12 生贄という化け物
少々長いです。ゆっくりどうぞ。
私とパパと、そして依然として真っ黒いオーラを纏ったように見えるジュピウム大公だけが部屋に残り、ほかの人は出て行った。
サフィリスは最後まで不安そうに私の手を握っていたけれど、叔父様に促されて出て行った。
真っ白い顔色のままで。
「防音魔法かけてくれる?」
大公はそう言ってパパに魔法をかけるように指示した。
「しっかりとね。君の声は突き抜けやすいから。」
パパは体質的に防音魔法で声を防ぎにくいらしい。おそらく私もその体質を受け継いでいると聞かされているけれど、まだ本格的に魔法の勉強もしていないので詳しくはわからない。
パパみたいな体質の人は結構いるらしく、そういう人が感情的に叫ぶと薄い防音壁では突き抜けてしまうみたい。
(こんな空気の時じゃなかったらもっと楽しめたのにな)
魔法を使っているところは何度か目にしたけれど、生活魔法と呼ばれる部類のものばかりだった。部屋にかけるという大掛かりなものは初めて見る。
前世になかったし異世界転生といえば魔法!とこの世界が一般的に魔法を使うことを思い出したときはわくわくしたものだけど、今は楽しみ切れない。
パパの手がすぅと空を切ると、ふわっとした温かいものが部屋を包むように広がったように感じた。感じただけで色もにおいも形もないのでただそう思った程度。注意してみても目で確認することはできなかった。
(すごい・・・よくわからないけどかっこいい。)
「完了しました。」
「よし、じゃあ話そうか。あまり遅くなってもいけないから手短にするね。」
大公はこちらを見て目を合わせた。アリアがひっと悲鳴を上げた。怖い、と言っている。
「その様子だと、私が話したことを覚えているのかな?」
話したこと・・・
記憶を探る。何度思い出そうとしても、私ではなくアリアだったころの記憶は出てこない。消えたと思ったアリアを何となく感じているけれど、こちらから声をかけることも会話が成り立つこともなく、聞こえてくるのは叫びだけ。
「わかりません」
ああ、とため息が零れた。
「うん、わかった。ああ、怒ってはいないからね。今よりもっと小さな頃だったから、覚えてなくても気にしなくていい。では、どうやって起きた理由は?」
「おきた?」
おそらく、人形から、という意味だろうけど、アリアは知らないはずなのですっとぼける。でもパパの雰囲気が恐ろしいものに変わったことには気づいてしまった。
「ああ、分かった。何も覚えてないんだね。最初から話そう。」
言葉の端々に諦めというか呆れのようなものを感じるけれど、だからと言って嫌味っぽいわけではない。
単純に子供がどれくらい覚えていられるのかわかんない、という感じがした。
(真っ黒く見えてなかったらいい人そうなんだよなぁ)
虹シュバでは大公と呼ばれる人は名前が出ていなかった。ただ大公と呼ばれていた。
物語に直接かかわりはせず、この人の持つ宝剣は第一王子ルチルに引き渡され、その後は隠居生活をしているという。
ただ、陛下の信頼が厚く発言力を持っている、この人の一声で政治が変わるとさえ言われていた。要注意人物という扱い。
今はまだ宝剣も持っているし、王族を出て大公という立場になっているものの王城で生活しているはず。だからこそ城で働くお祖父様と親しそうだったのかなと予想してる。
大公は私から目線を外し、パパをじっと見た。
「あの日、謁見の間で何があったかもう知ってるかな。」
「いえ、詳細は知りません。出来ればご説明いただきたく存じます。」
「その子が生贄ということは?」
「・・・失礼を承知で申し上げます。本人の前でその言葉を使うのは避けていただけますでしょうか。」
生贄?聞きなれない言葉が出た。その瞬間心臓がぎゅっと握られたかのように苦しくなる。
鋭い目をしたパパが膝の上で組んでいた手をぎゅっとより強く握りしめた。
(人形、ってだけじゃないのね。なんかあるんだわこれ)
私はパパの手の上に自分の手を置いた。
「アリア」
「だいじょうぶ。いけにえ、わかるから」
生贄がわかるほうが問題なことは十分わかってるけど、ここで言葉をあれこれ吟味している時間はもったいないように感じた。
直接的に伝える言葉があるのならそれがどんなに鋭利であってもわかりやすさを優先したい。
この世界の貴族たちのやり取りはわかりにくいと書いてあった。それを信用するなら腹を割って話してもらわないと私はついていけない可能性がある。
それに、それにそれに。
(虹シュバになかった、そんな話。アリアには役割があったの?)
