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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百六話 営業課長、十年前の商談記録を読む


 王都中央倉庫から脱出したアルトたちは、城壁近くにある古い商人用の倉庫へ身を隠していた。


 地下通路を抜けたことで、追手からはひとまず逃れられた。


 だが――。


 問題は何一つ解決していない。


 むしろ、増えている。


「……これ、どうする?」


 マルクが机の上に置かれた帳簿を見る。


「読むしかないでしょう。」


 アルトは椅子に座った。


 目の前には、十年前の物流記録。


 父レオンの名前。


 そして、最後のページに残された謎の署名。


「父さん。」


「何だ?」


「本当に、この人物を知っているの?」


 レオンは帳簿を見つめた。


 しばらくして、ゆっくり首を横に振る。


「名前は知っている。」


「でも、関わってはいけない。」


「どうして?」


「その人物が……」


 レオンは言葉を止めた。


「私が十年前、最も警戒していた相手だからだ。」


 アルトは眉を上げる。


「誰?」


 レオンは帳簿の一ページを指差した。


「ヴィクトル・アーデン。」


 その名前を聞いた瞬間。


 グレイヴの顔が強張った。


「……まだ生きているのか。」


 アルトはすぐに反応した。


「グレイヴさん、知っているんですね?」


「知っている。」


「何者です?」


「大商会の代表だ。」


「それだけ?」


「いや。」


 グレイヴは静かに答えた。


「王都の商業組織を裏から動かしていた男だ。」


 アルトは帳簿をめくる。


 ヴィクトル・アーデン。


 その名前の横には、金額と物資の数量。


 そして一つの言葉。


『中央倉庫改革案、承認』


「……これ。」


 アルトが指を止める。


「父さんの改革案と同じです。」


 レオンが頷く。


「そうだ。」


「でも、ここにはヴィクトルの署名がある。」


「なぜ?」


「分からない。」


 アルトはさらにページをめくった。


「ちょっと待って。」


 古い紙の束の間に、別の紙が挟まっている。


 表紙には何も書かれていない。


 アルトが慎重に開く。


「商談記録……。」


 日付は十年前。


 場所は王都中央倉庫。


 参加者。


 レオン・レインハルト。


 ヴィクトル・アーデン。


 グレイヴ・ハルトマン。


 そして――。


 もう一人。


「……セルジュ・アルベルト。」


 ダニエルが息を呑んだ。


「セルジュ……。」


 アルトは記録を読み始める。


『第一回協議。


 王都における物流効率化について協議。


 レオン・レインハルトより、中央倉庫を中心とした新物流網の構築案が提示された。』


「やっぱり。」


 アルトが呟く。


「父さんの改革案だ。」


 レオンは黙って聞いている。


『ヴィクトル・アーデンより、商会側の協力を条件に、物流網の統一管理を提案。』


「商会側の協力?」


 マルクが首を傾げる。


「つまり、父さんの改革に商会を参加させようとした?」


「そう見えるな。」


 レオンが答える。


 アルトは続きを読む。


『レオン・レインハルトは、商会による独占を防ぐため、複数商会による共同運営を提案。』


「父さんらしい。」


 アルトが笑う。


「一社独占を防いだんだ。」


 レオンも少し笑った。


「当時は、それが最善だと思っていた。」


「でも……。」


 アルトは次の行を見る。


『ヴィクトル・アーデン、提案を承認。』


 そして、その下。


『ただし、物流網の最終管理権限は中央倉庫に集約する。』


 アルトの表情が変わった。


「……これが原因だ。」


「何が?」


 エリシアが尋ねる。


「管理権限。」


 アルトは紙を指差す。


「父さんは物流を効率化したかった。」


「でも、ヴィクトルは管理権限を中央倉庫に集めたかった。」


「つまり――。」


 ダニエルが言った。


「物流を握る者が、商売を握る。」


「そういうこと。」


 アルトは頷く。


 物流。


 倉庫。


 輸送。


