「三島由紀夫の呪い」は存在するか
「日本人は、三島由紀夫に呪いをかけられた」というような表現をする人々がいる。私は三島と同時代を共にしたことがなく、また、呪いをかけられた……というような感覚をつゆとも共有できないから、そういった言辞を聞くたびに、青年将校に憑依されて『英霊の聲』を書いたという、まことしやかな三島の「伝説」を連想する。ナンセンス。一個人や文学作品に基づく強烈な印象や体験への、超越的な比喩の使用が、文学外において有効な効力を長く保つかどうか。保ちえたとして、それを再び文学へ持ち帰って作品を読むことが「創造的」なのか、疑わしいと思う。
だが呪われた……という言説が世に一定数ある以上、そういった感覚を共有する人々がいることは確かなのだろう。
三島由紀夫には、平岡公威として、太平洋戦争で死ぬはずだったのに、敗戦によって生き残ってしまったという「罪の意識」が常にあった、という言説がある。私はこれを聞くたびに、「日本人は、三島由紀夫に呪いをかけられた」というような表現をする人々を連想する。彼らは、(もちろん無意識的に)「三島は死んだのに、我々は生きている」という「罪の意識」を生み出してしまっているのか。それとも、「学生運動や、高度経済成長や、アバンギャルドな文化によって醸し出された祭の雰囲気に、三島の死が水を差した」と感じているのだろうか。どちらにせよ、私はそういった言辞の、人物と文学とを膠のように接着するいやらしさに鬱陶しさを感じる。飽き飽きしているのだ。
「三島由紀夫の呪い」は存在しない。それは三島由紀夫の例の「緑色の蛇の呪い」という謎めいた言葉と同じように、単なる修辞にすぎないのだ。単なる修辞に騙される迂闊さと、一見非常に明解な、しかし何の豊かな結論も生み出さない三島の死と文学を巡る安易な構図化=物語化に、私は懐疑的である。
私は以前、三島由紀夫は政治活動家と文学者としての自己をはっきりと別個に定義したと見、そして文章に書いた。その頃からすでに、私には三島由紀夫を巡る本質的なニヒリズム、つまり「解釈のニヒリズム」とでもいうようなものを感じていた。以前の私の考察は、多くの事実とあらゆる虚構を自由自在に扱い、何か容易で明解な解釈=物語を求める情況の裏に、それを可能にする、人々の疲れ、麻酔のようなニヒリズムを嗅ぎ取っていたようだ。
「三島?……ああ、やめてくれ。考えるのも鬱陶しい。もう彼についてがっぷり四つで考えるのはこりごりだ。何か、『総体としての三島』を捉えるフレーム、私たちが安心して納得できる解釈が必要だ」というわけだ。だが、世俗的にそのようなボヤキや要請があっても、文学における解釈が進展することはない。作家三島由紀夫の、その文学の神髄や、詩人としての叫びや囁きに光が当てられることはありえない。
私が指摘しているのは、「日本人は、三島由紀夫に呪いをかけられた」という言辞や、三島由紀夫の自殺と文学作品の安易な接着は、三島由紀夫を読むうえで、邪魔であるということだ。仮に、三島由紀夫の文学の極点に、クーデター失敗による自殺という行動があるとしても、彼の文学は、他に大量の別の極点への足掛かりを持っている。むしろ私たちは、彼の鬱陶しいほど豊饒な文学世界に、飽き飽きするほど入り浸ってから、彼の芸術を巡る祭りのオマケの余興として、「日本人は、三島由紀夫に呪いをかけられた」とか、三島由紀夫の人生について、とか、三島由紀夫とボディビル、とか、三島由紀夫の最後の行動について、とかを、つまらない比喩で語ればいい。何よりもまず、私たちには文学が残されてあるのだから。




