13 毛布の暖かさ
最後すこしだけ第三者視点が入ってます。
もしかしたら。
アリアは死んだのではなく、幽閉されていたのかもしれない。と言ってもそれは虹シュバの話であって今ここで生きている私とは違うアリアのことだから、単なる想像だけど。
幽閉されたことを知らず引き取られたサフィリスと、化け物として幽閉される娘を死んだものとして振る舞わなくてはいけない両親。確執が生じたとしてもおかしくない。
今の両親が冷たい人間になってしまう、というよりもよっぽど納得できる。
ただ、これから私がその道をたどるのは全力で回避したい。誰かに殺されて三歳で死ぬ、という可能性はずいぶん低くなったと思うけど、だからって人形になるのも化け物になるのも、もちろん幽閉も勘弁してほしい。
孤児院で反省室に入れられた時のことを思い出す。あまり大っぴらには言えない話だったけど、私が預けられていた孤児院では悪いことをすると反省室に閉じ込められた。夕食抜きと同時に三時間くらい閉じ込められる。
反省室は狭い物置で、入れられた後はドアのにしっかり鍵がかかる。物置には窓はなく、電灯から紐は下がっているけれど主電源が切られて明かりはつかない。
真っ暗な中でただじっと座る苦痛な時間。体だけじゃなく心が冷えていくのを感じながら、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。
その時と比べ物にならない長い時間を幽閉されて過ごすのか、それとも心を寝かせて人形のようになって生きるのか、その選択しかないというのはあまりに酷いと思った。
だってまだ、アリアは三歳。たった三年しか生きていない。
もし、これが有亜に起こった事だったなら。
私は孤児院の出来事だけが原因ではないけれど、人と関わったり親しい人たちを作って過ごすというようなことは殆ど諦めていた。大人になってからそういうことを考えることすらなかった。
来栖と一緒に仕事をし始める前は派遣やアルバイトをして過ごしていたけれど、職場の人と親しく話すとか飲みにく、ということをしたことは一切ない。
幽閉となったら嫌だけれど、誰かに会いたいとか人と喋りたいみたいな事を思うことも、人形としてでも一緒に過ごしたいと思う人はいない。
十七歳で死ぬと決まってるんだったら、仕方ないと割り切って幽閉先でのんびりしてると思う。この世界には動画もアニメも小説も漫画も何もないけど、問題を起こさなきゃ部屋で何しててもいいらしいので、絵を描いたり食っちゃ寝するのは自由だ。
不満を抱きつつもきっと折り合いをつけて終わると思う。
諦めて生きてきた有亜の人生で、虹シュバに関わった六年だけが異質だった。だから、幽閉されても元に戻るだけ。
けど、もしもいずれ私とアリアが入れ替わる日が来たら?
私がアリアを乗っ取ったように、逆のことが起こるかもしれない。
実際消えたと思ってたアリアはあの日ずっと叫び続けていたし、あの後コミュニケーションはとれないけど何となく”いる”と感じる。
入れ替わることがあるかもしれないのなら、そうなったときに私が勝手に諦めたものを背負わせるのは苦しい。
二歳で急にお前は死ぬんだよと言われて、泣きながら家族と一緒にいることを選んだ。たとえ人形としてでも。
家族が好きだったんだなってわかる。今でも。
死ななくてはいけない運命だとしても、できればそんなアリアには最後まで笑っていてもらいたい。
アリアが何を選ぶのかはわからない。辛いなら眠っていたいと思うかもしれない。だけどそれすら選べない状況にならないように、できる限りの自由を残してあげたい。
それがほんのわずかな時間だとしても。
それに、私自身も、この生活を大事に思ってる。
優しいパパとママ、優しい家族。そして使用人の人たち。あたたかい時間はくすぐったいけど心地よかった。
人と繋いだ手は暖かいんだと初めて知った。
有亜の人生で感じなかったことを、今ここで感じてる。
それでもきっとどうにもならなくなれば折り合いをつけることができる気はするけど、できれば可能な限りここにいたいと私自身も少し思っている、そんな気がしてる。
大公はあの後陛下に話しておくから~と言って上機嫌で帰っていった。苦し紛れに言った使い魔は思った以上に良い案だったみたい。
使い魔、というのはサフィリスが読んでくれた絵本にあった。タイトルは確か『妖精姫』だったかな。
魔力をいっぱい持っていることでさらわれてしまったお姫様が、一人閉じ込められているのが寂しくて話し相手が欲しいと願う。
そうすると自分の魔力から妖精が生まれた。
