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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百二十九話 営業課長、十年前の因縁と再会する


 爆発音が、王都に響き渡った。


 中央倉庫から黒い煙が立ち上っている。


「急げ!」


 アルトたちは全速力で倉庫へ向かった。


 街には人が溢れていた。


 何が起きたのか分からない市民。


 逃げ惑う商人。


 立ち尽くす兵士。


 そして――。


 荷馬車の列。


 アルトはそれを見た瞬間、足を止めた。


「……荷馬車?」


 マルクが振り返る。


「どうした?」


「多すぎる」


 倉庫の前に、十台以上の荷馬車が並んでいる。


「避難させているのか?」


「違う」


 アルトは荷馬車を指差した。


「逆です」


「商品を運び出している」


 ローディンが目を細める。


「つまり、倉庫の中に黒帳の人間がいる?」


「その可能性が高い」


 アルトは走り出した。


 中央倉庫の門前。


 兵士たちが二つに分かれていた。


「ここから先は通すな!」


「王太子殿下の命令だ!」


「命令書を見せろ!」


「王太子殿下の命令を疑うのか!」


「我々には財務長官の命令がある!」


 アルトは眉をひそめた。


「財務長官……」


 昨日、レオンが口にした名前が頭をよぎる。


 十年前。


 レオンを失脚させた男。


 そして今、王宮財務長官。


 アルトは拳を握った。


「父さん」


「分かっている」


 レオンは静かだった。


 いつもの穏やかな表情ではない。


 明らかに怒っている。


「……十年前の男か」


「はい」


 アルトは父を見る。


「名前は?」


「ヴィクトル・アーデン」


 レオンが答えた。


「元王宮監査官」


「そして、私を不正会計の罪で追い詰めた男だ」


「実際には?」


「私は何もしていない」


 レオンは苦笑する。


「証拠を作られた」


「なら――」


 アルトの目が鋭くなる。


「今日、全部ひっくり返しましょう」


「アルト」


「はい」


「無茶はするな」


「父さんこそ」


「……分かった」


 アルトは兵士たちの前へ進んだ。


「僕はアルト・レインハルト」


「王太子殿下から中央倉庫の確認を任されています」


「ここを通してもらいます」


 兵士の一人が首を振る。


「財務長官の命令だ」


「倉庫を封鎖しろと言われている」


「では質問します」


 アルトは穏やかに聞いた。


「その命令書はありますか?」


「ある」


「見せてください」


「……」


「王宮の命令なら、当然見せられますよね?」


 兵士が黙る。


 アルトは続けた。


「命令書が本物なら、僕も従います」


「でも、偽物なら?」


「その場合、あなたたちは黒帳の命令に従っていることになります」


 兵士たちの顔が強張る。


「……」


「僕はあなたたちを責めません」


「ただ、本当に正しい命令なのかを確認したいだけです」


 一人の兵士が隣の兵士を見る。


「隊長……」


「……」


 やがて隊長が命令書を取り出した。


「確認してくれ」


 ローディンが受け取る。


 数秒後。


「これは王宮の正式な書式だ」


「だが――」


 アルトが紙を見る。


「印が違う」


「え?」


「財務長官の公印じゃない」


「これは代理印です」


「代理印?」


「財務長官が不在の場合に使用するものです」


 アルトは笑った。


「なるほど」


「では、財務長官は今どこに?」


「王宮です」


「なら――」


 アルトは王宮の方向を見る。


「本人に確認しましょう」


 その頃。


 王宮財務局。


 ヴィクトル・アーデンは窓の外を眺めていた。


 白髪交じりの髪。


 細い目。


 整った身なり。


 その姿には、一切の隙がない。


「中央倉庫は?」


 部下が答える。


「予定通りです」


「食料の移送も?」


「進んでいます」


「よろしい」


 ヴィクトルは机の上の書類を見る。


「これで王都の備蓄は、我々が管理できる」


「王太子が戻ってきても?」


「戻ってきたところで、何もできない」


 ヴィクトルは笑った。


「王宮の金も、物流も、兵站も」


「すべてこちらが握っている」


