第11話 交換条件
4年生になってから早1ヶ月が経った。
今日から一週間日直になってしまったのでいつもより早めに登校しないといけないのだけど、朝が弱い私には辛い……
なんとか重い体を引きずって教室に入ると、少し空気がいつもと違った。
「美結ちゃんが湊くんのこと好きなの知ってるよね?」
「あー……まあ、うん」
教室では、胡桃ちゃんと数人の女子達がなにやら話し込んでいる。
「隣の席だからって近すぎない?」
「……」
ふむ、この感じ……さては湊ガールズと胡桃ちゃんが揉めているな?
湊ガールズとは、『よっすー事件』でお馴染みの算数少年・湊流星くんに惚れている女子たちのことだ。
私が勝手に心の中で命名した。
まあ湊くん、正直イケメンなんだよね。
色素の薄い茶色の髪がふわふわしてて、誰にでも分け隔てなく話すからモテるのも分かる。
……でも私は湊くんのあの天使スマイルに何故かキュンよりもゾクッとしてしまうので、湊ガールズに混ざれないでいる。
そんな湊ガールズと胡桃ちゃんがどうやら揉めてるらしい。
はあ、こういうのに首突っ込んでろくなことがないのは分かってるんだけど、流石にお友達を放っておくのはねぇ……
「ごきげんよう、胡桃ちゃん、美結さん方」
「あー舞衣さん、ごきげんよう」
「舞衣ちゃん……」
私は胡桃ちゃんと美結ちゃんの間に割って入った。
「皆様なにかあったのですか?」
「……はあ、別になんでもないですよ」
美結ちゃんは一緒にいた子達と目を合わせてヒソヒソした。
(舞衣さんは飛鳥様と仲がいいから問題を起こさない方がいいわ)
(はあ、めんどくさい……一条財閥がなければ大したことないくせに)
聞こえてるっつーの!
大したことなくて悪かったわね!
そして皆で目配せしたかと思えば、
「すみませんが特になにもないようでしたら私たちはお手洗いに行ってきますね」
と言い残して美結ちゃん達は皆でトイレに行ってしまった。
うわー、女子小学生ってこんな怖かったっけ!?
「胡桃ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫。なんだか湊くんと隣の席になってからクラスの女子の当たりがキツくて……」
やっぱりね。
確かに胡桃ちゃんは可愛らしい顔立ちだし、実際男子にも人気あるからなあ。
「困ったらいつでも言って、私今週日直で朝からいるし!」
「ありがとう、舞衣ちゃん」
胡桃ちゃんが少し困ったように上目遣いで言った。
いやあ、これは守りたくなるね。
ちょっと男子の気持ちが分かってしまった。
胡桃ちゃんは大丈夫って言ってるけど、やっぱり心配だなあ。
一時間目の授業中、胡桃ちゃんと湊くんの様子を見守ることにした。
距離が近いって言われてたけど、別にそんなことなくない?
「ごめん桃原さん、悪いんだけど教科書みせてくれない?うっかり忘れてきちゃって」
「あ……う、うん、いいよ」
「ありがとう!机くっつけるね」
ガーーーー!前言撤回!
近い、近いですわやっぱり!
湊くん、教科書わすれないでくださいまし!
その分のヘイトは胡桃ちゃんに向くんですよ!?
チラリと湊ガールズ筆頭の美結ちゃんを見てみるとものすごい形相で胡桃ちゃんを睨んでいた。
ひいっ!女子小学生ってほんとにこんなに怖かった!?
次の授業は体育館だけど、移動中大丈夫かな?
心配なので、隣でコケそうになる飛鳥様を支えながら胡桃ちゃんの様子を見守る。
「ぶりっ子ってほんときらーい」
ちょうど湊ガールズが胡桃ちゃんとすれ違いざまに、わざと聞こえるように言ったのを目撃してしまった。
……うわあ、これはちょっと状況が酷いかも。
思ったよりも湊ガールズの心境は荒れているらしい。
一応部外者だからあんまり口出ししないつもりだったけど、そろそろフォローに回るべきかな。
「桃原さん、さっきは教科書ありがとうね!おかげで助かったよ!」
「あ、全然気にしないで……」
湊くんが爽やかに胡桃ちゃんにお礼を言って、胡桃ちゃんは気まずそうに目を伏せた。
……うん、すぐにでも行動に出よう。
午前の授業が終わり昼休みに入ると、早速私は湊くんを人気の少ないサロンへ呼び出した。
もちろん飛鳥様にも内緒でね。
「院瀬見さん、こんなところに呼び出してどうしたの?」
「わざわざお昼時にすみません、湊くん。早速本題なのですが、胡桃ちゃんの今の状況はご存知でしょうか?」
「桃原さん?なにかあったの?」
無自覚系イケメンめ。
美形は得てしてその自覚がないのは全世界共通なのかしら。
「単刀直入に申し上げると、湊くんのことを好きな女子が胡桃ちゃんに理不尽な妬みを抱いてしまっているのです。」
「ええっそうなの?全然気づかなかったよ、女の子って案外怖いんだねえ」
湊くんの事が好きな女子は1人じゃないんだけど……まあそこまでの説明はいらないよね。
「そうなのです!胡桃ちゃんはお友達ですし、困ってるなら放っとけないのです。湊くんはなにも悪くないのに申し訳ないのですが、少し胡桃ちゃんとの距離感を改めていただけませんか?」
無自覚すぎるのは考えものだけど、この様子なら素直にお願いを聞いてくれそう。
胡桃ちゃんと湊くんの関係値が薄くなれば、湊ガールズの美結ちゃんたちの嫉妬もそのうち収まるでしょ!
思ったよりすんなり解決しそうでよかったよかった。
「なるほどね、好きな人がいて嫉妬しちゃう気持ち、僕わかるな」
……ん?
なんだろ、表情は変わらず天使みたいな笑顔のはずなんだけど、雰囲気が少し変わったような……
「えーと、湊くんにも好きな人とかいるのですか?」
「うん、実はね」
なんとなく場を繋ぐために聞いただけなのに、なんというビッグニュース。
「そうなんですか!湊くんくらいモテる男の子ならすでに意中の方とは両思いなのでは?」
「多分、それはないかなあ」
「そういうものですか?あ、その、胡桃ちゃんの件については結局……」
なんだか先程から流されてる気がする胡桃ちゃんの件をそろそろ結論だしてくださいな。
「そう、正直その辛さとか苦しさとか分かっちゃうんだよね」
「……は、はあ」
「だから院瀬見さんのお願いを無条件で聞く訳にはいかないかな」
……えっ?
あれ?おかしいな、さっきまで順調に話が進んでたと思ったんだけど。
「も、もしかして好きな人って胡桃ちゃんですか!?だから距離を置きたくないとか?」
「あはは、桃原さんはクラスメイトとしては好きだよ、優しいし。ただ、僕の狙いは彼女じゃない」
狙いって……なんだか言い方が獲物みたいで怖い。
というか普段とだいぶ様子がちがうんだけど、湊くん。
「えっと、相手が胡桃ちゃんじゃないなら……」
距離を置けるんじゃないか、と続けようとする私を湊くんは遮ってこう言った。
「交換条件にしよう、院瀬見さん」
「こ、交換条件?」
「うん、僕のお願いも聞いてくれるなら院瀬見さんのお願いも聞いてあげる」
なんか、どんどんおかしな展開になっている気がする。
「そ、その、お願いとは……?」
「一条さんを正式に紹介してくれないかな?」
……え、え!?
湊くんは天使のような笑顔で悪魔のような取引を持ちかけてきたのだった。