 それらを一つにまとめれば、国全体の商品の流れを把握できる。


 どの商品が。


 どこから。


 どこへ。


 どれだけ動いているのか。


 その情報を持つ者は、商人にとって圧倒的な力を持つ。


「だから父さんは反対した。」


 アルトが言う。


「そうだ。」


 レオンが答えた。


「物流は国の血管だ。」


「一人の人間が握ってはいけない。」


 アルトは父を見る。


「……今でもそう思う?」


「ああ。」


「なら、僕も同じ考え。」


 レオンは少しだけ笑った。


 だが、記録には続きがある。


『ヴィクトル・アーデンより、別案を提示。』


『中央倉庫の管理権限を一時的に商務院へ移管することで、商会間の利害を調整する。』


 アルトは首を傾げる。


「商務院?」


「そうだ。」


 グレイヴが答える。


「当時の商務院は、今よりずっと権限が強かった。」


「だから、そこへ管理権限を集める?」


「そうだ。」


「でも、それなら商会の独占じゃない。」


「表向きはな。」


 ダニエルが言った。


「問題は、その商務院を誰が動かしていたかだ。」


 アルトは顔を上げる。


「ヴィクトル?」


「違う。」


「じゃあ、誰?」


 ダニエルは答えなかった。


 代わりに、記録を指差した。


「最後まで読め。」


 アルトはページをめくる。


 そこには、手書きの文章が残っていた。


『本件について、最終判断は上位貴族の承認を必要とする。』


「上位貴族……。」


 エリシアが呟く。


「誰なんですか?」


 アルトが尋ねる。


 グレイヴが答えた。


「名前は書かれていない。」


「どうして?」


「意図的に消されたんだ。」


 アルトは紙を裏返す。


 何もない。


「……。」


 しかし。


 紙の端に、薄く残った文字がある。


 アルトは指でなぞった。


「待って。」


「何かある。」


 レオンが近づく。


「見えるか?」


「薄いけど……。」


 アルトは紙を光に透かす。


 浮かび上がった文字。


『A・R』


「A・R……?」


 マルクが首を傾げる。


「誰の名前だ?」


 アルトは考える。


 だが、エリシアが突然口を開いた。


「……それ。」


「どうした?」


「王家の古い文書で見たことがあります。」


 全員がエリシアを見る。


「王家?」


「はい。」


 エリシアは慎重に続ける。


「王家直属の文書には、人物名を直接書かず、頭文字だけで記す場合があります。」


「A・Rということは?」


「王家の関係者の可能性があります。」


 アルトは黙る。


「でも、それだけじゃ誰なのか分からない。」


「そうですね。」


「他に手掛かりは?」


 エリシアは記録を見る。


「この部分。」


「何?」


「ここに『第一王子派』という言葉があります。」


 アルトの目が止まる。


「第一王子派……。」


 レオンの表情が変わった。


「当時、王宮では王位継承を巡って派閥争いが起きていた。」


「父さんは、それに巻き込まれた?」


「そうだ。」


 レオンは静かに答えた。


「私は物流改革だけを考えていた。」


「だが、改革によって利益の流れが変わる。」


「利益の流れが変われば、権力の流れも変わる。」


 アルトは深く息を吐く。


「つまり、父さんの営業活動が政治問題になった。」


「その通りだ。」


 アルトは頭を抱えた。


「……営業って怖い。」


 マルクが頷く。


「今さら?」


「いや、改めて。」


 エリシアが笑う。


「でも、アルトなら大丈夫でしょう。」


「なぜ?」


「営業で国を変えてしまう人ですから。」


「それ、褒めてる?」


「もちろん。」


「ならよかった。」


 少しだけ空気が和らぐ。


 だが。


 アルトは再び記録を見る。


 最後のページ。


 そこに、一つの文章があった。


『レオン・レインハルトが提案した物流改革案について、承認する。』


 署名。


 ヴィクトル・アーデン。


 そして、その下にもう一つ。


『A・R』


 アルトは眉を寄せた。


「これ……。」


「何だ?」


「父さんの改革案を承認したのは、ヴィクトルだけじゃない。」


