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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百十二話 営業課長、レインハルト家の秘密を知る


 地下室。


 アルトは、母セシリアから渡された古い手紙を握っていた。


 紙は黄ばんでいる。


 文字も、ところどころ薄くなっている。


 それでも、最初の一文だけははっきりと読めた。


『アルトへ。あなたがこの手紙を読んでいるなら、私はもう、あなたに隠し続けることができなくなったということです。』


 アルトは静かに息を吐いた。


「母さん」


「何?」


「この手紙を書いたのは、僕が生まれる前なんだよね?」


「ええ」


「じゃあ、この時点で僕がここまで来ることを予想していた?」


 セシリアは少し困ったように笑った。


「予想していたわけではないわ」


「ただ、あなたならきっと、自分で答えを探し始めると思っていた」


「……僕の性格、よく分かってるね」


「母親ですもの」


 アルトは苦笑する。


「それもそうか」


 そして、再び手紙へ目を落とした。


『あなたに伝えておかなければならないことがあります。』


『レインハルト家は、商人の家ではありません。』


「……」


 アルトの目が止まった。


 レオンも黙っている。


『正確には、商人であることは私たちの家の役割の一つにすぎません。』


『私たちの家が代々守ってきたもの。』


『それは、この国の物流そのものです。』


「物流そのもの……」


 アルトが呟く。


 カイルが静かに頷いた。


「やはり、そこまで書いたか」


「知っていたんですか?」


「ああ」


 アルトは手紙から顔を上げる。


「なら、もっと早く教えてくださいよ」


「君の母親に止められていた」


「母さん……」


「あなたには、自分で知ってほしかったの」


 セシリアが答える。


「誰かから聞かされるのではなく、自分で疑問を持ち、自分で答えを探してほしかった」


「だから、黙っていたの?」


「ええ」


 アルトは少し考える。


「……営業と同じだね」


「どういう意味?」


「答えを最初から全部教えられたら、自分で考えなくなる」


「顧客にも同じことがあります」


「本当に必要な情報を自分で話してもらうためには、こちらが答えを急がないことも大切です」


 セシリアは微笑んだ。


「やっぱり、あなたは営業課長ね」


「今さらですか?」


 レオンが小さく笑う。


 だが、アルトは再び手紙を見る。


 まだ続きがある。


『遠い昔、レインハルト家の祖先は王都と各領地を結ぶ物流網を管理していました。』


『税として集められる物資。』


『商人が運ぶ商品。』


『食料や薬品。』


『そして、戦時には軍需物資。』


『私たちは、それらが正しく運ばれているかを監視する役割を担っていました。』


 アルトは眉を寄せる。


「監視……」


「商人なのに?」


 マルクが首を傾げた。


「商人だからこそ、分かることがあるんです」


 アルトが答える。


「どの商品が、どこから、どこへ、どれだけ動いているのか」


「物流を見れば、国の状態が分かる」


 カイルが言った。


「その通りだ」


 アルトは手紙を読み進める。


『物流は、国の血流です。』


『血流が止まれば、国は弱る。』


『逆に、誰かが血流を握れば、国そのものを動かすことができる。』


 その一文に、アルトの表情が変わった。


「……だから、アーク・レギオンが物流を欲しがった」


「そう」


 セシリアが答える。


「物流を支配すれば、商人を支配できる」


「商人を支配すれば、金を動かせる」


「金を動かせば、貴族や官僚まで動かせる」


「そして最後には――」


 アルトが続ける。


「国を動かせる」


 カイルが頷く。


「それがアーク・レギオンの目的だ」


 アルトは手紙を握り直した。


「でも、レインハルト家はそれを止めようとしていた」


「ええ」


「だから狙われた」


「そういうことになる」


 レオンが静かに口を開いた。


「アルト」


「何?」


「私も、昔は詳しいことを知らなかった」


「……父さんも?」


