第百一話 営業課長、消えた商会を追う
北部へ向かう街道を、アルトたちを乗せた馬車が走っていた。
今回の目的は一つ。
十年前の物流網を知る商人、セルジュ・アルベルト。
だが、王都で調べた結果は予想外だった。
アルベルト商会は、三年前に廃業している。
「本当に廃業したんですか?」
アルトが資料を見ながら尋ねる。
「記録上はな。」
レオンが答える。
「商会の建物も売却されている。」
「従業員も解雇。」
「商会としての活動記録もない。」
マルクが首を傾げる。
「じゃあ、セルジュという人も、もう商売していないんじゃないの?」
「普通なら、そう考える。」
アルトは資料を閉じた。
「でも、僕は少し引っかかっています。」
「何が?」
「廃業した理由です。」
「経営不振じゃないの?」
「違います。」
アルトは別の資料を取り出した。
「アルベルト商会は、廃業する前年まで売上が伸びています。」
「……本当だ。」
「しかも、借金もほとんどない。」
「それなのに、突然廃業している。」
エリシアが言った。
「確かに変ね。」
「はい。」
アルトは頷く。
「商売がうまくいっている商会が、突然全部を捨てる。」
「普通は何か理由があります。」
「例えば?」
「誰かに脅された。」
レオンが答えた。
「あるいは、もっと大きな問題に巻き込まれた。」
アルトは窓の外を見る。
「だから、実際に現地へ行って確認します。」
数時間後。
北部の町に到着した。
以前は物流の拠点として栄えていた町だった。
しかし今は、どこか活気がない。
「ここも……。」
アルトが町を見回す。
「物流量が減っていますね。」
「分かるのか?」
マルクが驚く。
「荷馬車の数。」
「倉庫の稼働率。」
「商人の数。」
「全部、以前より少ないです。」
レオンが苦笑する。
「お前は本当に、どこへ行っても商売のことばかりだな。」
「営業課長ですから。」
町の中心にある商人ギルドへ向かう。
アルトは受付で尋ねた。
「アルベルト商会について教えてほしいんですが。」
受付の女性の表情が変わった。
「……アルベルト商会ですか?」
「はい。」
「どうしてですか?」
「セルジュ・アルベルトさんを探しています。」
女性は周囲を見回した。
「ここでは、その名前を出さないほうがいいです。」
アルトの目が細くなる。
「何か問題が?」
「……。」
「知っていることだけで構いません。」
女性はしばらく迷った。
「アルベルト商会は、三年前に廃業しました。」
「それは記録で確認しました。」
「でも……。」
「でも?」
「廃業した後も、荷物が動いていたんです。」
アルトは身を乗り出す。
「どこから?」
「町の北側にある古い倉庫です。」
「アルベルト商会の倉庫?」
「はい。」
「でも、商会は廃業している。」
「そうです。」
「なのに荷物が入っていた?」
「夜だけです。」
アルトとレオンが顔を見合わせる。
「誰が運んでいたんですか?」
「分かりません。」
「荷物の中身は?」
「それも分かりません。」
「ただ……。」
受付の女性が声を落とす。
「十年前と同じ印が付いた箱があったそうです。」
「十年前と同じ印?」
「はい。」
アルトは立ち上がった。
「その倉庫、案内してもらえますか?」
「私は行けません。」
「なぜ?」
「怖いんです。」
「誰がいるんですか?」
「分かりません。」
女性は小さく首を振った。
「でも、あそこに近づいた人間が、何人も町を出ています。」
アルトの表情が変わる。
「……分かりました。」
アルトたちはギルドを出た。
北側の倉庫街。
その一番奥に、古びた建物があった。
「ここか。」
レオンが呟く。
看板は外されている。
窓も塞がれている。
だが――。
「最近、人が出入りしています。」
アルトが地面を見る。
新しい馬車の轍。
「確かに使われていますね。」
レオンが扉を確認する。
「鍵がかかっている。」
「壊しますか?」
マルクが聞く。
「ダメです。」
アルトが即答する。
「勝手に入れば、こちらが悪者になります。」
「じゃあ、どうする?」
「商談です。」
「この状況で?」
「はい。」
アルトは扉を叩いた。
「すみませーん!」
返事はない。
「アルベルト商会の関係者の方、いませんか?」
沈黙。
アルトはもう一度叩く。
「僕たちは敵ではありません。」
すると――。
「帰れ。」
中から声がした。
「話だけでも聞いてください。」
「必要ない。」
「そうですか。」
アルトは少し考える。
「では、一つだけ質問します。」
「何だ。」
「この倉庫、今でも使っていますよね?」
沈黙。
「……。」
「最近、北部から王都へ向かう荷物が増えています。」
「特に夜間。」
「その荷物の一部が、この倉庫を経由している。」
「どうしてそんなことが分かる?」
「荷馬車の轍を見れば分かります。」
「……。」
「僕たちは、その物流網を潰しに来たわけではありません。」
アルトは続けた。
「むしろ、話を聞きたいんです。」
しばらくして。
扉が少しだけ開いた。