うれしくなったお姫様は自分の魔力全部つかって妖精をたくさん生み出して、妖精たちに助けられて閉じ込められていたお城から抜け出し、自分の国に戻って平和に暮らしました、というお話。
(閉じ込められた描写が自分と重なって覚えてたんだけど、まさかうまく行くなんて)
絵本の中には使い魔という言葉は出てこなかったけれど、サフィリスが「これは使い魔っていうんだよ。自分を守ってくれるんだよ。」と教えてくれた。
でも、「あんまり今はやらないんだって」とも言ってた。たくさん魔力が必要で、昔は大量の魔力を持ってる人がいたけど今はそうでもないらしい。
たくさん渡される魔が、私にとって精神を病むものだとしたら、その魔だけを切り離して使い魔を作ってそれを管理してもらえばいいんじゃないかな~と単純に考えての発言だったんだけど、閃いた自分をほめてあげたい気分。
(今日のところは人形とやらにされずに済んだ、それだけで十分。)
上機嫌だった大公に対し、パパは落ち込んでいた。血の気を失っていたというほうがあってるかも。
「ママにおはなし、する?」
「いや・・・ああ、うん。そうだね。パパが話しておこう。サフィリス君のこともあるしね。」
「おじさまさみしくない?サフィーも。」
「今日は二人とも泊まっていってもらうから、ラルフレドにはその時に話を聞いておくよ。アリアはゆっくりお休み。サフィリス君とは明日たくさんはなそうね。」
話し終わったらもうかなり遅い時間で、ちょっとだけ軽食を作ってもらって部屋で食べた。内緒ですよってシャミアが甘いクッキーも少しだけ出してくれて幸せな気持ちになった。
やっぱり、ここはあったかい。
だいぶ疲れて体が寝ようとしていたけれど、お風呂に入れてもらったら少し目が冴えた。大人はまだ話していると言っていたから、サフィリスは一人で寝ることになるのかも。
「サフィーと一緒にねる、ってだめ?」
「お嬢様は女の子でいらっしゃいますから、一緒のベッドでお休みになるのはよろしくありませんよ。旦那様もお許しにはならないかと。」
「でも、おとうと、なるんでしょ?」
「・・・そうでございますが、ラルフレド様とご一緒に休まれる予定と聞いております。」
弟になると言っても血のつながりはない。ただ、三歳児だし何か間違うこともない。一緒に寝たからと言って醜聞が広まるわけでもなし。
でも確かに、叔父様がいつまでここにいるかわからない。すぐに帰るのだとしたら今晩が最後ってこともあり得る。
「おじさまが寝るまで、いい?」
「そうですね。旦那様に確認してみましょうか」
ごり押しした感じだけど、何とか受け入れてくれそうだった。今日はいろんなことがあったし、メイドのみんなは殆ど何があったか知らないと思うけれど、それでも何か異変が起こってみんな気落ちしてることはわかっていると思う。
サフィリスのあの絶望したみたいな顔が気になって。
養子になることを反対してるってより、この家に引き取ってもらえないことを怖がってるのが不思議で。
寝てるかもしれないけど、起きてたら話をしておきたかった。
少ししたら、寝間着をきて毛布にくるまったサフィリスがやってきた。
ちょっと眠そうな顔だけど嬉しそうにしてる。
「アリアちゃん眠くないの?」
「うん、ちょっとだけおはなししたい、いい?」
「うん。いいよ。」
ベッドに腰掛けておしゃべりすることにした。
サフィリスと同じように私も毛布に包まれてる。夜はやっぱり冷える。
子供体温だからあったかいけど、風邪ひくのも嫌だったのでそのままぽかぽかしながら話すことにした。
「サフィーは、おじさまと一緒じゃなくていいの?」
直球すぎるかな?と思いつつまどろっこしいのは抜きにして聞きたいことを聞く。
「・・・内緒にしてくれる?」
「うん。」
部屋の外にはシャミアが待機してくれると言ってた。私付きのメイドは私一人で寝る時には部屋のドアを少し開けて、小さな椅子に座ってドアの外で寝ずの晩をすることになっているらしい。
部屋にはメイドを呼ぶためのベルもあるけど、また何かあった時のため、だと思う。
ただ、大きな声でなければ聞こえないので、私たちは声を小さくしてひそひそ話を始める。
「ほんとはね、お父さんと一緒がいいんだ。」
「うん」
「でも、お母さんが人質になってるの。おうちにいるけど、外に出られないの。」
「え!」
思わず大きな声が出そうになって、慌てて毛布に顔をうずめて声を遮った。
家にいるけど外に出られないってことは、軟禁状態。
暗い物置を思い出してぞっとする。
「人質ってわかる?」
「うん。・・・でも、なんで?」
「あのね、このお家に早く男の子が生まれないとだめなんだって。今日来ていたえらいひとがそう言ってた。時間がないんだって。」
ジュピウム大公のことだ!
