第百四話 三者面談を始める
地下保管庫。
燃え残った煙が、まだ天井付近に漂っている。
アルトたちの前には、二人の男が立っていた。
一人は、十年前の物流網を調べていたダニエル・クロス。
そしてもう一人は、王宮商務院の紋章を身につけた男。
男はアルトを見下ろしている。
「随分と生意気な子供だな。」
「よく言われます。」
「褒めてはいない。」
「それも、よく言われます。」
マルクが思わず吹き出した。
エリシアも口元を押さえている。
だが、レオンだけは笑っていなかった。
男を睨みつけている。
「お前……。」
レオンが低い声で言った。
「十年前にもいたな。」
「……。」
「私を失脚させるために動いていた連中の中に。」
男の表情が僅かに変わる。
「覚えていたか。」
「ああ。」
「なら話は早い。」
男は一歩前へ出た。
「私は商務院監査官、オルフェン・グラッド。」
「十年前も、王宮側の監査を担当していた。」
アルトは名前を記憶する。
「オルフェンさん。」
「何だ?」
「この帳簿が欲しいんですよね?」
「ああ。」
「なぜですか?」
「王宮の機密文書だからだ。」
「それだけ?」
「それだけだ。」
アルトは首を傾げた。
「嘘ですね。」
オルフェンの眉が動く。
「なぜそう思う?」
「あなたが帳簿そのものを欲しがっているからです。」
「機密文書なら、王宮に保管すればいい。」
「でも、あなたは僕たちが見つけた瞬間に取りに来た。」
「それに……。」
アルトは帳簿を見る。
「この帳簿には、あなたにとって都合の悪い情報がある。」
「根拠は?」
「あなたが焦っているからです。」
沈黙。
オルフェンがアルトを睨む。
「子供のくせに、随分と人を観察する。」
「営業では普通です。」
「営業、営業とうるさいな。」
「すみません。」
アルトは笑った。
「でも、僕にとっては大事なことなので。」
ダニエルが口を挟む。
「アルト。」
「はい。」
「こいつは信用するな。」
「分かっています。」
「……。」
オルフェンがダニエルを見る。
「お前こそ、まだ生きていたのか。」
「お互い様だ。」
「セルジュも死んだ。」
「知っている。」
「エドガーも消えた。」
「……。」
レオンの表情が険しくなる。
「エドガーの名前を出すな。」
「なぜだ?」
「彼は私を裏切ったわけではない。」
「そうだな。」
オルフェンが答えた。
「裏切ったのは、彼ではない。」
レオンが黙る。
「では誰だ?」
「お前だ。」
「何?」
「お前が物流網を調査したことで、全てが壊れた。」
オルフェンは続ける。
「商会同士の利害。」
「領主たちの権益。」
「王宮内部の派閥。」
「それらが複雑に絡んでいた。」
「お前は、それを一つにまとめてしまった。」
アルトが尋ねる。
「だから父を排除した?」
「そうだ。」
レオンの拳が握られる。
「私は不正を暴こうとしただけだ。」
「それが問題だった。」
「正しいことをするのがか?」
「正しいだけでは国は動かない。」
オルフェンの声が冷たくなる。
「利益が必要だ。」
「権力が必要だ。」
「誰かが得をすれば、誰かが損をする。」
「それを理解できなかったのがお前だ。」
アルトは黙って聞いていた。
そして――。
「一つ、質問があります。」
「何だ?」
「十年前の物流網。」
「誰が一番利益を得ていたんですか?」
オルフェンは答えない。
「商会ですか?」
「それとも領主?」
「王宮?」
「あるいは――。」
アルトは一歩前に出る。
「全部を繋いでいた誰か?」
オルフェンの目が細くなる。
「……お前は、本当に厄介な子供だな。」
「ありがとうございます。」
「褒めていない。」
「それも聞きました。」
マルクがまた吹き出す。
「お前、今笑っている場合じゃないぞ。」
レオンが呆れた顔をする。
「すみません。」
アルトは帳簿を開いた。
「じゃあ、答え合わせをしましょう。」
「何?」
「この帳簿には、たくさんの商会名があります。」
「はい。」
