第百二十四話 営業課長、王太子と再会する
北部の街に、警鐘が鳴り響いていた。
魔石倉庫の火災。
そして、消えた魔石。
街は完全に混乱している。
「アルト!」
エリシアが駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「僕は大丈夫」
「でも、魔石が……」
「うん」
アルトは燃え上がる倉庫を見る。
「これは予定通りなんだと思う」
「予定通り?」
「黒帳は、僕たちがここへ来ることを知っていた」
ローディンが頷く。
「だから証拠を消した」
「それだけじゃない」
アルトは街道を見る。
「王太子殿下が北部へ来ることも想定していた」
「兄上を?」
「そう」
「でも、なぜ?」
アルトは答えた。
「北部に集めたかったんだと思います」
「誰を?」
「王太子」
「僕たち」
「ローディンさん」
「そして――」
アルトは燃える倉庫を見る。
「黒帳が一番警戒している人間を」
「誰です?」
「父さんです」
レオンが驚く。
「私?」
「十年前、黒帳が一番邪魔にしたのは物流改革」
「その中心にいたのが父さんです」
「だから、父さんが今も生きていて、再び物流に関わっていることは、向こうにとって都合が悪い」
レオンは黙って炎を見る。
「……私が狙われる可能性があるということか」
「はい」
アルトは頷いた。
その時。
街道の向こうから、騎馬隊が現れた。
先頭に王家の旗。
その数、数十。
近衛騎士団だった。
「来た……」
エリシアが呟く。
騎馬隊が止まる。
中央の馬から、一人の青年が降りた。
整った顔立ち。
落ち着いた雰囲気。
王家の紋章が入った外套。
そして、周囲の騎士たちが一斉に頭を下げる。
「王太子殿下!」
アルトも姿勢を正した。
王太子はゆっくりと歩いてくる。
「エリシア」
「兄上」
二人が向き合う。
「無事だったか」
「はい」
「よかった」
王太子は妹の肩に手を置く。
そしてアルトを見る。
「君がアルト・レインハルトだな?」
「はい」
「初めまして」
「お初にお目にかかります」
王太子が微笑む。
「王都で君の話は何度も聞いている」
「良い話ですか?」
「悪い話もある」
「それは残念です」
「だが――」
王太子は笑った。
「良い話のほうが圧倒的に多い」
「ありがとうございます」
エリシアが呆れた顔をする。
「兄上、アルトはいつもこうなんです」
「そうか」
王太子は少し笑う。
「なら、安心した」
「何がです?」
「もっと堅苦しい人物かと思っていた」
「営業課長なので」
「営業課長?」
「はい」
「なるほど」
王太子は興味深そうにアルトを見る。
「君とは一度、ゆっくり話してみたかった」
「僕もです」
「では――」
王太子が言った。
「まず、何が起きているのか教えてくれ」
グラン商会の応接室。
アルトたちは王太子に現在までの情報を説明した。
魔石の横流し。
偽装された輸送ルート。
サイラス。
十年前の物流改革。
そして――。
「黒帳?」
王太子が眉をひそめる。
「はい」
ローディンが答える。
「十年前から存在する組織です」
王太子はしばらく黙っていた。
「……私も名前だけは聞いたことがある」
アルトが反応する。
「ご存じなんですか?」
「幼い頃、教育係から聞いた」
「教育係?」
「アルバート・クロフォード」
ローディンとサイラスが顔を見合わせる。
「やはり……」
王太子が尋ねる。
「何が『やはり』なんだ?」
アルトが説明する。
「アルバートさんは、十年前に黒帳について調べていたそうです」
「そして、病死した」
「……」
王太子の表情が変わる。
「アルバートが?」
「はい」
「彼は病気などではなかった」
全員が王太子を見る。
「私は、そう聞いている」
「誰から?」
「父上からだ」
王太子は拳を握った。
「父上は『アルバートは王国を裏切った』と言った」
「だから処分されたと?」
「いや」
「病死したと聞かされていた」
アルトは考える。
「では、王太子殿下も真相を知らない?」
「おそらく」
王太子は頷いた。
「私は当時、まだ子供だった」
「王宮のことを全て理解できる年齢ではなかった」
ローディンが呟く。
「だから、アルバートは殿下に直接伝えなかったのか」
「なぜ?」
「あなたを巻き込みたくなかったのでしょう」
王太子は黙った。
「……そうかもしれない」
その時。
外から騎士が駆け込んできた。
「殿下!」
「どうした?」
「街道が封鎖されています!」
「誰に?」
「武装した集団です!」
エリシアが立ち上がる。
「黒帳?」
「分かりません」
王太子が窓の外を見る。
「私たちを閉じ込めるつもりか」
アルトは地図を広げる。
「違います」
「違う?」
「これは閉じ込めるためじゃない」
「では?」
「誘導です」
アルトは街道を指す。
「王太子殿下が北部へ来た」
「そして、今、街道を封鎖された」
「普通なら撤退します」
「でも――」
「この街には魔石があります」
王太子が頷く。
「つまり、我々がここに留まる理由を作った」
「そうです」
アルトは別の場所を指した。
