20 王の苦悩
一章ラストです。
なんで俺が陛下なんだろう。
子供の頃からずーーーーーーっとそう思って来た。
だってどう考えても兄上のほうが王の器だろ。俺なんかよりずっとずっと良い王様になるよ。
だけど国を治めていくのは必ず弟なんだ。
王家は必ず二人の男児が生まれる。正妃だけでなく側室を設けた場合もそうだと聞いている。
安定して二人生まれることから、ほとんどの王が側室を作らない。二人産む前に正妃が亡くなったり、体を壊した場合はその限りではないが。
二人の男児のうち、長男に必ず魔が引き継がれる。魔王の魔力のことだ。
それを持っていると体に不調をきたす。そのせいで長男たちは皆早逝だ。
だから、だろう。次男がこの国を継ぐ。王となる。
長男には王位継承権すら与えられず、家名も引き継がない。十五歳になった瞬間に王族を出て大公という立場になる。それだけが長男の立場を示すものになる。
結婚できても子供を作ることはできない。そういう魔法をかけられて生きていく。跡継ぎ問題を起こさないために。
そして王となった次男の子供が二人生まれ、長男に魔が引き継がれる。
大公から長男へ、その長男が大公となり、また次の長男へ、とつながっていく。
魔を次世代に渡したところで体への負担が消えたわけではない。積み重なったものがじわりじわりと命を蝕む。
それが、俺たちの代になった時は酷く見て取れた。
魔が、多いのだという。
代替わりし続ける間に体を封じたはずの封印の隙間から魔力があふれるという。
どうやら封印されていても体が魔力を生成しているらしい。それが魔、魔王の魔力の塊であるその魔に引き寄せられるように集まり、巨大になっていく。
そうして限界に達したころに、生贄の乙女と呼ばれる女が宝剣士の家に生まれる。魔を引き受け封印石に同化する為に生贄として死ぬ。その時に魔を封印強化に使ってくれるのだという。
宝剣士の家と言われているが、厳密にはロバイトの家にしか生まれない。それを知っている当主は毎回我が子の性別に一喜一憂するのだろう。
兄上は子供のころから体があまり動かず、前代大公も魔を渡した後すぐに鬼籍に入られた。
それほどの状態であれば生贄がロバイトの家に生まれると思ったが、生まれてきたのは男児のみ。
絶望したが、でも耐えられるということなのだと信じた。
結果的に、兄上はまだ生きている。前代の大公よりも魔を受け入れる力があったようで、やせ細っているもののすぐ死ぬというようなことはなさそうだ。
だけど、俺の息子が。ルチルが。
魔は勝手に次代へと流れていく。意識すればすぐにでも渡すことが出来るが、止めようと思てもじわじわ移っていく。
生まれて一年間、兄上はできる限り渡さず最低限にしてくれていたが、弟のベリルが生まれた時にはもうかなり疲弊しているように見えた。
元気だった赤ん坊の泣き声が聞こえなくなっていくほど、俺の心は蝕まれた。
早く生贄をよこせと何度も封印石に叫んだ。
なぜ魔王など封印したのか、なぜ我が国だったのか。
封印石があることで、魔物たちの進行が少ないこの国は、ある意味魔王に守られている。恩恵はさらにさまざまあり、この国はとても豊かだ。
だからこそ他国から狙われ内側から食い尽くされそうに何度もなってきたことから、今は鎖国政策を取っている。
それでも狙われていることには違いないが、食い止められているのは政策よりも、封印の恩恵だろう。
だからこそ、魔王に感謝する気持ちもあるのだが、目の前で弱々しく寝息を立てる我が子を見て、俺は冷静でいられなかった。
ロバイトに女が産まれたと聞いて、俺は歓喜の声を上げた。
妻や兄上は少し冷ややかではあったが、そんなことはどうでもいい。
