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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百二十三話 営業課長、十年前の担当者と対峙する


 グラン商会の応接室。


 向かい合う二人の男。


 アルトとサイラス。


 部屋にいる全員が、二人の会話を見守っていた。


 サイラスは穏やかな笑顔を浮かべている。


 だが、その目は笑っていない。


「十年前の話から始めましょう」


 アルトが言った。


「いいでしょう」


 サイラスは紅茶に口をつける。


「何を知りたいのです?」


「父さんの物流改革についてです」


「レオン様の?」


「はい」


「懐かしい話ですね」


「でも、僕にとっては昔話じゃありません」


 アルトは一枚の書類を机に置いた。


「今起きていることと、繋がっているからです」


 サイラスは書類を見る。


「魔石輸送記録……」


「そうです」


「北部から国境へ運ばれている魔石」


「その輸送を、あなたが管理している」


「王太子殿下から正式な許可をいただいています」


「その許可証は本物でした」


「ええ」


「でも、許可証に書かれたルートと実際の輸送ルートが違う」


 サイラスは黙った。


「なぜです?」


「現場の判断でしょう」


「誰の?」


「私には分かりません」


「では質問を変えます」


 アルトは笑った。


「誰が現場の変更を承認できますか?」


「王宮物流局の責任者です」


「つまり、あなたですね」


「そうなります」


「では、あなたが変更した?」


「いいえ」


「誰が?」


「分かりません」


 アルトは頷いた。


「なるほど」


 マルクが小声で呟く。


「全然答えてない……」


「でも、少しずつ答えさせてる」


 エリシアが小声で返した。


「どういうこと?」


「最初は『知らない』だった」


「今は『承認できるのは責任者』まで認めた」


「……なるほど」


 アルトは二人の会話を聞きながら、何も言わなかった。


「では、次です」


 アルトは別の書類を取り出す。


「十年前」


「レインハルト家の物流改革が失敗した時期の記録です」


「この中に、あなたの名前があります」


「当然でしょう」


「王宮物流局の担当者ですから」


「そうですね」


「では、なぜ父さんは失脚したんです?」


 サイラスの手が止まった。


「……それは、レオン様自身の判断ミスです」


「本当に?」


「ええ」


「物流改革の計画自体に問題があった」


「だから失敗した」


 アルトは黙ってサイラスを見る。


「では、もう一つ」


「何でしょう?」


「父さんが改革を始めた時、最初に反対したのは誰ですか?」


「複数の貴族です」


「名前は?」


「覚えていません」


「十年前ですよ?」


「十年も経っていますから」


「でも、あなたは物流の責任者だった」


「反対した貴族の名前くらい覚えていると思いませんか?」


「……」


 サイラスの笑顔が消えた。


 アルトはそこを逃さない。


「やっぱり知っていますね」


「何を?」


「あなたは、あの時のことを詳しく覚えている」


「……」


「それなのに、覚えていないふりをしている」


 サイラスは紅茶を置いた。


「随分と失礼なことを言いますね」


「すみません」


 アルトは頭を下げる。


「でも、営業では相手の反応を見るのが仕事なので」


「営業……」


 サイラスが苦笑する。


「あなたは何でも営業に結びつけるのですね」


「便利ですから」


「なるほど」


 サイラスは小さく笑った。


「確かに、レオン様の息子だ」


 レオンが眉をひそめる。


「私のことを知っているような言い方だな」


「知っていますとも」


 サイラスはレオンを見る。


「あなたは十年前、最後まで誰かを庇っていた」


 レオンの顔が険しくなる。


「……誰のことだ?」


「それを私から言うことはできません」


「なぜ?」


「約束したからです」


 アルトが口を挟む。


「誰と?」


「……」


「質問を変えます」


「その人物は、今も生きていますか?」


 サイラスの目が揺れた。


 ほんの一瞬。


 だが、アルトには十分だった。


「生きている」


 アルトが呟く。


「誰がそう言いました?」


「あなたの反応が答えです」


 サイラスは黙った。


 ローディンが口を開いた。


「サイラス」


「……何です?」


「十年前、私が王宮を去った理由を覚えているか?」


「もちろん」


「ならば答えろ」


「なぜ私が王宮を去った?」


 サイラスはしばらく黙った。


