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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百二十五話 営業課長、黒帳の罠を逆利用する


 北部の街。


 朝が来ても、街の空気は重かった。


 昨夜から鳴り続けていた警鐘は止んでいる。


 だが、魔石倉庫の火災跡からは、まだ白い煙が上がっていた。


 アルトは街の中央に立ち、周囲を見渡していた。


「……静かすぎる」


 隣に立つマルクが首を傾げる。


「昨日あれだけ騒いでいたのに?」


「だからだよ」


「普通なら、もっと混乱している」


 アルトは街道を見る。


「なのに、兵士たちは落ち着いている」


「まるで、何かを待っているみたいだ」


 グレゴールが頷く。


「敵がいると?」


「いると思う」


 アルトは笑った。


「だから、こっちから動く」


 その頃。


 王太子の滞在する屋敷。


 会議室には、王太子、エリシア、レオン、ローディン、そしてアルトが集まっていた。


「昨夜の情報を整理します」


 アルトが地図を広げる。


「魔石倉庫の火災」


「王都へ送る予定だった魔石の消失」


「街道封鎖」


「そして、王太子殿下の襲撃計画」


 アルトは一つずつ指で示していく。


「全部が同時に起きています」


 王太子が頷く。


「黒帳が動いている」


「はい」


「では、我々はどうする?」


 アルトは少し考えた。


「逆に利用します」


「逆に?」


「はい」


 エリシアが不思議そうに尋ねる。


「どうやって?」


「敵は、殿下を北部に閉じ込めたい」


「なら――」


 アルトは地図上の街を指差した。


「閉じ込められたふりをします」


 王太子が笑う。


「なるほど」


「敵に『作戦が成功している』と思わせる」


「その間に、こちらが本当の目的を探る」


 ローディンが腕を組む。


「だが、敵が動かなければ意味がない」


「だから、餌を撒きます」


「餌?」


 アルトは一枚の紙を取り出した。


「王太子殿下が明日の朝、魔石倉庫を視察する」


 エリシアが目を丸くする。


「本当に行くんですか?」


「行きません」


「え?」


「行くのは殿下ではありません」


 アルトは笑った。


「殿下に似た人物を用意します」


「囮か」


 王太子が言う。


「はい」


「危険では?」


「だから、護衛を大量につけます」


「それでは囮だと分かるだろう」


「それも計算に入れます」


 アルトは地図を指す。


「敵は、王太子殿下を襲撃することだけが目的ではありません」


「魔石の輸送も同時に進めています」


「なら、囮を襲撃させれば――」


「敵の本隊が動く」


 ローディンが理解した。


「そして、その隙に魔石輸送を追う」


「その通りです」


 アルトは頷いた。


「しかし、一つ問題があります」


 レオンが口を開いた。


「何です?」


「黒帳が私を狙っている」


「その情報を、どう利用する?」


 アルトは父を見る。


「父さんにも囮になってもらいます」


「……」


 レオンが黙った。


「お前」


「はい」


「私はお前の父親だぞ?」


「知ってます」


「なら、もう少し心配してくれ」


「もちろん心配しています」


「なら、なぜ囮にする?」


「一番効果があるからです」


「……」


 レオンが頭を抱える。


「親子の会話とは思えんな」


 エリシアが思わず笑う。


「アルトらしいですね」


 王太子も笑っている。


「レオン殿」


「何でしょう?」


「私も似たようなことを言われた」


「殿下もですか?」


「『囮になってください』と」


「……」


 レオンはアルトを見る。


「お前、王太子殿下まで囮にするのか?」


「必要なら」


「……本当にお前は私の息子なのか?」


「もちろんです」


 アルトは胸を張った。


「父さんの息子ですから」


「そこは否定してくれ……」


 部屋に笑い声が広がった。


 だが。


 笑っていられる時間は長くなかった。


 ローディンが一枚の報告書を持ってきた。


「アルト」


「はい」


「これを見てくれ」


 アルトが受け取る。