中から男が顔を出す。
五十代半ば。
鋭い目をしている。
「誰だ?」
「アルト・レインハルトです。」
「……。」
男の顔色が変わった。
「レインハルト?」
「はい。」
「レオンの息子か?」
レオンが一歩前へ出る。
「私を知っているのか?」
男は答えなかった。
代わりに、ゆっくり扉を開いた。
「入れ。」
倉庫の中。
そこには大量の木箱が積まれていた。
アルトは一つの箱に目を向ける。
「この印……。」
箱の側面には、小さな数字が刻まれている。
「十年前の物流網で使われていた番号です。」
男が頷く。
「そうだ。」
「やっぱり。」
「だが、誤解するな。」
「何を?」
「俺たちは犯罪組織じゃない。」
アルトは笑った。
「最初からそう思ってません。」
「じゃあ、何をしに来た?」
「セルジュ・アルベルトさんに会いたい。」
男が黙った。
「……会ってどうする?」
「話を聞きたい。」
「十年前のことを?」
「はい。」
男はしばらくアルトを見る。
「セルジュは死んだ。」
「……え?」
アルトが固まる。
「三年前だ。」
「病気ですか?」
「違う。」
男の表情が険しくなる。
「殺された。」
空気が凍った。
レオンが低い声で尋ねる。
「誰に?」
「分からない。」
「証拠は?」
「ない。」
「また……。」
アルトは小さく呟く。
十年前と同じ。
証拠がない。
記録がない。
そして、重要な人物が消えている。
「でも、一つだけ残した。」
男が言った。
「セルジュが?」
「ああ。」
「何を?」
男は倉庫の奥へ向かう。
古い木箱を一つ動かす。
その下から、薄い帳簿を取り出した。
「これだ。」
アルトが受け取る。
表紙には何も書かれていない。
中を開く。
物流記録。
だが――。
「これは……。」
アルトの目が見開かれる。
「十年前の記録と、現在の物流が繋がっている。」
「そうだ。」
「セルジュは、ずっと調べていたんですね。」
「ああ。」
アルトはページをめくる。
そこには、王都。
北部。
ヴァルガス商会。
そして王宮。
複数の名前が記されている。
「この人……。」
アルトが一人の名前を指差した。
その瞬間、レオンが息を呑む。
「……そんなはずはない。」
「お父さん?」
「この人物は――。」
レオンの顔が青ざめる。
「十年前、私を助けようとしてくれた人物だ。」
アルトは帳簿を見つめる。
味方だと思っていた人物。
その名前が、秘密の物流網の記録に残っている。
「どういうこと?」
アルトは呟く。
すると、倉庫の外から物音がした。
「誰か来た。」
男が窓を見る。
「まずい。」
「何が?」
「この倉庫を見つけられた。」
外から複数の足音が聞こえる。
アルトは帳簿を閉じた。
「この帳簿、持って帰れますか?」
「無理だ。」
「なら、覚えます。」
「覚える?」
「重要な部分だけ。」
アルトは素早くページをめくる。
名前。
日付。
取引先。
物流経路。
そして――。
一つの共通点。
「……分かった。」
アルトが呟く。
「これ、全部同じ場所を通っています。」
「どこだ?」
「王都中央倉庫。」
レオンの表情が変わる。
「王都中央倉庫?」
「はい。」
「そこは王宮が管理している。」
「だからです。」
アルトは帳簿を閉じる。
「十年前の物流網も。」
「現在の物流網も。」
「最後は全部、そこに繋がっている。」
外から扉を叩く音が響く。
「開けろ!」
アルトはレオンを見る。
「お父さん。」
「何だ?」
「これ、持って帰ります。」
「分かった。」
「そして――。」
アルトは笑った。
「今度こそ、営業で相手の本拠地に乗り込みます。」
レオンが苦笑する。
「王都中央倉庫を相手に営業するのか?」
「はい。」
「相手が断ったら?」
「断られない提案をします。」
アルトは帳簿を抱えた。
十年前から続く謎。
消えた商会。
殺されたセルジュ。
そして、王都中央倉庫へ繋がる物流網。
アルトはまだ知らない。
その倉庫には、十年前に消えたはずの「最後の帳簿」が保管されていることを。
営業メモ⑩⓪
「相手が隠している情報を無理に奪おうとするのではなく、『相手が話してもいい理由』を作ること。営業では、信頼関係ができると、表面的な条件だけではなく、本当の問題や事情を話してもらえるようになる。情報は、力で取るより信頼で引き出すほうが強い。」
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次回予告 第百二話「営業課長、王都中央倉庫に挑む」
十年前の物流網。
現在の秘密の物流網。
その両方が繋がっていた場所――王都中央倉庫。
アルトたちは、そこへ向かうことを決意する。
しかし、王都中央倉庫への立ち入りには厳しい許可が必要だった。
「普通に申請したら?」
「何日かかるか分からない。」
「じゃあ、どうするの?」
アルトは笑った。
「営業します。」
そして始まる、王宮最大の倉庫を相手にした異例の商談。
果たしてアルトは、十年前の真実に辿り着けるのか――。