「あなたは、自分から姿を消した」


「なぜ?」


「危険を察知したからでしょう」


「誰の?」


「……王家の」


 ローディンの表情が変わる。


「王家?」


「正確には――」


 サイラスは言葉を選ぶ。


「王家の内部に入り込んでいた者たちです」


「やはり」


 ローディンが呟いた。


 アルトはすぐに聞く。


「誰です?」


「分かりません」


「またそれですか」


「本当に分からないのです」


「でも、存在は知っている」


「はい」


「何人くらい?」


「……」


「一人?」


「それとも複数?」


 サイラスは目を閉じた。


「複数です」


 アルトは頷く。


「では、組織ですね」


「そう呼んでいました」


「名前は?」


「ありません」


「正式名称がない?」


「そうです」


「内部では何と呼んでいた?」


 サイラスは答えなかった。


 アルトは少し待った。


 そして、静かに言った。


「無理に答えなくていいです」


 サイラスが顔を上げる。


「……意外ですね」


「何が?」


「もっと追及してくると思いました」


「追い詰めるのは簡単です」


「でも、追い詰められた人は嘘をつきます」


 アルトは笑った。


「僕が欲しいのは、あなたの本当の話です」


「だから、話せるところからでいい」


 サイラスはしばらくアルトを見つめた。


「……営業とは、本当に奇妙なものですね」


「そうですか?」


「ええ」


「普通の商人なら、もっと利益を要求するでしょう」


「僕は情報を買っています」


「情報を?」


「はい」


「では、何を支払う?」


 アルトは答えた。


「あなたの安全です」


 サイラスの表情が変わった。


「……私の?」


「あなたは今、危険な立場にいる」


「もし本当に王家内部の組織が動いているなら、あなたは使い捨てにされる可能性がある」


「だから、僕たちに協力する」


「その代わり――」


「僕たちがあなたを守る」


 サイラスは黙った。


「それが、今回の商談です」


 長い沈黙。


 やがて。


「……条件を聞きましょう」


 サイラスが言った。


 アルトは微笑んだ。


「成立ですね」


「では、話します」


 サイラスは静かに口を開いた。


「十年前」


「レオン様が物流改革を始めた時、王宮内では二つの勢力がありました」


「改革を進めようとする者」


「そして、改革を止めようとする者」


「止めようとしたのが、例の組織?」


「はい」


「目的は?」


「王国の物流を支配すること」


「魔石だけではありません」


「食料、武器、鉱石、薬」


「全てです」


 アルトは頷いた。


「今と同じだ」


「そうです」


「では、父さんは何をしようとした?」


「物流網を一本化しようとしました」


「一本化?」


「領主や商会がそれぞれ管理していた物流情報を、王宮で一元管理する計画です」


 アルトは目を輝かせた。


「それなら、横流しが難しくなる」


「その通りです」


「だから邪魔された」


「はい」


「父さんは、その計画を進めた」


「そして――」


 サイラスはレオンを見る。


「最後まで諦めませんでした」


 レオンは黙っている。


「だから、失脚させられた」


「……」


「でも、レオン様は一人ではありませんでした」


 アルトが聞く。


「誰が協力していた?」


 サイラスは答えた。


「王太子殿下です」


 部屋が静まり返った。


「……王太子?」


 エリシアが呟く。


「はい」


「当時、殿下はまだ幼かったはずです」


「ええ」


「では、どうして?」


「王太子殿下自身ではありません」


 サイラスが答える。


「殿下の側近です」


「側近?」


「当時の教育係でした」


「その人物が、物流改革を支援していた」


「そして、レオン様と秘密裏に情報を交換していた」


 ローディンが目を見開く。


「……まさか」


「知っているのか?」


「名前を言え」


 サイラスは黙った。


 アルトが静かに尋ねる。


「誰です?」


「……」


「サイラスさん」


「今度は、僕が約束します」


「話してくれたことは守ります」


 サイラスは目を閉じた。


 そして――。


「アルバート・クロフォード」


 ローディンが立ち上がった。


「……アルバート?」


「そうです」


「十年前、王太子殿下の教育係を務めていた男です」


 アルトは名前をノートに書く。


「その人は今?」


「亡くなっています」


「いつ?」


「十年前です」


 アルトの手が止まった。


「十年前……?」


「はい」


「死因は?」


「病死とされています」


「でも?」