「A・Rも承認している。」


 レオンが黙る。


「ということは。」


 アルトは考える。


「父さんは、改革案そのものを承認してもらっていた。」


「なのに、その後で失脚した。」


「誰かが途中で内容を変えた?」


 ダニエルが頷く。


「可能性は高い。」


「でも、誰が?」


「それを探すために、俺たちは十年前から動いていた。」


 アルトはダニエルを見る。


「セルジュさんも?」


「ああ。」


「そしてエドガーさんも?」


「ああ。」


「……。」


 アルトは帳簿を閉じた。


「だったら。」


「何だ?」


「まだ終わっていません。」


 ダニエルが笑う。


「その通りだ。」


「十年前の商談記録が残っているなら、次の記録もどこかにある。」


「どこだと思う?」


 アルトは考える。


「中央倉庫にはもうない。」


「なぜ?」


「今回、誰かが僕たちを襲った。」


「つまり、ここにある資料は危険だと知っている。」


「だったら、重要な資料は別の場所に移されているはず。」


「どこへ?」


 アルトは地図を見る。


 王都。


 中央倉庫。


 商務院。


 そして――。


「ヴィクトル・アーデンの商会。」


 ダニエルが頷く。


「俺もそう考えている。」


 レオンが立ち上がる。


「なら、そこへ行こう。」


「待って。」


 アルトが止める。


「何だ?」


「いきなり乗り込んだら、警戒されます。」


「ではどうする?」


 アルトは笑った。


「営業します。」


「……。」


 レオンが頭を抱える。


「またそれか。」


「はい。」


「今回は相手が普通の商人じゃないぞ。」


「だからこそです。」


 アルトは帳簿を抱える。


「相手が欲しいものを見つければいい。」


「ヴィクトルが十年前に欲しかったもの。」


「そして今も欲しいもの。」


 アルトの目が鋭くなる。


「それを持って、商談に行きます。」


 その時。


 倉庫の外から馬車の音が聞こえた。


 アルトが窓から外を見る。


 黒塗りの馬車が一台。


 その扉には、見覚えのある紋章。


「……来客ですね。」


 レオンが窓を見る。


「誰だ?」


 アルトは笑った。


「向こうから来てくれました。」


 馬車から降りてきた男。


 長い外套。


 整えられた髭。


 そして、冷たい笑み。


「ヴィクトル・アーデン……。」


 ダニエルが呟いた。


 男は倉庫の扉の前で立ち止まる。


 そして、ゆっくりと扉を叩いた。


 コン、コン、コン。


「アルト・レインハルト君。」


 外から声がする。


「君と話がしたい。」


 アルトは一瞬だけレオンを見る。


 そして笑った。


「向こうから商談を持ちかけてきましたね。」


 レオンはため息をつく。


「……くれぐれも、命を賭けた商談にはするなよ。」


「努力します。」


 アルトは扉へ向かう。


 十年前、父を利用した男。


 ヴィクトル・アーデン。


 その人物との商談が、今始まろうとしていた。



営業メモ①⓪⑤


「商談では、目の前の商品だけを見るのではなく、その商品が相手にとってどんな意味を持つのかを考えることが重要。今回のように『物流改革』という一つの提案でも、商人にとっては利益、王宮にとっては権力、領主にとっては税収というように、立場によって価値が変わる。相手の視点に立って価値を考えることが、交渉の第一歩になる。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百七話「営業課長、最大の商談相手と対峙する」


十年前、レオンの物流改革を利用した男。


ヴィクトル・アーデンが、アルトの前に現れた。


「君の父親と同じ提案をするつもりか?」


「いいえ。」


「では、何を望む?」


アルトは笑う。


「あなたと同じものです。」


「……何だと?」


物流。


利益。


そして、情報。


営業課長・アルトが仕掛ける、かつてない大型商談。


しかし、その裏では別の人物が動き始めていた。


十年前の事件を操った「A・R」の正体が、ついに明らかになる――。

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