「そして、こちらには国境へ続く山道がある」
「黒帳は、僕たちをこの街に固定している」
「その間に何かをする」
ローディンが言った。
「魔石の輸送か?」
「おそらく」
アルトは首を振る。
「でも、それだけじゃない」
「まだ何かある?」
「王太子殿下を北部へ誘い出すこと自体が目的なら――」
アルトは考える。
「ここで殿下に何か起きれば、王国は大混乱になります」
エリシアの顔が青ざめる。
「兄上を……」
「狙っている可能性があります」
王太子は静かに答えた。
「なら、私が囮になればいい」
「兄上!」
「エリシア」
「大丈夫だ」
「でも――」
「私がここにいることで、敵が動くなら好都合だ」
アルトは王太子を見る。
「それは危険です」
「分かっている」
「では、別の方法にしましょう」
「別の方法?」
アルトは笑った。
「僕たちが、先に動きます」
「どうする?」
「黒帳が何を狙っているかを確認する」
「そのためには――」
アルトは王太子を見る。
「殿下に一つお願いがあります」
「何だ?」
「囮になってください」
「……」
エリシアが目を見開く。
「アルト!」
「大丈夫」
アルトは王太子を見る。
「ただし、本当に囮になる必要はありません」
「どういうことだ?」
「敵に『王太子がここにいる』と思わせるだけです」
「その間に僕たちが裏から動く」
王太子は少し考える。
「面白い」
「引き受けよう」
「ありがとうございます」
アルトは笑った。
「では、次の商談です」
「商談?」
「はい」
「誰と?」
アルトは地図を見る。
「黒帳とです」
その夜。
北部の街外れ。
黒い服を着た男たちが集まっていた。
「王太子は街にいる」
「予定通りです」
「レインハルト家も?」
「はい」
「ローディンも?」
「確認済みです」
「レオン・レインハルトは?」
「それも確認しています」
男が笑う。
「全員揃ったか」
「はい」
「ならば、始める」
男は地図を広げた。
そこには北部一帯の物流網が記されていた。
「明日の朝」
「王太子を襲撃する」
「同時に――」
別の場所を指す。
「国境へ運んでいる魔石を一気に移動させる」
「そして、王都へ偽の報告を送る」
「王太子殿下が北部で襲撃された」
「王国は大混乱する」
男は笑った。
「その混乱の中で――」
「黒帳は王国の物流を掌握する」
だが。
その会話を――。
少し離れた場所から、一人の少年が聞いていた。
「……なるほど」
アルトだった。
「やっぱり、王太子を狙っていた」
アルトは静かにその場を離れる。
「でも――」
「計画が分かれば、対策はできる」
アルトは街へ戻った。
翌朝。
王太子の前にアルトが現れた。
「殿下」
「どうした?」
「商談があります」
「またか」
「はい」
「今度は何を売る?」
アルトは笑った。
「黒帳を倒すための作戦です」
王太子は興味深そうに聞く。
「いくらだ?」
「お金はいりません」
「では何が欲しい?」
「王太子殿下の信用です」
「……」
アルトは続ける。
「僕に、北部の物流を自由に調査する権限をください」
「そして、王家の物流記録にもアクセスさせてください」
「それで何をする?」
「黒帳の物流網を逆に利用します」
王太子はしばらく考えた。
「君は本当に面白いな」
「よく言われます」
「いいだろう」
王太子は立ち上がった。
「アルト・レインハルト」
「はい」
「私の権限を君に与える」
「ただし――」
王太子は笑った。
「絶対に死ぬな」
アルトも笑う。
「それは営業課長として、最大の注意事項ですね」
こうして――。
アルトたちは、黒帳が仕掛けた罠を逆に利用する作戦を開始した。
だが。
彼らはまだ知らなかった。
黒帳が用意していた「本当の標的」が――。
王太子でも、魔石でもないことを。
営業メモ①②③
「営業では、相手の提案をそのまま受け入れるのではなく、『相手が何を目的としているのか』を考えることが重要です。今回、敵が街道を封鎖した目的を、単純な足止めではなく『誘導』と考えました。目の前の出来事だけを見るのではなく、その行動によって相手が何を得ようとしているのかを考える。これができると、相手の次の一手を予測しやすくなります。」
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次回予告 第百二十五話「営業課長、黒帳の罠を逆利用する」
黒帳が仕掛けた王太子襲撃計画。
しかし、アルトたちはすでにその情報を掴んでいた。
「相手が襲ってくるなら――」
「こちらから商品を売り込みましょう」
アルトが仕掛ける、前代未聞の「逆営業」。
一方、黒帳側では計画が進行する。
「標的は王太子ではない」
「では誰だ?」
「レオン・レインハルトだ」
十年前の物流改革を知るレオン。
なぜ黒帳は、今になって彼を狙うのか。
そしてアルトは、父を守るために大胆な作戦を開始する。
「父さんには、囮になってもらいます」
「……お前、本当に私の息子か?」
「もちろん」
北部を舞台に、親子二代の物流戦が始まる。