「ああ」


「私は祖父から『物流を守れ』とだけ教えられた」


「理由までは教えられなかった」


「なぜ?」


「知らないほうが安全だったからだ」


 アルトは父を見る。


「でも、父さんは十年前に気づいた」


「何に?」


「物流を一部の人間が握ろうとしていることに」


 レオンは頷いた。


「だから私は、改革を始めた」


「物流を誰か一人の手に集中させないために」


「商会同士を繋ぎ、複数の領地を繋ぎ、王都と地方を繋ぐ」


「それが、父さんの改革……」


「ああ」


 アルトは黙った。


 これまで自分が知っていた父の改革。


 単なる物流改善ではなかった。


 レインハルト家が代々守ってきたものを、現代の仕組みに合わせて再構築しようとしていたのだ。


 そして、それを邪魔したのがアーク・レギオン。


「じゃあ……」


 アルトがゆっくり口を開く。


「父さんが失脚したのは、改革が失敗したからじゃない」


「違う」


 レオンが答える。


「改革が成功しかけたからだ」


 アルトは頷いた。


「なるほど」


 そして、ふっと笑った。


「それなら話は簡単だ」


 全員がアルトを見る。


「何が簡単なの?」


 エリシアが尋ねる。


「僕が続きをやればいい」


「……」


「父さんが途中で止められたなら、僕が続きから始める」


 レオンはしばらくアルトを見つめた。


 そして、静かに笑った。


「そう言うと思っていた」


 アルトは手紙を読み進める。


『もしあなたがこの手紙を読んでいるなら、きっとあなたはもう、営業という仕事を始めているのでしょう。』


『私は、それを嬉しく思います。』


『商売とは、人と人を繋ぐものです。』


『物流も同じです。』


『物を運ぶことは、人の生活を繋ぐこと。』


『だから私は、あなたが営業という道を選んだことに意味があると思っています。』


 アルトの手が止まる。


「母さん……」


「何?」


「これ、僕が前世で営業をしていたことまで知ってたみたいな書き方なんだけど」


 セシリアが困ったように笑う。


「そこまでは知らないわ」


「だよね」


「でも、あなたは小さい頃から人の話をよく聞いていたでしょう?」


「……まあ」


「だから、営業に向いていると思っていたの」


「なるほど」


 アルトは再び手紙を見る。


 最後の部分には、こう書かれていた。


『そして、最後に一つだけ。』


『レインハルト家が守ってきた最大の秘密は、物流網ではありません。』


 アルトの目が見開かれる。


「え?」


 続きを読む。


『本当に守ってきたもの。』


『それは、物流を利用して国を支配しようとする者たちを見つけるための記録です。』


「記録……」


『誰が、どの商会と繋がっているのか。』


『誰が、どの貴族と取引しているのか。』


『誰が、どの情報を流しているのか。』


『その全てを記録することで、国を守ってきました。』


 アルトは息を呑む。


「これが……『人』の情報」


「そう」


 セシリアが頷く。


「そして、それこそがアーク・レギオンが最も恐れているもの」


 カイルが続けた。


「だから彼らは、十年前にその記録を探した」


「でも、見つけられなかった」


「母さんが隠したから?」


「そう」


 アルトは尋ねる。


「どこに?」


 セシリアは答えない。


「母さん?」


「まだよ」


「まだ?」


「最後の場所だけは、あなた自身に考えてほしい」


 アルトは眉を寄せた。


「僕に?」


「ええ」


「ヒントは?」


「もう、手紙に書いてあるわ」


 アルトは手紙を見返す。


「……どこ?」


 何度も読み返す。


 物流。


 金。


 人。


 レインハルト家。


 そして――。


「待って」


 アルトが突然顔を上げた。


「父さん」


「何だ?」


「レインハルト家が昔から管理していた物流網」


「ああ」


「その中心って、どこ?」


 レオンは考える。


「王都だ」


「王都のどこ?」


「……」


 レオンの表情が変わった。


「まさか」


「父さんも気づいた?」


 アルトが笑う。


「昔の中央倉庫」


 ヴィクトルが息を呑む。