「でも、最終的な荷物の行き先は、ほとんど同じ。」
「王都中央倉庫。」
「そうだ。」
「さらに、その荷物の一部は王宮へ運ばれている。」
「……。」
「つまり、物流そのものを管理できる人間が一番利益を得る。」
アルトはオルフェンを見る。
「違いますか?」
「推測だ。」
「では、確認します。」
「何を?」
「あなたは十年前、王都中央倉庫の管理権限を持っていましたか?」
オルフェンは沈黙した。
ダニエルが笑う。
「答えられないらしい。」
「黙れ。」
「図星か?」
「……。」
アルトはさらに続ける。
「じゃあ、もう一つ。」
「現在の中央倉庫で使われている古い管理番号。」
「誰が継続を決めたんですか?」
「知らない。」
「でも、あなたは知っている。」
「なぜ?」
「さっきから、否定する時だけ答えが早いからです。」
オルフェンの顔が険しくなる。
アルトは心の中で確信する。
この男は何かを知っている。
だが、まだ核心には触れていない。
「オルフェンさん。」
「何だ?」
「僕から提案があります。」
「提案?」
「はい。」
アルトは帳簿を閉じた。
「この帳簿を、あなたに渡します。」
「……本気か?」
「条件があります。」
「何だ?」
「十年前の事件について、知っていることを全部話してください。」
「そんな条件、飲めるわけがない。」
「では、帳簿は渡しません。」
「お前に選択権があると思っているのか?」
オルフェンが腰の剣に手を伸ばす。
レオンがすぐに前へ出る。
「触るな。」
「……。」
空気が張り詰める。
アルトは慌てなかった。
「オルフェンさん。」
「何だ?」
「剣を抜く必要はありません。」
「なぜだ?」
「あなたは帳簿が欲しい。」
「僕たちを傷つければ、帳簿を手に入れられなくなる。」
「だから、剣を抜く理由がありません。」
オルフェンは手を止めた。
アルトは続ける。
「それに。」
「あなたは、ここで僕たちを殺すつもりもない。」
「なぜなら、死体が出れば王宮の調査が入る。」
「そうなれば、十年前の記録まで調べられる可能性がある。」
オルフェンの顔が固まった。
「……。」
「だから、あなたは僕たちを脅しているだけ。」
「違いますか?」
オルフェンはゆっくり手を離した。
「本当に……嫌な子供だ。」
「ありがとうございます。」
「だから褒めていない。」
「分かっています。」
ダニエルが笑った。
「アルト。」
「はい?」
「お前、俺よりよっぽど商談がうまいな。」
「営業課長ですから。」
「それ、便利な言葉だな。」
だが、その時。
保管庫の外から複数の足音が聞こえてきた。
オルフェンが振り返る。
「……何だ?」
ダニエルの表情も変わった。
「おかしい。」
「どうした?」
「俺は誰にも連絡していない。」
レオンが剣に手をかける。
「なら、誰だ?」
扉の向こうから声がした。
「オルフェン様!」
オルフェンの顔色が変わる。
「何だ?」
「大変です!」
「何があった?」
「王宮から緊急命令が出ています!」
「内容は?」
「中央倉庫の封鎖です!」
アルトは目を細める。
「……封鎖?」
「はい!」
「誰の命令だ?」
扉の向こうから返事が返ってくる。
「商務顧問、グレイヴ・ハルトマン様です!」
全員が黙った。
アルトはレオンを見る。
レオンの表情が険しくなる。
「グレイヴ……。」
アルトは考える。
グレイヴは十年前の物流網を知っている。
オルフェンも知っている。
ダニエルも知っている。
そして今、グレイヴが中央倉庫を封鎖した。
「……変ですね。」
アルトが呟く。
「何がだ?」
オルフェンが聞く。
「あなたは帳簿を欲しがっている。」
「グレイヴさんは倉庫を封鎖した。」
「でも、二人とも同じ目的なら、もっと早く連携するはずです。」
「……。」
「つまり。」
アルトは二人を見る。
「あなたたちは、同じ側じゃない。」
ダニエルが頷く。
「その通りだ。」
「俺たちは十年前から敵だった。」
オルフェンが睨む。