 サイラスは答えない。


 アルトが続ける。


「暗殺された可能性がある?」


「……私は、そう考えています」


 ローディンが拳を握った。


「やはり、あの時から始まっていたのか」


 アルトは冷静に聞く。


「アルバートさんは、何を知っていた?」


「王家内部の組織についてです」


「名前は?」


「彼は、その組織をこう呼んでいました」


 サイラスが低い声で言う。


「『黒帳』」


 アルトはその名前を書き留める。


「黒帳……」


「帳簿を意味する言葉ですか?」


「ええ」


「物流の記録を握る者たち」


「彼ら自身がそう呼んでいた」


 アルトは目を細めた。


「なるほど」


「だから物流を狙っている」


「はい」


「そして魔石も、その一部」


「そうです」


 アルトは地図を見る。


「なら、今回の魔石輸送は目的そのものじゃない」


「別の目的がある」


「その可能性があります」


 ローディンが頷く。


「では、何が目的だ?」


 アルトはしばらく考えた。


 そして――。


「王国の物流を止めること」


 全員がアルトを見る。


「魔石を大量に国境へ運び出す」


「王都では魔石が不足する」


「魔石が不足すれば、武器や魔道具の生産が止まる」


「そうなれば、王国の軍事力が落ちる」


「そして――」


 アルトは地図上の国境を指差す。


「そこへ何かが起きれば、王国は対応できない」


 エリシアの顔が青ざめる。


「戦争……?」


「その可能性が高い」


 アルトは静かに言った。


 その時。


 外から馬の音が聞こえた。


 複数。


 しかも、かなりの数。


 グレゴールが窓へ近づく。


「……騎士団です」


「王国軍?」


「旗が見えません」


 アルトが立ち上がる。


「旗がない?」


「はい」


 ローディンが険しい顔をする。


「まさか……」


 扉が開いた。


 一人の兵士が飛び込んでくる。


「アルト様!」


「何?」


「王都から緊急連絡です!」


 兵士は息を切らしながら報告した。


「王太子殿下が北部へ向かわれました!」


 アルトは目を見開く。


「本人が?」


「はい」


「護衛は?」


「王太子直属の近衛騎士団です」


 エリシアが立ち上がる。


「兄上が……」


 アルトは窓の外を見る。


「動きが早すぎる」


 ローディンが呟いた。


「黒帳も、王太子の動きを把握しているはずだ」


「つまり――」


 アルトは答える。


「北部で何かが起きる」


 その瞬間。


 遠くから鐘の音が響いた。


 街中に鳴り響く警報。


 一度。


 二度。


 三度。


「何だ?」


 グレゴールが外を見る。


 街の人々が騒ぎ始めていた。


「鉱山で事故か?」


「違います!」


 外から別の兵士が叫ぶ。


「魔石倉庫で火災です!」


 アルトの顔が変わった。


「魔石倉庫……?」


「はい!」


「しかも――」


 兵士が息を呑む。


「王都へ送る予定だった魔石が、全て消えています!」


 アルトは立ち上がった。


「……やられた」


「何が?」


 エリシアが尋ねる。


 アルトは静かに答えた。


「火災は目的じゃない」


「証拠を消すためです」


「そして魔石は――」


 アルトは国境の方角を見る。


「もう運び出された後です」


 北部の街に、警鐘が鳴り続けていた。


営業メモ①②②


「営業では、相手から情報を引き出すだけでなく、『相手が話せる条件』を作ることも重要です。サイラスが口を閉ざしていたのは、情報を持っていなかったからではありません。話せば自分が危険になるからです。そこでアルトは、情報の対価として『安全』を提示しました。相手にとって何が障害なのかを見極め、それを取り除く。これも重要な交渉術です。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百二十四話「営業課長、王太子と再会する」


北部の魔石倉庫で発生した火災。


消えた魔石。


そして、ついに北部へ到着する王太子。


「アルト」


「久しぶりだな」


「王太子殿下……」


エリシアの兄である王太子と、アルトが初めて正面から向き合う。


しかし、その直後――。


「殿下、北部の街道が封鎖されました!」


王太子の近衛騎士団まで足止めされる。


黒帳の狙いは、魔石だけではなかった。


「王太子を北部へ誘い出すこと」


その本当の目的に気づいたアルト。


そして彼は、王太子本人に一つの提案をする。


「殿下、一緒に商売をしませんか?」


王国の命運を賭けた、前代未聞の「王太子との商談」が始まる。

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