第12話 目的とヒント
今、湊くんなんて言った?
飛鳥様を紹介してくれ?
クラス替えのない初等部でずっと同じクラスの飛鳥様に、今さらただの自己紹介を求めているわけがない。
「な、なにが目的なんですの?」
「あはは、考えすぎだよ院瀬見さん。僕はただ、一条さんと普通の女の子みたいに話してみたいだけだよ」
だめだ、湊くんが何を考えているのか全く読めない。
「……飛鳥様はすでに湊くんのことを友達だと思っているみたいですよ」
「うーん、そういうんじゃないんだよねえ」
湊くんはこちらに向かって歩きだす。
「院瀬見さんさ、僕の家のこと知ってる?」
「……もちろんですわ、世界規模で事業展開している巨大企業グループを知らない人の方が少ないでしょう」
目的が分からない今、素直に質問に答えるしかない。
「わあ、知っててくれてるんだ。名家のご令嬢にそんな褒められると嬉しいな」
「はあ……からかっているのですか?湊くんのご実家に比べたらわたくしなんて大したことないですわ」
目的の見えない会話に苛立ちを抑えられず、ついため息が漏れてしまった。
そんな私に対して湊くんは一歩、また一歩とこちらへ歩きながら話を続けた。
「いや本心だよ。ほんと、名家ってのは羨ましいね。何百年、何千年も続いてきた家にはそれだけで価値があるんだから」
「……?なんの話を……」
私は湊くんが歩いた分、距離を取った。
「お金で買えるものはたくさんあるけど、お金じゃ手に入らないものもあるんだよ、院瀬見さん」
「……それが家の歴史だって言いたいんですの?」
トン、と背中に壁の感触が当たった。
いつの間にか壁際まで来ていたらしい。
「まあ概ねそうだね、もちろん他にもあるけど」
「まさか……伝統ある一条家に近づくために飛鳥様を利用するおつもりですか?」
私は歩み寄ってくる湊くんをキツく睨んだ。
天使のような笑顔を浮かべているけど、その目は笑っていない。
そうだ、私がずっと湊くんに抱いていた違和感は、きっとこれだ。
「利用だなんて、人聞きが悪いなあ。それにそんな怖い顔しないでよ。美結ちゃんみたいに笑って欲しいな」
「なんで今、美結さんが出てくるんですの」
湊くんは私の目の前まで来るとピタリと歩みを止め、睨んでいる私を覗き込むようにこう言った。
「……僕は交換条件を提示しただけだよ。決めるのは君さ、院瀬見さん」
「そんな条件、のめるわけ──────」
そう言いかけた瞬間、俯いた胡桃ちゃんの顔が思い浮かんだ。
『大丈夫だよ、舞衣ちゃん』
……ああ、もう!
「そろそろ時間だし、続きは放課後にでも話そうか」
湊くんがそう言ったちょうどその時、お昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえた。
はあ、どうするべきかなあこれ……
5時間目の授業は全く頭に入ってこなかった。
湊くん、飛鳥様、胡桃ちゃん、美結ちゃん……あーなんかとんでもなく厄介なことになってきたよ。
あれ、ていうかもう一人いたよね?
胡桃ちゃんと一緒にクレープを食べた、あのバレエ大好きな子。
あの子はこの状況をどう思ってるんだろう?
「ねえ、千鶴ちゃん!」
「舞衣ちゃん、どうしたの?」
そう、エトワール千鶴嬢!
「あ、あのさ!今、胡桃ちゃんがちょっと大変なことになってるの知ってる?」
「あー……湊様のこと?なんとなくなら、美結さん方とは派閥が違うので詳しくは知らないですけど……」
「そうそれ!派閥?そんなのあったの?」
「まあ、舞衣ちゃん!知らないんですの!?今学年の女子の大半は湊様派か鷹司様派で分裂しているのよ」
「へえ……え!?そうなの!?」
なんだそのくだらない派閥争い。
湊ガールズみたいなのが鷹司にも存在するってこと?
鷹司ガールズ?なんかしっくりこないな。
「天使のような美少年の湊様と、クールで全てが完璧な鷹司様。こんなの好きにならない方がおかしいですわ!」
千鶴嬢は目をハートにさせながら話す。
天使?あれのどこが!?
「そ、そうなんだ……千鶴ちゃんはどっち派なの?」
「そんなの鷹司様一択でしょう!!」
ものすごい勢いで即答されて、若干引き気味だったのが更に引いちゃった。
「なるほどね……あーうんうん分かる、かっこいいよね鷹司様。で、千鶴ちゃんは鷹司様派閥だから湊くんについての話は詳しくないってこと?」
私は鷹司の褒め言葉をテキトーに流した。
「そういうことですの。派閥内の人間関係だけでも手一杯なのに他の派閥のことまで手を出せませんわ」
ふーん……ん?これもしかしてめちゃめちゃヒントなんじゃない?
他の派閥には手を出しにくい……ね。
千鶴嬢の止まらない鷹司語りを聞き流しながら、私は一つの解決策を考えていた。
──────湊くん、わたくしは胡桃ちゃんも飛鳥様も差し出せませんわ。




