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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百九話 営業課長、アーク・レギオンの頂点へ


 王都の外れ。


 古い石造りの建物の前に、アルトたちは立っていた。


 表には看板がない。


 人の出入りもほとんどない。


 だが、その周囲には明らかに普通ではない警備が配置されている。


「ここが……アーク・レギオンの本拠地?」


 マルクが小声で尋ねた。


「ああ」


 案内役の男が答える。


「ここから先は、余計なことをするな」


「余計なこと?」


「勝手に動くな。勝手に触るな。そして――」


 男はアルトを見る。


「勝手に商談を始めるな」


 アルトは少し考えた。


「それは難しいですね」


「なぜだ?」


「営業課長なので」


 レオンがため息をつく。


「もう諦めろ」


 エリシアが小さく笑った。


「アルトらしいです」


 男は呆れたように首を振った。


「本当に、この状況で笑えるのか?」


「笑える時に笑っておいたほうがいいですよ」


 アルトは建物を見上げる。


「これから何が起こるか分かりませんから」


 重い扉が開く。


 一行は建物の中へ入った。


 薄暗い廊下。


 壁には、いくつもの古い地図が飾られている。


 王都。


 周辺領地。


 街道。


 河川。


 そして――物流拠点。


「……これ」


 アルトが足を止めた。


「何だ?」


 レオンが振り返る。


「王都の物流網です」


 壁一面に貼られた地図。


 そこには商会の名前だけでなく、倉庫の位置、街道の状態、河川の水深まで細かく記されている。


「こんなものまで……」


 マルクが驚く。


「十年以上かけて集めた情報だ」


 案内役の男が答えた。


「十年以上?」


「ああ」


 アルトは地図を見る。


「ということは、この組織は十年前にできたわけじゃない」


「当然だ」


「もっと前から存在していた?」


「そういうことだ」


 アルトは地図の一部分を指差した。


「ここ」


「何だ?」


「この倉庫、今は使われていませんよね?」


 男の表情が変わった。


「……なぜ分かる?」


「この地図だけ、情報が古いんです」


 アルトは別の場所を指す。


「こっちは最近更新されている」


「でも、ここだけ十年前の情報が残っている」


「つまり、昔の情報を意図的に保存している」


 男は黙った。


 アルトは笑う。


「面白いですね」


「君は、本当に何でも見るな」


 ヴィクトルが苦笑した。


「営業では普通ですよ」


「私には普通に見えない」


 やがて一行は、巨大な扉の前へ到着した。


「ここから先だ」


 案内役が扉を開く。


 広い部屋だった。


 中央には長い机。


 壁には大量の資料。


 そして、その奥。


 一人の男が座っていた。


 年齢は五十代半ば。


 黒い服を着ている。


 派手な装飾は何もない。


 だが、その男がそこにいるだけで、部屋の空気が変わった。


「ようこそ」


 男が口を開く。


「アルト・レインハルト」


 アルトは警戒しながら前へ出る。


「あなたが、アーク・レギオンの代表ですか?」


「代表という言い方は正しくない」


「では?」


「管理者だ」


「なるほど」


 男は微笑んだ。


「君は怖くないのか?」


「怖いですよ」


「そうは見えない」


「怖いから、相手を観察しています」


 男は少し笑った。


「ヴィクトルから聞いていた通りだ」


「僕のことを?」


「ああ」


 アルトは眉を寄せる。


「いつから?」


「君が王都へ来る前からだ」


 レオンが一歩前へ出る。


「なぜ、息子を知っている?」


 男はレオンを見る。


「久しぶりだな、レオン」


「……」


 レオンの顔から表情が消えた。


「お前……」


「私を覚えているか?」


「当然だ」


 レオンの声が低くなる。


「十年前、私を追い詰めた連中の中に、お前がいた」


「その通りだ」


「なぜだ?」


「君が邪魔だったからだ」


「……」


 アルトが二人の間に入る。


「父さん」


「アルト」


「僕に話させてください」


 レオンは少し迷った後、下がった。


 アルトは男を見る。


「名前を教えてください」


「カイル・ヴァレン」


「カイルさん」


「何だ?」


「母さん――セシリアを知っているんですよね?」


 その瞬間。


 部屋の空気が変わった。


 カイルは静かにアルトを見る。


「……ああ」


「どんな関係ですか?」


「昔、彼女と取引をしていた」


「商売?」


「それだけではない」


「では?」


 カイルは少しだけ目を伏せた。


「友人だった」


 レオンが驚く。


「友人?」


「ああ」


「セシリアが、お前と?」


「そうだ」


「信じられない」


「そうだろうな」


 カイルはアルトを見る。


「君の母親は、非常に頭のいい女性だった」


「商売が?」


「人を見る目があった」


「そして、未来を見る目もあった」


 アルトは黙って聞いている。


「彼女は十年前の事件が起こる前から、私たちの動きを警戒していた」


「じゃあ、母さんはアーク・レギオンを知っていた?」


「知っていた」


 アルトの目が鋭くなる。


「どこまで?」


「ほとんど全てだ」


「……」


「だから私は、彼女に何度も忠告した」


「何を?」


「レオンを止めろ、と」


 レオンが顔をしかめる。


「なぜだ?」


「君の改革は危険だった」


「物流を変えるだけだ」


「違う」


 カイルは首を振った。


「君は物流を変えようとした」


「だが、その先には――」


「国の金の流れを変える未来があった」


 レオンは黙った。


「君は、それに気づいていなかった」


 アルトは父を見る。


「父さん」


「……ああ」


「当時、本当にそこまで考えていた?」


 レオンは首を振った。


「考えていなかった」


「私は、商人が無駄なく商売できる仕組みを作りたかっただけだ」


 カイルが言う。


「それが問題だった」


「なぜ?」


