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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百三十一話 営業課長、グランディア最大の商会と対決する


 グランディア。


 王都とは違う。


 街に入った瞬間から、アルトはそれを感じていた。


 道の両側には巨大な商館が並び、荷馬車が途切れることなく行き交っている。


 香辛料。


 織物。


 鉱石。


 魔石。


 食料。


 王国中から集められた商品が、この街を経由して各地へ流れていく。


「すごいな……」


 マルクが窓の外を見る。


「これが王国最大の商業都市か」


「うん」


 アルトも街を眺める。


 だが、感心しているだけではない。


 頭の中では、別のことを考えていた。


 ――この街を黒帳が握っている。


 そう考えると、目の前の光景が別のものに見えてくる。


 巨大な商館。


 大量の荷馬車。


 無数の商人。


 そのすべてが、黒帳の情報網になっている可能性がある。


「……規模が大きすぎる」


 レオンが呟いた。


「父さんも、昔ここに?」


「ああ」


「十年前、何度も来た」


「その頃から、この街は大きかった?」


「今ほどではない」


 レオンは街を見渡した。


「十年で、異常なほど成長している」


「それって……」


「ああ」


 レオンはアルトを見る。


「黒帳が関係している可能性は高い」


 アルトは頷いた。


 馬車が止まった。


「到着しました」


 御者の声。


 目の前には、巨大な建物があった。


 五階建て。


 王都の商館すら小さく見える。


 建物の正面には、大きな看板。


『グランディア商会』


 マルクが口を開ける。


「でか……」


「王国最大の商会だからね」


 アルトは馬車を降りた。


 すると、入口から数人の商人が出てくる。


 その中央に、一人の男が立っていた。


 五十代ほど。


 上質な服。


 落ち着いた物腰。


 だが、その目だけは鋭い。


「お待ちしておりました」


「あなたが会長?」


「いえ」


 男は頭を下げる。


「私は会長補佐のセドリックです」


「先ほど聞いた名前ですね」


「はい」


 セドリックはレオンを見る。


「お久しぶりです」


 レオンの表情が硬くなる。


「……セドリック」


「覚えていてくださって光栄です」


「忘れるわけがない」


 アルトは二人を見た。


「中で話しましょう」


 セドリックが笑う。


「もちろんです」


「会長がお待ちです」


 商会の応接室。


 アルトたちは大きなテーブルを囲んでいた。


 壁には、グランディア周辺の巨大な地図。


 棚には大量の帳簿。


 部屋そのものが、この商会の力を物語っている。


 やがて扉が開いた。


「待たせたな」


 一人の男が入ってきた。


 六十代。


 白髪。


 堂々とした体格。


 そして――。


 レオンが立ち上がった。


「……お前か」


 男は笑った。


「久しぶりだな、レオン」


 アルトは男を見る。


「あなたが会長?」


「そうだ」


「名前を伺っても?」


「グランディア商会会長、ガルド・ヴァレン」


 アルトは頭を下げた。


「アルト・レインハルトです」


「知っている」


 ガルドは椅子に座る。


「最近、王都で随分と派手に動いているそうだな」


「まあ、それなりに」


「物流を立て直した」


「はい」


「黒帳の財務長官まで追い詰めた」


「それは結果的にです」


 ガルドは笑う。


「なるほど」


「レオンの息子らしい」


 レオンが睨む。


「私の息子を巻き込むな」


「巻き込んだのは私ではない」


 ガルドはアルトを見る。


「彼自身が、この街へ来た」


 アルトは微笑む。


「営業ですから」


「営業?」


「はい」


「今日は商談に来ました」


 ガルドが笑った。


「面白い」


「十年前も、お前の父親はそういう男だった」


 レオンは何も言わない。


「では聞こう」


 ガルドが身を乗り出す。


「何を売りに来た?」


 アルトは答えた。


「物流です」


「……」


「正確には、あなたの商会が持っている物流網を買いたい」


 部屋が静まり返った。


「買う?」


 ガルドが笑う。


「お前が?」


「はい」


「グランディア商会の物流網を?」


「全部ではありません」


「必要な部分だけです」