私も、けっこう焦ってる。早く話が聞きたい。パパには悪いけど怒りは我慢してもらいたい。
心のどこかで私は未来を知っているのだと安心というか、驕っていた。
何かが起こったとしても、あと十二年後の小説が始まるその瞬間まで両親もサフィリスも生きていることはわかっているし、死ぬとしたら私くらい。
だから、たとえもしサフィリスが苦しい立場にいたとしても、叔父様が借金まみれだとしても、いくらでもカバーできるとどこかで思っていた。
知りえないはずのことを知っている、という優越感みたいなものもあったかもしれない。
緩んでいる魔王封印だって、ヒロインが出てきさえすれば魔王を倒して終われるのだから。封印に悩むこともなくなるのだから、と未来が平和になると決めつけていた。
(甘えていたわ・・・未来が決まっているはずがないのに。)
ここが虹シュバと同じだ、と決めたのはほかならぬ私で、そう思っただけのこと。
似ていた、名前が一緒、それくらいの話。
それなのに、あの物語通りになると、どうして確信していたんだろう。
怯えるアリアの叫び声が、ここが私の現実になったのだと感じさせる。
「アリア嬢は覚えていないようだけど、あの日私は陛下と共に彼女に会い、生贄であることを説明した。はっきりと理解できていたかわからないが、国のためならばと納得していた。」
「!!あなた方は、いったいなにを!!」
パパの手を自分の手でぎゅっと握った。そうでもしなければ大公に殴り掛かってしまいそうだった。
今ここでこの人を殴ったとしても何も変わらないどころか、立場が悪くなるだけなのだ。
そうはいっても、怒らないでというほうが無理だと分かってるけど、止める以外の選択肢がない。
「エンジーク。娘のほうが冷静だぞ。お前も見習って落ち着かなくては。」
「っ!!」
「パパ、だいじょうぶ。じゅぴゅ・・・じゅぴゅう・・・たいこうさま、つづきをおねがいします。」
この世界の人たちの名前が言い辛いことを悔やむ。話の腰を盛大に折って噛んだ。
「あっはは。いいよいいよジュピュでもなんでも。好きによんでくれていい。オジサンでもいいよ。」
「そんなしつれいはできません」
「ああ、いいね。女の子というのはこんなに愛らしいんだね。宝剣士は男ばかりだから知らなかったな。」
大公は目に涙を浮かべて大笑いしている。
緊迫感はどこへやら、とまではいかなかったが若干パパから漏れ出る殺気のようなものは和らいだ。
アリアの叫びはまだ薄く聞こえているけれど、少しは落ち着いて話をできそうな空気にはなった。
「はぁ、笑ってしまってすまないね。馬鹿にしたわけじゃないよ。あまりにも可愛らしくてね。・・・・うん、話の続きをしようか。生贄の話をしたその時に、これからどうするのかを彼女に選んでもらったんだ。」
「なにをでしょう?い・・・生贄であることは決まっているのではないですか?」
「ああ、やっぱり君も知っていたんだよね。ペンディウムは話すだろうと思っていたからいいんだけど、一応ほかの宝剣士には内密にしてくれよ。」
「命に背いて申し訳ありません。」
「いやいい。女の子が生まれたと聞いた時にいつか言うだろうと思っていたからね。陛下も同じ考えだから気にしなくていいよ。
それで、生贄の乙女ってのは二つの役割がある。一つは封印石に同化して封印自体を強化する役目。もう一つは魔の受け皿になる役目だ。」
「魔、ですか?」
「私の中に魔王がいたのは知ってるだろう?」
大公は自身の首あたりをさする。
虹シュバのなかで、王様の子として生まれた王子のうち、最初の王子には魔王が宿ると書かれていた。実際第一王子のルチルがその身に宿していて、魔王ごと自分を葬り去るようにヒロインたちに願っていた。
でも、今の私は知らない。なので何も答えずパパと大公の話を聞き続ける。
「もちろん存じております。すでにルチル殿下に移されているとも。」
「うん、そう。宝剣と違い魔は次代が生まれたら自然とそちらに移っていく。これは王家にしか伝わってないことだけれど、魔王そのものが体に入っているわけじゃない。魔王の持つ魔力が血に宿っているんだ。強大な魔力がね。」
「魔とは魔王の魔力のことですか」
「そう。封印石には魔王の体が、王家の血筋には魔王の魔力が別々に分けて封印されてる。王族の血を濃く受け継ぐ第一子の男児がその体に魔を受ける器をもって生まれてきて、前代から次代へと移し替えながら封印を維持してる。
このことは今はもう宝剣士たちも知らないけど、昔はごく一般的にも知られていたことなんだ。廃れてしまった話だね。」
大公がローブの下に着ていたシャツの首を少し緩めると、そこには赤い痣があった。蔦のよう首をぐるりと取り囲み、バラの茎にあるようなトゲがついているように見えるそれは赤黒くなっていた。
