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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百二十話 営業課長、敵にも商品を売る


 地下倉庫。


 扉の向こうから、複数の足音が聞こえていた。


「ローディン・アルバート!」


「そこにいるのは分かっている!」


「大人しく出てこい!」


 グレイヴが剣を抜く。


 グレゴールも身構えた。


 レオンはアルトの前に立つ。


「アルト、下がれ」


「大丈夫です」


「相手はかなりの人数だ」


「だからこそです」


 アルトは扉を見る。


「戦う前に、話をします」


「話が通じる相手に見えるか?」


「分かりません」


「でも、聞いてみなければ分かりません」


 ローディンが苦笑する。


「お前は本当に変わった男だな」


「よく言われます」


「私が宰相だった頃にも、そんな男はいなかった」


「それは残念でしたね」


「何がだ?」


「僕がもっと早く生まれていれば、王宮の営業改革ができたのに」


「……」


 ローディンは呆れた。


「こんな状況でも冗談を言えるのか」


「緊張すると頭が固くなるので」


 アルトは扉へ近づいた。


「皆さん!」


 大声で呼びかける。


「何だ!」


「僕たちは敵対するつもりはありません!」


「なら、ローディンを渡せ!」


「それはできません」


「ならば出てこい!」


「その前に、一つ質問があります」


 扉の向こうが静かになる。


「あなたたちは、ローディンさんを捕まえて、どうするつもりですか?」


「貴様に話す必要はない!」


「なるほど」


 アルトは頷いた。


「つまり、目的は捕縛」


「そうですね?」


「……」


「そして、あなたたちは命令を受けて動いている」


「違うか?」


 返事はない。


 アルトは笑った。


「では、商談しましょう」


「ふざけるな!」


「本気です」


「俺たちは商人ではない!」


「商人である必要はありません」


「取引には、売る側と買う側がいれば成立します」


「僕は商品を持っています」


「あなたたちは、その商品を欲しがっている」


 扉の向こうから声が返ってきた。


「商品だと?」


「はい」


「何だ?」


「ローディンさんです」


「……」


「あなたたちが欲しい人物を、僕は持っています」


 マルクが頭を抱えた。


「アルト……人を商品って言うのはどうなんだ?」


「本人の前では言ってないから大丈夫」


「いや、聞こえてるぞ」


 ローディンが呆れた。


「では、条件を提示します」


 アルトが言う。


「ローディンさんを渡す代わりに――」


「北部の魔石鉱山について、知っていることを全部教えてください」


 扉の向こうが静かになった。


「……なぜ、魔石の話をする?」


 アルトは笑った。


「やっぱり知っていますね」


「……」


「さっきの反応で分かりました」


「北部の魔石鉱山は、あなたたちにとって重要なんですね」


 しばらく沈黙。


 やがて。


「お前……」


「営業ですよ」


「何が営業だ!」


「相手が隠したい情報を探すのも営業の仕事です」


「そんな営業があるか!」


「あります」


「俺は知らん!」


 地下室の中で、マルクが小さく笑った。


「相手も大変だな……」


 エリシアも苦笑する。


「アルト相手ですから」


 扉の向こうから、別の男の声がした。


「話を聞こう」


 先ほどまで怒鳴っていた男とは違う。


 落ち着いた声だった。


「隊長!」


「黙れ」


 男が続ける。


「条件を言え」


 アルトは少し笑った。


「簡単です」


「まず、武器を置いてください」


「我々が丸腰になると思うか?」


「では、ローディンさんを渡せません」


「……」


「そして二つ目」


「北部の魔石鉱山について知っている情報を教えてください」


「三つ目」


「あなたたちの雇い主を教えてください」


「それは無理だ」


「なら、一つ目と二つ目だけでもいいです」


「三つ目は?」


「後でいいです」


「なぜ?」


「最初から全部要求すると、相手が逃げるからです」


 ローディンが笑う。


「営業の基本か?」


「はい」


「まず小さな契約を成立させる」


「そこから大きな契約へ進む」


「なるほど」


 ローディンが感心したように頷く。


 やがて。


「武器を置く」


 男が言った。


 部下たちがざわめく。


「隊長!」


「置け」


「しかし――」


「俺たちは情報が必要なんだ」


 金属音。


