15 魔
「今すぐに魔をすべて、というのには少々危険性が伴うと思います。」
乾いた声で笑う陛下に対して異を唱えたのは意外にも大公だった。
「ふむ?」
「過去の記録を確認してもここまで魔が膨らんだという例は残っておりませんでした。一気にというよりは少しずつ数回に分けてみるのがよろしいかと。私はまだ耐えられますしルチル殿下の魔をまた私が引き取ってもいい。万が一を考えるなら時間をかけるべきかと存じます。」
陛下は少し考えて、大公の首筋に目をやった。
私以外には見えていないみたいだけど、今日も大公の首のあたりからは黒いもやもやが溢れ出ている。
漏れ出すって相当なことだと思うし痩せてきてるってパパは言っていた。
これ以上耐えられるようには見えないけれど・・本人が良いというならそうなのかもしれない。
「うむ、そうかもしれん。ルチルの準備は出来ているか?」
傍に控えていた使用人の男性が何かをそっと耳打ちすると、陛下の顔が少し苦しそうに歪んだ。
「ルチルの部屋に直接行くことにする。これから見聞きすることはすべて他言無用。ルチルに関することはこの場にいる者同士でも話題にするな。ではいこう。」
陛下が立ち上がり、それに続いて私たちも移動することになった。
人形だった一年分を取り戻すように一杯歩いたり運動してだいぶ歩けるようになったけど、結局は三歳児なのでまだまだ足が遅い私はパパに抱えられていく。
パパも初めて来たという城の中の居住部分はとても綺麗だった。真っ白の大理石のようなつややかな石材で作られていて、廊下にはふかふかの絨毯が敷かれている。窓枠は植物をモチーフにしてる飾りで縁取られて、ドア一つ一つも別々のモチーフで飾り付けられてる。
植物が好きな王様が作ったのか、いたるところに花や果実、草花のモチーフが使われていて見てるだけで楽しい。
前世でこんなお城があったら世界有数の観光地間違いなしという感じ。
ぜひ写真資料集が欲しい・・・とうっとりするくらい綺麗で豪華だった。
だいぶ複雑な道のりを経て、中庭だと思われる小さなバラ園を望む居住部分の三階にルチル殿下の部屋に着いた。
通されたそこは寝室ではなく、さっきまで話していた部屋よりは簡易的ではあるものの高そうなテーブルやソファ、調度品が置かれた小さな応接間のような部屋だった。
「中の様子を見てくる、ここで少し待っていてくれ。」
陛下と大公が奥に続く扉へと入っていく。そちらが寝室らしい。
扉が少し開いたその隙間から、じわりと黒い靄が溢れ出てくるのが見えた。
(魔が漏れてるのかな・・・大公よりだいぶ体の外に出ちゃってるみたい)
大公の黒い靄は顔あたり、首から出て上にふわっともやっとかかってる程度で、濃くなる時はあったけれど体から遠く離れた場所にまで靄があふれるようなことはなかった。
きっと大きな寝室のはずなのに部屋中に溢れるほど漏れ出しているのなら、相当危険かもしれない。
再び紅茶をお菓子を用意してくれたけれど、手を付ける気になれなかった。
緊張しながらぼんやりしてると、お祖父様が持ってきてくれていた私の描いた使い魔候補のイラストを渡してきた。
「今日すぐに作れとは言われないと思うけれどね、イメージが大事ならよく見ておくといいよ」
お祖父様は頭をなでてくれる。あの日から何度か会ったけれどお祖父様はあまり私にもサフィリスにも親しく接することはなかった。
冷たくはないけれど、どこかよそよそしい。今も遠い目をしている。
(孫がかわいくないというより、生贄ってのを処理できてないんだろうなぁ)
お祖父様とはいえまだ四十をこえたくらいで、お祖父様がパパだと言っても通じるくらい。少し白髪交じりになっているけど皺もそんなになくてカッコいい。
有亜の感覚的には年下のパパよりお祖父様のほうが頼れる感覚がするんだけれど、甘えさせてくれる日はないかもしれない。
渡してもらった使い魔のイメージ図。こういう感じでいいみたいなので、かわいいのを作ろう。
多分、生贄になるのが近づけば、パパやママ、サフィリスもお祖父様みたいになると思うから、最後まで隣にいてくれる素敵な相棒を作りたい。
