10 人形の叫び
本日二話目です。
「大公、まずは名乗らせてあげてください。あなたのことはこの子たちには教えていませんので。」
お祖父様らしき人物が軽口をたたくように話す。その声でようやく気持ちが落ち着いた。まだ、どくどくと跳ねるように動悸がしてるけど
「ああ、すまない。すっかり忘れていた。あまりにかわいい天使たちが揃ってきたから年がいなくはしゃいでしまったよ。」
いたずらっぽく笑ったその人は作り物のように整った顔をしていた。声や背の高さは男性だと思わせるが長い睫毛や薄く整った形の唇は女性的で、色っぽいという印象だた。
長い金髪を後ろで一つまとめ、白いローブのような刺繍飾りのついた高級そうな服を着ている。RPGゲームの白魔法使いみたいな感じがした。
ただ、アリアが感じる恐怖心からか、その人の背後にどす黒いオーラが見える気がしていた。
「はじめまして、アリアです。」
「サフィリスです。」
二人そろって簡単な礼をする。ペコリとお辞儀しただけ。おそらく”大公”という呼び名から王兄だと判断できるけれど、それは虹シュバの知識ゆえのことなので、気づいていないふりをする。
どす黒いオーラをまき散らしながらその人はにこやかに笑い、サフィリスと繋いでいないほうの私の手をそっとすくい上げた。
「私はジュピウム。家名はない。生まれは王族であったが今は大公という言葉が私を示しているが、そういうことはまだ難しいと思うからジュピウムと呼んでくれればそれでいいよ。今日はこっそり遊びに来させてもらったんだ。お誕生日おめでとう。」
そう言って手の甲にそっとキスを落とす。
ひっ
とアリアが怯えた。私自身ではないその感覚で背中にぞわっと嫌な汗をかく。
でも、手を引くことはしなかった。引けば怪しまれそう、とどことなく感じた。
しかし、人にキスされることに慣れてきたとはいえ見ず知らずの美形にキスされたことで私の顔は自然と熱をもっていった。熱い、と思ったときには既に顔を真っ赤にしていたらしく、ジュピウムと名乗ったその人はにこやかに笑った。
その笑顔だけ見ると、気品あふれて美しく、心優しそうな人に見える。すごく雑に言えば、いい人そう。
だけど。
(この人がアリアに何かしたの?初めましてとは言わなかったから接点がすでにあったのかしら)
目覚めた日以降一度も感じなかったアリア。私の中に溶けてしまったのかと思ったけど、確かにさっき恐怖を抱いたのはアリアだった。
さっきからずっと怯え泣き叫んでいる声が頭の中でうっすらこだましている。
(恐怖を抱くほどのことが、あった。それこそ死を予感するような・・・来栖が言っていた病気のこと?)
陛下がわざと病気にした、というようなことを来栖は言っていた。この人は虹シュバどおりなら王兄、陛下が最も信頼する人だ。
アリアになにかするとしても、陛下と共に共犯であった可能性は高い。
「私は君たちの祖父、ペンディウムだ。赤ん坊のころ以来だから覚えてないだろうが、何度も会ったことがあるんだよ。」
やはりお祖父様だったその人ががジュピウム大公の後ろで腰をおる。お祖父様はジュピウム大公にソファに座るよう促している。
「あなたが座っていないとほかのものが落ち着かない。」
「今日はお忍びでこっそりきたんだ、君たちの友人だと思ってくれて構わないんだけどね。」
それは無理な相談ですな、とお祖父様は笑って、ほとんど無理やりジュピウム大公を座らせた。
立って待っていたパパやママ、叔父様もそれに合わせて座る。
「養子縁組には血縁者以外のサインが必要だろ?みんな集まってるならちょうどいいと思ってね。」
養子縁組?
・・・そうだ、さっきこの人「姉弟になっても大丈夫そう」と言っていた。
向かい合わせに置かれた四人掛けのソファにお祖父様とジュピウム大公、反対にパパとママが座り、その横の二人掛けソファの一つに叔父様が座っている。
私とサフィリスはなぜがパパに促され、パパとママの間に二人そろって座った。
サフィリスはずっと白い顔をしたまま私の手をぎゅっと握りしめていた。反論もしないし、叔父様を見ることもなくただ俯いていた。
発言していいものかどうか迷い、ママを見上げる。
そこでようやくママも青白い顔をしていると気づいた。パパは表情が抜け落ちているように見える。きりっとしているけれど、空虚な感じがした。
叔父様は、苦笑、といったような感じで眉を下げて笑顔を浮かべている。笑ってない、笑った顔を張り付けている。そんな表情。
お昼ごろに温室であんなにも楽しく過ごしていたのに。
ここにあるのは嘘と仮面と冷たさしかない。そんな気持ちになる。
「まだ娘とサフィリス君には話しておりませんので。」
パパは低い声で話している。怒っているわけではないと思うけれど。外ではこんな感じで話すのかもしれない。私と話す時とは全く別人のような、冷たい声。
「君は良い父親なんだね。仕事では常に冷酷で血が凍ってるとまで言われているのに。」
大公は面白そうに笑ってる。異質。この空間で彼だけが異質だ。
「でも、もう決めているんだろう?ペンディウムからはそう聞いている。」
「・・・」
「ええ、そうですよ。ね、兄上。」
何も言わないパパの代わりに叔父様が返事をした。
パパは何も言わないままで首を一度だけ縦に振った。
(どういうこと?以前から決まっていたってことなの?)
