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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百三十話 営業課長、黒帳の本体を追う


 王都地下。


 中央倉庫の地下通路は、すっかり静まり返っていた。


 黒帳の兵士たちは武器を下ろし、拘束されたヴィクトルを兵士たちが取り囲んでいる。


 アルトは、先ほどの言葉を何度も頭の中で繰り返していた。


『もっと上がいる』


『本当の黒帳がいる』


「……」


 アルトはヴィクトルを見る。


「もう一度聞きます」


「黒帳の本体は誰ですか?」


 ヴィクトルは答えない。


「名前だけでも」


「無駄だ」


「なぜ?」


「知ったところで、君には何もできない」


「それは、僕が決めることです」


 ヴィクトルが薄く笑った。


「十年前もそうだった」


「レオンも、自分なら何とかできると思っていた」


 その瞬間。


 レオンが一歩前に出た。


「ヴィクトル」


「何だ?」


「十年前の話をするなら、最後まで話せ」


「私を失脚させたのは、お前だけじゃないだろう」


 ヴィクトルの表情が変わった。


「……」


「誰が命令した?」


 沈黙。


「お前は当時、ただの監査官だった」


「私を潰すほどの権限はなかったはずだ」


 レオンの声が低くなる。


「誰の命令だった?」


 ヴィクトルはしばらく黙っていた。


 そして――。


「王家だ」


 レオンの目が見開かれた。


「……何?」


「正確には、王家に近い人物だ」


「私は命令に従っただけだ」


 アルトは父を見る。


「父さん」


「……ああ」


 レオンの顔には、驚きと怒りが入り混じっていた。


「十年前、私は王都の物流改革を進めていた」


「既得権益を持つ商人たちと衝突した」


「だが、それだけじゃなかった」


「黒帳がいたんですね」


 レオンは頷く。


「私は気づき始めていた」


「物流を独占しようとしている組織があることに」


 アルトは納得した。


「だから失脚させられた」


「はい」


 ヴィクトルが口を挟む。


「君の父親は、余計なことを調べすぎた」


「だから止めた」


「でも――」


 ヴィクトルはアルトを見る。


「完全には止められなかった」


「何?」


「レオンは十年後に息子を残していた」


 アルトは苦笑する。


「それは、僕の母さんに言ってください」


「僕が生まれたのは父さんの営業努力じゃないので」


 マルクが吹き出した。


「こんな時に何言ってるんだ、お前は」


「緊張をほぐしてるんだよ」


 レオンが頭を抱える。


「……頼むから今だけは真面目にしてくれ」


「はい」


 その時。


 王宮から伝令が駆け込んできた。


「アルト様!」


「どうした?」


「王太子殿下から緊急の命令です!」


 アルトが受け取る。


 書面には短く記されていた。


『財務長官ヴィクトル・アーデンを拘束せよ。黒帳関係者を全員確保する』


 アルトは頷いた。


「これで一段落ですね」


 だが、伝令は首を振った。


「いえ」


「まだあります」


「何?」


「国王陛下が、意識を取り戻されました」


「!」


 レオンが顔を上げる。


「陛下が?」


「はい」


「そして――」


 伝令は一瞬ためらった。


「アルト様に、直接会いたいと」


「僕に?」


「はい」


 アルトは少し考える。


「分かりました」


「行きましょう」


 レオンが言う。


「私も行く」


「もちろん」


 王宮。


 国王の寝室。


 ベッドの上で、国王は静かに目を開けていた。


「アルト……」


「はい」


「よく来た」


「お加減はいかがですか?」


「まだ少し体が重い」


「ですが、話すことはできる」


 アルトは頭を下げる。


「それなら安心しました」


 国王はレオンを見る。


「レオン」


「陛下」


「久しいな」


「……はい」


 国王は二人を交互に見る。


「十年前のことを、話さねばならない」


 部屋の空気が変わった。


「十年前」


 国王はゆっくり話し始めた。


「私は、黒帳の存在を知っていた」


 レオンが拳を握る。


「やはり……」


「だが、完全に潰すことができなかった」


「なぜです?」


 アルトが尋ねる。


「王宮の中に、協力者がいたからだ」


「ヴィクトルではなく?」


「ヴィクトルは末端に近い」


 アルトは眉をひそめる。


「では、誰です?」


 国王は黙った。


「名前を聞きたいか?」


「はい」


「聞けば、もう後戻りできない」


「それでも?」


「はい」


 国王はアルトを見る。


「黒帳の本体を作ったのは――」


 そこで国王の言葉が止まった。


「……」


 苦しそうに胸を押さえる。


「陛下!」


 エリシアが駆け寄る。


「大丈夫だ」


 国王は息を整える。


「だが、今はまだ話せない」


 アルトは頷いた。


「分かりました」


「ただ、一つだけ言っておく」


「はい」


「黒帳の本体は、王宮の中にはいない」


 アルトが目を見開く。


「え?」


「王宮の外にいる」


「そして――」


 国王は窓の外を見る。


「王国最大の商業都市に拠点を置いている」


 アルトの頭の中で、地図が浮かんだ。


「商業都市……」


「どこです?」


「グランディアだ」


 ローディンが息を呑む。


「グランディア……」


 王国最大の商業都市。


 国内外の商人が集まり、巨大な市場と港を持つ。


 金。


 商品。


 情報。


 そして、人。


 すべてが集まる場所だ。


「黒帳の本体が、そこにいる?」