「待たせたね、とりあえずアリア嬢だけ来てくれる?」
十分くらい待ったころ、大公が呼びに来た。
「アリアだけ、とは?」
パパがそう言うと大公はソファの傍まで来た。
「殿下は体調が悪いのもあって気持ちが不安定になっていてね、知らない大人が沢山くるとパニックを起こすかもしれない。ドアは大きく開けておくから、アリア嬢だけ連れて行かせてほしい。頼む。」
大公が、あの大公が。
パパに頭を下げた。
「っ!わかりました。頭をお上げください。」
パパは慌てて、お祖父様もただならぬ雰囲気に困惑してる。
「すまない。ではアリア嬢、行こうか。エンジークは宝剣の準備だけしておいてくれ。」
そう言って大公は私をひょいっと抱き上げた。
「あるきます」
「何かあったときにすぐ君を連れ出せるようにしておきたい。私じゃ嫌だろうけど我慢してよ」
さっと抱きかかえ腕の上に座るようにされてるけど、パパと同じでちゃんと安定感もある。抱きなれている感じがものすごくする。
大公は子供がいない、というか子供を作ることが許されてない。
王位継承権をめぐる争いを防ぐ目的で、王家は次男、二人目の男児にのみ継承権が与えられ、長男であり体に魔を受け取る役目の、今で言うとジュピウム大公、そしてのちのルチアは結婚は出来ても子作りや王位の継承は認められない。
それなのに抱きなれてるということは、きっとルチルかその弟のベリルを抱っこしてあげてるんだろう。意外と子供好きなのかも。
そういえば、サフィリスと私が手をつないでいたときにめちゃくちゃはしゃいでいた。
子供好きだとしても、自分の子を持つことができない。
それってどんな気持ちなんだろ。有亜の時はそういう感情はなかったから、想像もつかない。
ちょうど顔が首の近くに来たことで、大公の首から出る魔がふわふわと私にも巻き付こうとしてきて、それがちょっと嫌だけれど我慢する。靄は私に巻き付いても、だからと言って何か起こることはなかった。ただ目の前が黒っぽくなって見えづらくなっただけ。
視界が悪くなったので少し不安でギュッと抱き着くと、オレンジのようなレモンのようないい匂いがした。黒い靄越しだけど美しい顔が目の前にきて、ちょっとドキドキした。
(整ってるなぁこの人。未来のルチルに似てはいるけど、もっともっと神がかってる)
長い金色の睫毛が赤みがかった金色の瞳を縁取っていて、宝石みたいに見える。思わずじっと見ていると大公と目があった。
「不安かな?ごめんね、本当は・・・ああいや、謝ることはよくないね。ルチルを頼むよ。」
小声でそう言った大公は、今までに見たことないほどやさしい顔をしていた。
うっかり、ついうっかり、いい人かも?と思ってしまった。
「ルチル、この娘がお前の魔を受け取る生贄の乙女だ。」
大公に抱っこされながらルチルの寝室に入り、ベッドに近づく。部屋の中は靄だらけで、特にベッドは真っ黒すぎて何も見えず、目を凝らして陛下と横たわっているルチルを確認しようとするけど陛下の背中とベッドの端がほんの少しうっすら見える程度でそれ以外はわからなかった。
「どうした?険しい顔をしてる。」
大公が聞いてきた。言っていいものか悪いものかわからないけれど、このままだと会話もままならないかもしれない。陛下の表情もルチルがどこにいるのかもわからない。
「くろいもやもやがいっぱいでよく見えません」
「魔が見えてるのか?私の首を何度も見ていたのもそのせいか」
何度も気になって首を見ていたのがばれていたらしい。私が頷くと大公は私を抱えたままベッドのすぐそば、陛下の隣に座った。
ゆっくり足が床に着くように立たせてくれ、でも抱きかかえたままでいつでも動けるようにしてくれている。
「ここまで近づけば見えるか?」
ベッドにさらに近づくと、ようやく陛下が繋いでいるルチルの小さな手が見えた。
「見えました」
「ルチルも見えるか?」
頷いているのだと思うけれど、体や顔はほとんどわからない。ほんの少し先からもう真っ暗で視界がなく、不安な気持ちが膨らんでくる。
「はじめまして、アリアです。」
「・・・・る、ちる・・・」
