もしない」
「よろしいのですか?」
「アルトは今、信用を集めている」
「なら、邪魔をする必要はない」
ガルドは窓の外を見る。
「商人を集めるなら、あの方法が一番強い」
「利益ではなく、安心を売っている」
「……」
「十年前のレオンも、同じことをしていた」
セドリックは黙った。
「だから、彼は危険なんだ」
「親子二代で、同じことをする」
「市場そのものを変えようとしている」
しかし、その夜。
アルトのもとへ一通の手紙が届いた。
差出人はない。
封を開ける。
中には一枚の紙。
『商業祭への参加者を増やすほど、犠牲者も増える』
アルトの表情が変わる。
続きがある。
『明日、参加予定の商人三名が店を失う』
『それでも続けるか?』
マルクが覗き込む。
「脅迫か?」
「そうだね」
アルトは紙を握る。
「どうする?」
ローディンが尋ねる。
「当然、続ける」
「でも三人が狙われる」
「だからこそ、守る」
アルトは立ち上がった。
「黒帳は間違えてる」
「何を?」
「僕たちが一人ずつ戦うと思ってる」
アルトは商人名簿を見る。
「明日の朝、全員を集めます」
「何をする?」
「商人を守るための仕組みを作る」
「仕組み?」
「はい」
アルトの目が鋭くなる。
「黒帳より先に、情報を共有します」
「誰かが脅されたら、全員が知る」
「誰かの店が襲われたら、全員が支援する」
「商品が止まったら、別の商人が代わりに運ぶ」
「一人の問題を、全員の問題にする」
レオンが静かに笑った。
「それは……商人同盟だな」
「そう」
アルトは頷く。
「営業の基本です」
「顧客を一人にしない」
「仲間を一人にしない」
「そして――」
アルトは窓の外を見る。
「市場そのものを守る」
翌朝。
グランディアの中央広場。
集まった商人は、百人を超えていた。
小さな店。
露店。
職人。
運送業者。
農産物を扱う商人。
アルトはその前に立つ。
「昨日、脅迫状が届きました」
ざわめきが起こる。
「三人の商人が狙われています」
恐怖が広がる。
しかしアルトは続けた。
「だから、今日からルールを一つ作ります」
「誰かが脅されたら――」
「全員で守ります」
商人たちが顔を見合わせる。
「一人が商品を運べなくなったら?」
「別の商人が運ぶ」
「店が壊されたら?」
「みんなで再建する」
「資金が足りなくなったら?」
「共同基金から支援する」
「そして、情報を隠さない」
「何かあれば、全員に知らせる」
アルトは拳を握る。
「黒帳は、僕たちを一人ずつ潰そうとしています」
「なら――」
「僕たちは、最初から一人にならなければいい」
静寂。
そして。
「……俺は賛成だ」
一人の商人が言った。
「俺もだ」
「俺も!」
「うちも!」
広場に声が広がる。
アルトは笑った。
「これで、商業祭の準備を始められます」
マルクが隣で呟く。
「百人以上か……」
「いや」
アルトは首を振る。
「まだ足りない」
「え?」
「グランディアには、もっと商人がいる」
アルトは遠くに見える巨大な商館を見る。
「大商会も巻き込みます」
「グランディア商会?」
「それだけじゃない」
「全部です」
アルトは笑った。
「一か月後の商業祭」
「グランディア中の商人を、同じ市場に集めます」
だが、その瞬間。
広場の奥から、拍手が聞こえた。
「素晴らしい演説ですね」
全員が振り返る。
そこに立っていたのは――。
グランディア商会の会長、ガルド。
その隣にはセドリック。
「会長……」
アルトが驚く。
ガルドはゆっくり歩いてくる。
「アルト」
「はい」
「お前に一つ提案がある」
「何でしょう?」
「商業祭の会場」
「うちの商会が提供しよう」
商人たちがざわめく。
「そして――」
ガルドは笑った。
「グランディア商会も、お前の側につく」
「……!」
アルトは目を見開いた。
ついに。
グランディア最大の商会が動いた。
黒帳との商業戦争は――。
少しずつ、その姿を現し始めていた。
営業メモ①③①
「営業で大切なのは、『自分の商品を買ってもらうこと』だけではありません。顧客同士を繋ぎ、互いに利益を生み出す仕組みを作ることも営業です。今回のアルトは、小さな商人が抱える『資金・人手・信用・安全』という問題を、共同で解決する仕組みに変えました。一人では弱くても、仕組みを作れば大きな力になります。」
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次回予告 第百三十三話「営業課長、巨大市場を作る」
グランディア最大の商会が、ついにアルト側についた。
しかし、黒帳も動き始める。
「グランディア商会が裏切った?」
「ならば、商業祭そのものを潰せ」
商業祭まで、残り三週間。
アルトはグランディア中の商人を巻き込み、これまでにない巨大な共同市場を作ろうとする。
「売る場所を作るだけじゃない」
「買いたくなる理由を作ります」
新しい販売方法。
新しい物流。
新しい宣伝。
そして、商人たちが驚くアルトの「商業祭改革案」。
一方、黒帳は市場価格を一斉に操作する。
「商品価格を半分にしろ」
「そんな価格では商人が潰れます!」
「構わない」
価格競争を仕掛けられたアルト。
果たして、金で市場を壊そうとする黒帳に、アルトはどう立ち向かうのか――。




