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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百十話 営業課長、母の過去を知る


 王都の外れ。


 古い石造りの建物の前で、アルトたちは足を止めていた。


 表には看板もない。


 人の出入りもほとんどない。


 だが。


 建物の周囲には、明らかに普通ではない警備が配置されていた。


「ここが……アーク・レギオンの本拠地?」


 マルクが小声で尋ねる。


「ああ。」


 案内役の男が答えた。


「ここから先は、余計なことをするな。」


「余計なこと?」


「勝手に動くな。勝手に触るな。そして――」


 男はアルトを見る。


「勝手に商談を始めるな。」


「……。」


 アルトは少し考えた。


「それは難しいですね。」


「なぜだ?」


「営業課長なので。」


 レオンがため息をつく。


「もう諦めろ。」


 エリシアが小さく笑う。


「アルトらしいです。」


 男は呆れたように首を振った。


「本当に、この状況で笑えるのか?」


「笑える時に笑っておいたほうがいいですよ。」


 アルトは建物を見上げる。


「これから何が起こるか分かりませんから。」


 扉が開く。


 中は薄暗かった。


 廊下の壁には、いくつもの古い地図が飾られている。


 王都の地図。


 周辺領地の地図。


 そして――。


「……これ。」


 アルトが足を止めた。


「何だ?」


 レオンが振り返る。


「王都の物流網です。」


 壁一面に貼られた地図。


 そこには、街道。


 河川。


 倉庫。


 商会。


 市場。


 全てが細かく記されている。


「こんなものまで……。」


 マルクが驚く。


「十年前から集めている。」


 案内役の男が言う。


「十年前から?」


「ああ。」


 アルトは地図を見つめた。


「じゃあ、この組織は十年前より前から存在していた。」


「当然だ。」


「どれくらい?」


「分からない。」


「なるほど。」


 アルトは地図を見る。


 何気なく、一つの場所を指差した。


「ここ。」


「何だ?」


「この倉庫、今は使われていませんよね?」


 男が黙る。


「……なぜ分かる?」


「地図の情報が古いからです。」


「ここだけ、十年前の配置のままです。」


「でも、この通路は最近追加されている。」


 男の顔色が変わった。


「つまり、この地図は古いものと新しいものを組み合わせて作られている。」


 アルトは笑う。


「面白いですね。」


「君は、本当に何でも見るな。」


 ヴィクトルが苦笑する。


「営業では普通ですよ。」


「私には普通に見えない。」


 やがて。


 一行は大きな扉の前へ到着した。


「ここから先だ。」


 案内役が扉を開ける。


 広い部屋だった。


 中央には長い机。


 壁には大量の資料。


 そして、その奥。


 一人の男が座っていた。


 年齢は五十代半ば。


 黒い服を着ている。


 派手さはない。


 だが。


 その男が部屋にいるだけで、空気が変わる。


 アルトは直感した。


 この男が――。


「ようこそ。」


 男が口を開く。


「アルト・レインハルト。」


 アルトは警戒しながら前へ出る。


「あなたが、アーク・レギオンの代表ですか?」


「代表という言い方は正しくない。」


「では?」


「管理者だ。」


「なるほど。」


 男は笑った。


「君は怖くないのか?」


「怖いですよ。」


「そうは見えない。」


「怖いから、相手を観察しています。」


 男は少し笑った。


「ヴィクトルから聞いていた通りだ。」


「僕のことを?」


「ああ。」


 アルトは眉を寄せる。


「いつ?」


「君が王都へ来る前から。」


「……。」


 レオンが一歩前へ出た。


「なぜ、息子を知っている?」


 男はレオンを見る。


「久しぶりだな、レオン。」


「……。」


 レオンの顔から表情が消えた。


「お前……。」


「私を覚えているか?」


「当然だ。」


 レオンの声が低くなる。


「十年前、私を追い詰めた連中の中に、お前がいた。」


「その通りだ。」