生贄が、生贄がやっと来た。
もう今すぐにでも殺してやりたかったが、十七まで待たねばならないという。
面倒だった。
万が一生贄を隠されたらたまったものではない、だからロバイト当主の宰相に子供に生贄のことを伝えるなと孫が生まれる前から伝えておいたが、功を奏したようでまだエンジークのやつは知らないようだった。
早く早く、早く殺そう。
この国を蝕もうとはいよって来る羽虫たちと同じように、生贄をさっさと潰して殺してしまおう。
魔をぶち込み石にしてしまえばいい。
そう思っていた頃、兄上から生贄が産まれた場合の話を聞かされた。
昔はみな知っていたが、現在は大公となる長男にのみ口伝で伝えられてきたことだという。
『人形にせよ。
宝剣で魔力回路を切り繋ぎ変え、心を眠らせよ。』
逃げられないように、かつ魔に侵されて魔王を解放しようと動かぬように、行う措置だという。
エンジークは娘を溺愛している。どうせ死ぬ娘だが、知れば逃げる可能性がある。
すぐにでも実行しよう、と言ったが、あまりにも小さすぎて万が一死んだら困る。
万が一を考え先に手を打つべきだと兄上に言われ、男児が産まれた弟夫婦を僻地に追いやった。
才能のある技師だというので、この国を犯そうとする虫を殺すための道具をたくさん作らせ監視下に置くことにした。
生贄とわかったらショックでエンジークが次の子を作らない可能性もある、だからあいつの弟の息子は保険だ。
健康なままでないと宝剣を授からない可能性もある。だからこそ監禁ではなくそのまま弟夫婦に育てさせることにした。
回りくどいことだと思ったが、その件は兄上が一手に引き受けると言ってくれた。
ありがたい。魔を持ち続けていることで早々厳しい状況だと思うが、俺をいつも手伝ってくれる兄上に頭が上がらない。
その事は任せ、暗殺道具だけはどんどん作らせるように指示をした。性能も質も良い。これで羽虫退治が捗る。
ルチルのこと、兄上のこと、生贄のこと。封印が緩んでいるという噂。どれもこれも手がかかる。煩わしいことはさっさと潰しておくべきだ。
最低でも三歳くらいまでは待ったほうがいい、と兄上に言われていたが我慢しきれなかった。
三歳になったルチルは、もうほとんど起き上がれない。動けない。
弟のベリルが二歳になったが、体重があまり変わらない。一年と少し離れているはずなのに。
大人であれば何でもない話だが、子供でこんなことは・・・心配するなと言われても無理な話だった。
その娘が二歳になって早々にロバイトの家に命令を出した。娘を一人で謁見させよと。
訝し気にしていたが、王の命に反対することも出来まい。案の定娘一人でやってきた。
がたがた震えていたが、兄上が話しかけると少し落ち着いたようだった。子供が好きな兄上は生贄というただ死ぬための道具だとしても優しく接してやっていた。
俺は何の感情も抱けなかった。
そうして、魔力回路を書き換えたら本当に人形のようになった。
書き換えた直後はうとうとしているだけのようだったが、夜にはもう心が眠ったそうだ。
成功した、とほっとした。
これでルチルも、兄上も、助かる。
兄上の魔がなくなったら国王になってもらってもいいかもしれない。
俺には荷が重い。
ルチルのこともベリルのことも、兄上のほうがよく知っている。
王の仕事をしていないからだというけれど、兄上のほうが働いている気がする。
どうして俺は、こんなにも何もできないのか。
捉えた羽虫を拷問にかけ情報を聞き出すくらいしか、俺がやっていることはない。
それもあのエンジークの弟が作った道具を使っているだけだ。
俺は何なんだろう。
あの生贄、起きやがった。
なぜ俺の邪魔をする?なぜ人形のままでいない?
