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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百五話 営業課長、父親の過去を知る


 地下保管庫。


 誰も口を開かなかった。


 グレイヴの言葉だけが、重く残っている。


「十年前の事件を始めたのは、お前の父親だ。」


 アルトは、ゆっくりとレオンを見る。


「……父さん。」


「……。」


 レオンは答えない。


 拳を握ったまま、俯いている。


「私は……。」


 やがて、レオンが口を開いた。


「そんなことをした覚えはない。」


 グレイヴは静かにレオンを見る。


「そう言うと思っていた。」


「ならば、なぜ私の名前が出てくる?」


「帳簿を見れば分かる。」


 グレイヴはアルトの持っている帳簿を指差した。


「最後のページだ。」


 アルトは帳簿を開く。


 そこには、十年前の物流記録。


 そして、その下に手書きで残された指示があった。


『王都中央倉庫を経由し、北部へ物資を移送すること』


 その下に名前がある。


 レオン・レインハルト。


「……父さんの名前。」


 アルトが呟く。


 レオンは帳簿を見る。


「確かに私の字だ。」


「じゃあ――。」


「だが、私はこんな指示を書いた覚えはない。」


 アルトは黙った。


「字は間違いなく私のものだ。」


「それなのに覚えていない?」


「ああ。」


 グレイヴが口を挟む。


「十年前のお前は、今とは違った。」


「何が違う?」


「王都の物流網を改革しようとしていた。」


「……。」


「商会ごとにバラバラだった荷物の流れを整理し、中央倉庫を拠点にする。」


「それがお前の計画だった。」


 アルトは驚いた。


「物流改革……。」


 それは、まるで現在の自分が進めている改革と同じだった。


「父さんも、物流改革を?」


 レオンは静かに頷く。


「そうだ。」


「私は昔から、物流の無駄が国を弱くしていると考えていた。」


「商人は利益を求め、領主は税を求める。」


「王宮は安定を求める。」


「それぞれが別々に動けば、必ず無駄が生まれる。」


 アルトは父の言葉を聞きながら、少しだけ胸が熱くなった。


 自分が今考えていることと、ほとんど同じだった。


「じゃあ、父さんは……。」


「お前が今やっていることの基礎を作ったのは、私だ。」


 レオンが苦笑する。


「ただし、私は途中で失敗した。」


 グレイヴが続ける。


「失敗したのではない。」


「利用されたんだ。」


 レオンが顔を上げる。


「どういう意味だ?」


「お前の改革案は、あまりにも大きかった。」


「物流が整理されれば、利益を得る者もいれば、失う者もいる。」


「当然だ。」


「だが、失う利益が大きすぎた。」


 ダニエルが低い声で言った。


「商会だけじゃない。」


「領主も、王宮内部の人間も困った。」


「だから、お前の改革を利用した。」


 アルトが尋ねる。


「どうやって?」


 ダニエルは帳簿を指差した。


「お前の名前で指示書を作った。」


「物流改革のために必要な移送だと思わせて、別の荷物を動かしたんだ。」


 アルトの目が細くなる。


「つまり……。」


「父さんの改革案を利用して、裏の物流網を作った。」


「そういうことだ。」


 レオンが唇を噛む。


「私が……。」


「知らないうちに利用されていた。」


 グレイヴが言った。


「そして問題が発覚した時、帳簿にはお前の名前だけが残った。」


 アルトは帳簿を見つめる。


「だから父さんが責任を負わされた。」


「そうだ。」


「でも、グレイヴさん。」


 アルトが顔を上げる。


「あなたは、それを知っていたんですよね?」


「……ああ。」


「なのに、なぜ父さんを助けなかった?」


 グレイヴは黙った。


「答えてください。」


「助けようとした。」


「でも、できなかった。」


「なぜ?」


「私にも家族がいたからだ。」


 アルトは何も言わない。


「私が証言すれば、私の家族も巻き込まれた。」


「だから黙った。」


「そうだ。」


「……。」


 レオンがグレイヴを見る。


「お前を責める資格は、私にはない。」


「レオン?」


「私も、自分の家族を守るためなら同じ選択をしたかもしれない。」


 グレイヴが目を伏せる。


「だが。」


 レオンは続けた。


「それでも、十年間は長すぎる。」


「……。」


「なぜ今になって話す?」


 グレイヴはアルトを見る。


「君が、同じことを始めたからだ。」


「僕が?」


「君は今、父親と同じように物流を変えようとしている。」


 アルトは黙る。


「中央倉庫。」


「商会との取引。」


「物流網の整理。」


「どれも十年前と似ている。」


「だから、また同じことが起きると思った。」


 アルトはしばらく考える。


 そして、静かに笑った。


「なるほど。」


「何が分かった?」


 グレイヴが尋ねる。


「僕が父さんと同じ道を歩いている。」


「……。」


「でも、一つだけ違います。」


 アルトは帳簿を閉じる。


「僕は一人じゃない。」


 レオンがアルトを見る。


「父さんがいる。」


 エリシアが頷く。


「私もいるよ。」


 マルクも続いた。


「僕も。」


 ダニエルが笑う。


「俺まで数に入れていいのか?」


「もちろん。」


「なら、少しは役に立ってやる。」


 アルトは笑った。


「ありがとうございます。」


 だが、オルフェンは黙っていた。


 アルトは彼を見る。


「オルフェンさん。」


「何だ?」


「あなたは、まだ何か隠していますよね?」


「……。」


「十年前の事件で、あなたは何をしていたんですか?」


 オルフェンは答えない。


 アルトは一歩近づく。


「父さんを失脚させるために動いた。」