「赤ではないのですか。痣は宝剣の色に染まると聞いていますが。」
「魔の影響で黒ずむんだ。ルチルが生まれるまでは真っ黒だったよ。首は見えやすいから誰にも見せないようにするのに苦労していた。」
口には出せなかったけれど、それを見た時悲鳴を上げそうになった。
まるで呪いのように、首に蔦が巻き付き今にも締め上げそうな、そんなおどろおどろしさを感じる痣。呪いといわれたら納得する、そんな恐ろしさが見ただけで感じた。
そしてそれ見えた瞬間、その痣から黒いものが湧き出しているように見えた。さっきまで真っ黒いオーラが見えると思っていたのは気のせいでも比喩表現が視覚化していたわけでもなく、魔王の魔力、魔だったらしい。
パパも大公自身もそれが見えているわけではないらしく、特段気にしている様子はない。いわないほうが得策だろうな、と黙っておくことにした。
「まだ黒いということはもしかして」
「ああ、ルチルに魔を全部受け継いではいない。大きすぎてしまってね。私に受け継いだ時もすでに限界だと言われていた。
私と陛下の叔父だった前大公が早世だったのは巨大な魔をその身に宿していることで寿命を削っていたから。私もだいぶ体を消耗している・・・と、これは言ってはいけなかった。」
ははは、と乾いた笑いが響く。
首の痣は痛々しく、今にも大公の首を絞め落としてしまいそうに見える。
「そうだったのですか・・・お痩せになられたとは思っていたのですが。」
「気を付けてはいるんだけど段々と目に見えて弱ってきてるね。だから本当は早く次代に渡したいんだけど、もうこれ以上ルチルに渡してしまえば、彼が死ぬ。もうそれくらい多くなってるんだ。
言ってしまえば、だからアリア嬢が生まれたともいえる。」
「それは、どういう・・・」
「魔はね、普通に体に溜まっていって使うことができない。魔王と人間では魔力の構造が違うらしい。だけど唯一生贄として生まれた子だけが普通に魔力として使える。体の中にある魔力回路の仕組みが違うらしい。」
魔力回路、というのが虹シュバの話と同じものなら、血管みたいなものだったはず。血じゃなくて魔力が通っている体の中の道筋で、魔力が多くても少なくてもみんな体に持っている。
この世界で生きてるものは魔物でも魔族でも人間でも植物でも、みんな魔力回路をもってるけど種族ごとにその回路の形や仕組みが違うといわれてる。
そして魔力はそれに合った回路にしか流せない。人間は人間の、魔物は魔物の魔力をもって各々の回路でしか流せない。植物や鉱石なんかはちょっと違うらしい。
なので魔王が魔物のような構造をしてるとしたら、人間にはそれを扱うことはできない。流せないから体に無理やりためておくだけになるんだと思う。
だけど私は例外で、人間だけど魔王に近い、おそらく魔物みたいな回路の作りをしている、ということなんだろう。
「魔を渡して、魔力として消費させるということですか?」
「まあそんなところ。別にね、急いで消費しなくてもいいんだよ、普通に魔力として受け取れるから。生贄はみんな大きな器を持ってるからね。大量に魔力を受け取っても問題ないし、使わなくても問題は起きない。ただね。」
大公はアリアを見た。その目には光がない。黒いオーラが顔じゅうを包むようにしていて、口の動きも表情も見えづらい。
まるで今から言う言葉を私に聞かせたくないみたいに黒いオーラが大公の口に詰まっていくように見えた。
「魔に精神が侵されていく。頭がおかしくなるというよりは、性格が変わっていく。高位魔族たちみたいに狡猾であったり、人をだますことを好むようになったり、魔物のように本能のみで動いたり。
魔王の魔力を体中に流してそれを受け入れるんだから、当たり前といえば、当たり前かもしれないけどね、それだけの力を持つことにもなるから危険なんだよ。」
「・・・そんな、ことが。」
パパは口を開けて驚いたまま固まってる。
魔族は人間と同じ形をした魔物。高位とつくレベルの魔族は人語を介し人に化けて人の中で暮らしているものもいるらしい。
魔物は本能や快楽に従順で、魔族はそれに加えて様々な欲求を満たすために知性を身につけてると考えられてる。
つまりやりたい放題やる問題児のような性格になるうえに、持っている魔力は魔王レベルの強大さ。危険という言葉が確かにぴったり。
「あるんだよ。残念だけどね。今はかわいい天使のようなアリア嬢が化け物たちと同じ精神構造になる。過去の例を持ち出すと嫌いな人間の手足をもいだり、享楽にふけったり、そういうの耐えられないだろうね君や君の妻は。」
「・・・・」
「だからって彼女を逃がされたら困るんだよ。ペンディウムに命じたのはこのことを全部知っていると思ってたからなんだけど、後々から話を聞いたら生贄ってことしか知らなかったから驚いたよ。だからまぁばれてもいいかなって思ってた。