腹が立った。切り殺してやろうと思った。
が、出来ない。俺はあれを殺せない。
あれがいないと、兄上も、ルチルも、死ぬ。
だからこそ、じっと我慢した。
人形から元に戻すためにはあれをやった宝剣士がもう一度宝剣で回路を戻すしかない。
俺と兄上と二人で行ったから、兄上が起こすことは出来ない。いや、信じてないわけじゃないんだが。
偵察と称して兄上が様子を見に行ったら、一年前のことはすっかり忘れ別人のようだったという。
そいつは自分が生贄と聞いて驚かなかったどころか、魔を対処する案を出したという。
それが気に入ったのかよくわからないが、兄上はご機嫌だった。意味が分からない。
さっさと魔を渡せばよかったのに。
五歳くらいまでは待とうといったが、ちょっとでも渡せばいいと何度も言い合った。
何のためにわざわざ生贄なんぞ呼び出して人形にしたと思ってるんだろう。
宝剣を出して回路を書き換えるのはなかなかの疲労感で兄上にはかなりの負担がかかったはずだった。そこまでしたのに、なぜ。
しかし。
あの時は何も思わなかったのに、再度生贄に会ったとき、俺の感情は揺れた。
これを殺すのか?と拒絶したい気持ちがどんどん湧いてくる。
なぜだ、こんなどうでもいいガキに、なぜ。
確かに年の割に聡明だ。同い年のベリルよりよほど大人びているとは思う。ただそれだけだ。それだけのはずなのに。
まっすぐみられると目をそらしたくて仕方がない。いや、そらさず見つめ返して、微笑みたいと思う。
どうして、どうして、どうして。
気持ち悪い。なんだこの感覚は。
この娘を殺したくはない。もう人形にするのも嫌だ。幽閉は・・・するのであれば心地いい見晴らし良い場所を用意してやればいいかもしれないが、でも、あまりしたくない。きっとこの娘はそれを喜ばないから。
できれば幸せに生きてほしいだけでなく、王家の血に取り入れたいと一瞬考えた。ベリルの嫁にどうか、と。
死ぬための道具に何を、俺は・・・
魔を受け取った時気絶した娘をみて、慌てた。
こんなところで死なせてはならない、と思った。
それはどういう気持ちでそう思ったんだ?俺はなぜそんなことを思ったんだ?
生贄がちゃんと生贄として機能してほしい、という思いからだったか?本当にそうか?
・・・俺は。
「兄上、国王になってくれませんか?」
「・・・陛下、何度そう言われても受け入れることは絶対にありません。私はもう王族ですらない。」
「わかっています。でも、俺なんかよりずっと兄上のほうが王にふさわしい。」
「昔から何度も言っていますが、第二王子として生まれた時からあなたが王です。それ以外に必要な理由などない。政治に関しては、宰相や補佐、その他長官たち、不肖ながら私もおります。いくらでも頼ってくれたらいい。優秀なものがあなたの周りにたくさんおります。それではいけないのですか?」
「・・・俺は、もう判断ができない。」
「何をですか?」
「生贄・・・あの娘を殺す命令を下したくない。」
それまで俺の話を書類整理をしながら聞き流していた兄上が、手を止めた。こちらを見るその目は見開き驚いていることがはっきりと分かった。
「なに、を・・・陛下?」
「わかっている。わかっているんだ。封印のために生贄は殺さねばならない。絶対にだ。」
「・・・陛下がそのことを迷っていたとは知りませんでした。殺すことは国に必要だとだけ思っていると。」
「最初は確かにそうだった。だが、あの娘の顔を見るたび、そうしたくないと体のどこかが叫ぶ。死ぬ前に逃がしてやりたくなる。幸せな未来を歩ませてやりたくなる。なぜ、生贄の乙女に生まれてしまったのか、同じ乙女なら救世の乙女として生まれたら明るい未来だったのに。なぜ、と毎日思う。」
「・・・いつから、ですか」
「いつ・・・ああ、そうだ。魔を受け取った日からだ。それまでは道具にしか見えなかったしさっさと魔を受け取らせさっさと殺してしまえば楽なのにと思っていたが、あの日からそう思えない。」
「陛下。」
兄上が俺の向かいの椅子に座り直した。
「ここだけの話ですが・・・私もそうです。ルチルに宝剣を渡すまでは特にそうだった。渡してからは少し落ち着きました。」
「俺はまだ宝剣を持っている。そのせいだと言いたいのか」
ベリルに受け継ぐのは来月だ。ルチルは去年兄上から受け取った。魔を渡したからこそ宝剣譲渡もスムーズだった。それもこれもあの娘のおかげだ。そう思えてしまう。