 一人。


 また一人。


 剣が床に置かれていく。


「ありがとうございます」


 アルトは扉を開けた。


 そこには十人ほどの男たちがいた。


 全員、黒い服。


 しかし、アーク・レギオンとは少し違う。


 胸元には別の紋章。


「その紋章は?」


 アルトが尋ねる。


「王国北部の鉱山警備隊だ」


「鉱山警備隊?」


「正式には、北部資源保全隊」


 アルトは眉を上げる。


「王国の組織?」


「ああ」


 エリシアが驚く。


「王国直属?」


「そうだ」


 アルトは隊長を見る。


「では、あなたたちはアーク・レギオンではない?」


「違う」


「ローディンを捕まえる理由は?」


「国家機密を持ち出した疑いがある」


「なるほど」


 アルトは腕を組む。


「では、確認します」


「ローディンさんが持っている国家機密とは?」


「それは――」


 隊長が言葉を濁す。


「分からない?」


「上からの命令だ」


「誰から?」


「……王宮からだ」


 エリシアが険しい顔をする。


「王宮の誰です?」


「それは知らされていない」


 アルトは頷く。


「では、あなたたちも利用されている可能性がありますね」


「何?」


「王宮から命令を受けた」


「でも、命令を出した人物を知らない」


「それでは、誰かがあなたたちの権限を利用することもできます」


「……」


「十年前と同じです」


 隊長の顔が強張る。


「十年前?」


「はい」


 アルトは一枚の書類を取り出した。


「王家の印を使った偽命令」


「それによって、父さんは失脚しました」


「あなたたちが今受けている命令も、同じ方法で作られた可能性があります」


 隊長が書類を見る。


「……この印」


「知っていますか?」


「王家の正式な印だ」


「では、これが本物だと思いますか?」


「……分からない」


「ですよね」


 アルトは書類をしまった。


「だから調べる必要があります」


「だが、我々には命令がある」


「命令に従うことが悪いとは言っていません」


「でも、命令を出した人物が分からないなら――」


 アルトは笑った。


「その命令、本当にあなたたちのためのものですか?」


 隊長は黙った。


 しばらくして。


「……条件を変えよう」


 隊長が言った。


「何を?」


「ローディンを今すぐ渡せとは言わない」


「代わりに、北部へ来てもらう」


「北部?」


「ああ」


「そこで、魔石鉱山の現状を見てもらう」


 アルトの目が鋭くなる。


「現状?」


「魔石が消えている」


「やはり」


「三週間前から、採掘量と出荷量が合わない」


「どれくらい?」


「帳簿上では、王都へ毎日五十箱送っている」


「だが、実際に到着するのは十箱程度だ」


 アルトが考える。


「残り四十箱は?」


「行方不明だ」


「毎日?」


「そうだ」


 アルトの顔から笑みが消えた。


「三週間なら……」


「約八百箱」


「正確には、八百四十箱だ」


 マルクが絶句する。


「そんな量の魔石、どこに……」


 アルトは地図を見る。


「国境付近」


 隊長が頷く。


「我々もそう考えている」


「しかし、輸送記録が途中で消えている」


「だからローディンの持つ記録が必要なんだ」


 アルトはローディンを見る。


「どうします?」


「行くしかないだろう」


「あなたが捕まる可能性があります」


「それでもだ」


 ローディンは頷く。


「このままでは十年前と同じことが起きる」


 アルトは隊長を見る。


「分かりました」


「北部へ行きます」


「本当か?」


「ただし、条件があります」


「何だ?」


「あなたたちも同行してください」


「もちろんだ」


「そして、現地で僕たちが調査することを妨害しない」


「分かった」


「さらに――」


 アルトは笑った。


「鉱山の帳簿を全部見せてください」


「それは……」


「困りますか?」


「国家機密だ」


「僕たちが王家から調査権限を与えられていることはご存じですよね?」


 隊長が目を見開く。


「……本当に許可を取ったのか?」


「はい」


 アルトは王家の証明書を見せる。


「王家の正式な調査権限です」


「……」


「これなら問題ありませんね?」


 隊長はため息をついた。


「分かった」


「ありがとうございます」


 アルトは笑った。


「契約成立です」


 翌朝。


 アルトたちは北部へ向かう準備を始めた。


 レオンは屋敷で必要な物資を確認している。


 グレゴールは古い物流記録を整理していた。


