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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百十五話 営業課長、証拠を商品に変える


 地下室の扉が開いた。


 複数の男たちが、一斉に階段を下りてくる。


 全員、黒い服。


 顔には緊張が浮かんでいる。


「動くな!」


 先頭の男が叫んだ。


 グレイヴが剣に手をかける。


 レオンも身構える。


 だが――。


「待ってください」


 アルトが手を上げた。


「アルト?」


 レオンが驚く。


「大丈夫です」


「この人数だぞ」


「だからですよ」


 アルトは敵を見渡した。


「皆さん、ここまで来たということは、目的は一つですよね?」


 先頭の男が睨む。


「何の話だ?」


「この帳簿です」


 アルトは机の上に置かれた大量の記録を指差した。


「あなたたちは、これを回収しに来た」


「……」


「違いますか?」


 男は答えない。


 アルトは笑った。


「沈黙は肯定と受け取ります」


「ふざけるな!」


 男が怒鳴る。


「その記録を渡せ!」


「嫌です」


「ならば力ずくで奪う」


「それはおすすめしません」


「なぜだ?」


 アルトは一冊の帳簿を持ち上げる。


「この中には、あなたたちが十年間隠してきた情報が入っています」


「もし僕たちに何かあれば――」


 アルトは帳簿を軽く叩いた。


「この情報は王都中に流れます」


 男の顔色が変わった。


「……脅しのつもりか?」


「違います」


 アルトは首を振った。


「これは営業です」


「営業だと?」


「はい」


 マルクが小さく呟く。


「始まった……」


 エリシアが苦笑する。


「アルトの営業が」


 アルトは男を見た。


「あなたたちは、この情報が欲しい」


「僕たちは、この情報を持っている」


「なら、条件を決めましょう」


「何を言っている?」


「簡単な取引ですよ」


 アルトは笑顔を浮かべる。


「あなたたちが欲しい商品を、僕が売る」


「その代わり、こちらの条件を飲んでもらう」


 男は鼻で笑った。


「我々が貴様の条件を飲むと思うか?」


「思います」


「なぜ?」


「あなたたちは、ここまで来たからです」


「……」


「必要ないなら、わざわざ大勢で来ません」


 アルトは続けた。


「それに――」


 一冊の帳簿を開く。


「これを見れば、あなたたちが何を恐れているのかも分かります」


 男の表情が変わった。


「その帳簿を閉じろ」


「嫌です」


「閉じろ!」


「やっぱり重要なんですね」


 アルトは笑った。


「では、一つ目の商品です」


「何だ?」


「この帳簿の該当ページを見せます」


「条件は?」


「ここにいる全員が武器を置くこと」


「ふざけるな!」


「なら、商談不成立です」


 アルトは帳簿を閉じた。


「それだけですよ」


 男たちの間にざわめきが起こる。


 先頭の男が周囲を見る。


 仲間たちも動揺している。


「……武器を置け」


「隊長!」


「置け!」


 男たちは渋々、剣や短剣を床に置いた。


「ありがとうございます」


 アルトは笑顔で頭を下げた。


「これで、商談の席が整いました」


「本当に営業をやっている気分になってきたな……」


 グレゴールが呆れたように呟く。


「では、一つ目の商品です」


 アルトは帳簿を開いた。


「十年前、アーク・レギオンがレインハルト商会から奪った金の流れ」


 男たちの表情が変わる。


「ここに全て記録されています」


「……」


「どの商会を経由したか」


「誰が受け取ったか」


「どの貴族に流れたか」


「そして――」


 アルトは一つの名前を指差した。


「誰が最終的に受け取ったのか」


 男の顔から血の気が引いた。


「……それを、どうするつもりだ?」


「売ります」


「誰に?」


「欲しい人に」


 アルトは笑う。


「当然でしょう?」


 男は拳を握る。


「我々を脅すつもりか?」


「いいえ」


「僕は、本当に商売をしているだけです」


 アルトは帳簿を閉じた。


「情報には価値があります」


「そして、あなたたちはその価値を一番よく知っている」


 男は黙った。


 その時。


 グレゴールが口を開いた。


「アルト」


「何です?」


「一つ確認したい」


「どうぞ」


「その情報を本当に売るつもりか?」


「もちろんです」


「誰に?」


「まだ決めていません」


「……」


 グレゴールは苦笑した。


「お前、やっぱりセシリアの息子だな」


「よく言われます」


 レオンがため息をつく。


「私は最近、親子で似すぎている気がしてきた」


「父さんまで?」


「事実だ」


 アルトは敵の男を見る。


「さて」


「次の商品に行きましょう」


「まだあるのか?」


「もちろん」


 アルトは別の帳簿を取り出す。


「こちらは、貴族との取引記録」


 男の顔が強張る。


「そしてこちらは、官僚への資金提供記録」


「さらにこちら」


 アルトは薄い封筒を取り出した。


「アーク・レギオン内部の連絡記録」


「……!」


 男が一歩前へ出る。


「それをどこで手に入れた?」


「ここです」


「嘘だ」


「なぜ?」


「その記録は存在しない」


「なるほど」


 アルトは笑った。


「では、存在しない記録をなぜ知っているんです?」


 男が黙った。


「これも営業ではよくあります」


「相手が『そんな商品は必要ない』と言った時ほど、実は欲しがっていることがあります」


 マルクが小声で呟く。


「本当に営業の話になってる……」


 エリシアが頷く。


「でも、確かにアルトらしいです」


 男は苦しそうに息を吐いた。


「……条件を言え」


 アルトが笑う。


「ようやく商談になりましたね」


