第3話 黎明学園
黎明学園初等部。
そこは、日本中の名家、財閥、政治家一族、旧華族の子息令嬢達が集う場所であり、平たく言えば『未来の上流階級養成機関』である。
「まあ、あちらの方……」
「一条家のご令嬢よ」
「今年は鷹司家のご子息もご入学されたとか」
教室に入った瞬間から、あちこちでひそひそ声が飛び交っていた。
明らかに小学一年生の教室で話される会話じゃないのは置いといて。
ちらりと隣を見る。
艶やかな黒髪、吸い込まれそうな紫紺の瞳、息を呑むほど整った顔立ち。
身にまとった黎明のライトグレーの制服が更に品格を際立たせている。
その姿だけ見ればまさしく正真正銘お嬢様なんだけど……
その机の下では膝が小刻みにガクガク震えていた。
「飛鳥様」
「…………」
「飛鳥様?」
「…………宇宙が見えますわ……」
「戻ってきてくださーい、飛鳥様」
「地上約400kmの上空を秒速約7.7kmで飛行し地球を約90分で1周する巨大な有人実験施設が見えますわ……」
「飛鳥様!?本当に戻ってきてください!?」
宇宙ステーションまで飛ばしていたらしい意識が戻ってきたのか飛鳥様がハッと肩を震わせる。
「し、失礼いたしました!」
ガンッ。
飛鳥様の膝が机に直撃した。
「~~~~っ!!」
……なにをやっているんだこの人は。
その時、突然教室の空気が少し変わった。
「鷹司様だわ!」
「本当に今年から黎明に……!」
ざわめくクラスメイトをよそに教室に入ってきた少年を見て、思わず私も背筋を伸ばした。
『鷹司大和』
日本最高峰の名門・鷹司財閥の嫡男。
鷹司財閥といえば、金融・建設・医療・通信・鉄道・ホテルなど幅広く展開している超巨大グループだ。
政財界で鷹司の名を知らない人間はいない、と言われるくらいすごいお家の御曹司だ。
そんなスーパーウルトラお坊ちゃまは周囲の視線など気にも留めず、静かに自席へ向かう。
その間の姿勢、歩き方、所作。
どれを取っても自然で、完成されている。
この少年、本当に小学一年生!?
私が半年間かけて死ぬ気でポンコツ鳩に叩き込んだものを、この人は最初から当たり前のように身につけているんですが。
しかも顔までいい。
……神様、少しこの人に肩入れしすぎじゃありませんか?
え?そんなことない?
入学式終了後、新入生達は先生方に連れられ校内案内を受けていた。
そして私は現在、生まれて初めて『学校』というものに圧倒される経験をしていた。
「広……!」
初等部だけで我が家の敷地何個分あるの!?
校舎は煉瓦造りの洋館風。
高い天井には豪華なシャンデリアが吊るされ、廊下には歴代卒業生の肖像画が並んでいる。
しかもその卒業生達は、
『元総理大臣』
『某大手企業会長』
『海外大使』
『ノーベル賞受賞者』
などなど、とんでもない肩書きばかり。
「舞衣さん……わたくし、ここで迷子になる自信がありますわ」
「……正直、今日ばかりは同感です」
「もしわたくしが学園内で行方不明になり二度と戻らなかったら、正門の前に慰霊碑を建ててくださいね」
「何しれっと1番目立つところを要望してるんですか」
なんてことを話しながら廊下を歩いていると、次に案内されたのは食堂だった。
「うわあ……」
ここが食堂??
海外の高級ホテルか何かの間違いじゃない?
そう思ってしまうくらい、高そうなシャンデリアはキラキラしていて、テーブルにはシミ一つない真っ白なクロス、銀食器は光り輝いていて奥にはグランドピアノまである。
先生、私の知ってる食堂と全然違うんですが!?
「いいですか皆さん、黎明の食堂は“社交界の予行演習”と言われております。この場所は、食事のマナーを学ぶ場でもあるのです」
前の方で先生が指を立てながら説明していた。
食堂の大きな窓の外には巨大な庭園まで見える。
噴水、薔薇園、白い東屋……遠くには温室らしき建物まである。
流石に広すぎない!?
どこの貴族ですか!
……あ、貴族でしたわここの人たち。
ふと、窓側の端っこに半個室のようなスペースが見えた。
あそこだけポツンと、まるで皆が避けてるみたいに空いてるけど、なんの席なんだろう?
日当たりが良くて、あそこでご飯を食べたらすごく気持ちよさそうなのに。
「あそこのスペースは、執行部の生徒専用の場所となっております。執行部員じゃない方は立ち入ることはできませんので、お気をつけくださいね」
私の視線に気づいたのか、近くにいた先生が説明してくれた。
すると周囲の生徒達が小さくざわつく。
「今年の執行部候補は誰になるのかしら」
「鷹司様は確定でしょうね」
「一条家のご令嬢もおそらく……」
候補?
なにそれ。
質問しようかと思ったが、飛鳥様が隣で真っ青な顔をしていたのでそれどころじゃなくなった。
「飛鳥様、お顔が真っ青です!どうなさいましたか!?」
「舞衣さん、わたくし、わたくし……もう限界かもしれませんわ……」
えっ!?やばい、なんかやらかした……!?
「……お花摘みに行きたいですの」
いやトイレかーーーーい!!!
綺麗なツッコミが心の中で炸裂した。
てか今?こんな新入生全員集まってるタイミングで?
絶対注目されるに決まってるじゃん!
「もーーーー!!だからさっき行っておけって言ったのに!」
と叫べたらどれだけ楽だろうか。
その瞬間、限界寸前の飛鳥様がふらりと体勢を崩した。
─────危ない!
私は咄嗟に飛鳥様に手を伸ばす。
公衆の面前で体勢を崩すなんて、私のこれまでの努力が水の泡になってしまう!
私は大慌てでフォローを入れる。
「飛鳥様、長い距離を歩きすぎましたか?少し休みましょう」
黎明の校舎の広さを考えると、不自然な嘘には聞こえないはず。
そのまま飛鳥様の身体を支えながら人気のない方へ離脱する。
周囲からは感嘆の声が漏れた。
「まあ……舞衣様、まるでお姫様を守る騎士様みたいだわ」
「儚げな飛鳥様と冷静な舞衣様……完璧なお二人ですわ。わたくし思わず見とれてしまいました……」
誰が姫と騎士だって?
介護士と要介護者の間違いでしょう。
「舞衣ざん……」
「はあ、もうレストルームに着きますから。情けない声を出さないでください」
人気の少ないところに着き、飛鳥様は完全にお嬢様の皮が剥がれてしまっている。
そんなポンコツお嬢を無駄に豪華なレストルームに押し込むと、なんだかキリキリと胃が痛くなってきた。
……そろそろ胃痛薬を常備しとこうかな。
ポンコツお嬢様の尻拭い人生は、どうやらまだまだ始まったばかりらしい。




