第百二十一話 営業課長、北部鉱山で異変を見つける
北部へ向かう街道。
レインハルト家の馬車は、朝からひたすら北を目指していた。
王都を離れて数日。
景色も少しずつ変わってきた。
緑の多かった街道は、次第に岩肌の見える荒地へ。
遠くには山々が連なっている。
その山の一つに、王国最大級の魔石鉱山がある。
「……寒いな」
マルクが外套を抱きしめる。
「北部だからね」
アルトは平然としている。
「アルトは寒くないの?」
「寒いよ」
「じゃあ、もっと着ればいいのに」
「営業課長は見た目も大事だから」
「何の営業だよ……」
向かいに座っていたエリシアが笑う。
「アルトは、こういう時でも営業のことばかりですね」
「営業は生活そのものだから」
「本当に好きなのですね」
「うん」
アルトは窓の外を見る。
だが、その表情は真剣だった。
「……でも、今回は遊びじゃない」
「魔石の横流しですね」
「そう」
王都へ送られるはずの魔石。
一日五十箱。
しかし実際に到着するのは十箱程度。
残り四十箱が消えている。
しかも、それが三週間続いている。
単純計算で八百箱以上。
普通の盗賊が扱える量ではない。
「組織的ですね」
グレゴールが言う。
「うん」
アルトは頷く。
「しかも、誰かが鉱山の内部に協力者を持っている」
「なぜ?」
「鉱山から魔石を持ち出すには、採掘量、保管場所、出荷時間、輸送経路――」
「全部を把握する必要があります」
「つまり、内部情報が必要です」
ローディンが頷く。
「その通りだ」
「だから鉱山関係者を調べる」
「そして商会も」
「はい」
アルトは小さなノートを開いた。
そこには、北部の商会名がびっしりと書かれている。
「その中で、最近急激に利益を伸ばしている商会が一つあります」
「グラン商会」
マルクが読む。
「三年前までは小規模な商会」
「ところが、ここ一年で急成長」
「特に魔石関連の取引が急増している」
アルトが頷く。
「怪しい」
「でも、それだけでは証拠になりません」
「そうだね」
「だから――」
アルトはノートを閉じた。
「まず話を聞く」
昼過ぎ。
アルトたちは北部最大の鉱山都市へ到着した。
街は思っていたより活気があった。
鉱山で働く人々。
魔石を運ぶ荷馬車。
商人。
宿屋。
鍛冶職人。
様々な人間が行き交っている。
だが――。
「……おかしい」
アルトが呟く。
「何が?」
マルクが聞く。
「魔石の出荷量が減っているはずなのに、街が活気づきすぎている」
「どういうこと?」
「魔石が不足すれば、普通は商売が落ち込む」
「なのに、この街は金が動いている」
アルトは周囲を見る。
「誰かが別の場所で魔石を売っている可能性がある」
グレゴールが頷く。
「つまり、表の市場ではなく――」
「裏の市場」
アルトは笑った。
「営業の基本ですね」
「どんな基本だ?」
「表で売れないなら、別の場所で売っている」
「だから、それは営業なのか?」
「営業です」
まずアルトたちは鉱山管理所へ向かった。
建物の前には、武装した兵士が立っている。
「王家の調査官です」
エリシアが証明書を見せる。
「通してもらいます」
「承知しました」
管理所の中。
責任者らしき男が出てきた。
「私は鉱山管理責任者のダグラスです」
「アルト・レインハルトです」
「王都から来られたことは伺っています」
「さっそくですが、帳簿を見せてください」
ダグラスの表情が固まる。
「帳簿……ですか?」
「はい」
「何の帳簿でしょう?」
「全部です」
「全部?」
「採掘量」
「保管量」
「出荷量」
「輸送先」
「そして廃棄量」
ダグラスが困った顔をする。
「かなりの量になります」
「構いません」
アルトは笑う。
「仕事ですから」
しばらくして、帳簿が運ばれてきた。
机の上に積み上げられる。
アルトは一冊ずつ確認していく。
「……」
「……」
「……」
エリシアが隣から覗き込む。