 アルトが呟く。


「可能性は高い」


 国王が答えた。


「だが、もう一つ問題がある」


「何でしょう?」


「黒帳が狙っているのは、王国の物流だけではない」


「なら、何を?」


 国王はアルトを見た。


「王位だ」


 部屋が静まり返った。


 その夜。


 王宮の会議室。


 王太子、エリシア、レオン、アルト、ローディン、そして数名の側近が集まっていた。


 地図の中央にはグランディア。


「黒帳の本体がグランディアにいる」


 王太子が言う。


「ならば、討伐隊を送る」


 アルトは首を振った。


「それでは駄目です」


「なぜ?」


「グランディアは商業都市です」


「兵士を大量に送り込めば、商人たちは逃げます」


「市場も止まります」


「結果として、黒帳の思うつぼです」


 王太子は考える。


「では、どうする?」


「僕が行きます」


「一人で?」


「いいえ」


 アルトは地図を見る。


「商人と行きます」


「商人?」


「はい」


「黒帳が商業都市を支配しているなら、僕たちは商人のネットワークを使います」


「グランディアにいる商人たちへ連絡を取る」


「物流を正常に保ちながら、黒帳の資金と取引先を洗い出す」


 ローディンが頷く。


「軍ではなく、商業で攻めるのか」


「そのほうが被害が少ない」


 レオンがアルトを見る。


「お前、本気か?」


「はい」


「相手は十年前から準備している」


「分かっています」


「そして、お前を狙っている」


「それも分かっています」


 レオンはため息をついた。


「……なら、私も行く」


「父さんも?」


「当然だ」


「十年前の決着をつける」


 アルトは笑った。


「じゃあ、親子で出張ですね」


「遊びじゃないぞ」


「分かってます」


 エリシアが微笑む。


「でも、アルトなら本当に営業旅行にしてしまいそうですね」


「それはいい考えです」


「いいのか?」


 そして翌朝。


 グランディアへ向かう一行が王都を出発した。


 アルトは馬車の中で、一冊の帳簿を開いていた。


 黒帳の取引記録。


 そこには、グランディアの商人の名前が並んでいる。


 しかし――。


「……変だ」


 アルトが呟いた。


「何が?」


 マルクが覗き込む。


「取引先が多すぎる」


「商業都市なんだから普通じゃないか?」


「違う」


 アルトは首を振る。


「普通の商人なら、利益率の高い取引を選ぶ」


「でも黒帳の取引は違う」


「利益がほとんど出ていない取引が大量にある」


「つまり?」


「利益ではなく、情報を集めている」


 アルトの目が鋭くなる。


「誰が何を買ったか」


「どこへ運んだか」


「誰と取引しているか」


「全部把握している」


 レオンが言った。


「商人を監視していた?」


「はい」


 アルトは帳簿を閉じる。


「でも、それだけじゃない」


「何?」


「これを見て」


 アルトは一つの名前を指差した。


 グランディア最大の商会。


「……」


「この商会が、黒帳への資金提供をしている」


 マルクが驚く。


「そんな大商会が?」


「しかも――」


 アルトは続けた。


「この商会の会長は、王宮財務長官ヴィクトルと親族関係があります」


 レオンが険しい顔になる。


「つまり、十年前から繋がっていた」


「そういうことです」


 アルトは窓の外を見る。


 遠くにグランディアの街並みが見えてきた。


「黒帳の本体は、きっとここにいる」


 そして――。


 グランディアの巨大な門をくぐった瞬間。


 アルトたちの馬車を、一人の男が待っていた。


「アルト・レインハルト様」


「はい」


「グランディアへようこそ」


「あなたは?」


 男は丁寧に頭を下げた。


「グランディア商業組合、会頭補佐の――」


 その名前を聞いた瞬間。


 レオンの顔色が変わった。


「……そんな馬鹿な」


 アルトが父を見る。


「知っているの?」


 レオンは答えた。


「ああ」


「十年前、私が最後に会った商人だ」


 男は微笑んだ。


「レオン殿」


「お久しぶりです」


 そして男はアルトを見る。


「あなたに、会長から伝言があります」


「何でしょう?」


「『十年前の借りを返しに来い』」


 アルトは笑った。


「……なるほど」


 グランディアに着いた瞬間から。


 商談は始まっていた。


営業メモ①②⑨


「営業では、相手の表面的な取引だけを見るのではなく、『なぜその取引をしているのか』を見ることが重要です。利益が少ないのに取引を続けるなら、そこには別の目的があるかもしれません。情報収集、人脈作り、将来の顧客確保など、取引には数字だけでは見えない意図があります。相手の本当の目的を読み取る力が、交渉を有利にします。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百三十一話「営業課長、グランディア最大の商会と対決する」


王国最大の商業都市、グランディア。


そこで待っていたのは、十年前から黒帳と繋がっていた巨大商会だった。


「レオン殿の息子が、ここまで成長しましたか」


「父さん、この人が……?」


「ああ」


「十年前、私を追い詰めた商人の一人だ」


そして始まる、親子二代にわたる商談。


「あなたの商会と、僕たちで取引をしましょう」


「何?」


「ただし――」


アルトが提示する条件は、相手にとって絶対に受け入れられないものだった。


黒帳の資金源を断つため、アルトはグランディア最大の商会へ挑む。


しかし、その商会の奥には――。


「黒帳の本体」が待っていた。

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