パパとママが時間に追われてるって感じはなかったから、きっと魔のことだろう。
それくらいルチルは限界なのかも。
両親は私を生贄にするの反対するだろうし、ましてやこの家に一人しか子供がいない状況だったら余計にそれが強まると思う。
パパが強く反対しても、すぐ殺す、とはならないはず。宝剣を持っている。もしパパが死んだら直系の次男である叔父様に白羽の矢が立つだろうけれど。
(大人より、子供のほうが操作しやすいもの。母親を人質にしてるっていえばいくらでも好きにできるだろうし。クソ野郎ねあいつ。)
恐怖で叫んでいたアリアの声を思い出す。
あの大公にとって、子供は駒でしかないんだろう。
「サフィーが弟になったらいいの?」
「うん。お母さんが自由になるって言ってた。」
「そっか。もう決めてきたの?」
「うん。お父さんと話してそうしようって。でもさみしくていっぱいお父さんとケンカしちゃった。」
サフィリスは目にいっぱい涙をためてた。
私は毛布にくるまれミノムシ状態だったので無理やり首元から手をだして、サフィリスがくるまってる毛布のはしっこをつかんでその涙を拭いた。柔らかい毛布にじゅわっと熱い涙が染みていく。
「お父さんはね、僕のこと大好きだって。でもお母さんも大事だから、どうしていいかわかんないっていっぱい泣いてた。」
「ひとじちのこと、パパに言ってもいい?」
サフィリスはふるふる、と首を横に振った。
「だめって言ってた。そうするとお母さんがどこか行っちゃうって。」
(殺すってことでしょう、それ)
言えない、でも。腹が立ってしょうがない。
どうして、そんなことまでしないといけないの。
「僕が養子になっても、お父さんとお母さんはずっと僕のこと愛してるって。会えなくなるわけじゃないんだって。」
毛布がどんどん湿っていく。サフィリスの涙は止まらない。
「アリアちゃんと仲良くしたら、養子になれるからって言われたの。ごめんね。」
「ううん、なかよくしてくれてうれしいよ。」
「アリアちゃんが優しくて僕も嬉しかった」
もぞもぞと動いたサフィリスは毛布を広げて、私も一緒に包んだ。私はミノムシ状態のままサフィリスにギュッと抱きしめられた。
サフィリスからは甘いにおいがした。ほわっと心があったかくなる。
「ごめんね、嫌わないで。」
「うん、なかよくしようね。」
「ごめんね、ごめんね。」
「だいじょうぶだよ、だいじょうぶ」
サフィリスが私と仲良くしようと頑張っていたのは、最初はお母さんやお父さんのためだったかもしれない。でも一生懸命絵本を読んでくれたり、いろんなことを教えてくれたりしたのはきっと嘘じゃなかった。
(三歳の子に、なんてものを背負わせてんだあの人!!)