「宝剣を渡した後も同じように生きていてほしいと思うのですが、持っているときはもっと衝動的というか、どうしようもないくらい悩みました。我が子でもないのに溺愛したいと思った。甘やかして、なんでも許して、与えて、満たして、幸せの中で生かしてあげたいと。
若いころにした無謀な恋にも似たような、子供はいませんが父性愛に近いような、何とも言えない気持ちが湧いてしょうがなかった。」
「・・・兄上があの娘を気に入っているのは知っていたが、そこまでとは。」
「気付かせる訳に行かないでしょう、他人の娘、しかも生贄の娘です。それに三歳でしたよ。万が一幼児性愛者かと思われたりしたらたまったもんじゃない。」
ははは、と兄上が笑う。それはとても乾いていて、投げやりに見えた。
「でも・・・一度だけあの子が成長して夢に出てきた時があって・・・あの子を自分の妻にするために努力する夢でした。もう頭がおかしくなったんだと思って、自分自身が恐ろしくて仕方なかった。
だけどそのあとすぐにルチルに宝剣を渡したら、可愛い子だと思うもののそれはルチルやベリルに対して思う気持ちとそう変わらない。かわいそうだと思うけれどだからと言って攫って逃げたいとも思わなくなった。
私がおかしいのだと思っていましたが、陛下もそうならきっと宝剣のせいでしょう。」
兄上はとんでもない話をして笑っている。
年の差があっても結婚することは珍しくない、二十や三十くらい離れていることもある。
だが、それは成人を越した時の話だ。
今、あの娘はまだ四歳。成長した姿とはいえ結婚の対象とするにはあまりに・・・。いや、だからこそ宝剣の有無の差がはっきりしたともいえる。
しかし。
「俺はそこまでではないが、ただ最初は何も思わなかった。人形にした時だ。」
「・・・そういわれたら、私もそうです。起きた後ロバイト邸で話した時に、どうしようもない感覚が湧いたのを覚えています。」
宝剣を持った状態で生贄に会った、という状況が変わらないのに。
・・・宝剣が、生贄を欲しがっている?
ふと湧いた考えに恐ろしくなり、笑って吹き飛ばす。
「陛下?」
「いや、なんでもない・・・いいや、念のため話す。宝剣が生贄を欲しがっているみたいだな、と。あの一年でルチルがだいぶ疲弊した。必要度が変わったような気もする。」
「・・・欲しがる、というニュアンスに引っかかるところがありますが、でも確かに、必要だとは強く思った気がします。だからと言って可愛がりたいというのも。どちらかといえば人形にして置物にしていたほうが楽なのに。」
「ああ、そうだな。いや・・・気の迷いだ。どうにも王を譲りたいという話からだいぶ脱線したな。」
「結局陛下はどうして王を譲りたいと?」
「判断が出来なくなったと思ったんだ。魔王に関することは国の最優先事項。そこに迷いが出るなどありえないと。
だが宝剣のせいで、となれば今決めることでもないな。ベリルに宝剣を渡したのちに考えよう。」
「考えてもだめですよ、陛下。この国の王はあなたしかありえない。あなたの次はベリルです。」
ベリル。兄のルチルよりも俺に似た子。あいつは今はまだ生贄に興味を示していない。
もし、俺と同じようになったら・・・俺は性愛の対象としてあの娘を見ることはないが、年の近いベリルなら。
頭を振り、卑しい考えを消す。
「そう、だな。でも魔を渡して健康になったんだ、これまで以上に俺を助けてもらうぞ」
「ははは、陛下は人使いが荒い。わかりました、今まで以上に尽くさせていただきます。」
俺は知らない。
宝剣を譲った後も兄上があの娘と会うことを楽しみにしていることを。
魔から産まれた使い魔の近くが落ち着くというルチルの勘違いを理由にして自らも度々使い魔に会いたいと言って娘に会っていることを。
俺は知らない。
自分が宝剣を渡した後も、生贄を殺さず済む方法を探して回るようになる自分を。
我が娘にしたいと思い、ベリルの嫁にしたいと思うことを。
それが無理ならルチルでもよい、身内に置きたいと思い思案することを。
それゆえ、宝剣士たちの結託阻止のために自分で決めた『宝剣士同士の交流禁止』という命令を破る若き宝剣士たちを咎めるタイミングを失うことを。
それによって
王の俺ではなく、生贄のあの娘にこの国の全てを救われてしまうことを。
明日から二章になります。ちょっと成長します。
二章の初めは主人公が別の人になります。あとでアリアに戻ります。