「何のために?」


「黒帳の資金と物流経路を切るためです」


 セドリックの表情が変わった。


 アルトは続ける。


「あなたの商会は、王国内の物流のかなりの部分を握っています」


「そして、その一部が黒帳に利用されている」


「証拠は?」


 アルトは帳簿を出した。


「これです」


 ガルドが見る。


 数秒。


「……なるほど」


「うちの取引記録だな」


「はい」


「よく手に入れた」


「営業の準備です」


「営業とは、恐ろしいものだな」


 ガルドが笑う。


「だが――」


 帳簿を閉じる。


「断る」


「理由を伺っても?」


「簡単だ」


「この商会を売るつもりはない」


「物流網の一部も?」


「同じだ」


「では、提案を変えます」


「何?」


 アルトは別の書類を出した。


「共同事業です」


 ガルドが眉を上げる。


「あなたの物流網を維持する」


「僕たちは王都と北部の販路を提供する」


「利益は折半」


「ただし――」


 アルトは指を一本立てる。


「黒帳との取引を全て終了する」


 ガルドは黙った。


「……随分と強気だな」


「はい」


「私が断ったら?」


「別の商会と組みます」


「この街に、うちと同じ規模の商会はない」


「なら、小さな商会を十社集めます」


 ガルドの目が細くなる。


「できると思うか?」


「できます」


「なぜ?」


「商人は利益が出る場所へ動くからです」


「あなたの商会が独占しているから、みんな従っているだけ」


「でも、新しい物流網ができれば話は変わる」


 アルトは笑う。


「独占には、競争を作る」


「これが僕の営業戦略です」


 セドリックが口を挟む。


「会長」


「何だ?」


「この男は危険です」


「分かっている」


 ガルドはアルトを見る。


「だから面白い」


 しばらくして。


 ガルドが立ち上がった。


「アルト」


「はい」


「一つ聞きたい」


「どうぞ」


「お前は、本当に黒帳を潰すつもりか?」


「はい」


「なぜ?」


「王国を守るため?」


「それだけか?」


 アルトは少し考えた。


「……商売ができなくなるからです」


「は?」


「物流が止まれば商売ができません」


「商売ができなければ、商人も困る」


「商人が困れば、市民も困る」


「だから潰します」


 ガルドが吹き出した。


「はははは!」


「なるほど!」


「レオン!」


「お前の息子は面白いぞ!」


 レオンは呆れた顔をする。


「昔から、変なところだけ私に似ている」


「変なところ?」


「営業に命を懸けるところだ」


「褒めてる?」


「たぶん」


 その時。


 扉が開いた。


 一人の男が入ってきた。


 黒い外套。


 年齢は分からない。


 顔の半分を覆う仮面。


 セドリックが頭を下げる。


「お待ちしていました」


 アルトの表情が変わる。


「……誰です?」


 ガルドが答える。


「この商会の本当の取引相手だ」


 男が口を開いた。


「初めまして、アルト・レインハルト」


 アルトは警戒する。


「あなたが黒帳?」


「そう呼ぶ者もいる」


「名前は?」


「必要ない」


「僕は必要だと思います」


 男は笑った。


「営業マンらしいな」


「情報は武器ですから」


「その通りだ」


 男はアルトの前に一枚の紙を置いた。


「君が王都で手に入れた帳簿」


「それだけでは黒帳を潰せない」


「なぜ?」


「その帳簿は、末端の記録だからだ」


 アルトは紙を見る。


「……」


「本当の資金の流れは別にある」


「どこです?」


「王国の外だ」


 アルトの目が鋭くなる。


「国外?」


「黒帳は王国だけの組織ではない」


「複数の国の商人が関わっている」


「つまり……」


「国際的な商業組織」


 男は頷く。


「ようやく理解したか」


 アルトは考える。


 王国の物流。


 グランディア。


 黒帳。


 そして国外。


 すべてが一本につながっていく。


「あなたは、何を目的にしているんです?」


「金だ」


「それだけ?」


「金は力になる」


「力があれば、国を動かせる」


「ヴィクトルと同じですね」


「違う」


 男は静かに言った。


「ヴィクトルは権力を欲しがった」


「私は市場を欲しい」


「市場?」


「人が何を買い、何を売り、どこへ金を流すのか」


「それを支配する」


 アルトは笑った。