死ぬのは一緒でも、魔物とか化け物になるって付け加えらえると急に生々しく残忍さが増すからね。」
そんな、とパパがつぶやいた言葉はきっと大公には聞こえなかっただろう。
ぽつ、とパパの手の上に置きっぱなしだった私の手の甲に冷たいものが落ちた。見上げてもパパは泣いてはいなかったけど、見たことのない顔をして私を見ていた。
諦め、絶望、怒り、どれでもなく、どれでもあるような表情。
「去年の話に戻すとね、魔物と同じになって生きるか、人形になって生きるか、どっちがいいのかって聞いたんだよ。アリア嬢にね。」
「わたしに?」
こちらをみた大公の目は笑っているようだった。面白いものを見つけたかのような、子供のような。
アリアはずっと叫んでいたけれど、その目をみてぴたりと止んだ。やめて、と一言呟いて、また消えた。
「っ!!そんな話を二歳の娘にしたんですか!」
「ああ、もちろん。その子は生贄と同時に私とルチルにとっては救いの女神でもあるんだ。救世の乙女よりももっと神のように感じるくらいにね。だからこそ選ぶ権利を授けた。勝手に幽閉して死ぬまで隔離しててもいいけど、あんまりにもかわいそうだからね、恩情として人形として生きる選択肢も選べるようにと思ったんだ。」
「それが恩情だというのですか!」
もう今にも切り殺さんとする殺気でパパが立ち上がる。必死に足にしがみついて止める。
「パパ、やめて!だいじょうぶだから」
「大丈夫じゃないだろ!!アリア、お前のことなんだよ!!」
「じぶんのことだから、さいごまでお話しきく」
「ああ、君は賢い。あの時と同じだ。」
すぅ、と細められた大公の目が、アリアをさらに怯えさせる。でも、私は抗った。
負けたくない。あきらめたくもない。
この話を聞いた時アリアは二歳だった。今、私は三歳の体に入っているけれど、二十八歳。
この世界と似ている虹シュバを読み込み、未来に起こる可能性の一つを知っている。
持ってるもの全部使ったら、もっと違う方法を見つけられるかもしれない。
「たいこうさま、しつもんしてもいいですか?」
「うん、いいよ。ああちなみに一年前の君は家族と最後まで一緒にいたいと言って人形になったよ。君が選ぶなら今日またそうしようと思って私は準備できているからね。ま、また起きてしまうと困るからその時はエンジークも協力してくれよ。」
大公が自身の首に触れ、そこから何かを引き抜くような動作をすると、金と赤が混ざった光り輝く靄が集まってきて細長い短剣のようなものが作り出された。
(これが、宝剣?虹シュバで描いた宝剣と全然違う!)
来栖が表現していた宝剣はもっと剣らしい剣だった。刃があり柄があった。でもその手にあるのは剣といえばそうみえなくもない、細長い光の塊だった。
「っ!!!あなたは!!!」
青ざめたパパが叫んだその時、大公がパパの口に向かって手を伸ばし、何かつぶやいた。
パパの声を奪ったみたいで、口をぱくぱくしても息が漏れる音しかしなくなった。
「ちょっと黙ろうかロバイト公爵。君は感情的になりすぎている。親だから仕方ないと許してあげたいけれど、君は親である前に貴族であり、貴族である前に宝剣士だ。黙れ。黙るなら魔法を解こう。」
その言葉を聞いてすとんと力なくソファに腰を落とし、ゆっくり頷いた。すぐに大公が手をひらひらとふると、
「申し訳ございません・・・」
力なくパパの声が聞こえた。
「じゃあ、質問をどうぞ、アリア嬢」
「にんぎょう、にならないで、おうちにいてもいい?」
正直人形というのがどういうことかわかってない。わかってないけど、一年間のアリアが人形のようだったとパパたちがこっそり話してたそのままのことなんだろう。
できれば、そうじゃない方法で解決したい。子供ではない精神を持っているのだから、対抗できたり何らかの方法を探せるのでは。
今日すぐに人形にさせられてしまうと、その方法を探すことすらできなくなる。
「うーん、魔を受けとるまでなら別にいいけどね。逃げないなら。そのあとは陛下と相談しないと答えられないね。」
「ばけもの、とか、まもの、にならない、なら、だいじょうぶ?」
「対策は何か考えているかな?」
対策が今わかってればこんな苦労してないんだけど!!!と思いながら必死に頭を回転させる。
とにかく、口を動かさないと、何とか言いくるめなければ。
「いっぱいまほうを使うのと、あと」
苦し紛れに考えていると、今日の出来事がふっと浮かんだ。
「絵本でよんだ、つかいま、を作る!」
その言葉を聞いて、大公は面白そうに「へぇ・・・それはいいかもね」と返事をした。
次回は明日のお昼になります




