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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百十一話 営業課長、母が隠していた最後の秘密


 アーク・レギオンの本拠地。


 静まり返った部屋の中で、アルトは母――セシリアを見つめていた。


「私たちが十年前に始めた改革を、完成させるために生まれたのよ」


 その言葉が、頭から離れない。


「……僕が?」


「そう」


 セシリアは静かに頷いた。


「でも、勘違いしないで」


「あなたを道具として生んだわけではないわ」


「……」


「あなたは私たちの息子よ。それだけは、絶対に変わらない」


 アルトは少しだけ息を吐いた。


「じゃあ、どういう意味?」


「あなたが生まれる前、私たちは気づいたの」


「この国の仕組みを変えるには、一つの商会や一人の人間では足りない」


「長い時間が必要になる」


 セシリアは机の上に三枚の紙を並べた。


「だから、情報を三つに分けた」


 一枚目。


 物流。


 二枚目。


 金。


 三枚目。


 人。


「この三つが揃えば、アーク・レギオンがどのように国を動かしてきたのかが分かる」


「そして、あなたが今やっている改革が、その情報を再び繋げ始めている」


 アルトは紙を見る。


「でも、母さん」


「何?」


「僕が生まれた時点で、そんなことを僕に背負わせるつもりだったの?」


 セシリアは首を横に振った。


「いいえ」


「なら……」


「あなたが自分で選ぶまで、何も教えないつもりだった」


「自分で選ぶ?」


「そう」


 セシリアは微笑んだ。


「営業という仕事を選んだのも、改革を始めたのも、あなた自身でしょう?」


「……」


「だから私は、ずっと待っていたの」


「あなた自身が、この道を選ぶ日を」


 アルトは黙った。


 自分は前世で営業課長だった。


 そして、この世界で赤ん坊から人生をやり直した。


 営業の知識を使って、村を変え。


 商会を変え。


 王都を変えようとしてきた。


 それが、まさか――。


「最初から仕組まれていたわけじゃないんですね」


「ええ」


 セシリアは即答した。


「ただ、あなたなら、この道を選ぶかもしれないと思っていた」


「なぜ?」


「あなたのお父さんの息子だから」


 レオンが苦笑する。


「それは褒めているのか?」


「もちろん」


「なら、いい」


 緊張していた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。


 だが、アルトは三枚目の紙を見る。


「それで……最後の『人』の情報は?」


 セシリアの表情が変わった。


「それが一番危険なの」


「誰が誰と繋がっているか、という情報ですよね?」


「ええ」


「だったら、アーク・レギオンは何としても欲しがるはずです」


「だから隠したの」


「どこに?」


 セシリアは答えなかった。


 代わりに、古い封筒を取り出した。


「これを見て」


 アルトが受け取る。


 封筒は古い。


 紙も少し黄ばんでいる。


 表には、たった一言。


『アルトへ』


「……僕宛て?」


「そう」


「いつ書いたんですか?」


「あなたが生まれる前」


 アルトの指が止まった。


「僕が……生まれる前?」


「ええ」


 アルトは封筒を開けようとする。


「待って」


 セシリアが止めた。


「その手紙は、まだ読まないで」


「なぜ?」


「今読めば、あなたは『人』の情報を探しに行こうとする」


「……」


「でも、その前に一つだけ確認してほしいことがあるの」


「何です?」


 セシリアはカイルを見る。


「カイル」


「ああ」


 カイルが立ち上がった。


「君たちに見せなければならない場所がある」


 アルトは眉をひそめる。


「どこです?」


「この建物の地下だ」


「地下?」


「そこに、十年前の事件に関する記録が保管されている」


 レオンが驚く。


「まだ残っていたのか?」


「残していた」


「なぜ?」


「いつか、君たちがここへ来ると思っていたからだ」


 アルトはカイルを見る。


「僕たちが?」


「ああ」


「なぜ?」


「セシリアがそう言っていた」


 アルトは母を見る。


「母さんが?」


「ええ」


「何て?」


 セシリアは少しだけ笑った。


「『いつか、あの子が営業でここまで来る』って」


「……」


「そして、その時が来たら全てを渡してほしいと」


 アルトは頭を抱えた。


「母さん……」


「何?」


「僕の営業を、そんな昔から予言しないでください」


 マルクが吹き出した。


 エリシアも口元を押さえている。


 レオンは呆れた顔で言った。


「お前の母親だからな」


「どういう意味です?」


「似た者親子という意味だ」


「僕はもっと普通です」


「それはない」


 即答だった。


「父さんまで……」


 少しだけ笑いが起きる。


 だが。


 カイルは真剣な表情を崩さない。


「地下へ行こう」


「そこに、君たちが知るべきものがある」


 一行は地下へ向かった。


 長い階段。


 地下へ進むほど、空気が冷たくなる。


 やがて、巨大な鉄の扉が現れた。


 カイルが鍵を取り出す。


 扉が開く。


 中には大量の箱が並んでいた。


 帳簿。


 契約書。


 手紙。


 商会の記録。


 貴族との取引記録。


 アルトは一つの箱を手に取った。


「これ……十年前の記録です」


「そうだ」


「どうして処分しなかったんです?」


「証拠として必要だったからだ」


「誰に対する?」


「未来の人間に対する証拠だ」