「国の金が動く仕組みを変えるということは、権力者の利益も変える」


「だから潰された」


「そうだ」


 アルトは少し考える。


「じゃあ、母さんは?」


「彼女は私たちの計画を知った」


「そして、止めようとした」


「母さんが?」


「ああ」


「どうやって?」


 カイルは答えない。


 アルトは一歩近づく。


「教えてください」


「……」


「僕は母さんのことを知りたい」


 カイルはしばらくアルトを見つめた。


 やがて。


「君の母親は、私に一つの条件を出した」


「条件?」


「レオンを傷つけないこと」


 レオンが息を呑む。


「セシリアが……」


「彼女は最後まで君を守ろうとしていた」


 カイルは続ける。


「だが、アーク・レギオンの全員を止めることはできなかった」


「だから彼女は、別の方法を選んだ」


「何をしたんです?」


「情報を隠した」


 アルトは眉を寄せる。


「情報?」


「十年前の事件の証拠を、王都の外へ持ち出した」


「そして、その情報を三つに分けた」


「三つ?」


「ああ」


 カイルは机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。


「一つは、物流」


「一つは、金」


「そして最後の一つは――人」


「人?」


「誰が誰と繋がっているのか」


「貴族」


「商人」


「官僚」


「王族」


「その全ての関係を記した情報だ」


 アルトは息を呑む。


「それを、母さんが?」


「ああ」


「どこに隠したんです?」


「分からない」


「あなたでも?」


「彼女は私にも教えなかった」


「なぜ?」


「信用していなかったからだ」


 カイルは苦笑した。


「正確には、私を信用していたからこそ、教えなかった」


「どういう意味です?」


「私が知れば、組織に知られる可能性があった」


「だから、彼女は私にも秘密にした」


 アルトは黙り込む。


 母セシリア。


 自分が知っている母は、優しくて穏やかな女性だった。


 だが、その裏で国の未来を左右する情報を隠していた。


「母さんは……」


 アルトが呟く。


「僕が生まれる前から、そんなことをしていたんですか?」


「そうだ」


「じゃあ」


 アルトはカイルを見る。


「僕が生まれたことにも、意味があった?」


 カイルの表情が変わった。


「……アルト」


「答えて」


 長い沈黙。


 やがて、カイルは静かに口を開いた。


「それは、私から話すことではない」


「じゃあ誰が?」


「君の母親だ」


「母さんは今……」


 アルトは言葉を止めた。


 セシリアは生きている。


 だからこそ。


「直接聞けばいい」


 カイルが言った。


「母親に」


 レオンが驚く。


「まさか……」


「彼女は今、王都にいる」


「……」


 アルトは目を見開く。


「母さんが?」


「近いうちに、君たちの前に現れる」


 その時。


 扉が開いた。


「その必要はないわ」


 聞き覚えのある声。


 アルトが振り返る。


 そこに立っていたのは――。


「母さん……?」


 セシリアだった。


 アルトの知っている、いつもの母。


 だが。


 その目は、今まで見たことがないほど真剣だった。


「アルト」


「どうして……ここに?」


「あなたがここへ来ることは、分かっていたわ」


「……」


「あなたなら、必ずここまで来ると思っていた」


 アルトは言葉を失う。


 レオンも動けない。


「セシリア」


 レオンがようやく声を出した。


「なぜ何も話してくれなかった?」


「あなたを巻き込みたくなかったから」


「私はもう巻き込まれている」


「ええ」


 セシリアは静かに頷いた。


「だから、今度こそ全部話します」


 アルトが尋ねる。


「母さん」


「何?」


「十年前の事件」


「あなたは、どこまで知っていたの?」


 セシリアは少しだけ目を伏せた。


「ほとんど全部」


「そして――」


 アルトは続ける。


「僕が生まれた理由も?」


 セシリアの表情が変わった。


「……アルト」


「答えて」


 部屋に沈黙が落ちる。


 やがて、セシリアはゆっくり口を開いた。


「あなたが生まれたことには、理由があるわ」


 アルトは息を呑む。


「あなたは、私たちが最後に残した希望だった」


「希望……?」


「ええ」


「あなたが生まれたことで、私たちは一つの計画を完成させることができた」


 アルトは目を見開く。


「計画?」


 セシリアは静かに微笑んだ。


「営業よ」


「……営業?」


「そう」


「あなたが今、やっていること」


 アルトの背筋に、冷たいものが走った。


「あなたは――」


 セシリアが言った。


「私たちが十年前に始めた改革を、完成させるために生まれたのよ」


 アルトは言葉を失った。


 父レオン。


 母セシリア。


 そして、自分。


 十年前から続いていた物流改革。


 それは、まだ終わっていなかった。


 むしろ。


 今、アルトの手によって再び動き始めたのだ。



営業メモ①⓪⑧


「大きな商談では、目の前の条件だけを見るのではなく、相手が何を恐れ、何を守ろうとしているのかを見抜くことが重要。相手の本音を理解できれば、敵対関係にあった相手とも共通の目的を見つけられる。交渉とは、相手を負かすことではなく、双方が動ける条件を作ることでもある。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百十話「営業課長、母の過去を知る」


母セシリアが語り始めた、十年前の真実。


「あなたが生まれたことには、理由がある」


アルトは、母が隠していた三つの情報の存在を知る。


物流。


金。


そして――人。


「最後の情報だけは、絶対にアーク・レギオンに渡してはいけない」


しかし、その情報を隠している場所を知っているのは、セシリアだけではなかった。


そしてアルトの前に現れた、一枚の古い手紙。


そこには――。


『アルトへ』


自分がまだ生まれる前に書かれた、母からの手紙だった。

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