「なるほど」


「やっぱり営業ですね」


「……何?」


「あなたがやっているのは、究極のマーケティングです」


「顧客の行動を全部把握して、市場そのものを支配する」


「でも――」


 アルトは立ち上がった。


「一つだけ間違っています」


「何だ?」


「市場は、支配するものじゃない」


「育てるものです」


 男が黙る。


「商人が自由に競争して」


「顧客が自由に選ぶ」


「その結果、良い商品と良いサービスが残る」


「それが市場です」


「だから――」


 アルトは笑った。


「あなたには負けません」


 男の目が細くなる。


「面白い」


「なら、勝負しよう」


「商売で?」


「そうだ」


「一か月後」


「グランディア最大の商業祭がある」


「そこで、どちらが市場を動かせるか勝負する」


 アルトは頷いた。


「受けます」


 レオンが驚く。


「アルト!」


「大丈夫」


 アルトは男を見る。


「勝ったら?」


「私の持つ黒帳の情報を全て渡す」


「負けたら?」


 男は笑った。


「王都の物流から手を引け」


「そして二度と黒帳を追うな」


 アルトは少し考える。


「分かりました」


「ただし――」


「僕からも条件があります」


「何だ?」


「商業祭の勝負」


「正々堂々とやりましょう」


「裏工作は禁止」


「情報操作も禁止」


「脅迫も禁止」


「いいだろう」


 男は笑った。


「では、一か月後だ」


 そう言って、男は部屋を出ていった。


 アルトはその背中を見送る。


「……」


 レオンが低い声で言う。


「あいつは危険だ」


「うん」


「お前、本当に勝てるのか?」


 アルトは少し笑った。


「分かりません」


「でも――」


「営業で負けるつもりはありません」


 ガルドが立ち上がる。


「アルト」


「はい」


「お前の提案」


「一つだけ条件を変えよう」


「何です?」


「共同事業ではなく――」


 ガルドが笑う。


「全面的に協力する」


 アルトが目を見開く。


「いいんですか?」


「ああ」


「黒帳との取引を切る」


「そして、お前に物流網の情報を提供する」


「会長……」


「十年前、私はレオンを裏切った」


 ガルドはレオンを見る。


「その借りを、息子に返す」


 レオンは黙っていた。


 やがて。


「……遅すぎるぞ」


「分かっている」


 二人は静かに向き合った。


 十年前に壊れた商人同士の関係が――。


 今、アルトを中心に再び繋がろうとしていた。


 しかし。


 その夜。


 グランディア商会の地下。


 セドリックが一人の男に報告していた。


「予定通りです」


「アルトは商業祭への参加を受け入れました」


 暗闇の中で、男が笑う。


「よし」


「ここからが本番だ」


「商業祭の日――」


「グランディアの市場を、完全にひっくり返す」


 そして。


 アルトが知らないところで、黒帳の本当の計画が動き始めていた。


営業メモ①③⓪


「営業では、相手の条件をすべて受け入れる必要はありません。相手が持っている強みと、自分が持っている強みを組み合わせ、新しい取引条件を作ることが重要です。アルトは『買収』が難しいと判断すると、『共同事業』へ切り替え、さらに競争相手を作ることで交渉の構造そのものを変えました。営業で大切なのは、目の前の条件に勝つことではなく、『勝てる市場そのものを作る』ことです。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百三十二話「営業課長、商業祭に向けて仲間を集める」


黒帳との一か月後の商業勝負。


勝てば、黒帳の核心情報を手に入れられる。


負ければ――。


アルトは王都の物流から手を引かなければならない。


「一か月しかないぞ」


「だから面白いんです」


アルトはグランディア中の商人を訪ね始める。


小さな商店。


露店商。


職人。


運送業者。


そして、これまで大商会に相手にされなかった商人たち。


「僕と一緒に、新しい市場を作りませんか?」


しかし、黒帳も黙ってはいない。


商人たちの前に、莫大な資金を持って現れる黒い影。


「金なら、いくらでも出す」


果たしてアルトは、金ではなく「信用」で商人たちを集められるのか。


一か月後。


グランディア最大の商業祭を舞台に、アルトと黒帳の営業戦争が始まる。


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