「勝手なことを言うな。」
「事実だ。」
アルトは二人を交互に見る。
「じゃあ、グレイヴは?」
ダニエルが答えた。
「グレイヴは……。」
その時。
扉の向こうから、別の声が響いた。
「私が答えよう。」
扉が開く。
そこに立っていたのは――。
グレイヴ・ハルトマン。
「グレイヴ……。」
レオンが呟く。
グレイヴは静かにアルトを見る。
「久しぶりだな、アルト。」
「昨日会いましたけど。」
「そうだったな。」
グレイヴは苦笑する。
「だが、今日は少し違う。」
「何がです?」
「君に話さなければならないことがある。」
アルトは警戒する。
「何を?」
「十年前の事件についてだ。」
レオンが一歩前へ出る。
「今さら何を話す?」
「レオン。」
グレイヴは静かに言った。
「私は、お前を裏切ったわけではない。」
「……。」
「だが、お前を守ることもできなかった。」
レオンの目が揺れる。
「なぜ?」
「私にも、守らなければならないものがあった。」
「それは何だ?」
グレイヴは答えなかった。
代わりにアルトを見る。
「君の母親だ。」
アルトの表情が変わる。
「……母さん?」
レオンも驚く。
「セシリアを知っているのか?」
グレイヴは頷いた。
「もちろんだ。」
「彼女は十年前の事件を知っていた。」
アルトは息を呑む。
自分が知らなかった過去。
父と母。
そして十年前の物流網。
全てが一本の線になろうとしていた。
だが――。
「待ってください。」
アルトが言った。
「だったら、どうして今まで黙っていたんですか?」
グレイヴは答えた。
「怖かったからだ。」
「あなたが?」
「ああ。」
「何が怖いんです?」
グレイヴはアルトを見つめる。
「君の家族が、もう一度狙われることだ。」
アルトは黙る。
その瞬間。
ダニエルが低い声で言った。
「違う。」
グレイヴが振り返る。
「何が違う?」
「お前が恐れているのは、レオンの家族じゃない。」
「自分自身だ。」
グレイヴの表情が変わる。
「十年前。」
ダニエルは続けた。
「最後に帳簿を持っていたのは、お前だった。」
地下保管庫に沈黙が落ちた。
アルトはゆっくりグレイヴを見る。
「……本当ですか?」
グレイヴは答えない。
「グレイヴさん。」
「……。」
「十年前に消えた最後の帳簿。」
「あなたが持っていたんですか?」
長い沈黙の後。
グレイヴは静かに口を開いた。
「そうだ。」
アルトの目が見開かれる。
「では――。」
「十年前の事件の本当の始まりを、私は知っている。」
グレイヴが言った。
「そして、その事件を始めた人間の名前も。」
アルトは息を呑む。
「誰ですか?」
グレイヴはレオンを見る。
「お前の父親だ。」
地下保管庫の空気が凍った。
レオンは何も言わない。
アルトも動けない。
やがてレオンが静かに口を開いた。
「……私が?」
グレイヴは頷く。
「そうだ。」
十年間、誰も知らなかった真実。
その扉が、ついに開こうとしていた。
営業メモ⑩③
「交渉では、相手の言葉だけではなく『何を言わないのか』にも注目する。質問に対する沈黙、話題を避ける反応、急に変わる態度には、重要な情報が隠れていることがある。相手の発言だけを聞くのではなく、反応全体を見ることが、交渉を有利に進める鍵になる。」
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次回予告 第百五話「営業課長、父親の過去を知る」
「十年前の事件を始めたのは、お前の父親だ。」
グレイヴの衝撃的な告白。
しかし、レオンにはまったく覚えがない。
「私は、そんなことをしていない。」
「ならば、なぜ帳簿にはお前の名前がある?」
十年前の帳簿に残された、レオンの名前。
そして、その横に記された一つの指示。
それは、物流改革の始まりを示すものだった。
アルトは父親の過去と向き合うことになる。
営業課長が次に挑むのは――自分の父親自身だった。