大人たちは仮面を被っているみたいで真意がよくわからない表情しかしていない。私は隣をサフィリスを見た。
養子にすることを決めていたのなら、本人にはもうすでに話してあるのかもしれない。知らなくて驚いている風には見えない。
可愛らしく引っ込み思案に見えた天使は、動揺もせず反論もせず、わめきもしない。ただじっとして顔を伏せている。
あんなに赤くなっていたのが嘘みたいに、肌の白さが目立つばかり。
「・・・子供たちに説明させていただいても?」
パパは立ち上がろうとした、がすぐに止められた。叔父様に。
「ここでしたほうがいい。お忍びとはいえお忙しい大公様が来てくれてるんだから、ね。兄上。」
その声は優しいイメージだった叔父様と変わりしないのに、ものすごく必死に見える、怖がっているような。
(何が起こってるの?)
少し間があって、では、とパパは仕切り直した。
「アリア。サフィリス君を君の弟として引き取ろうかと思っているんだ。従弟ではなく姉弟として、この家で一緒に暮らすということだ。わかるかい?」
「いっしょ・・・に?」
「ああ。この家がサフィリス君の家になる。君はお姉さんになるんだ。」
「おじさまはどうするの?」
「僕は---」
叔父様が声を発したその瞬間に、ジュピウム大公がかぶせて話し始めた。
「アリア嬢には難しいかもしれないが、君の叔父はとても有能な魔法技師でね。魔法技師の仕事の一つに魔石加工というものがあるんだが、それをここから遠く離れた場所でしなくてはいけないんだよ。
そこは高山地帯で採掘と加工を中心として活気はあるけど学校等はないし、小さな子供を育てるにはあまり適してない環境なんだ。ずっと見ていてあげられるわけじゃないしね。だからこの家で面倒を見たほうがいいと思うんだよ。」
大公はぺらぺらと饒舌に話す。
高山地帯での魔石加工の話は虹シュバでも出てきた。魔石は魔力の少ない人でも魔法を使える道具を動かすためのバッテリーのようなもので、加工できるのは魔法技師だけ。質のいい魔石を加工できるのはその中でもほんの一握りで、それができる人たちはこの国ではとても大切に扱われているが、同時に監視もされている。
未知の道具を作れてしまう可能性のある彼らがもし反旗を翻せば、暗殺もスパイもし放題、と小説では言われていた。悪い方向に使えば戦争の火種にも国が崩壊する理由にもなるんだと思う。それだけでなくその技術はお金になる。技術者の誘拐もあったはず。
叔父様はおそらくその一握りの貴重な魔法技師で、奥様も忙しくて抜けられないといっていたから同じ立場なのだとしたら。
本人たちですら身の危険があるようなところで小さな子供を育てるのが難しいことはわかる。
わかるけれど・・・でも三歳までそこで育っていたはず。生まれてすぐ王都を離れたといっていた。
なぜ今なんだろう。そんな状態なら早く預けたっていいはずだ。三歳児だって手がかかるが、赤ちゃんはもっと大変なはず。
サフィリスを見た限り、父である叔父様にとても懐いていて、親子の仲は良く見えた。それなのになぜ。
「これから、十年以上高山地帯から離れられなくなる予定なんだよ。」
叔父様が大公が話し終えたのを確認して口を開いた。
「サフィリスは魔力が多い。アリアちゃんはまだ知らないかもしれないけど、魔力が多い子供は学園に行かねばならないんだよ、王都の中にある魔法学園にね。十五歳で入学する時までに僕が王都に戻れるとは限らないし、僕の仕事が変わるとも思えない。そうなるとどのみちこの家に下宿させてもらうか、寮生活のどちらかを選択することにはなってたんだ。」
サフィリスは何も話さない。ただ、黙って聞いている。
「学園に入るまでにも学ばないといけないことが多いし、もし下宿するとしても新しい環境に慣れずに苦労するかもしれない。そう考えると今からこの家でお世話になったほうがいい、と前から思っていたんだよ。」
たしかに、それはわかるのだけど。
「なぜきょうだいになるんですか?」
ただ、預かるだけでもいいんじゃないのか、それが聞きたかった。
「アリアちゃんはサフィリスが弟になるのは嫌かな?」
でも、答えはもらえなかった。叔父様はまっすぐ私を見ていた。これ以上は答えない、そんな目。
叔父様が代わりに聞いたその言葉にサフィリスがびくっと体を揺らして初めて反応した。