 エリシアは王宮へ報告書を送る準備。


 そしてアルトは――。


「マルク」


「何?」


「北部の商会一覧を作って」


「商会?」


「うん」


「鉱山を調査するんじゃないの?」


「もちろん」


「なら、なぜ商会?」


 アルトは笑った。


「鉱山から魔石を運んでいるのは誰?」


「……商人?」


「そう」


「なら、物流を追えばいい」


「魔石そのものより――」


「魔石を運ぶ人間を追ったほうが早い」


 マルクが頷く。


「なるほど」


「そして、もう一つ」


「何?」


「北部で最近急に儲かり始めた商会を調べて」


「急に?」


「うん」


「普通の商売なら、魔石の出荷量が減っているのに儲かる商会は少ない」


「でも、誰かが魔石を横流ししているなら――」


「そこだけ儲かっている可能性があります」


 マルクが目を見開く。


「分かった」


「調べてみる」


「お願いします」


 アルトは地図を広げる。


「それと、北部の宿場町」


「全部?」


「全部」


「多すぎる……」


「だから、営業です」


「どういう意味?」


「情報収集」


「宿屋、商会、運送業者」


「現地の人から話を聞けば、帳簿に出ない情報が手に入る」


 マルクが苦笑する。


「また始まった」


「何が?」


「アルトの営業調査」


「大事ですよ」


「分かってるよ」


 出発前。


 ローディンがアルトのところへやってきた。


「アルト」


「何です?」


「一つだけ忠告がある」


「どうぞ」


「北部では、誰も信用するな」


「王国の人間も?」


「そうだ」


「鉱山の役人も」


「商人も」


「騎士も」


「そして――」


 ローディンはエリシアを見る。


「王族すら」


 エリシアが黙った。


 アルトは少し考えた。


「それは難しいですね」


「何?」


「僕は、最初から誰も信用しないというやり方はしません」


「なぜ?」


「それでは何も始まりません」


「じゃあ、どうする?」


 アルトは笑った。


「信用する前に、確認します」


「相手の言葉」


「行動」


「利益」


「全部を見る」


「そして、信用できると判断した人だけを味方にします」


 ローディンが微笑んだ。


「……それならいい」


「営業課長らしい答えだ」


「ありがとうございます」


 アルトは馬車へ乗り込む。


 北部へ向かう準備は整った。


 だが、その頃――。


 北部の魔石鉱山。


 地下深く。


 大量の魔石が、王都とは反対方向へ運び出されていた。


 その先にいた男が、一枚の報告書を読む。


「レインハルト家が動いた?」


「はい」


「ローディンも一緒か?」


「確認されています」


 男は笑った。


「予定より早いな」


「どうしますか?」


「構わん」


「むしろ好都合だ」


 男は地図を見る。


 そこには、レインハルト領から北部へ伸びる街道が描かれていた。


「アルト・レインハルト」


「お前がどれほど優秀な営業をするのか――」


「楽しませてもらおう」


 そして男は、最後の指示を出した。


「魔石の輸送計画を、一段階進めろ」


「はい」


「王国が気づく前に――」


「全てを国境の向こうへ運び出せ」


 静かな地下施設に、重い足音が響いた。


営業メモ①①⑨


「営業では、相手を『敵か味方か』の二択で判断しないことが重要です。今回のアルトは、相手が自分たちを捕まえに来たにもかかわらず、まず相手の目的を確認しました。相手の目的が分かれば、対立を交渉に変えることができます。『相手を倒す』のではなく、『相手の目的と自分の目的が重なる部分を探す』。そこに交渉の突破口があります。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百二十一話「営業課長、北部鉱山で異変を見つける」


北部へ向かったアルトたち。


しかし、到着した鉱山で待っていたのは、想像以上の異常事態だった。


「帳簿上では五十箱」


「でも実際には十箱しか出荷されていない」


「残り四十箱はどこへ?」


アルトは鉱山関係者への聞き込みを開始する。


すると、複数の証言に共通する人物が浮かび上がる。


「最近、妙に羽振りのいい商会がある」


「名前は?」


「……グラン商会です」


さらにアルトは、魔石の横流しだけでは説明できない「もう一つの物流」を発見する。


そして北部で待っていたのは――。


「アルト・レインハルト様」


「あなたと商談したい」


敵か、味方か。


新たな商会との交渉が始まる。

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