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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第百三話 営業課長、地下倉庫で商談する


 地下保管庫。


 閉ざされた扉の向こうから、低い男の声が響いていた。


「その帳簿を渡せ。」


 アルトは手にした古い帳簿を見つめる。


 十年前に消えたはずの物流記録。


 そして、その最後のページには、現在の物流改革に関係する人物の名前が記されている。


 これを渡すわけにはいかない。


「分かりました。」


 アルトが答える。


「……分かった?」


 男の声が少しだけ戸惑う。


「はい。」


「なら、こちらへ渡せ。」


「その前に、一つだけ聞かせてください。」


「何だ?」


「なぜ、この帳簿が必要なんですか?」


 沈黙。


 アルトは笑った。


「理由が分からないと、売れませんから。」


「お前……。」


 男の声に苛立ちが混じる。


「こんな状況で、まだ商売の話をするのか?」


「こんな状況だからこそです。」


 アルトは帳簿を抱え直した。


「相手が何を欲しがっているのか分かれば、交渉できます。」


「交渉だと?」


「はい。」


「俺がお前たちを閉じ込めているのに?」


「でも、あなたは僕たちを殺していません。」


 男が黙る。


「本当に帳簿だけが目的なら、火事に見せかけて全員を閉じ込めることもできたはずです。」


「でも、あなたは声をかけてきた。」


「つまり、帳簿を確実に手に入れたい。」


 アルトの目が鋭くなる。


「それだけ大事なものなんですよね?」


 再び沈黙。


 レオンが小声で言う。


「アルト、相手を刺激するな。」


「大丈夫。」


 アルトは答えた。


「営業ですから。」


「今の状況を営業と言えるお前が怖いよ……。」


 マルクが呟く。


 その時だった。


 地下保管庫の奥から、木材が崩れる音がした。


 炎が少しずつ広がっている。


「まずい。」


 ロイドが叫ぶ。


「このままだと煙が充満する!」


 エリシアが扉を確認する。


「扉は開かない!」


「鍵は?」


「外側から閉められているみたい。」


 アルトは周囲を見る。


 棚。


 帳簿。


 古い木箱。


 そして、天井近くにある小さな換気口。


「……。」


「どうした?」


 レオンが尋ねる。


「出口は一つじゃない。」


 アルトが換気口を指差す。


「でも、あんな小さい穴じゃ無理だろ。」


「人は無理です。」


 アルトは周囲を見る。


「でも、煙は出せる。」


「どうするの?」


 エリシアが尋ねる。


「まず火を小さくする。」


 マルクが水を持ってくる。


「これで足りますか?」


「全部は無理です。」


「でも、延焼を止めるには十分。」


 アルトは燃えている棚の周囲を確認する。


「レオン、ここをお願いします。」


「ああ。」


「マルクは反対側。」


「分かった。」


「エリシアはロイドさんと帳簿を運んでください。」


「了解。」


 四人が動き始める。


 火は完全には消えない。


 だが、広がる速度は落ちた。


 アルトは換気口を見る。


「これならいける。」


 近くにあった木箱を積み上げる。


「何をする?」


 レオンが尋ねる。


「換気口を開けます。」


「届くのか?」


「あと少し。」


 アルトが木箱の上に乗る。


 手を伸ばす。


 しかし、あと少し届かない。


「アルト!」


 エリシアが叫ぶ。


「無理しないで!」


「大丈夫。」


 アルトはもう一段、箱を積み上げる。


 ギシッ。


 箱が揺れる。


「危ない!」


 レオンが支える。


「よし。」


 アルトの手が換気口に届いた。


 古い金具を外す。


 ガタン。


 外から冷たい空気が流れ込んできた。


「開いた!」


 煙が少しずつ外へ流れていく。


 だが、その直後。


 扉の向こうから再び声がした。


「随分と粘るな。」


 アルトは扉を見る。


「あなたも、随分と待ってくれますね。」


「……。」


「逃げるなら、今がチャンスですよ。」


「何?」


「僕たちが死ぬのを待っているわけじゃない。」


「帳簿が欲しい。」


「なら、僕と話をしたほうが早いです。」


 男は黙っている。


 アルトは扉の前へ歩いた。


「あなたは、十年前の物流網を知っていますね?」


「……。」


「セルジュ・アルベルトも知っている。」


 男が反応した。


「そして、王都中央倉庫の古い管理番号も知っている。」


「どうしてそう思う?」


「この倉庫を狙ったからです。」


「……。」


「十年前の記録が、ここにあると知っていた。」


 アルトは続ける。


「つまり、あなたは内部事情を知っている人間です。」


 男が低く笑った。


「よく調べたな。」


「ありがとうございます。」


「褒めてはいない。」


「でも、営業では褒め言葉として受け取ることにしています。」


「……。」


 男がため息をついたような音が聞こえた。


「お前の父親も、昔からそうだった。」


 レオンが反応する。


「私を知っているのか?」


「知っている。」


「誰だ?」


「十年前、お前が追っていた事件の関係者だ。」


 レオンが扉へ近づく。


「名前を言え。」


「今さら名前を聞いてどうする?」


「私には十年間、分からなかったことがある。」


「だからこそ知りたい。」


 男はしばらく黙った。


「……俺は、セルジュと一緒に物流網を調べていた。」


 アルトの目が変わる。


「あなたはセルジュの仲間だった?」


「そうだ。」


「では、なぜ今は僕たちを襲う?」


「襲っているつもりはない。」


「じゃあ、何をしているんです?」


「帳簿を守っている。」