「昨日の火災現場周辺の調査結果だ」


「……」


 アルトの目が止まる。


「焼けた倉庫は一棟だけ」


「はい」


「隣の建物には被害なし」


「そうだ」


「なら、火災はかなり限定的ですね」


「その通りだ」


 アルトは考える。


「魔石は?」


「燃えた形跡がない」


「……え?」


「倉庫の内部を調べたが、魔石が焼けた痕跡はほとんどなかった」


 アルトの顔が変わる。


「じゃあ――」


「火災の前に、魔石は運び出されていた」


「そう考えるべきだ」


 アルトは報告書を読み直す。


「つまり、火災は証拠隠滅ではない」


「隠すための演出だ」


 ローディンが頷く。


「何のために?」


 アルトは地図を見る。


 そして、ある場所を指差した。


「目線を逸らすため」


「本当の目的は別にある」


 王太子が尋ねる。


「どこだ?」


 アルトは北西を指した。


「国境です」


 その日の午後。


 アルトはグラン商会のダリオを呼び出した。


「もう一度、聞きたいことがあります」


「何でしょう?」


「魔石を運んでいた荷馬車」


「何台ありました?」


「十台ほどです」


「護衛は?」


「商会の護衛が二十人」


「少ないですね」


「通常の輸送ですから」


「違います」


 アルトは首を振った。


「国境近くまで運ぶなら、もっと護衛が必要です」


「……」


「つまり、敵は襲撃を恐れていない」


「なぜだと思います?」


 ダリオは黙った。


「最初から襲われないと分かっていた」


 アルトは続ける。


「護衛が必要なのは、外敵から守るためだけじゃない」


「内部の人間が勝手に荷物を開けないようにするためでもあります」


「でも、今回の護衛は少ない」


「つまり――」


「運んでいる荷物に、誰も手を出さないという確信があった」


 ダリオの表情が変わる。


「……その可能性はあります」


「では、最後に一つ」


「何でしょう?」


「荷馬車はどこから出発した?」


「鉱山です」


「本当に?」


「はい」


「違います」


 アルトは即答した。


「荷馬車は鉱山から出たように見せかけている」


「……」


「実際には、別の場所から魔石を積み込んでいる」


「そんなことが?」


「可能です」


 アルトは地図を見る。


「鉱山の地下には、昔使われていた坑道があります」


「その一部は現在使われていない」


 ローディンが言った。


「まさか」


「その坑道を使って、魔石を別の場所へ運ぶ」


「そして、そこから国境へ」


 アルトは頷く。


「だから表の輸送記録だけを見ても分からない」


「二重の物流網です」


 ダリオが息を呑む。


「そんなものを……」


「十年前から準備していた可能性があります」


 アルトは静かに言った。


 夜。


 街の外れ。


 一台の荷馬車が、音を立てずに進んでいた。


 御者は周囲を何度も確認する。


 やがて、古い鉱山施設の前で止まった。


「合図は?」


「三回です」


 扉が三度叩かれる。


 中から男が出てきた。


「荷物は?」


「予定通り」


「王太子は?」


「明日、倉庫へ向かう」


「レオン・レインハルトは?」


「同行するらしい」


 男が笑う。


「なら好都合だ」


「二人ともまとめて――」


 その言葉が止まった。


「どうした?」


 別の男が尋ねる。


「……待て」


「何だ?」


「おかしい」


 男が耳を澄ます。


「馬の音がする」


 遠くから、複数の馬の音。


「王国騎士団か?」


「いや」


 男は首を振る。


「数が少ない」


 そして――。


 暗闇から声が響いた。


「こんばんは」


 男たちが振り返る。


 そこにいたのはアルトだった。


「……!」


「夜遅くまでご苦労様です」


 アルトは笑顔で言った。


「物流のお仕事、大変ですね」


「貴様……」


 男たちが武器を抜く。


 アルトは一歩下がる。


「安心してください」


「僕は戦いません」


「では、なぜここにいる?」


「商談です」


「商談?」


「はい」


 アルトは手を広げる。


「皆さんに提案があります」


「魔石を運ぶ仕事」


「僕たちにも手伝わせてもらえませんか?」


「……ふざけるな!」