何とか挨拶すると、返って声は途切れ途切れだった。顔は見えないけどか細いその声が体力が衰えているだろうということが分かりかなり痛々しい。
魔を受け取る方法はこれといった決まりはないらしい。現存している資料にはそこまで詳細に書かれておらす、渡すとか受け取るとかの記述しかなかったらしい。
通常魔力を人同士でやり取りするときは、肌と肌を触れ合わせて魔力が移動するよにイメージして行う。肌が触れている範囲が多ければ多いほど一気に移動させられる。
魔もおそらく同じ、ということで受け取るときはルチルの手を握って様子を見ることにしようと先ほどの話し合いで決まっていた。
「ルチルでんか、手をにぎってもいいですか?」
「・・・・・」
返事がなかったけれど、手に少し力が入ったのか陛下が「うむ」と頷いた。
「手を握ってやってくれ。」
「ルチル殿下、少しずつこの子に渡すイメージをしてみてください。」
陛下が握っていた手を私のほうに少しずらした。たしか、アリアよりも一歳年上の四歳のはず。だけどその腕は細く、子供特有のムチムチ感がほとんど感じられなかった。
限界が近いというのがはっきり目に見えてわかって、なんとも言えない苦しい気持ちになる。
「にぎりますね」
声をかけてそっとルチルの手を両手で握った。手は少し冷たく、力なく弱々しい。
目を閉じてルチルの手から魔力をゆっくり自分の体に移していくイメージをする。
普通の魔力の受け取り方は家でパパママとかなり練習してきたので、何となくコツはつかんでる。
少し間があって、真っ黒い何かがずるり、と動いた気がした。
少し目を開けると、部屋中の真っ黒い靄がルチルの手に凝縮されるように集まっていて目を開けてもほとんど何も見えずただ真っ暗な中にいるような感覚になった。
すぐに手から黒い魔力がずるずると粘度の高い液体が流れ落ちていくように動き出した。
少し、と思っていたのにその量が凄まじく多い。
「でんか、ゆっくりできますか?」
「・・・でき、ない、勝手にそっちに・・・」
ルチルの声は焦ってる。ゆっくり渡そうとしてもコントロールできなくなってるみたい。
「アリア嬢、どうした?」
大公が焦った声をかけてくるけど返答できない。
あまりにもどす黒い粘液のような魔がとめどなくドロドロと自分の中に流れ込んできて、それをゆっくり体に流すので精一杯。
「何が起こってる?」
陛下も異変に気付いたようで慌てているのを感じる。
「わかりません。ただ、私の魔も吸い寄せられてるようで・・・くっ」
私を抱えている大公の腕からも同じようなどろりとしたものが流れ込んできた。
「止められないのか?」
「勝手に吸い上げられるような・・・アリア嬢、止めて・・くれ・・」
両膝をつき、私を抱きかかえながらベッド際に立たせるようにしていた大公がその体勢を維持できなくなったのか、私にもたれかかるように上半身の力を抜いて倒れこんできた。
腕もほとんど力が入ってないみたいだけど、私の体にくっついたようになって外れない。
「おい、兄さん、どうした!?」
もう誰も答えられる人がいない。私も目の前の真っ黒な靄がルチルや大公から通じてどろどろの魔となって流れてくるのを必死に調整するので精一杯だった。
(もう・・・耐えれないかも・・・)
ゆっくり取り入れようと流れてくるものを堰き止めるようにしながら受け取っていたけれど、決壊しそうになってきた。
このままだともしかすると、二人の持ってる全部を一気に受け取ることになる。
一度に大量に受け取ったことですぐにでも精神が侵されるかもしれない・・・すぐに使い魔を作れるかどうかもわからない。
こうなったら、受け取ってすぐに一時的に拘束して様子見してもらったほうがいいかもしれない。嫌だけど、誰かを傷つけて楽しむような狂人になったら辛すぎる。
「へい・・か」
「なんだ!」
「こうそく、して、よ、うす、み・・・」
そこまで言ったとき、口の中に目の前の靄が一気に流れ込んで入ってきた。靄が私の中に入ろうと襲い掛かってくるような感覚がして
(溺れ・・・る・・)
そこで私の意識は途絶えた。
次は明日のお昼になります