「だが、あそこは十年前に閉鎖されたはずだ」


「閉鎖されたのは表向きです」


 アルトは答えた。


「本当に重要な記録なら、誰も使わなくなった場所に隠すほうが安全です」


「でも、中央倉庫はアーク・レギオンも調べている」


「全部は調べていない」


 アルトは首を振る。


「なぜなら、彼らが探しているのは『人』の情報そのものだから」


「でも母さんが残した手紙には、別のヒントがある」


「物流を守る家が、物流の中心に秘密を隠す」


 アルトは笑った。


「これ以上分かりやすい場所はありません」


 セシリアが微笑む。


「正解よ」


 レオンが目を閉じる。


「やはり、あそこか」


「父さん、知ってたの?」


「場所だけはな」


「でも、中に何があるかは知らない」


「そういうことだ」


 アルトは立ち上がった。


「行きましょう」


 カイルが言う。


「待て」


「何?」


「中央倉庫には、今もアーク・レギオンの監視がいる」


「分かっています」


「どうする?」


 アルトは少し考えた。


 そして――。


「営業します」


「……」


 全員が黙った。


「いや、待て」


 レオンが額を押さえる。


「何でも営業で解決できると思うな」


「父さん」


「何だ?」


「営業は、相手の欲しいものを見つける仕事です」


「だから?」


「アーク・レギオンが中央倉庫を監視しているなら、そこには何か理由がある」


「つまり――」


 アルトは笑う。


「向こうが何を欲しがっているのかを利用すればいい」


 ヴィクトルが頷いた。


「確かに」


「監視している人間を敵だと思う必要はない」


「欲しいものを提示すれば、こちらの味方にできる可能性がある」


「そういうことです」


 カイルが苦笑する。


「君は本当に恐ろしいな」


「褒め言葉として受け取ります」


 アルトは手紙を畳む。


 そして、母を見る。


「母さん」


「何?」


「この手紙、ありがとう」


「……」


「僕が何者なのか、少し分かった気がする」


「それならよかった」


「でも」


 アルトは笑った。


「僕は僕だから」


「レインハルト家の役割も、アーク・レギオンの因縁も全部引き受ける」


「でも、最後に何をするかは僕が決めます」


 セシリアの目に、わずかに涙が浮かんだ。


「ええ」


「それでいいわ」


 アルトは扉へ向かう。


「じゃあ、行きましょう」


 目的地は――中央倉庫。


 十年前の改革が潰された場所。


 そして、レインハルト家が守ってきた秘密が眠っているかもしれない場所。


 アルトたちは地下室を後にした。


 その頃。


 王都中央倉庫。


 誰もいないはずの管理室で、一人の男が書類を眺めていた。


「……動いたか」


 男の手元には、一枚の報告書。


 そこには、アルトたちがアーク・レギオンの本拠地へ入ったことが記されていた。


「レインハルトの息子が、ついにここまで来た」


 男は静かに笑う。


「ならば、こちらも準備を始めるとしよう」


 机の上に置かれた古い鍵。


 その鍵には、レインハルト家の紋章が刻まれていた。


「十年前の続きを――」


「今度こそ終わらせる」


営業メモ①①①


「営業では、情報を集めるだけでは成果にならない。集めた情報を『誰が』『何を求めているのか』『なぜ求めているのか』という構造に変換することが重要。点在している情報を繋げることで、相手の行動を予測できるようになる。情報収集は、分析して初めて営業戦略になる。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百十三話「営業課長、中央倉庫へ潜入する」


レインハルト家が守ってきた秘密が眠る可能性がある、旧中央倉庫。


しかし、そこにはアーク・レギオンの監視が張り巡らされていた。


「正面から入るのは無理ですね」


「なら、どうする?」


アルトが考えた作戦は――。


まさかの「商談を装った潜入作戦」?


そして中央倉庫の奥で、アルトたちは十年前に封印された記録を発見する。


そこに記されていた名前の中には――。


レオン自身の名前もあった。

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