「何が欲しい?」


「まず一つ」


 アルトの表情が変わる。


「十年前、レオン・レインハルトを失脚させるよう指示した人物」


 地下室が静まり返る。


 男は答えない。


「それが分からなければ、商談は進みません」


「……」


「あなたたちの上に誰がいるのか」


「僕は、それを知りたい」


 男が俯く。


「知らない」


「本当に?」


「ああ」


「では、あなたの上司は?」


「……」


「その上司の上司は?」


「……」


 アルトは少し考えた。


「なら、質問を変えます」


「何だ?」


「十年前、レオン・レインハルトの失脚によって、一番得をした人間は誰ですか?」


 男の目が揺れた。


「……」


 アルトは見逃さない。


「ありがとうございます」


「何がだ?」


「今の反応で分かりました」


「何を?」


「あなたは知っている」


 男が息を呑む。


「でも、自分の口からは言えない」


「なぜなら――」


 アルトは一歩近づいた。


「その人物は、今もあなたたちの上にいる」


 沈黙。


 誰も動かない。


 やがて。


 男が低い声で言った。


「……公爵だ」


 レオンが目を見開く。


「公爵?」


「十年前、レインハルト商会の改革を潰すよう命じたのは――」


 男は言葉を止めた。


「誰です?」


「……」


「名前を」


「言えない」


「なら、商談は終わりですね」


 アルトは帳簿を閉じる。


「待て!」


 男が叫んだ。


「……名前だけだ」


「何?」


「名前だけなら言う」


 アルトは頷く。


「どうぞ」


 男はゆっくり口を開いた。


「ヴァルデン公爵」


 レオンの顔が凍りついた。


「……嘘だ」


「知っているのか?」


 アルトが尋ねる。


 レオンは答えない。


 やがて、苦しそうに口を開いた。


「ヴァルデン公爵家は……」


「私たちレインハルト家と、昔から取引のある家だった」


「つまり?」


 アルトが聞く。


「最も信用していた相手の一つだ」


 アルトは静かに息を吐いた。


「なるほど」


 だが、ここで終わりではない。


「一つだけ確認させてください」


「何だ?」


「本当に、ヴァルデン公爵が黒幕ですか?」


「……」


「あなたたちは、誰かに命令されて動いた」


「その命令元が、公爵だった?」


「そうだ」


「では、その証拠は?」


 男が黙った。


「証拠がないなら、僕は信じません」


「何?」


「営業でも同じです」


「口約束だけで大きな契約をする人はいません」


「証拠が必要です」


 男は苦笑した。


「……お前は、本当に面倒な男だな」


「よく言われます」


「だが――」


 男は懐から一枚の紙を取り出した。


「証拠ならある」


 アルトが受け取る。


 古い命令書だった。


 そこには、王家の紋章。


 そして――。


 ヴァルデン公爵家の印。


「……」


 アルトの表情が変わる。


 レオンも紙を見る。


「間違いない」


「この印は?」


「ああ」


 レオンは頷いた。


「ヴァルデン公爵家の正式な印だ」


 アルトは命令書を握る。


 十年前。


 父を失脚させた本当の理由。


 その裏にいた人物。


 ついに、その名前が明らかになった。


 だが。


 アルトは命令書を見つめたまま、何かに気づいた。


「……おかしい」


「何が?」


 グレゴールが尋ねる。


「この命令書」


 アルトは日付を指差す。


「十年前の事件より、三日前の日付になっています」


「それが?」


「変なんです」


「何が変なんだ?」


「この命令書が本物なら――」


 アルトは顔を上げる。


「ヴァルデン公爵は、三日前にはすでに父さんを失脚させる計画を知っていた」


「でも、アーク・レギオンの動きは、そのさらに前から始まっていた」


「つまり――」


 アルトの目が鋭くなる。


「ヴァルデン公爵は黒幕ではない」


 全員が息を呑む。


「黒幕の命令を受けた側です」


「……!」


 グレゴールが呟く。


「じゃあ、公爵の上に……」


 アルトは命令書の最後を見る。


 そこには、わずかに残った署名。


 王家の紋章の横に記された、一つの文字。


「これ……」


 エリシアが近づく。


「何?」


 アルトは紙を渡す。


 エリシアの顔から血の気が引いた。


「……そんな」


「知っていますか?」


 アルトが尋ねる。


 エリシアは震える声で答えた。


「この印……」


「王家のものです」


 地下室に、重い沈黙が落ちた。


 アルトはゆっくりと顔を上げる。


 敵の本当の正体。


 それは、思っていたよりも遥かに近い場所にいた。


営業メモ①①④


「交渉では、相手から得た情報をそのまま信じるのではなく、必ず裏付けを取ることが重要です。『誰が言ったか』だけでなく、『その情報は事実と一致しているか』『別の資料と矛盾していないか』まで確認する。特に重要な商談ほど、一つの情報から結論を出さず、複数の証拠を組み合わせて判断することが大切です。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百十六話「営業課長、王家の印を追う」


十年前の事件を指示したのは、ヴァルデン公爵ではなかった。


そのさらに上に存在する人物。


そして命令書に残されていた、王家の印。


「この印を使えるのは、限られた人間だけです」


エリシアの表情が険しくなる。


「でも、そんなこと……」


王家を守るために動いていたはずのアルトたち。


その王家の内部に、アーク・レギオンと繋がる者がいるのか。


そして、アルトたちの前に新たな人物が現れる。


「その命令書を、どこで手に入れた?」


アルトは笑う。


「もちろん、商談の途中ですよ」


十年前の事件は、ついに王家へと繋がっていく。

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