 アルトは眉をひそめる。


「守っている?」


「ああ。」


「僕たちから?」


「違う。」


 男の声が低くなる。


「お前たちが、この帳簿を持って王宮へ戻れば、全員が危険になる。」


 レオンが尋ねる。


「どういう意味だ?」


「この帳簿には、十年前の事件だけじゃない。」


「現在の名前も載っている。」


 アルトは帳簿を見る。


「だから、あなたは燃やそうとした?」


「違う。」


「火をつけたのは俺じゃない。」


 全員が黙る。


「……では、誰が?」


「俺にも分からない。」


「そんな……。」


 マルクが呟く。


 男は続ける。


「俺は、お前たちが帳簿を見つけたことを知った。」


「だから、取り戻しに来た。」


「だが、火をつけたのは別の人間だ。」


 アルトは考える。


 つまり――。


 この男も、帳簿を狙っている。


 しかし、火をつけた人物とは別。


「敵が二組いる。」


 アルトが呟く。


「そういうことだ。」


 男が答える。


「そして、お前たちはその両方から狙われている。」


 アルトは笑った。


「なるほど。」


「何が面白い?」


「商談相手が増えました。」


「……お前、本当に変わっているな。」


「よく言われます。」


 アルトは帳簿を開く。


「では、取引しましょう。」


「何?」


「この帳簿を渡します。」


「条件は?」


「あなたが知っている十年前の情報を全部話してください。」


「それだけか?」


「いいえ。」


 アルトは指を一本立てる。


「もう一つ。」


「何だ?」


「僕たちをここから出してください。」


 男が笑った。


「なるほど。」


「悪くない条件だ。」


「交渉成立ですか?」


「ただし、俺からも条件がある。」


「聞きましょう。」


「帳簿の最後のページだけは、俺にも見せろ。」


 アルトは少し考える。


「分かりました。」


「いいのか?」


「はい。」


 アルトは帳簿を開く。


 最後のページ。


 そこに記された名前。


 アルトはゆっくり読み上げた。


「……エドガー・レインハルト。」


 レオンの顔が凍りついた。


「……エドガー?」


 アルトは父を見る。


「知っている人?」


 レオンは答えない。


 しばらくして、震える声で言った。


「十年前、私を助けてくれた男だ。」


 男が扉の向こうで呟く。


「そうだ。」


「エドガーは、十年前の事件の中心人物だった。」


 アルトは息を呑む。


「どういうこと?」


「彼は裏切ったんじゃない。」


「逆だ。」


「最後まで、真実を守ろうとした。」


 レオンが扉に手をつく。


「なら、なぜエドガーは何も話さなかった?」


「話せなかった。」


「なぜ?」


「家族を守るためだ。」


 アルトは目を伏せる。


 十年前。


 父が失脚した事件。


 消えた帳簿。


 セルジュの死。


 そしてエドガー。


 すべてが、少しずつ繋がっていく。


「では、あなたはエドガーの味方だったんですね。」


「……ああ。」


「名前を教えてください。」


 長い沈黙。


 そして――。


「俺は、ダニエル・クロス。」


 その名前を聞いた瞬間。


 レオンの表情が変わった。


「ダニエル……。」


「久しぶりだな、レオン。」


「生きていたのか。」


「お前もな。」


 二人の間に、十年分の沈黙が流れる。


 アルトは思った。


 自分が追っていたのは、単なる物流の不正ではなかった。


 十年前に引き裂かれた人間関係。


 守ろうとした者。


 利用した者。


 そして、今も利益を得ようとしている者。


 その全てが、この物流網の中に残っている。


「ダニエルさん。」


「何だ?」


「あなたが知っていることを教えてください。」


「分かった。」


「ただし、一つだけ覚悟しておけ。」


「何を?」


「真実を知れば、お前の父親も今までの考えを変えなければならなくなる。」


 アルトはレオンを見る。


 レオンは静かに頷いた。


「構わない。」


「十年前の真実なら、今度こそ向き合う。」


 その瞬間。


 扉の鍵が外れる音がした。


 ガチャリ。


 扉が開く。


 そこに立っていたのは、五十代の男。


 そして、その手には王宮商務院の紋章があった。


「ダニエル。」


 男が言う。


「その帳簿を渡せ。」


 ダニエルが振り返る。


「……来たか。」


 アルトは男を見る。


 そして、静かに笑った。


「あなたも、営業相手ですね。」


 男の眉が動く。


「何を言っている?」


「あなたが、この帳簿を欲しがっている理由を聞かせてください。」


 男は答えない。


 アルトは一歩前へ出る。


「理由が分からないと、交渉できませんから。」


 地下保管庫。


 十年前の真実を巡る三者の交渉が、始まろうとしていた。


営業メモ⑩②


「交渉では、相手を一つの『敵』として見るのではなく、誰が何を求めているのかを分けて考えることが重要。相手同士が同じ目的に見えても、実際には利益や事情が違う場合がある。利害関係を整理すれば、対立している相手同士の間でも交渉の余地が生まれる。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第百四話「営業課長、三者面談を始める」


地下保管庫に集まった三人。


アルト。


ダニエル。


そして王宮商務院の男。


十年前の事件を知る者たちが、ついに同じ場所に揃った。


「あなたは、何を守っているんですか?」


「王宮だ。」


「違います。」


アルトは男を見つめる。


「あなたが守っているのは、王宮じゃない。」


「自分の利益でしょう?」


営業課長・アルト。


今度の商談相手は、王宮そのものだった。

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