「王というのは、命令を出すだけでは国を動かせない」


「物がなければ、兵も動かない」


「金がなければ、物も動かない」


「つまり――」


 ヴィクトルは静かに言った。


「国を動かすのは、王ではない」


「物流だ」


 その時。


 扉が開いた。


「失礼します」


 部下が入ってくる。


「中央倉庫にアルト・レインハルトが現れました」


 ヴィクトルの手が止まる。


「……アルト」


「はい」


「レオンの息子か」


「そうです」


 ヴィクトルはしばらく黙っていた。


 そして笑う。


「なるほど」


「親子そろって、私の前に現れるか」


「呼べ」


「こちらへ?」


「ああ」


「直接話す」


 ヴィクトルの目が細くなる。


「十年前の続きをしよう」


 中央倉庫。


 アルトたちは倉庫内部へ入っていた。


「ひどいな……」


 マルクが呟く。


 大量の食料がある。


 だが、倉庫の奥には不自然な空間があった。


「ここだけ空いている」


 アルトが近づく。


「食料を運び出した跡です」


「どこへ?」


 ローディンが尋ねる。


「分かりません」


 アルトは床を見る。


 車輪の跡。


「いや」


「分かりました」


 跡は倉庫の裏手へ続いている。


 そして――。


 地下へ向かっていた。


「地下?」


 アルトは階段を下りる。


 そこには古い通路があった。


「……王都の地下物流路」


 レオンが呟く。


「父さん、知ってるの?」


「昔、王都の物流改革を担当した時に聞いたことがある」


「だが、正式には廃止されたはずだ」


 アルトは笑う。


「黒帳が使っていたんでしょうね」


 通路の先。


 大量の食料が積まれていた。


 そして、その横には大量の帳簿。


「これ全部……」


 マルクが絶句する。


 アルトは一冊を手に取った。


「王都の備蓄記録」


「こっちは販売記録」


「こっちは輸送記録」


「そして――」


 アルトの手が止まった。


「黒帳への資金提供者一覧」


 ローディンが息を呑む。


「証拠になるな」


「はい」


 アルトは帳簿を閉じる。


「これを押さえれば、黒帳の資金の流れが分かります」


 その時。


 背後から拍手が聞こえた。


「素晴らしい」


 アルトが振り返る。


 階段の上。


 一人の男が立っていた。


「初めまして」


「いや――」


 男はレオンを見る。


「久しぶりですね」


 レオンの目が険しくなる。


「……ヴィクトル」


「覚えていてくれましたか」


「忘れるわけがない」


 ヴィクトルは笑った。


「十年ぶりです」


「随分と出世しましたね」


 レオンが低い声で言う。


「お前が私を潰したからな」


「人聞きが悪い」


「私は証拠を提出しただけです」


「偽造した証拠をな」


 ヴィクトルは肩をすくめた。


「結果的には、あなたは失脚した」


「それだけです」


 アルトが一歩前に出る。


「父さん」


「僕に任せて」


 レオンが黙る。


 アルトはヴィクトルを見る。


「あなたが黒帳の中心人物ですね」


「中心?」


 ヴィクトルは笑う。


「そんな大層なものではありません」


「私はただ、王国を効率化しているだけです」


「食料を奪うことが?」


「奪ってはいません」


「管理しているだけです」


「市民が困っている」


「一時的な混乱です」


「王国を一つにまとめるには、多少の犠牲は必要でしょう」


 アルトは冷静に答えた。


「それを、独裁と言います」


 ヴィクトルの笑顔が消える。


「若いな」


「理想論だけでは国は動かない」


「お金」


「物流」


「権力」


「それらを握った者が、実際に国を動かす」


「だから僕は営業をしています」


「営業?」


「はい」


 アルトは笑った。


「人と人を繋ぐ仕事です」


「あなたは人を支配する」


「僕は人に選んでもらう」


「その違いです」


 ヴィクトルは鼻で笑った。


「綺麗事だ」


「では、商談しましょう」


「……何?」


 アルトは一歩前へ出る。


「あなたは王国を欲しい」


「僕は王国を守りたい」


「なら――」


「条件を出しましょう」


 ヴィクトルが笑った。


「面白い」


「聞こう」


「あなたが黒帳を解散させる」


「そして、今まで奪った食料と資金を返す」


「代わりに――」