「それだけじゃない。」


「違いますか?」


 オルフェンの表情が険しくなる。


「私は命令に従っただけだ。」


「誰の命令です?」


「……。」


「王宮ですか?」


「違う。」


 アルトが目を見開く。


「王宮じゃない?」


「ああ。」


「では、誰です?」


 オルフェンはしばらく黙っていた。


 そして、低い声で言った。


「王宮より上にいる人間だ。」


 全員が固まる。


「王宮より上……?」


 マルクが呟く。


 この国で王宮より上にいる存在。


 それは――。


「まさか。」


 エリシアの顔色が変わる。


「王家……?」


 オルフェンは答えない。


 代わりにグレイヴが口を開いた。


「違う。」


「では、誰?」


「王家の人間ではない。」


「だが、王家に直接影響を与えられる。」


 アルトは考える。


「貴族?」


「一人ではない。」


「複数?」


「ああ。」


 ダニエルが言った。


「十年前の事件は、一人の悪人が起こしたものじゃない。」


「複数の人間が、それぞれの利益のために動いた。」


「その中心にいたのが――。」


 ダニエルが言葉を止める。


「誰です?」


 アルトが尋ねる。


「まだ言えない。」


「なぜ?」


「ここには、聞かれて困る人間がいる。」


 アルトは周囲を見る。


 レオン。


 エリシア。


 マルク。


 オルフェン。


 グレイヴ。


 そしてダニエル。


「……この中に?」


「違う。」


「なら、外にいる?」


「ああ。」


 その瞬間。


 地下保管庫の外から、兵士の声が響いた。


「グレイヴ様!」


「何だ?」


「中央倉庫の周囲に、不審な者たちが侵入しています!」


 グレイヴの表情が変わる。


「人数は?」


「分かりません!」


「目的は?」


「保管庫への侵入と思われます!」


 アルトは帳簿を抱え直した。


「……来ましたね。」


 レオンが尋ねる。


「何がだ?」


「十年前の事件を隠したい人たちです。」


 アルトは静かに言った。


「僕たちが、余計なことを知りすぎたんですよ。」


 ダニエルが笑う。


「その通りだ。」


「じゃあ、どうします?」


「逃げる。」


「簡単に言いますね。」


「なら戦うか?」


「それも困ります。」


 アルトは少し考える。


「グレイヴさん。」


「何だ?」


「この中央倉庫には、別の出口がありますよね?」


 グレイヴが目を見開く。


「なぜそう思う?」


「王都最大の物流拠点です。」


「火事や事故が起きた時、一つの出口しかないなんて考えにくい。」


「……正解だ。」


「裏側に搬出用の地下通路がある。」


「なら、そこから出ましょう。」


 アルトは帳簿を見る。


「ただし、これを持って。」


 レオンが頷く。


「行こう。」


 だが、オルフェンが立ち止まった。


「私は残る。」


 アルトが振り返る。


「なぜ?」


「私がいなくなれば、疑われる。」


「あなた一人で時間を稼ぐつもりですか?」


「そうだ。」


「危険ですよ。」


「構わない。」


 アルトはオルフェンを見る。


 そして――。


「それなら、条件があります。」


「また営業か?」


「はい。」


「何だ?」


「生きて戻ってください。」


 オルフェンが目を丸くする。


「それが条件?」


「はい。」


「戻ってきたら、十年前の事件について全部話してください。」


「……。」


「約束できますか?」


 オルフェンはしばらくアルトを見る。


 やがて、笑った。


「分かった。」


「約束する。」


「商談成立ですね。」


「ああ。」


 アルトたちは地下通路へ向かう。


 レオンが最後に振り返った。


「グレイヴ。」


「何だ?」


「今度こそ、全部話してもらうぞ。」


「分かっている。」


 アルトは父の背中を見る。


 十年前。


 父は何も知らないまま、利用された。


 だが、今度は違う。


 自分がいる。


 仲間がいる。


 そして――。


 営業課長として積み上げてきた経験がある。


「父さん。」


「何だ?」


「一つだけ聞いていい?」


「何だ?」


「十年前の父さんは、今の僕より営業が下手だった?」


「……。」


 レオンが振り返る。


「こんな時に何を聞いている。」


「大事なことです。」


「そういうところは昔から変わらないな。」


「父さんも?」


「私もだ。」


 二人は笑った。


 だが、その背後。


 誰もいなくなった地下保管庫で、オルフェンは一人、扉の前に立っていた。


 そして、近づいてくる足音を聞きながら呟く。


「……十年ぶりか。」


 その手には、古い鍵が握られている。


「今度こそ、決着をつける。」


 王都中央倉庫。


 十年前から続く因縁が、再び動き始めた。


営業メモ⑩④


「営業では、相手から何かを得ることだけが交渉ではない。相手に『こちらと取引する理由』を与えることも重要。今回のアルトのように、相手の利益だけでなく、相手が守りたいものまで考えることで、敵だった相手を協力者に変えることができる。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百六話「営業課長、十年前の商談記録を読む」


地下通路を抜け、中央倉庫から脱出したアルトたち。


しかし、手に入れた帳簿には、まだ隠されたページがあった。


そこに残されていたのは――十年前に行われた一つの「商談」の記録。


「この署名……父さんの字だ。」


そして、その商談相手の名前を見た瞬間。


レオンの顔から血の気が引いた。


「……この人物だけは、絶対に関わってはいけない。」


アルトが追うことになった、十年前の最後の商談。


そこには、現在の王都を揺るがす真実が隠されていた。

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