「何か分かりましたか?」
「うん」
アルトは一冊の帳簿を開く。
「数字がおかしい」
ダグラスが反応する。
「どこがでしょう?」
「採掘量と出荷量が合っていない」
「当然です」
「保管分がありますから」
「それなら、保管量の記録と一致するはずです」
「……」
アルトは別のページを開いた。
「でも一致していない」
「これは記載ミスです」
「毎日?」
ダグラスが黙った。
「三週間、毎日です」
「偶然ではありません」
アルトは帳簿を閉じた。
「誰かが数字を操作しています」
室内の空気が変わった。
「そんな……」
ダグラスが汗を拭う。
「私には分かりません」
「では、質問を変えます」
アルトは笑った。
「最近、鉱山から誰かが特別な荷物を運び出していませんか?」
「……」
「通常の出荷とは別に」
「……」
「夜間に」
ダグラスの目が一瞬動いた。
アルトは見逃さなかった。
「ありますね?」
「……」
「夜間輸送」
ダグラスは答えない。
「誰が指示しています?」
「私には……」
「分からない?」
「はい」
「では、誰なら分かりますか?」
沈黙。
やがてダグラスが小さく答えた。
「輸送責任者のバートンです」
「どこにいます?」
「今日は休みです」
「どこで?」
「……自宅です」
「案内してください」
ダグラスの顔が強張った。
鉱山都市の外れ。
一軒の家。
そこには大きな荷車が置かれていた。
「ここです」
ダグラスが言う。
アルトは荷車を見る。
「……魔石の粉が付いている」
グレゴールがしゃがみ込む。
「確かに魔石だ」
アルトは荷車の車輪を見る。
「でも、変ですね」
「何が?」
「この荷車、鉱山から街へ来た跡がない」
「じゃあ?」
「街の外から来ている」
ローディンが地面を見る。
「車輪の跡が二種類ある」
「こっちは鉱山方向」
「こっちは――」
アルトが続ける。
「北西」
全員が地図を見る。
北西には何もない。
正確には――。
「国境へ続く山道です」
エリシアが言った。
「やっぱり」
アルトは立ち上がる。
「魔石は鉱山から直接国境へ運ばれている」
「でも、どうやって?」
「夜間輸送です」
ローディンが頷く。
「そして、その輸送を管理しているのが――」
「バートン」
アルトは家の扉を見る。
「話を聞きましょう」
扉を叩く。
「バートンさん」
返事がない。
「鉱山管理所から来ました」
沈黙。
アルトが振り返る。
「中にいます」
「分かるのか?」
「窓が少し開いています」
「でも、それだけじゃ――」
アルトは窓の下を見る。
そこには新しい靴跡。
「今、外へ逃げようとしています」
グレゴールが家の裏へ回る。
「いた!」
男が走り出す。
「待て!」
グレゴールが追う。
だが、男は素早かった。
細い路地を抜け、建物の陰へ消える。
しかし――。
「こっちだ!」
アルトが反対側を指差す。
「なぜ分かる?」
マルクが驚く。
「逃げる人間は、最短距離を選びたがる」
「でも、追う側も同じことを考える」
「だから、普通は逆方向へ行く」
アルトは笑う。
「ただし――」
「この街を知らない人間なら、逃げ道は限られる」
路地の先。
バートンが立ち止まっていた。
「……くそ」
グレゴールが追いつく。
「終わりだ」
バートンは観念した。
「話してください」
鉱山管理所へ戻ったアルトは、バートンの前に座った。
「何も知らない」
「そうですか」
「俺は命令された通りに運んだだけだ」
「誰から?」
「……」
「答えたほうが楽ですよ」
「殺される」
アルトが眉をひそめる。
「誰に?」
「グラン商会だ」
全員が顔を見合わせる。
「やはり……」
アルトは立ち上がる。
「グラン商会の社長は?」
「ダリオ・グラン」
「どこにいる?」
「商会本店です」
「今から行きましょう」
エリシアが頷く。
「はい」
グラン商会。
街の中心にある立派な建物だった。
他の商会とは比べものにならない。
大きな倉庫。
