小説を指し示すもの
言葉には、なにかを指し示すというはたらきがあるが、裏を返せば、それはなにかを指し示すことしかできないということである。ここに、未完の建築物と未完の小説のそれぞれの完成を受け継ぐことの難しさの違いがある。ガウディのサグラダ・ファミリアには設計図があり、そこに本人の構想が書かれているから、誰かの手によって完成させることができる。少なくとも、ガウディ自身のイメージからよほど大きくかけ離れた建造物にはならない。言葉と図像によってイメージが共有され、さらに建築的・物理的な理由からその存在はあるていど規定されているからだ。しかし、ある未完の小説に残された構想メモがたとえ存在するとしても、その完成を誰かが成し遂げることは難しい。
まず、小説というものには作者というものが必ず付随しているという考えによってそれは阻害される。もしもフランツ・カフカの『城』を村上春樹が書き継ぎ、完成させたとして、その出来がどうだろうと、その作品はカフカの書いたとされる部分と村上の書いた部分に二分されてそれぞれのものとして読まれるだろう。多くの場合それは比較される。実はこれはひとりの作家でも起こりうる。『城』の終結部まで書かれたカフカ直筆のノートが見つかったとして、それは既に発見されていた部分とは区別される。百年後、誰もが新発見の部分ふくめて一つの作品だとみなすようになっても、後半部はあとに見つかったという歴史的事実によって、その接着手術痕は消えることがない。文献学的理由から、作品はいくつもの部分に分割しうる。時にはその部分部分の順序さえ変更される。もっともこのようなことは問題ではない。
次に、書き手による文章の差異という問題がある。そもそも、未完という言葉自体が、一つのスタイルの中絶という観念を前提としている。多くは作家の断念や死、作品自体の散佚であり、ある作家にはその作家独自のスタイルがあり、それが決して再現不可能になったときにその作品は「未完」の烙印を押される。ここには小説の重大な要素がスタイルであるという考えがひそんでいる。
そして、前述のことどもをたとえ良しとし、いざ構想メモを作品にしようとするとき、どうしても障害となるのが、小説は言葉で出来ているということと、小説自体がある種の構想メモ≒設計図のようなものであるということである。小説が言葉で出来た建造物だとすると、その構成する言葉には冒頭で述べたようになにかを指し示すはたらきしかない。つまり小説はそれ自体がはっきりしたなにかではないのだ。うやむやな、曖昧な、不可能な、そうであることが許されてしまっている、矛盾した情報の集まりなのだ。しばしば、この点において小説は特権化される。曰く「想像力の飛翔」、「イメージの氾濫」、「雄渾な筆致」。これらの言葉はその小説自体をけして適切に言い表してはいない。そしてすべての小説は本来同じようなものだが、その小説を批評する読者や批評家の言葉によって差別化される(これらに明確な違いはない)。「その」小説をとらえようとする言葉は、必ずその明確な像ではなく、その言葉の発明者によって結ばれる像を表している。ところで、小説自体が設計図だという意味はそのような意味である。我々が小説の良し悪しを語っているとき、それはなにか他のものの良し悪しを吟味している。小説自体について語るとは、それを構成する全てがなにかを表象してしまうような構造物の、それ表象しているものそれ自体を語るようなものであって(思わぬところで言説がいささかカントめいてきたが)、それが不可能であるかは保留するが、少なくともそれをわかっていなければ容易に小説を「離れた」言葉を生成するだけになることはいえる。同じ事が作品を「引き継ぐ」行為にもいえる。作品の「文体」、「思想」、「精神」に感銘を受け、それを引き継ぐという行為は、とても殊勝なことだし、誰もが行っていることだが、作品を似せても(ピエール・メナールのように)一言一句同じでもなければ、その指し示す全体的なものは全く異なっているということはいうまでもないし、まったく違うスタイルで文体思想精神その他もろもろの諸要素を表現したとしても、その諸要素自体が結局は作者、並びに読者の生成した言葉の範疇なのであるから、やはりどうしてもそれ自体を伝えることはできない。裏を返せば、まったくオリジナルの言葉と意味をもつ、つまり完全に今までにないような指し示し方をする小説というものは、最初からない。
埴谷雄高は自分が死んだのち誰かに魂としてのりうつり作品を完成させると語っているが、それは果たして可能なのだろうか。私には死後の世界というものがわからないから、小説のことに関してだけいえば、埴谷の『死霊』を一言一句違わず「書き」、己の小説として発表するものが現れたとき、初めて『死霊』は完成し、埴谷の悲願は達成されるだろう。