サフィリスがぼろぼろ泣いて、私も泣いて、気づいたら一緒に泣いたまま眠っていた。
毛布はどこまでも暖かかった。
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『ラルフレド、いいのか』
『ああ。ごめんね、兄さん。』
『いや、いい。アリアのこともある。急かされ続けるのも腹が立っていた。』
『やっぱりもう言われてたのか』
『それとなく、だけどな。それでオパールにはだいぶつらい思いをさせてしまっていた。すまない』
『いいのです。わかっていて嫁ぎました。』
『兄さんは甘いから。心が優しいからね、義姉さんもだけど。僕と父さんくらい腹黒いほうがいいよ』
『儂を巻き込むなよ』
『とにかく、これ以上僕がサフィリスを育て続けるのは少し問題がある。イレーネが監禁されてるのもあるけど、僕たちが作らされてるものが悪すぎる。今までは幼かったからわからないだろうと思ってたけどあの子頭が良すぎてね。ごまかせなくなってきてる。』
『お前に似て天才だったのか。イレーネさんも聡明だからな。』
『この国では才能は隠したほうがいいよ。僕は功を急ぎすぎて失敗した。サフィリスに同じ轍を踏ませたくないんだ。それにあの子は僕以上の技師の才能がある。高山地帯で過ごしていたらそれがすぐにばれてしまう。』
『宝剣士であればすぐさま身柄を拘束されるようなことも起きないのは確かだろう。現に俺がまだ生きている。』
『今日は長男を失うかもしれんと何度思ったか。肝が冷えたわ。』
『元はといえば父さんが兄さんに先に話していないのが悪い。あと当主の本の原本のことを知らなかったことも問題だよ。』
『すまん。だがお前が来るまで伝える方法もなかった』
『すごい発明ですのねこれ。模様を描いても浮かび上がるなんて面白いわ。』
書斎の空中には虹色の文字が浮かび、一定時間たつとふわりと消えた。
四人の手元には黒い板と透明のインクが入った万年筆があり、そのインクで板に文字を書くとそのまま空中に浮かび上がっていく。
ロバイト家前当主であるペンディウムに盗聴魔法がかけられていること、それを解くと余計に怪しまれるため内密な話をする方法が必要だったこと、そのために加工場で使っている筆記具をラルフレドは持ってきていた。
魔石の加工はやすりや金づちとノミなどで魔石を削ったり割ったりするため騒音がひどく、言葉で指示を出すのはとても難しい。メモでもいいがそのたびに紙を無駄遣いするのも、昔ながらの粘土板を使うのも面倒、ということで開発されたのが何度も使える上に紙に目を落とさずとも文字のほうが目の前まで浮かんでくるという素晴らしいおまけ機能のついた筆記具だった。
もちろん開発したのはラルフレドであった。
オパールが一人花や鳥と思われる物体を描いては宙に浮かばせてはしゃいでいる。
エンジークはそれをにこやかに眺めていた。オパールがアリアに関連すること以外ではしゃぐのは一年ぶりだった。生活の全てがアリア一色で、起きてからもそれは変わりなかった。
久しぶりの妻の微笑ましい姿にエンジークも気をよくしたのか、重たい内容であったものの日中とは違って穏やかに会話を進めることができていた。
二人は新婚のころのような仲睦まじい様子を見せている。
そんな彼らとは対照的にラルフレドとペンディウムは微妙な表情を浮かべていた。側に控えていた執事のスヴェンもまた表情は変えないけれどラルフレドたちと同じような心持ちであった。
オパールが描いたものはミミズが絡まりあったようなものや、石礫に目鼻がついたようなものなどで、とてもじゃないけれど笑顔で眺めるには少々苦痛を伴うものだった。
(義姉さん・・・それがウサギだなんて知りたくなかったよ僕は・・・)
何を書いたのかエンジークに聞かれ、にこやかにウサギだと書き足している。エンジークは笑っているがラルフレドは笑えなかった。
ウサギと書いた文字の上に浮かんでいたのはどこからどう見ても串刺しの黒い肉塊で、そこから飛び出た目玉のようなものや垂れ下がった内臓のようなものが出ていた。
剣聖なので昔仕留めた魔物でも描いたのかとラルフレドは思っていた。それだとしてもなぜ今それを描くのかはわからなかったが。
ただ、そう見えるだけで本当は串は耳で飛び出た目のようはものはうまくスペースに収まらなかった顔、垂れ下がったものは手足だったのだけれど。
(うちの子、大丈夫だろうか・・・)
サフィリスはスケッチの才能もあった。まだまだつたない部分も多かったが特徴を捉えて描くことが出来ていた。息子の才能がおかしな方向に伸びていかないようにとラルフレドは願った。
緊迫した一日を過ごした中で、つかの間の(ある意味)穏やかな時間が流れる夜だった。
続きは明日の昼にアップ予定です