大量の荷馬車。
警備兵。
「一年でここまで大きくなったのか……」
マルクが驚く。
「金の流れが大きい」
アルトは建物を見る。
「問題は、その金がどこから来ているか」
中へ入る。
受付の女性が立ち上がった。
「ご用件は?」
「ダリオ・グランさんに会いたい」
「ご予約は?」
「ありません」
「申し訳ありませんが――」
アルトは王家の証明書を見せる。
「王家の調査です」
「……少々お待ちください」
数分後。
一人の男が現れた。
中年。
仕立てのいい服。
柔らかな笑顔。
「これはこれは」
「王家の方が、私のような商人に何のご用でしょう?」
アルトは笑顔を返す。
「商談です」
「商談?」
「はい」
ダリオが面白そうに目を細める。
「私と何を商談するのです?」
アルトは答えた。
「あなたが隠している魔石についてです」
笑顔が消えた。
「……何の話でしょう?」
「とぼけなくて大丈夫です」
「僕たちは、もう輸送責任者から話を聞いています」
ダリオは沈黙した。
「夜間輸送」
「国境へ向かう荷車」
「そして、消えた八百箱以上の魔石」
アルトは一歩前へ出る。
「全部、あなたの商会に繋がっています」
ダリオはしばらくアルトを見つめた。
そして――。
「なるほど」
小さく笑った。
「あなたが噂の営業課長ですか」
「ご存じでしたか?」
「ええ」
「王都で随分と面白いことをしている少年がいると聞いています」
「それは光栄です」
「ですが――」
ダリオは笑みを浮かべた。
「あなたは一つ、大きな勘違いをしています」
「何でしょう?」
「私が魔石を盗んでいると思っている」
「違うのですか?」
「ええ」
「私は――」
ダリオは机の上に一枚の書類を置いた。
「王国の正式な許可を得て、魔石を輸送しています」
アルトは書類を見る。
そこには――。
王家の印。
正式な輸送許可証。
エリシアが顔を強張らせる。
「……これは」
アルトは書類をじっと見つめる。
「本物です」
ローディンが呟いた。
「王家の正式な印だ」
アルトは黙った。
また王家の印。
また物流。
また十年前と同じ構図。
しかし――。
「一つ質問があります」
「何でしょう?」
「この許可証」
「誰が発行したんです?」
ダリオは笑った。
「そこに書いてあります」
アルトは発行者の名前を見る。
そして――。
目を見開いた。
「……王太子殿下?」
エリシアが息を呑む。
ローディンの顔から血の気が引いた。
アルトは書類を握りしめた。
「王太子が、魔石を国境へ運ばせている?」
誰も答えられなかった。
そしてアルトは気づく。
今回の敵は――。
これまでとは、次元が違う。
王家の内部。
しかも王位継承者。
その人物が、この計画に関わっている可能性が浮上したのだった。
営業メモ①②⓪
「営業では、相手の話を聞く前に『こいつが犯人だ』と決めつけないことが重要です。今回、グラン商会は怪しい動きをしていました。しかし、実際には王家の正式な許可証を持っていました。仮説は必要ですが、仮説を事実として扱ってはいけません。『怪しいから犯人』ではなく、『怪しいから調べる』。この姿勢が、正確な営業判断につながります。」
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次回予告 第百二十二話「営業課長、王太子の名前に驚く」
グラン商会が提示した、王家の正式な魔石輸送許可証。
その発行者は――王太子。
「王太子殿下が、この輸送を?」
エリシアも知らなかった王家内部の動き。
さらにローディンが語る。
「王太子は、十年前にはまだ幼かった」
「では、誰がこの権限を使った?」
浮かび上がる新たな疑惑。
そしてアルトは、許可証に隠された「もう一つの不自然な点」を発見する。
「この書類……日付がおかしい」
十年前の事件と現在の魔石輸送。
二つを繋ぐ、意外な人物の名前が明らかになる――。