恐る恐る顔を上げ、叔父様ではなく私を見た。その目には涙が溜まっている。悲しいというより、怖い、というような顔。
捨てないで、と訴えかけられているみたいで、苦しくなる。
「いやじゃないです。でもさみしくないかなって」
そういうのが精いっぱいだった。
「僕は、寂しくありません」
サフィリスがようやく口を開いてくれた。
寂しい、怖い、そんな顔をして笑う。
「この家にふさわしい子になるよう頑張ります。」
その言葉は悲痛に響いて、叔父様もパパも、見えないけれど私の横にいるママも息をのんだ。
「うんうん、いいね。問題ないじゃないか。子供たちも承諾したことだし、さっさと書類書いてしまおう。ね、ペンディウム。」
「こちらに。」
お祖父様がテーブルに一枚の紙を置く。本やノートのような薄い紙ではなく、厚手のクリーム色の紙には金色の縁取りのような飾り模様が入っていた。
たくさん何かが書かれていて、すでに何人かのサインらしきものが書かれている。読めないけれど養子縁組の何らかの証書になるんだろうということはわかる。
さらさらとサインを書くと、大公はにっこり笑ってそれをパパに手渡した。
「これを明日にでも提出して。それで養子縁組は完了だよ。」
「・・・・ありがとうございます。すぐに受理されるものなのでしょうか?」
「私がサインしたからね。その場で受理されて養子になるよ。」
ありがとう、と言いながら深く頭を下げるだけで一つも嬉しそうじゃないパパはそれ以上何も口にしなかった。ママもありがとうございますと頭を下げたっきり黙ったままになった。
叔父様も、サフィリスも、お祖父様も何も言わない。
重い沈黙。
サフィリスに握られた手だけが熱を持ってる。
嫌なら嫌だと言っていいのよ、とサフィリスに言えたらどんなにいいか。
でも、それを言っていいのかわからなかった。
叔父様の言葉にも、大公の言葉にも、驚いたようにはしていなかった。
ただ恐怖心だけがそこにあった。養子に出る恐怖心ではなく、私が拒絶することへの恐怖心だった。
(おそらく、わかってて今日ここに来たんだ。)
それに、口に出せなかったけれど、サフィリスのお母さんは納得しているんだろうか。誰も口にしない。
仕事が忙しい、というのは聞いているけれど。叔父様一人で決めたとは思えないけれど。
(本当に、いいの?)
叔父様だって笑ってるけれど全然納得しているように見えなくて。
貴族らしい判断というものなのかもしれない、納得しているかどうかではなく利点などで決めるのかもしれない。
それでも、うちの家族と叔父様の間に確執はなかったようにみえるのだから、もっと平和的に養子縁組が決まってもいいし、わざわざ養子で無くてもいいんじゃないかと思うのは私がこの世界の常識に馴染んでいないからなのか。
(そりゃ居候よりは養子のほうが居心地悪くなかったり守られた環境になるかもしれないけど・・・もしかして、これが強制力ってやつ?)
前世で読んだゲームや小説の世界への異世界転生した話では、転生者がストーリーと違う行動をとっても強制力でシナリオに沿った状況が作り出されていた。
虹シュバではサフィリスはロバイト公爵家の跡取り。養子として一年後にこの家に来るけれど時間が早まったのは私が生きているせいかもしれない。
もしくは、人形ではなくなってしまったからか。
どのみち、生きている以上これから先も異変が起こることは間違いない。
一番強制力が働くのは私の命に対して、死んでいるものが生きていることが最大のイレギュラーのはずだと思って自分の身を守る方法ばかり考えようとしてきたけれど、もっと考えなくてはいけないことがあるのだと突き付けられた感じがした。
つらい思いをしているのなら守ろうと思っていたサフィリスが泣きそうなほど痛々しい顔をしている。
(私が、生きているから・・・)
生きている以上、この痛みを背負っていかなくちゃいけないのか。
アリアの叫びがずっと頭でこだましている。
「じゃあこれで養子の話は終わりだね。次の話をしたいんだけどいいかな?私とエンジーク、それとアリア嬢の三人で」
アリアの叫びがより一層強まった。
明日のお昼に続きをアップします
三歳児たちがこんなに会話できるかはわからないですが、ものすごく天才な子たちなのでご了承ください。