 男が叫ぶ。


 その瞬間。


 周囲から王国兵が現れた。


「武器を捨てろ!」


 男たちが驚く。


「囲まれているぞ!」


「どうして……!」


 アルトは笑う。


「営業では、相手の行動パターンを読むのが基本です」


「あなたたちは、今日ここへ来る」


「そう予想しました」


「なら――」


 アルトは一歩前へ出る。


「待ち伏せするだけです」


 男たちは逃げようとする。


 だが、すでに退路は塞がれていた。


「捕らえろ!」


 グレゴールの声が響く。


 兵士たちが一斉に動く。


 数分後。


 男たちは全員拘束された。


 アルトは荷馬車へ近づく。


 扉を開ける。


「……」


 中には大量の魔石。


 だが、アルトは喜ばなかった。


「やっぱり」


 ローディンが尋ねる。


「何がだ?」


「これ、全部じゃありません」


「どういうことだ?」


「荷台の大きさに対して、量が少なすぎる」


 アルトは床を叩く。


 コンコン。


「……」


 もう一度。


 コンコン。


「空洞があります」


 兵士が床板を外す。


 その下から――。


 大量の書類が出てきた。


「帳簿?」


 アルトが一枚を手に取る。


「違う」


「これは――」


 そこには王国各地の物流拠点が記されていた。


 倉庫。


 街道。


 商会。


 鉱山。


 港。


「王国中の物流網……」


 ローディンが息を呑む。


「これが黒帳の本当の目的か」


 アルトは帳簿をめくる。


 そして、一枚のページで手が止まった。


「……父さん」


 レオンが近づく。


「どうした?」


「ここを見て」


 ページには、十年前の日付。


 そして――。


「レインハルト領」


 レオンの顔が強張る。


「私の領地?」


「はい」


 さらに、その横には一つの名前が記されていた。


「アルバート・クロフォード」


「……」


 ローディンが息を呑む。


「十年前の物流改革」


「その時から、黒帳はレインハルト家を監視していた」


 アルトは帳簿を閉じる。


「でも、もっと重要なのは――」


 ページの端を指差す。


「この記録です」


 そこには一行だけ。


『第二段階――王太子即位後に実行』


 エリシアが青ざめる。


「王太子の即位後……?」


 王太子も黙っている。


 アルトは静かに言った。


「黒帳は、十年前から準備していた」


「王太子が王になる時を」


 その瞬間。


 遠くから、馬の音が聞こえた。


 伝令が駆けてくる。


「アルト様!」


「どうした?」


「王都から緊急連絡です!」


 伝令は息を切らしていた。


「国王陛下がお倒れになりました!」


 全員が凍りついた。


 アルトは、ゆっくりと帳簿を見る。


 そして――。


「……始まった」


 黒帳が十年前から準備していた計画。


 その第二段階が、ついに動き始めた。


営業メモ①②④


「営業では、相手の『目的』を見誤らないことが重要です。今回、魔石の輸送を追っていたアルトたちは、最初は魔石そのものが目的だと考えていました。しかし、実際に隠されていたのは王国全体の物流情報でした。相手が扱っている商品だけを見るのではなく、その裏側にある『本当の目的』まで考える。これは営業でも非常に重要な視点です。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百二十六話「営業課長、王都へ緊急帰還する」


国王陛下が倒れた。


そして黒帳の帳簿には、王太子即位後に実行される「第二段階」の文字。


「急いで王都へ戻ります」


北部を離れ、王都へ向かうアルトたち。


しかし、帰りの街道にはすでに黒帳の刺客が待ち構えていた。


さらに――。


「王都の物流拠点が、同時に襲われています!」


王国全土で始まる物流混乱。


食料、魔石、武器。


次々と止まっていく物流網。


「これが黒帳の本当の狙い……」


アルトは、営業課長として最大の決断を迫られる。


「物流を守るには、王都だけを見ていてはいけない」


そして王太子は、国王の代理として初めて命令を下す。


王国の命運を左右する、最初の一手が始まる――。

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