「なぜだ?」


「君が邪魔だったからだ。」


「……。」


 アルトが二人の間に入る。


「父さん。」


「アルト。」


「僕に話させてください。」


 レオンは少し迷った後、下がった。


 アルトは男を見る。


「名前を教えてください。」


「カイル・ヴァレン。」


「カイルさん。」


「何だ?」


「母さん――セシリアを知っているんですよね?」


 部屋の空気が変わった。


 カイルは静かにアルトを見る。


「……ああ。」


「どんな関係ですか?」


「昔、彼女と取引をしていた。」


「商売?」


「それだけではない。」


「では?」


 カイルは少しだけ目を伏せた。


「友人だった。」


 レオンが驚く。


「友人?」


「ああ。」


「セシリアが、お前と?」


「そうだ。」


「信じられない。」


「そうだろうな。」


 カイルはアルトを見る。


「君の母親は、非常に頭のいい女性だった。」


「商売が?」


「人を見る目があった。」


「そして、未来を見る目もあった。」


 アルトは黙って聞いている。


「彼女は十年前の事件が起こる前から、私たちの動きを警戒していた。」


「じゃあ、母さんはアーク・レギオンを知っていた?」


「知っていた。」


 アルトの目が鋭くなる。


「どこまで?」


「ほとんど全てだ。」


「……。」


「だから私は、彼女に何度も忠告した。」


「何を?」


「レオンを止めろ、と。」


 レオンが顔をしかめる。


「なぜだ?」


「君の改革は危険だった。」


「物流を変えるだけだ。」


「違う。」


 カイルは首を振る。


「君は物流を変えようとした。」


「だが、その先には――」


「国の金の流れを変える未来があった。」


「……。」


「君はそれに気づいていなかった。」


 アルトは父を見る。


「父さん。」


「……ああ。」


「当時、本当にそこまで考えていた?」


 レオンは首を振る。


「考えていなかった。」


「私は、商人が無駄なく商売できる仕組みを作りたかっただけだ。」


 カイルが言った。


「それが問題だった。」


「なぜ?」


「国の金が動く仕組みを変えるということは、権力者の利益も変える。」


「だから潰された。」


「そうだ。」


 アルトは少し考える。


「じゃあ、母さんは?」


「彼女は私たちの計画を知った。」


「そして、止めようとした。」


「母さんが?」


「ああ。」


「どうやって?」


 カイルは答えない。


 アルトは一歩近づいた。


「教えてください。」


「……。」


「僕は母さんのことを知りたい。」


 カイルはしばらくアルトを見つめた。


 やがて。


「君の母親は、私に一つの条件を出した。」


「条件?」


「レオンを傷つけないこと。」


 レオンが息を呑む。


「セシリアが……。」


「彼女は最後まで君を守ろうとしていた。」


 カイルは続ける。


「だが、アーク・レギオンの全員を止めることはできなかった。」


「だから彼女は、別の方法を選んだ。」


「何をしたんです?」


「情報を隠した。」


 アルトは眉を寄せる。


「情報?」


「十年前の事件の証拠を、王都の外へ持ち出した。」


「そして、その情報を三つに分けた。」


「三つ?」


「ああ。」


 カイルは机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。


「一つは、物流。」


「一つは、金。」


「そして最後の一つは――人。」


「人?」


「誰が誰と繋がっているのか。」


「貴族。」


「商人。」


「官僚。」


「王族。」


「その全ての関係を記した情報だ。」


 アルトは息を呑んだ。


「それを、母さんが?」


「ああ。」


「どこに隠したんです?」


「分からない。」


「あなたでも?」


「彼女は私にも教えなかった。」


「なぜ?」


「信用していなかったからだ。」


 カイルは苦笑した。


「正確には、私を信用していたからこそ、教えなかった。」


「どういう意味です?」


「私が知れば、組織に知られる可能性があった。」


「だから、彼女は私にも秘密にした。」


 アルトは黙り込む。


 母セシリア。


 自分が知っている母は、優しくて穏やかな女性だった。