 アルトは続ける。


「あなた自身の罪については、王太子殿下の前で話してください」


 ヴィクトルの目が細くなる。


「私に裁かれろと?」


「違います」


「取引です」


「あなたが黒帳の全情報を渡す」


「その代わり、あなたの命は保証する」


「……」


 ヴィクトルはしばらく黙った。


 そして。


「面白い提案だ」


 そう言った瞬間。


 背後で大量の足音が響いた。


「アルト!」


 ローディンが叫ぶ。


 地下通路の入口から、黒帳の兵士たちが現れる。


 完全に包囲されていた。


 ヴィクトルは笑う。


「だが、商談はここまでだ」


「残念ですね」


「あなたは優秀だ」


「しかし――」


 ヴィクトルはレオンを見る。


「父親と同じ結末になる」


 アルトは動かなかった。


 そして――。


 ゆっくり笑った。


「それは、どうでしょう?」


「……何?」


「僕がここへ来る前に」


「商人たちへ指示を出しておきました」


「何を?」


「王都中の倉庫を開けるように」


 ヴィクトルの表情が変わる。


「……」


「あなたが中央倉庫を押さえている間に」


「他の商人たちが物流を動かしています」


「つまり――」


 アルトは帳簿を掲げた。


「あなたが物流を支配するために集めた情報が」


「今度は僕たちの物流再建に使われる」


 ヴィクトルの顔から笑みが消えた。


「そんなことが……」


「できます」


 アルトは笑う。


「僕は一人で戦っているわけじゃないので」


 その瞬間。


 地上から歓声が聞こえた。


「荷馬車が来たぞ!」


「食料を運び込め!」


「次は西地区へ!」


 王都の物流が動き始めていた。


 ヴィクトルは呆然とする。


「……営業だと?」


「はい」


 アルトは答えた。


「これが僕の営業です」


 そして――。


「さて」


 アルトは兵士たちを見る。


「次は、皆さんと商談しましょうか」


 黒帳の兵士たちが顔を見合わせる。


 その中から、一人が武器を下ろした。


「……俺は」


「家族を守りたい」


 また一人。


 武器を下ろす。


「俺もだ」


 さらに一人。


「もう黒帳には従わない」


 ヴィクトルの顔が青ざめる。


「貴様ら……!」


 アルトは静かに言った。


「人を支配することはできても」


「人の心までは支配できません」


 レオンがアルトを見る。


 その表情には、誇らしさが浮かんでいた。


「……大きくなったな」


 アルトは笑う。


「まだ子供ですけどね」


「中身は違うだろ」


「まあ、それは……」


 アルトは苦笑した。


「営業課長ですから」


 しかし。


 アルトはまだ知らなかった。


 ヴィクトルが最後に残した一言を。


「……黒帳は、私だけではない」


「もっと上がいる」


「王宮の中でも、誰も知らない場所に――」


 ヴィクトルは笑った。


「本当の『黒帳』がいる」


 アルトの表情が変わる。


「……もっと上?」


 ヴィクトルは答えなかった。


 ただ、不敵に笑っていた。


 十年前の因縁は終わっていない。


 むしろ――。


 ようやく本当の敵が、姿を現そうとしていた。


営業メモ①②⑧


「営業では、相手を説得することだけが交渉ではありません。相手の周囲にいる人たちまで含めて、状況そのものを変えることも重要です。今回のアルトはヴィクトル本人を説得するだけではなく、商人や兵士との信頼関係を利用して物流そのものを動かしました。『自分一人で売る』のではなく、『周囲の人が動きたくなる環境を作る』。それが大きな営業力になります。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百三十話「営業課長、黒帳の本体を追う」


ヴィクトルを追い詰めたアルト。


しかし、黒帳は彼一人の組織ではなかった。


「もっと上がいる」


王宮の誰も知らない場所に存在する、本当の黒帳。


そして、その名前を聞いたレオンの顔が変わる。


「……その名前だけは、聞きたくなかった」


十年前。


レオンが失脚した事件の裏側にいた、もう一人の人物。


「父さん、この人を知ってるの?」


「……知っている」


王国を揺るがす最後の商談。


アルトはついに、黒帳の本体へ挑む。

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