 アルトは箱を開く。


 そこには大量の書類が入っていた。


「……すごい」


 ダニエルが呟く。


「これだけあれば、アーク・レギオンの活動をかなり追えるぞ」


 アルトは一枚の書類を取り出した。


「待って」


「どうした?」


「この名前……」


 そこには、ある貴族の名前が書かれていた。


「この人、今も王宮にいます」


 エリシアが確認する。


「……本当です」


「十年前から関わっていた?」


「そうみたいです」


 アルトは別の書類を見る。


「こっちにも同じ名前」


 さらに一枚。


「ここにも」


 そしてもう一枚。


「この人だけじゃない」


「複数の貴族が繋がっている」


 カイルが頷く。


「それが『人』の情報だ」


「でも、これは全部じゃないですよね?」


「そうだ」


「残りは?」


 カイルは答えなかった。


 アルトは考える。


「母さん」


 セシリアを見る。


「残りはどこにある?」


「まだ探しているの」


「母さんでも?」


「ええ」


「だったら――」


 アルトは笑った。


「探しましょう」


「アルト?」


「僕たちで探せばいい」


「情報が分散しているなら、一つずつ集めればいいんです」


「営業と同じですよ」


 マルクが首を傾げる。


「営業と同じ?」


「最初から全部の情報を持っている商談なんて、ほとんどありません」


「相手から話を聞いて、資料を集めて、足りない部分を別の相手から補う」


「最後に全部を繋げる」


 アルトは書類を見つめる。


「だから、これも営業です」


 カイルが苦笑する。


「何でも営業になるな」


「便利でしょう?」


「確かにな」


 その時だった。


 地下室の奥から、何かが落ちる音がした。


 ガタン。


 全員が振り返る。


「誰かいる?」


 グレイヴが剣に手をかける。


 カイルも警戒する。


「ここには私たちしかいないはずだ」


 アルトは音のした方向へ歩く。


「アルト!」


 レオンが止める。


「大丈夫」


「一人で行くな」


「じゃあ父さんも一緒に」


「そういう意味じゃない」


 二人で進む。


 地下室の奥。


 古い棚が倒れていた。


 その下に、小さな木箱がある。


「これか?」


 レオンが箱を拾う。


 蓋には、見覚えのある印。


 レインハルト家の紋章。


「どうして、こんなところに?」


 アルトは箱を開けた。


 中には、一枚の紙だけが入っていた。


 そこに書かれていたのは――。


『人の情報は、血筋を辿れ』


 アルトの表情が変わる。


「血筋……?」


 その下には、さらに一行。


『最初に見るべき場所は、王家ではない』


 アルトは息を呑む。


「じゃあ、どこだ?」


 紙を裏返す。


 そこには、母セシリアの文字で一つの名前が書かれていた。


「……レインハルト家?」


 レオンが呟く。


 アルトは父を見る。


「父さん」


「何だ?」


「うちの家系について、何か知っていますか?」


 レオンは黙った。


 その沈黙が長い。


「……ある」


「やっぱり」


「だが、私も全てを知っているわけではない」


「何を知っている?」


 レオンは苦しそうに答えた。


「レインハルト家は、昔から商人の家系だったわけではない」


「え?」


「もっと古い時代には、王都の物流を管理する役目を持っていた」


 アルトは目を見開いた。


「つまり……」


「私たちの家は、昔から物流と関係していた」


 カイルが静かに言う。


「そして、それこそがアーク・レギオンがレインハルト家を警戒する理由だ」


 アルトは箱の中の紙を握りしめる。


「僕たちの家そのものが、十年前の事件と繋がっていた?」


「そういうことだ」


 セシリアが静かに頷く。


「だから、あなたには知らないでいてほしかった」


「でも――」


 アルトは手紙を見る。


「もう、知らないままではいられませんよね」


 セシリアは答えなかった。


 アルトは封筒を握る。


『アルトへ』


 生まれる前の自分へ宛てられた手紙。


 そこには、まだ読んでいない母の言葉がある。


「母さん」


「何?」


「この手紙、読んでもいい?」


 セシリアは少しだけ寂しそうに笑った。


「ええ」


「もう、その時期が来たみたいね」


 アルトは封筒を開いた。


 そして――。


 一行目を読んだ瞬間。


 アルトの顔から笑顔が消えた。


『アルトへ。あなたがこの手紙を読んでいるなら、私はもう、あなたに隠し続けることができなくなったということです。』


 その下に続いていた言葉。


 それは――。


 レインハルト家の本当の役割についてだった。


営業メモ①①⓪


「営業では、目の前の情報だけで判断すると大きな見落としが生まれる。過去の取引履歴、顧客の組織構造、意思決定者、資金の流れまで確認することで、表面的には見えない『本当の構造』が見えてくる。大きな案件ほど、点ではなく線で情報を見ることが重要である。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百十二話「営業課長、レインハルト家の秘密を知る」


生まれる前のアルトへ宛てられた、母セシリアの手紙。


そこに書かれていたのは、レインハルト家が代々受け継いできた秘密だった。


「私たちの家は、ただの商人の家ではありません」


「じゃあ、何だったの?」


「国の物流を守る家だったのよ」


そして、レオンが長年隠していた過去。


さらに――。


レインハルト家とアーク・レギオンが、なぜ十年以上にわたって対立してきたのか。


アルトの営業改革は、ついに家族の歴史そのものへ踏み込んでいく。

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