 だが。


 その裏で、国の未来を左右する情報を隠していた。


「母さんは……。」


 アルトが呟く。


「僕が生まれる前から、そんなことをしていたんですか?」


「そうだ。」


「じゃあ。」


 アルトはカイルを見る。


「僕が生まれたことにも、意味があった?」


「……。」


 カイルは答えなかった。


 その沈黙が、答えだった。


「どういう意味です?」


「それは、私から話すことではない。」


「じゃあ誰が?」


「君の母親だ。」


「母さんは今……。」


 アルトは言葉を止めた。


 セシリアは生きている。


 だからこそ。


「直接聞けばいい。」


 カイルが言った。


「母親に。」


 レオンが驚く。


「まさか……。」


「彼女は今、王都にいる。」


「……。」


 アルトは目を見開いた。


「母さんが?」


「近いうちに、君たちの前に現れる。」


 アルトは息を呑んだ。


 その瞬間。


 扉が開いた。


「その必要はないわ。」


 聞き覚えのある声。


 アルトが振り返る。


 そこに立っていたのは――。


「母さん……?」


 セシリアだった。


 アルトの知っている、いつもの母。


 だが。


 その目は、今まで見たことがないほど真剣だった。


「アルト。」


「どうして……ここに?」


「あなたがここへ来ることは、分かっていたわ。」


「……。」


「あなたなら、必ずここまで来ると思っていた。」


 アルトは言葉を失う。


 レオンも動けない。


「セシリア。」


 レオンがようやく声を出した。


「なぜ何も話してくれなかった?」


「あなたを巻き込みたくなかったから。」


「私はもう巻き込まれている。」


「ええ。」


 セシリアは静かに頷く。


「だから、今度こそ全部話します。」


 アルトが尋ねる。


「母さん。」


「何?」


「十年前の事件。」


「あなたは、どこまで知っていたの?」


 セシリアは少しだけ目を伏せた。


「ほとんど全部。」


「そして――。」


 アルトは続ける。


「僕が生まれた理由も?」


 セシリアの表情が変わった。


「……アルト。」


「答えて。」


 部屋に沈黙が落ちる。


 やがて、セシリアはゆっくり口を開いた。


「あなたは、私たちが最後に残した希望だった。」


「希望……?」


「ええ。」


「あなたが生まれたことで、私たちは一つの計画を完成させることができた。」


 アルトは息を呑む。


「計画?」


 セシリアは静かに微笑んだ。


「営業よ。」


「……営業?」


「そう。」


「あなたが今、やっていること。」


 アルトの背筋に、冷たいものが走った。


「あなたは――。」


 セシリアが言った。


「私たちが十年前に始めた改革を、完成させるために生まれたのよ。」


 アルトは言葉を失った。


 父レオン。


 母セシリア。


 そして、自分。


 十年前から続いていた物流改革。


 それは、まだ終わっていなかった。


 むしろ。


 今、アルトの手によって再び動き始めたのだ。


営業メモ①⓪⑨


「長期的な営業では、目の前の商談だけを見るのではなく、相手との関係がどのように積み上がってきたのかを理解することが重要。過去の取引、相手の目的、失敗した理由まで把握すれば、現在の交渉で本当に必要なものが見えてくる。『今だけ売る』のではなく、『未来まで続く関係を設計する』。それが長期的な営業戦略である。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百十一話「営業課長、母が隠していた最後の秘密」


母セシリアが語り始めた、十年前の真実。


「あなたが生まれたことには、理由がある。」


アルトは、母が残した三つの情報のうち二つがすでに動き始めていることを知る。


物流。


金。


そして――人。


「最後の情報だけは、絶対にアーク・レギオンに渡してはいけない。」


しかし、その情報を隠している場所を知っているのは、セシリアだけではなかった。


そしてアルトの前に現れた、一枚の古い手紙。


そこには――。


『アルトへ』


自分がまだ生まれる前に書かれた、母からの手紙だった。

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